風祭文庫・乙女変身の館






「運否天賦」


原作・山田天授(加筆修正・風祭玲)


Vol.T-218





学校…

多数の児童生徒がその場に集い、

勉学に励み、

運動に汗を流す空間。

しかし、大勢の人間が集う空間は歪みやすく、

歪んだ空間は異界より様々な者を呼び込んでしまう扉でもある。



夏が過ぎ秋の季節の到来を感じる9月9日。

この日は重陽の節句と呼ばれ、

古来中国では最も縁起のよい日とされていたのであった。

そして、その日を待っていたかのように、

各地で秋祭りが催される季節の到来でもあった。

無論、僕の住むこの街の神社でも、

毎年9月9日には縁日が開かれ、

小さかった頃から僕はこの日が来るのを指折り数えていたのであった。



「いいかっ、

 今日は八幡神社のお祭りだが、

 あまり遅くまで遊ばないことだ」

最後のホールムール、

教卓に手を置きながら西脇先生は僕達に向かってそう話しかけると、

「えぇ!」

その声にクラス中から一斉にブーイングが挙がる。

だけど、

「先生たちも見回るからなぁ、

 遅くまで遊んでいる不届者を見つけたら容赦はしないぞ」

急病で休んだ担任の南脇先生の代わりである西脇先生は

臆することなくそう付け加えると、

「はーぃ」

みんなは仕方なく返事をした。


テンツクテンツク

祭囃子が賑やかに響く午後7時、

僕・小川原豊(ゆたか)は妹の満をつれてこの神社を訪れていた。

「お小遣いは二人で千円よ、

 よく考えて使いなさい」

そういって母さんが渡してくれた千円札を財布にいれ、

僕は妹の手を引き夜店の明かりが煌々と輝く参道を歩いていく。

僕は中学1年生、妹の満は小学3年生。

好みも違えば興味も違うこの二人が

仲良く歩くなどと言うことは至難の業である。

お互いに引っ張り引っ張られて歩いていく中で、

「お兄ちゃん、次あれやろうよ」

そう言って満が指差したのはくじ引きだった。

「くじ引きかぁ」

頭を掻きながら僕は立ち止まると財布を見るが、

母さんから貰った千円札は既に崩され、

400円だけが残っていた。

「一回300円かぁ

 お兄ちゃんはいいからお前がやれよ」

財布から300円を取り出し、

僕は満に手渡そうとすると、

「お兄ちゃんも一緒にぃ」

と満はイヤイヤを始めだした。

「無理言うなよ、

 1回300円、

 二人でするには倍の600円が掛かるのっ、

 いまお兄ちゃんが持っているお金は400円しかないから、

 満がクジを引きなさい」

そんな妹に向かって僕はそういいつけるが、

ジワッ…

満は僕の顔を見詰めながら涙を溜め始めた。

「おいおいっ

 もぅ3年生だろう。

 そんなことで泣くなよ」

そんな妹に向かって僕は呆れた顔をすると、

「よぉ!小川原じゃないか」

と西脇先生の声が響いた。

「え?」

その声に僕は振り返ると、

「よぉ」

の声と共にホームルームの時と同じ服装の西脇先生が

にこやかに手を上げて近づいてきた。

「西脇先生!」

それを見た僕は一瞬、嫌な顔をしてしまうけど、

すぐに表情を変えると、

「こんばんわ」

と挨拶をしながら頭を下げた。

「何をしているんだ」

そんな僕に先生は尋ねると、

「えぇ、

 妹があのクジを引きたいって言うから」

と僕は事情を話す。

「そうか、

 400円しかないのか、

 ちょっと待てろ」

僕の事情を聞いた先生は少し考える素振りを見せた後、

夜店へと向かいお店の人と何か話し始めた。

そして、急に意気投合をすると、

チョイチョイ

と二人に手招きする仕草をしてみせた。

「なっ何かな?」

その仕草に僕は妹を連れて向かうと、

「よかったなぁ、小川原っ

 この店の人な、

 先生の古くからの友人でな、

 クジを200円にまけてくれるそうだよ」

と僕の肩を叩きながら笑顔を見せた。

「そっそうですぁ、

