風祭文庫・乙女変身の館






「ある告白の行方」


原作・山田天授(加筆修正・風祭玲)


Vol.T-221





学校…

多数の児童生徒がその場に集い、

勉学に励み、

運動に汗を流す空間。

しかし、大勢の人間が集う空間は歪みやすく、

歪んだ空間は異界より様々な者を呼び込んでしまう扉でもある。



毎年2月14日は聖・バレンタイン。

その日は多くの女の子が男の子に思いを告げる日であり、

その例に漏れることなく、

僕の中学校では朝からあちこちで”にわかカップル”が誕生していた。

そして、そんな光景を僕こと原田光はただ眺めていた。

「はぁ、どうしようかな」

手にしている包みをチラチラと見ながら

僕はこれから起こさなくてはならないアクションについて、

段取りを考えるものの、

しかし、なかなか考えをまとめることを出来ず、

「大体…

 男から女の子にチョコを渡すだなんて、

 普通ありえねーだろ…」

と僕の口から愚痴が漏れる。

そもそもの発端は僕の母さんだった。



僕の母さんはちょっと変わっていて、

”何事も男の方がエスコートをする。”

というのが信条。

それ故、父さんも色々苦労をしてきたそうなのだが、

その信条が今度は僕に襲い掛かってきたのだ。

今朝の朝食を食べているとき、

僕がつい口を滑らせて想い人がいる事を知った母さんは

「光、よく聞きなさい。

 その様に好きな人がいると言うのなら、

 相手さんから告白されるのを待つのではなく、

 幸い今日はバレンタインの日。

 貴方からキチンと告白をしなさい。

 それが原田家の男子たる務めです」

僕に言い聞かせるや否や、

どこから持ってきたのかチョコが入った包みを差し出すと、

送り出したのである。

「母さんはあぁ言うけど、

 僕からチョコを送るだなんて恥ずかしいよ。

 第一、来月のホワイトデーはどうするんだよ」

そんな文句を心の中で言いながら、

僕はもらったチョコの数を自慢しあってる男子達を見る。

すると、チャイムが鳴り響き、

フワッ…

一瞬教室内を風が吹きぬけ、

そして、

「おーぃ、

 席に着け」

と言う声と共に担任の先生が入ってきたが、

だが、入ってきたのはいつもの北脇ではなく、

見たことが無い顔の先生だった。

「だれ?」

先生の顔を見て僕はそう漏らすと、

「何を言っているんだよ、

 担任の西脇先生じゃないかよ」

と隣に座る西嶋隆がそう言いながら僕を突付くが、

「え?」

その言葉に僕は驚くのと同時に、

普段余り口を交わさない隆が僕に話しかけてきたことにも驚いた。

「…そんなに大声で呟いたのかな」

自分の声が隆に聞こえてしまったことに驚きながら、

僕は自分の口に手を当てていると、

「原田、

 何をやっているんだ」

と西脇先生が僕に話しかけてくる。

「え?

 いえ、べっ別に…」

先生からのその言葉に僕は慌ててしまうと、

「しっかりしろ、

 今日はお前にとって大事な日だろう」

と先生は僕に言う。

「大事な日って…」

その言葉に僕は困惑すると、

「原田にとって人生の一大転機となる日…だろ」

と西脇先生は僕の目を見ながらそう告げ、

そして、僕に背を向けた。

「先生、

 まさか…チョコのことを知っているのかな」

そんな先生の背中を見詰めながら、

僕は心の中でそう呟くと、

朝のホームルームが始まった。



「おい原田、

 で、お前はいくつもらったんだ?」

昼休み、

親友の西田健司が僕に成果を尋ねてきた。

「何にももらってないよ」

健司の質問に僕はぶっきらぼうに返事をすると、

「嘘だろ?」

と探りを入れてくるが、

「嘘じゃないよ」

そう僕は断言した。

とは言っても僕のルックスはそんなに悪くはない。

だけど、昔僕がチョコをもらって帰ると母に酷く怒られたことがあり、

それ以来、僕はたとえ義理でくれるチョコであっても、

もらう事を拒絶していたのであった。

「お前、好きな奴がいるんだろ?

 なぁ誰なんだよ」

いつもならさっさと離れていくはずの健司が

なぜかしつこく聞いてくる。

「誰でもいいだろ」

顔をあわせずに僕は言い返すと、

「それがよくないんだよ」

と健司はなんだか悔しそうな顔をし、

そして、

「水崎さんがまだ誰にもチョコを渡してないんだってさ」

と衝撃の事実を告げた。

「え?

