風祭文庫・乙女変身の館






「こおり鬼」


原作・山田天授(加筆修正・風祭玲)


Vol.T-217





学校…

多数の児童生徒がその場に集い、

勉学に励み、

運動に汗を流す空間。

しかし、大勢の人間が集う空間は歪みやすく、

歪んだ空間は異界より様々な者を呼び込んでしまう扉でもあった。



秋とは名ばかりの暑さが続く空の下、

学校へと伸びる通学路を一人の少年が歩いていた。

少年の名前は崎野潤。

とても優しく、

周りの子に何時も感謝されている少年だった。

「はぁ…

 今日は体育の日か〜

 嫌だな」

潤が言っている”体育の日”とは”祝日の体育の日”のことではない。

彼のクラスでは月に一度、体育の日と呼んで、

一つの授業を潰してその一時限を何か外で動く遊びをする。

と言う授業を行うのであった。

だが、潤は運動神経は良い方ではなく、

特にこの日を嫌っているのである。

「おはよう」

気重そうな挨拶をしながら潤が教室に入ると、

早速、隣の席に座る松野駿也が潤に

「なぁ、聞いたか。

 今日の遊びはこおり鬼だってよ」

と話しかけてきた。

「えぇ!」

それを聞いた途端、潤はがっかりし、

「はぁ…なら俺鬼かな?」

と呟いた。

すると、

「違うと思うよ」

と近くの席に座る中村速美が会話に加わってきた。

「違うって何が?」

速美に向かって潤は理由を尋ねると、

「なんか、今日は私と松野君が鬼らしいよ」

と速美は言う。

「なんでだよ?」

自分と駿也が鬼である。

そう言い切った速美に再度理由を聞き返すと、

「先生の机に書いたものが置いてあったんだって」

と速美は答えた。

「まじかよ」

それを聞いた潤は顔をしかめるが、

どこが二人は自信がありそうだった。

実は駿也と速美は名前の通りとても足が速いのである。

「きっと、こおり鬼だからだと思うよ。

 足が速い子じゃないと終わらないから」

そう潤が言うと、

仕方ないなと言う仕草をしながら

「なら、お前も楽しめるかな?」

駿也が尋ねるが、

「無理だよ。

 …僕の足の遅さは知ってるだろ?」

と潤は言い、

そうやって他愛のない会話をしていると、

キンコーン!

始業を告げるチャイムが鳴り響いた。

「あっチャイムだ!」

その音に潤たちは顔を上げていると、

チャイムが鳴り止まないうちにドアが開き、

フワッ!

一陣の風を教室に呼び込むようにして、

「おはよう!」

爽やかな声を響かせながらこのクラスの担任である西脇先生が入ってきた。



「よぉし、みんな来てるなぁ」

出席簿と机に座る顔を照らし合わせながら先生はそういうと、

「みんな聞いてると思うが、

 今日の種目はこおり鬼だ。

 誰が鬼かと言うのも聞いてると思うが、

 松野と中村だ。

 さぁ、みんな校庭に出ろ」

と先生は”こおり鬼”をすることと、

鬼役は駿也と速美がすることを告げる。

「はぁぁぁ…」

ため息をつきながら潤は腰を上げると、

みんなと共に外に向かった。

そして、

「よし、みんな散れ!!」

嬉しそうに先生が声を張り上げると、

「うぉぉぉぉっ」

「わぁぁぁぁぁ」

それぞれが声を張り上げながら、

二人を残してみんな一斉に校庭に散って行った。

そして、

「んっみんな散ったな…

 よし、行ってよし!!」

と先生が叫ぶと、

同時に二人は走り出した。

そんな様子を見ながら潤は木陰に隠れると、

改めて回りを見回してみた。

すると、奇怪な現象が起きている事を発見した。

「あれ…なんか変な気が…」

そう、既に鬼にタッチされたクラスメイトの中に

潤の知らない子が数人いるのである。

すると、

「あ、崎野見っけ」

と声が上がると、

駿也が潤を追いかけてきた。

「うわっ」

それを見た潤はすぐに逃げるが、

俊足に鈍足が逃げ切れるわけも無く、

瞬く間に潤は駿也につかまってしまった。

そんな潤に

「まぁその内、誰かが助けに来るよ」

と言うと、駿也は別のこのところへ向かった。

仕方なく潤はそのまま立っていると、

走ってる子たちの服装が変なことに気がついた。

みんなは、いつの間に着替えたのか、

女性用水着や新体操・バレエのレオタード、

さらには着物にエプロンなど

女子が習い事等で着るような物や、

野球のユニフォームやサッカーのユニフォーム、

さらにバスケのユニフォーム等

男子が習い事できているような物を着ているのである。

「なに?」

仮装大会をしているのか?

