風祭文庫・乙女変身の館






「読書の時間」


原作・山田天授(加筆修正・風祭玲)


Vol.T-219





学校…

多数の児童生徒がその場に集い、

勉学に励み、

運動に汗を流す空間。

しかし、大勢の人間が集う空間は歪みやすく、

歪んだ空間は異界より様々な者を呼び込んでしまう扉でもある。



紅葉が綺麗な色に染まり始めだした頃。

その小学校では読書の秋と言う事で、

一時間目を丸々読書の時間と言う事になっていた。

その事を学校に到着した僕は

友達に知らされると思わず仰天をてしまった。

僕・井伊望は読書はあまり好きではない。

どちらかと言うと、

外でサッカーをしたり、

動物の世話をしたりする方が好きな少年であった。

「あーあ、

 めんどくさいな」

椅子を傾けながら僕がそうぼやいていると、

「そうでもないよ」

前の席の小沢真人がそう話しかけてきた。

「なんで?」

その言葉の理由を尋ねると、

「聞いた話だと宮沢の奴、

 今日休みらしくて、

 代わりに西脇って先生が来るらしいぜ」

と真人はそう返事をする。

「西脇?

 初めて聞くセンコーだな」

それを聞いた僕はふとそう漏らすと、

どうやら真人はその先生の配慮でなくなる事を期待しているらしい。

実際、毎年この時期のこの時間を、

きちんと読書に使っているのは、

我らが3年1組の担任、宮沢健太郎先生ぐらいである。

キンコーン!

「みんな、席に着け」

チャイムの音と共にドアが開くと、

フワッ!

一陣の風が吹き抜け、

僕らの知らない先生―おそらく西脇先生―が入ってきた。

そして黒板の前に立つなり、

「みんなとは初めてかな、

 わたしが西脇だ」

と西脇先生は自己紹介を含めてそう切り出してきた。

「ふぅん、

 この人が西脇先生かぁ」

見た目は普通の男の先生だけど、

でも、どこか不思議な感じがする先生を見ていると、

「さて、今日はみんなも知っている通り、

 読書の日だ」

と高らかに告げた。

「えぇーっ!」

それを聞いた途端、

僕らは皆、一斉にいやそうな顔をすると、

「だが、みんな本読みなんかつまらないだろう?」

と先生が持ちかけた瞬間、

パァ!

僕らの顔が明るくなった。

そして、そんな僕らを見下ろしながら、

「だから特別にいい物を貸してやる。

 いまから配るからみんな目を瞑れ」

と言うと、

言われたとおり僕らは嬉々として目を瞑った。

そして、しばらくして、

「よし、目を開けていいぞ!!」

と先生が言うと、

僕らは一斉に目を開けた。

しかし、そんな僕らを待ち構えていたのは机の上に置かれた本であった。

「あれ?

 いつの間に?」

本を眺めながら僕は誰がこの本を置いたのか不思議に思ったが、

「せんせーぇ」

置かれている本を眺めながら他の子が声を上げると、

「まぁ、落ち着け」

と先生は言う。

「何がなんだか分からないけど、

 いきなり本を押し付けられて、

 これが落ち着いていられるか」

それを聞いた僕はふつふつと怒りをこみ上げながら

改めて机を見ると僕の机の上に置かれていたのは、

表紙に長い綺麗な金色の髪をしたとても可愛らしい、

耳がとがっている女の子が鳥と戯れている絵だった。

「先生。

 やっぱり読書なんですかぁ?」

誰かがそう声を上げると、

「まぁ、一応な。

 ひとまず少しくらいは読め」

その声に先生が返事をすると

みんな顔を見合わせ、

”仕方がないな。”

と目で申し合わせた後、

先生の言うとおりに表紙をめくった。

しかし、表紙をめくった瞬間、

「!!!っ」

みんなの顔が一斉に変わった。

それまで、めんどくさそうにしていた彼らが、

今まで見た事のないくらいに

真剣な顔をして本を読み始めたのだ。

「なんで?」

僕はそんなみんなの様子を見て怖くなったが、

同時にみんなと同じように、

この本を読んでみたい。欲求に駆られてきた。

だけど、

”ダメだ、

 この本を読んでは…”

本能的に僕は本のページを捲ることを拒否をしていると、

「お前は読まないのか?」

「はい」

不意に西脇先生に話しかけられた僕は、

ついそう答えてしまった。

すると、

サッ!

その答えを聞いた西脇先生は、

僕から本を取り上げると、

「先生の言う事が聞けない子には、

 お仕置きが必要だな」

と先生が言った途端、

ズボッ!