 まじかよ」

それを聞いた僕は思わず聞き返すと、

「複数のソースから得た確かな情報だよ」

生徒手帳を開きながら健司は大きく頷く。

クラス一の美人の水崎さんがまだチョコを誰にも渡していない。

その衝撃の事実に僕はびっくりするが、

「で、それがなんで僕に関係あるんだ?」

と素朴な疑問を再度ぶつけてみた。

確かにそのことは驚くべき事だが、

だけど、僕がチョコをもらったかどうかは関係がない。

すると、

「それがな、

 今年は本命がいるって評判でな、

 どうやらそれがお前らしいんだよ」

と健司は僕の胸を指先で突付きながらそう言い放った。

「はぁ?」

健司のその言葉に僕は思わずびっくりするが、

「て、言われてもな…

 俺の家の母さんが”あれ”だからチョコはもらえないんだよな」

と僕は呟く。

すると、

「うーん、そうか、

 まぁ、

 まだもらってないって事は

 どうやらお前じゃないんだろうよ」

僕の言葉を聴いた健司は一瞬ホッとしたような表情をすると、

からかうような台詞を言い残して僕の前から去って行く。

「なんだよっ」

そんな健司の後姿を見送りながら、

僕は文句を言うが、

だが…



「あの、

 あたしと付き合ってください!!!」

放課後の体育館裏。

僕の前で水崎さんがチョコを差し出しながら告白をしてきた。

「マジですか?」

早春の夕日の中、

呆気に取られる僕と真剣な表情の水崎さんは見詰め合い、

そして無言の時間が過ぎていくが、

ギュッ

僕は手を握り締めると、

「ごめん。

 僕、好きな人がいるんだ…」

と一言告げた。

そう僕が好きなのは彼女ではなかった。

ウルッ

それを聞いた水崎さんは目を潤ませ、

「ならせめて…

 チョコだけでももらってくれない?」

と僕に言う。

その言葉に

「僕もできればもらいたいんだけど…

 母さんがうるさい人でね、

 僕がチョコをもらったって分かると酷く怒るんだ

 ―僕から渡したて言うなら喜んでくれると思うけど」

そう返事をすると、

「そう、変わったお母様なんですね、

 それじゃ!!」

そういい残して彼女は去って行ったが、

どこか泣いているように見える。

そんな彼女を見送りながら

「悪い事をしたな…」

と思いながらも

母さんから押し付けられたチョコを思い出すと、

「どうしようか…」

と頭を抱える。

すると、

「あの!!

 待ってください!!」

突然、後ろから声をかけられ振り向くと

なんとそこには僕の好きな赤野さんがいた。

「赤野さん…」

赤野さんを見ながら僕は彼女の名前を呟くのと同時に、

「お願いします。

 ぼっ僕と付き合ってください!!」

赤野さんに向かって告白をした。

すると、

「え、あ…」

赤野さんは一瞬、戸惑うが、、

「よ、よろこんで…」

と表情を綻ばせながらそう返事をしようとした時、

パァァァ!

「うわっ」

「キャ!!」

突然、眩いばかりの光が輝くと、

瞬く間に僕たちを包み込んだ。

そして、程なくしてその光が収まり、

いつもと変わらない景色が僕の目に飛び込んでくると、

「一体なんだったんだ?」

と僕は呟くが、

しかし、僕の口からでた声が高いような気がした。

「本当にってあれ、声が…」

すると赤野さんもそのことを言おうとするが、

彼女も同じように声が変わっているらしい。

そして、僕は赤野さんを改めてみるが、

「あれ…もっもしかして…原田君?」

なんと僕の目の前には、

とても男前な少年が男子の制服を着て立っていたのであった。

「え?

 そっそうだけど…君は赤野さん?」

少年を指差して僕は尋ねると、

「そっそうだけど、

 それより、これ見て」

そう言って彼女が持ち出した手鏡には、

とても可愛らしい、

おそらく水崎さんよりも可愛いらしい長い髪の少女が、

女子の制服を着て映っていたのであった。

「何で、僕がスカートを…」

「それ、言ったら私もよ」

「あ、ひとまずこれ…」

「あ…ありがとう…」

この状況の中にあっても、

僕は律儀に母さんから預かっていたチョコを彼女に渡し、

「あの…

 あたしのも貰ってください」

と赤野さんが僕に向かってチョコを差し出してくると、

「おっ女の子になっているから構わないか」

僕はそう思いつつチョコを受け取った。

その後、先生にこのことを相談してみようと職員室に向かってみたが、

なぜか出て来たのは西脇先生ではなく北脇先生だった。

「え?

 えぇ?」

先生の顔を見ながら僕は混乱し、

そして、西脇先生の件も含めて事情を話すと、

・西脇先生という先生はこの学校には居ない。

・北脇先生は朝から居て授業をしている。

・身体のことについては取りあえず病院へ行くように。

と返事が返ってきた。

西脇先生については赤野さんもなぜ教室に居るのか不思議に思っていたのと、

先生から

「今日、大きな転機を迎えるよ」

と告げられた。

と僕に話してくれた。

一体、あの西脇先生って何者なのか、

そして、僕達に起きたこの現象はなんだったのか、

全く持ってわからない事だらけだ。



病院での検査の結果、

僕は完全に女の子で、

元が男の子であるはずがないとまで言われ、

赤野さんも同じ結果だった。

「まぁ、なってしまったものはしょうがないわ」

僕と共に病院に来ていた母さんはそう言うと、

「こうなった以上、

 女性としてのたしなみと、

 男に馬鹿にされないだけの気概を教え込むから、

 覚悟しなさい」

と母さんは僕に告げた。

数日後

教室にはおかまのような仕草をする美少年と、

文句のつけようのない美少女がふたり、

仲良く昼後を食べていたそうだ。



おわり