と思わせる光景に潤は目を擦るが、

さらにおかしな事に中には男子なのに女子用の水着。

女子なのに少年野球のユニフォーム

中にはレオタード姿で走っている知らない女子までもいるのである。

そしてなによりも、

誰も皆そのことに気がついていないようである。

「何が起きているんだ?」

そう潤が思っていると。

「崎野君!」

潤に声にかけまだ私服姿の小野美紀が寄ってくると、

素早くタッチすると去っていった。

ところが、

その瞬間、

パッ!

僕の着ていた服が突然巫女さんが着る衣装に変わってしまったのである。

「な…なんで僕がこんなものを?」

着ていた服が瞬時に変わってしまったことに潤は困惑するが、

美紀の家は神社で、

彼女も毎日巫女の衣装を着て手伝っていると言う事を思い出すと、

「まさか、

 助けてくれた人に一番縁のある服に変えられるんじゃ」

とそのことに気付く。

そして、さらに

「それじゃ、僕の知らない子達は、まさか!!」

と潤が閃いた瞬間、

またタッチされた。

「ボーとしてちゃだめよ!!」

そう言って速美は去って行くが、

だが、そこには巫女装束を身に付け、

腰まで髪を伸ばし、

それを白い水引で束ねている少女が走っていく様子が見えていた。

「そんな…」

それを見ながら潤は唖然としていると、

「崎野君っ!」

の声と共に美紀が助けに来てくれた。

そして、潤にタッチをすると、

「今度は早く逃げなさいよ」

そう言いながら離れていくが、

「あ!!!」

美紀は近くに潜んでいた駿也に気がつかずタッチされた。

すると、その瞬間に彼女は服は女の子のままで、

身体だけが男の子になってしまったのである。

「うそぉ!」

それを見た潤は声を上げるが、

「ふふっ、

 崎野、後はお前だけだぞ?」

駿也が潤を指差し近づいてくる。

それを見た潤はこれはチャンスだと思い、

なれない草履で近づこうとしたが…

キーンコーンカーンコーン

無常にもチャイムが鳴り、

「そこまで!!

 そのまま解散!!」

と先生の声が響いた。

すると、その瞬間校庭に眩い光が満ちた。

「うわっ、

 一体今のはなんだったんだ」

光が消えた後、

潤はキョロキョロとしていると、

ザワザワザワ

急に周りが騒がしくなってきた。

そして改めて見回してみると…

「何で俺が女子の水着を着てるんだ?」

「うへ…これ汗臭いよぉ!」

自分が着ている衣服に困惑している者もいれば…

「何で俺が女になってんだよ!!

 これじゃ俺の夢が…」

「いやん、

 男の子になっちゃっているぅ。

 ママになんていえば良いのよ…」

と泣きそうになってる子達までいた。

「みんな…どうして」

そんな周りの様子を潤は見ていると、

「お前…誰だ?」

「え?」

と不意に駿也が話しかけ、

「巫女の服を着てるって事は…

 小野の知り合いか?

 何で学校にそんな服を着ているんだ?」

と尋ねた。

「僕だよ僕!

 崎野潤だよ!!」

駿也に向かって僕はそう力説すると、

「はぁ?

 潤は男って…この状況じゃ分からんな」

と駿也は首を捻るが、

「だーかーらっ」

なおも潤は説明をしていると速美が会話に加わって来た。

「本当に如何しちゃったんだろ。

 まともな格好してるのって私と松野君ぐらいじゃない」

混乱している周囲を見渡しながら速美が言うと、

「中村さんは僕が分かるの?」

と潤は聞き返した。

「そりゃ、松野と一緒にいるとなると

 あんたしかいないでしょ?」

速美はそう答え、潤を見る。

「よかったぁ」

経緯が判る人間が居る事への心強さを感じながら、

潤はこおり鬼をやっている途中からこの調子だったことを話すと、

「うーん、

 もしかしたら…

 もしかしたらだよ。

 潤は普段から周りに優いだろう?