「うわぁぁぁぁ!」

僕の意識は闇に落ちていってしまった。



目が覚めるとそこは夢のような世界だった。

周りはすべてが森、

さらにそこには多くの動物たちがすんでいた。

僕は彼らと毎日遊び続けていた。

すると、彼らの言っていることが分かってきた。

彼らは盛んに

「目を覚まさないと危ない」

と言うが。

僕には意味が分からなかった。

そんな時、偶然僕の"スカート"が木の枝に引っかかり、

盛大にこけると、

その瞬間、僕はある音を耳にした。

キーンコーンカーンコーン

それはチャイムの音であった。

「チャイム?」

響き渡るその音に、

「帰らなきゃ…」

と思うと、

ドォォン!

またしても僕の意識は闇へと送られ、

そして

「うん?」

目が覚めた僕は目の前に男物の服を着た女の子がいる事に気がついた。

「あれ…どうなってんだろ」



そう思いながら教室の中を見回すと、

僕のように眠気眼で周りを見ている子も、

また、うつ伏せになっている子もみんな、

男の子は女の子の服を、

女の子は男の子の服を着ているのであった。

「はぁ?

 なにこれぇ」

そんなみんなの姿をおかしく思った僕たっだが、

「まさか…」

慌てて自分の服を確認してみると、

僕だけちゃんと何時もの服を着ていたが、

しかし、心なしかぶかぶかな気が…感じがする。

すると、

「なんだ、これは!!」

そう誰かが叫んだ瞬間、

クラス全員がはっきりと目を覚ましたように騒ぎだした。

「何よこれ!!

 どうして私…

 男の子に!!」

後ろでワンピースを着た男子が声を上げると、

「何で俺の髪がこんなに長く…」

と、斜め前の小沢と同じ服を着ている女子が悲鳴を上げる。

また続々と悲鳴が挙がると、

クラスの中は騒然となり、

そういう僕も女の子になってしまっていた。



その後、

事情を聞きにみんなで職員室に行ったところ、

西脇先生などこの学校にいず、

読書の時間も何時もどおり宮沢先生が受け持ったそうだ。

そうして、

騒ぎからかその日の授業は打ち切られ、

僕は何か違和感を感じながらも自宅へと帰って行った。

「今日は大変だったそうね」

僕が女の子になっている事に気づかないのか、

普通に母さんは言ってくると、

「本当にそう思う?」

と僕は聞き返した。

すると、

「ええ。

 だって、何時も通り綺麗なブロンドも長い髪に青い瞳、

 うん。

 私たちの自慢のサクリードちゃんよ。

 貴女に何かあったら、

 私たちを信用して預けて下さった、

 貴女の両親にも合わせる顔がないわ」

と母さんは真顔で僕にそう言ってきた。

「母さん?

 本気で言っているの?

 第一、僕がサクリードだってぇ?

 冗談じゃない!」

母さんにそういわれて、

僕は慌てて洗面所へと向かい、

改めて鏡で自分の姿を確認すると、

鏡にはあの本の表紙にいた少女が映っていたのであった。

「うっそぉ!」

正直言って僕は狐につままれた感じだった。

そして自分の部屋に向かったが、

部屋の間取りやおいてあるもの自体は大して変わっていなかったが、

小動物の人形や植木鉢、

さらに女の子用の服など、

変わっている点も多かった。

「どっどーしよう…」

それを見ながら僕はその場に座り込んでしまうが、

だけど、僕の力ではどうすることで出来なかったのである。



そして10年が過ぎた。

「サクリードちゃん。大丈夫?」

小学校時代からの親友の女の子が心配そうに尋ねてきた。

「あ、ちょっと考え事を…」

そう僕は返事をすると、

「何考えてたの?」

と彼女は聞き返す。

「内緒」

その質問に僕は悪戯っぽく返すと、

「私にもいえないことなの?」

と可愛らしいワンピース姿の彼女は、

可愛らしさをいっそう引き立てながら尋ねた。

「もう、その手は通じないよ」

と僕はやんわりと返した。

実はこの女の子の名前は小沢命と言い、

あの小沢真人の成れの果てである。

ただ、周り人の記憶なども変わってしまったのは僕だけらしく、

それ以外の子は何かと苦労したらしい。

「サクリードちゃんは全く変わらないわね。

 あの頃と…」

と命は僕を見ながらそう呟いた。

そう、僕の姿はあの頃と全く変わらず小学生のままであった。



さらに時は進み、

「みんな、いなくなっちゃったな…」

そう呟く僕は一人山の中にいた。

僕はあの本の中の少女と同じように、

動植物たちと話をする事ができていた。

人間の友人たちはとうの昔にいなくなり、

僕は世間とは全ての繋がりを絶った生活をしているのである。

だけど、そんな僕の姿はやっと小六か中一程度の女の子。

「これが…先生の言ってた罰なのかな?」

自分の姿を見ながら僕は呟くが、

その答えを知っている者などいない。

あの西脇先生は元々いなかった―ということになっているのだから。



おわり