 ありがとうございます」

思いがけない展開に

僕は戸惑いながらも先生に向かって頭を下げ、

「じゃぁ一人一回ずつやらせてもらえますか?」

店の人にお願いすると、

「んっ、

 仕方がないな、

 西脇さんの顔に免じて400円だよ」

となぜか店主は無愛想に言う。

「はぁ…

(先生が無理に頼んだのかな)」

店主の態度を見た僕はちょっと気が引けたが、

でも喜んでいる妹の手前、

何事も無いかのように400円を払うと、

妹は早速くじを選び始めた。

「どれにしようかな…」

そう言ってしばらく満は迷うが、

「これにしよ」

と一つの紐を選ぶと引っ張った。

「うーん…普通だな」

満が当てたのは、

黒い髪をショートカットにして普通のワンピースを着た、

妹と同年代と思われる顔立ちのごく普通の少女の人形だった。

「では、貴方も選んでください」

そういわれて僕もまた適当にくじを引くと、

「あ、お兄ちゃんいいな」

妹の声が響き、

「はい、おめでとう。

 大当たりですね」

大当たりにしては大して語調を変えずに店主は言う。

そう、僕が引いたのは、

幼稚園位の女の子の人形で、

満が好きそうな黒を基調としたフリルのたくさんついた服…

いわゆるゴスロリと呼ばれる服を着ている西洋人形だった。

「お兄ちゃん、

 それ頂戴!!」

案の定、あつかましく満はねだって来るが、

端っから彼はそのつもりだったので、

「はいよ」

と言いながら人形を渡そうとすると、

「あぁちょっと待って、

 渡すのはちょっと待ってください。

 先にこれにお名前を書いてください」

そう言いながら店主は紙を2枚手渡した。

僕に渡された紙の一枚目を見ると、

紙の上には【可愛らしい少女(並)】と書かれていて、

その下には名前をかく欄があった。

「ふーん」

その紙を珍しげに見ていると、

「お兄ちゃん、さっさとそれ書いてよ」

妹に促されて僕は紙に満の名前を書く。

すると、

「二枚目にも書いてください」

と店主は言うと、

「あぁ…」

店主に言われるまま二枚目を見た。

するとそこには【ゴスロリ美少女(大当たり)】と書かれてあり、

そっちには僕は自分の名前を書いた。

「はい、ありがとうございました」

店主は二人が名前を書いた紙を封筒に入れ、

僕に渡しながらそう言うと、

「返品は受け付けませんので」

と付け加えた。

「返品なんて…」

そう思いながらも大当たりの品を嬉しそうに見ている妹を横目に

僕は2・3歩歩き出すが、

ふと後ろ何かに気付いて振り返ってみると、

そこには店などは跡形もなく、

ただの空間が広がっていたのであった。

「なんだこれは…」

何も無い空間を見ながら

僕は薄気味悪さを感じると、

「行こう、

 満っ」

なぜか西脇先生のことを忘れ、

妹の手を引いた。



「お帰り。

 どうだったお祭りは?」

二人が縁日から戻って来ると、

台所から母さんが様子を尋ねてきた。

「うん、まぁ…」

その言葉に僕は曖昧な返事をすると、

「ママ、これ見てぇ!!」

満はよほどあの人形が嬉しかったらしく、

母さんに見せびらかし始めた。

「そう、よかったわね。

 今日はお風呂に入ってもう休みなさい」

その人形をチラリと見た母さんは僕にそういうと、

「うん、分かったよ」

と返事をして僕はお風呂に入り、

ゲームをせずに一直線に床へと就いた。

「なぜだろう、

 ひどく疲れを感じる…」

まるで奈落の底から引っ張られるような、

そんな疲れを感じながら僕の意識は眠りの中へと消えていった。



深夜…

僕が机に置いていた封筒が淡く輝くと煙のように消えると、

満の部屋に飾られていた2体の人形も同じように消えて行く。

そして、黎明時になると、

二人の部屋から眩いばかりの光があふれ出し、

さらにその様子を早朝の散歩をしていた人が目撃するが、

その人は腰を抜かすと、

「うわっ!