 特に困っている子なんかみると手を貸しているじゃないか、

 そんなお前の行動を恵みの雨って冗談で言う奴もいたくらいだからさ…

 でさっ

 きっと、そんなお前だから見える事で周りを助けられる。

 そう神様が思ったんじゃないかな?」

と、駿也がめちゃくちゃな事を言うと、

美紀だった男子が近づいてきて。

「あ、恵ちゃんは無事だったんだ。

 転校早々に大変だったね。

 やっぱり、僕と違って毎日サボらずに掃除してるからかな」

と話しかけて来た。

「え?」

あまりにも唐突な話に潤は呆気に取られると、

「今日だってほら。

 僕が寝坊したから一人で掃除してくれたでしょ。

 結局時間がなくなって、

 その巫女の格好まま学校まで来て…」

と、唖然としてる僕らに向かってそう言うと、

「それじゃ、

 僕たちは職員室に行ってくるね。

 女の子の格好になっていることを先生に言わないと…」

そう言い残して、

美紀だった少年はみんなに続いて校舎へと向かって行った。



翌日

学校は臨時休校になり、

僕はなぜか小野さんの家に居た。

「恵ちゃんっ、

 松野くんと中村が来たよ」

と美紀だった少年が俊也と速美を潤の部屋に案内をしてきた。

「よぉ」

「こんにちわ」

「どっどうも…」

相変わらず巫女装束姿の潤は挨拶をしてきた二人に頭を下げると、

「着替えないのか?」

と俊也は尋ねた。

「うん、まぁ…

 色々と御勤めがあるから」

俊也の質問に潤はそう答えると、

「なんだよ、

 すっかり巫女さんしているじゃないかよ」

そう俊也は茶化した。

だが、

それから先の話は続かずに、

しばし無言になると、

「だけど、無事だったのが俺ら三人だけとはな」

と俊也は呟いた。

「本当にそう思う?」

その言葉に潤は聞き返すと、

「思わないわね」

速美はそう呟き、

「確かにな」

追って俊也も小さく頷いた。

「まぁ…気にするな」

潤を励まそうとしてか俊也はそう言い、

部屋の中をぐるりと見回すが、

いま潤が居る部屋には机やタンスが置かれているものの

未だ紐解かれていない荷物が置かれ、

ここに引っ越してきてさほど時間が経ってないように見えていた。

そんな部屋を見渡しながら、

「しかし…これもお前のなんだよな」

と俊也は言いながら持ち上げたのは赤いランドセルだった。

「私たち以外の人たちには、

 貴女は潤じゃなくて恵って女の子なのよね」

速美はそういうと、

「それに…」

と続けるが、

「そこからは言うな」

すかさず俊也が言葉をさえぎった。

そう、潤の存在は生まれた時から女の子と言う事になっていた。

それどころか両親は他界し、

潤、いや恵は遠い親戚である小野さんの家に”養女”として

迎えられる事になっていると言う。

「アルバムを見たけど、

 僕のお父さんとお母さんという人は全く知らない人だったよ、

 なんで…僕だけこんな目に…」

顔を伏せながら潤はそういうと、

「そういえば…

 最後まで動いていたのって私たち三人だけよね?」

と速美は指摘するが、

「関係在るにしてもないにしろ…

 もう戻りそうにもないし、

 ”西脇先生”だなんて学校は最初からいなかったていうし、

 俺たちの担任は下脇先生だそうだしさ」

潤は力なくそう呟いた。

そう、あの日、

潤たちの担任といっていた男…

西脇先生は学校に存在しないはずであった。

そして、一日が経過し、

みんなもとの担任である下脇先生を思い出すと、

なぜあの男を担任と思ったのか疑問に思う様になっていたのである。

「まぁ、学校は明後日まで休みみたいだし、

 お前は早く新しい生活に慣れるしかないわね」

と速美が言うと、

「うん、分かった。

 そうするよ」

潤はそう返事をし、

「あぁ、

 そうだな、

 そうするしかないか」

と俊也も頷いていた。

何も変化が無かったと思われたこの二人にも

実は変化があったのである。

それは足。

あんなに足の速かった二人が、

異常なほど遅くなっていたのである。

「まぁ、俺らはがんばれば元に戻れるんだろうから、

 あまり気にするな」

別れ際、俊也と速美そう潤に話しかけそして別れた。



それから程なくして潤、いや恵は養子に迎えられ小野恵になった。

そして、再び学校が始まって判ったことだが、

あの時変身した子は、

その時着ていた服やユニフォームが

エプロンなら料理が、

レオタードならバレエや新体操で、

サッカーや野球のユニフォームならそれぞれの競技で

みな天才児と呼ばれるようになっていたのである。

もしかしたら、

恵にも何か変わった力が宿っているのかもしれない。

そう思って彼、いや彼女は席についていると、

「おーぃ、

 転校生を紹介するぞ」

と言いながら先生が教室に入ってきた。

そして、その後に続いて入ってきた少年を見た途端、

恵の表情が一気に凍りついた。

「崎野潤です。

 よろしくお願いします」

そう言って恥ずかしげに頭を下げた少年は紛れもなく潤本人であった。



おわり