 おっお助けぇぇぇ」

悲鳴を上げながら逃げ出していった。

一方、その光の中で、

まず、僕の部屋が変化し始めた。

部屋を飾る壁のクロスが可愛らしい少女物に変わり、

クロゼットの中の服がすべて子供用の"ゴスロリ服"へと変わり、

さらに、タンスやベッドなどの家具も同じ趣向の物に変わっていった。

そしてすべてが終わると、

そこには女の子の部屋に寝ている一人の少年がいるだけだった。

しかし変化は終わらない。

僕の体がどんどん小さくなっていくと、

瞬く間に幼稚園児くらいになり、

短く黒かった髪が腰まで伸び、

銀色へと染まって行く。

そして、顔立ちも可愛らしく変化し、

目の色も茶色から綺麗な瑠璃色に変化した。

最後に既にぶかぶかになっていた彼のパジャマが、

フリルとレースがふんだんに使われた物に変わって行くと、

僕の頭には何かがかぶせられた。

しかし、僕はその変化に気がつく事もなく、

ただひたすら眠り続けていたのであった。

一方、満の部屋でも同じような変化が起きるが、

しかし、満の変化は極めて小さく、

髪が伸びたのと、

顔つきが可愛らしく変化したのみであった。



「そろそろ起きなさい!!」

翌朝、母さんの怒鳴る声に満は目を覚ますと、

「あれ…私の髪の毛こんなに長かったっけ?」

満は自分の髪の毛が伸びていることに気がついたが、

たいして気に留めることもなく、

顔を洗うために洗面所に向かって行く。

そして、

「あれ…私ってこんなに可愛かったっけ?」

と言いながら自分の顔をしげしげと見るが、

そこには何時もの自分より可愛く見える少女が映っているが、

妹は気にしない素振りを見せると、

そのまま顔を洗い、

友達からもらったリボンで髪の毛を縛る。

そして、着替えのため部屋に戻ると、

「あ、ない!!!」

部屋の棚の上においておいた昨日の人形がなくなっていることに気づくと、

「おっお兄ちゃんっ

 あたしの人形知らない?」

と尋ねながら僕の部屋へと入るが、

「なっなにこれぇぇぇ!」

一変した僕の部屋の様子と、

ベッドの中で寝ている僕の姿を見た満は悲鳴を上げ、

「ママっ!!

 ママっ!!

 大変!!

 お兄ちゃんが!!」

満は大急ぎで母さんの元へ向かって行った。

「どうしたのよ満、

 朝から大声を上げて」

呆れたような顔をして母さんが窘めるが、

「お兄ちゃんの部屋が大変なの!!」

と満は声を上げる。

すると、

「あらあら困った子ね。

 そんなにお兄ちゃんが欲しかったの?

 お兄ちゃんなんていないじゃない。

 それより早く豊(とよ)ちゃんを起こしてきてあげて、

 もうすぐご飯だから」

と母さんは満に言い聞かせた。

「えぇ!」

母さんからの言葉に満は愕然としていると。

それらの声に僕はようやく目が覚めまし、

「どうしたんだ、

 満、

 朝から…ってなんじゃこりゃ!!」

そう自分の部屋とは思えない、

恐ろしく少女趣味な部屋の様子を見て声を上げた。

「おっお兄ちゃん…だよね?」

その声を聞いた満は僕の部屋に飛び込み、

改めて確認をすると、

「満…ここは…僕の部屋なのか?」

と僕は聞き返した。

「そうに決まってるでしょ」

その質問に満は豊に近づき返事をすると、

「ん?」

満は床に落ちているアルバムに気付き、

それを拾い上げて捲った途端、

「おっお兄ちゃん。

 こっこれ見てみて」

僕にそれを見せた。

するとそこには…

ゴスロリ服を着たあの人形の等身大が写っていて、

「これ…あの人形か?」

と僕が聞き返すと、

「今のお兄ちゃんも、同じ姿だよ」

満はそう返事をして、

僕に鏡を手渡した。

「んなっ

 まっマジで?」

それを見た途端、僕は落ち込むが、

しかし、満がクローゼットを開けた瞬間…

「キャーこれ可愛い!!

 お兄ちゃん、これ着てみて!!」

とずらりと並ぶゴスロリの服に目を輝かせ、

早速一着を取り出すと僕に迫ってきた。

「っておい、やめろ…く、来るな!!!」

迫る満に僕はそう言い返すが、

だが、抵抗もむなしく、

僕は満の着せ替え人形にされてしまったのであった。



その後…

僕は幼稚園に通う豊(とよ)という女の子として、

毎日妹に着せ替え人形にされる毎日を過ごしている。

何故か幼稚園の服も豊だけゴスロリ服で、

他の服を買ってと頼んでも、

それからは逃れる事ができなかった。

僕は運を天に任せる事にして毎日を過ごすことにしたが。

そう、すべては縁日のくじ引き…

あの時の大当たりは僕にとっては大ハズレだった。

そして、程なくして

僕はある重大なことを思い出したのであった。

”西脇先生という先生は中学校にはいない”

という事実を…



端書:運否天賦とは、簡単に言いますと『運を天に任せる事』という意味です。



おわり