風祭文庫・乙女変身の館






「悩み相談」



原作・カギヤッコ(加筆編集・風祭玲)

Vol.T-251





県立沼ノ端高校。

不可思議なトラブルも多く、

秘密裏に行動する特殊部隊もいると囁かれている高校なれど、

ごく平均的で…

ごく普通の…

そして何処にでもありふれた善男善女である学生たちがこの学び舎に通い、

平穏かつ安寧な学園生活を送っている極めて平和な学園である。

しかぁし、やはり好奇心旺盛で多感な時期を迎える若人達が

一つ屋根の下と言える学園生活をおくるに当たり、

様々な悩みを抱えるのは必然であり、

ゆえにそのはけ口、

あるいは道標を求めて模索するものである。

無論、学園はかねてよりそんな生徒達に対し、

少しでも道のりを示すべく門戸を開いているのだが、

ここの場合、生徒も教師もどこかずれている所もあるようである…



『よっこらしょ』

沼ノ端高校から程近い駐車場に鍵屋の声が響くと、

鍵屋は轟天号に積んであった商売道具を引っ張り出し、

ガチンッ!

その商売道具を空間に開けた倉庫へと積み替えていく。

そして積み替え作業をしながら、

『そういえば”彼”あれからどうしているのでしょうか』

とかつての後輩であるコン・リーノのことを思い出していた。

『彼のギルドに纏わる様々な噂の真相を確かめようとしたのですが、

 どうも“彼”とは水が合わなそうですし。

 ちょっと白蛇堂さんには悪い事をしましたけど……」

若干の罪悪感を感じつつギルドを去った鍵屋は

気ままな(?)フリーのレンタル行商人稼業に戻ったのだが、

しかし、それはあくまで表の顔であり、

裏の仕事…そう情報屋としての稼業はしっかりと続け、

そして、その情報屋として神扇の件に手をつけたことによって、

鍵屋はいまこの場にいるのである。

「それに何より僕が“あの仕事”をやっている限り

 いつかはこうなっていたでしょうし……

 そう言えばあそことは別のギルドが何か動いているようですけど……

 その時はその時です」

時代物のコートを身にまといつつ鍵屋は苦笑いを浮かべ、

「しかし、

 あれの派生があったと言うのは盲点でした……僕もまだ未熟です」

ここに来る前に片付けた“仕事”の事を思い出しながら

つぶやく顔には珍しく疲労の色が出ている。

「それにしてもあの元高級公務員とか言っていた人、

 あの力でサソリみたいな姿になっていた割には

 カマキリみたいな顔をしていましたけど、

 あのキャラは社会の頂点はともかくお笑いの頂点の一角には立っていますね……」

その際の思わぬ苦戦とその自称元高級公務員のキャラに

鍵屋は思わぬ疲労を感じていたのであった。

そんな鍵屋の目に沼ノ端高校の校舎が入ってくる。

「沼ノ端高校……あそことは相性が悪いですけど、

 カフェテリアのコーヒーと食事はおいしいと学外でも有名だそうですし、

 少し休んでいきますか……」

築60年以上といわれる時計塔校舎を仰ぎ見つつ、

鍵屋は静かに校門をくぐって行く。



ちょうど時間は昼休み、

生徒達は校庭や校舎内にたむろしているのだが……

ビュッ!

ビュッ!

バシッ!

ビシッ!

「はっ!

 やっ!」

「よいしょ〜、

 こらしょ〜っ」

校庭に足を踏み入れた鍵屋の目に入ったもの。

それは校庭や校舎のあちこちで竹刀を素振りしたり、

シャドーボクシングをやっていたり、

さらには筋肉トレーニングなどをして汗を流している男子生徒達の姿だった。



体育館では体操部の吊り輪に足を引っかけて空中回転をしていたり、

階段から別の男子が転がす大きな玉−

体育祭用の大玉‐を受け止めたりかわしたりもしている。

その顔はどれも厳しく、

まるで戦に出る兵士達のそれを思わせる。

一方教師達も竹刀や手製の捕縛棒を手に素振りや突きの練習に余念がない。

一体何が彼らをそうさせているのだろうか。

「この緊迫した空気……

 さすがに学生総出で鬼退治でもないでしょうし、

 武闘大会でもあるのでしょうか?」

さすがに鍵屋の顔に緊張が走る。

そこに、

「おや、

 鍵屋さんじゃないですか」

とさわやかな声が響いた。

その声に目を向けるとそこには小牛田浩二の姿があった。

「ああ、

 これは小牛田さん、

 ご無沙汰しています」

鍵屋は静かに一礼する。

「鍵屋さん、

 今日はどうされたんですか?

 少なくとも柵良先生は今日は色々忙しいようなので

 会うのは控えた方が良いですよ?」

と彼なりの推測でアドバイスをする浩二に対して鍵屋は軽く首を横に振り、

「いえ、今回は別の仕事が…

 あなたの“ご本業”みたいなものですね‐

 片付いたものでちょっと一息……と言う所で」

“ご本業”と言う言葉に一瞬神妙になる浩二だったが、

鍵屋はそれを知るや知らずや、

「まあ、

 柵良さんの顔をついでに見に行こうと思いましたけど、

 この空気では顔を合わせた瞬間カタパルト射出されそうな予感が強いですね……」

と少し照れ笑い交じりでキザに小さな鍵を指先でくるりと回す。

そして、

「それに、

 例の彼女達と顔を合わせるのも今はちょっと面倒ですし」

この学園を陰で守り、

心ならずも敵対者と誤解されてしまった

五人の少女達の事を思い浮かべて苦い笑みを浮かべる。

浩二も彼女達の事を思い出して鍵屋を案じる様に静かにうなずく。

「それよりも小牛田さん、

 この空気は一体何事です?

 怪奇現象ではないとしても妙に殺気立っているようですけど」

気を取り直して尋ねた鍵屋に今度は浩二が軽く苦笑いを浮かべながら、

「いえ、

 今日は放課後に校長先生の提案で生徒の悩み事相談を行う事になってまして」

と答える。

「何でも校長先生は校長になる以前から生徒達の事に心を砕いておられたらしく、

 適わぬまでも生徒達の力に慣れればと何度かこう言う機会を設けているそうです」

「なるほど……

 いまや先生もカウンセリングが必要と言われる時代、

 こう言う事を真剣に取り組むのは最敬礼ものですね」

と鍵屋はうんうんとうなずくが、

それでも合点が行かず、

「でもそれとこの緊迫した空気とどういう関係が?」

と尋ねる。

それに対して浩二は苦笑いをさらに深め、

「実はそのカウンセラー役が……」

「柵良さんですね?」

と、浩二の言葉を待たずに鍵屋は即座に答えてしまう。

浩二はただ苦笑いをしてうなずくのみだった。

「やれやれ、

 みんな必死だね〜」

学園内にあるオープンカフェテリアから見下ろす事のできる広場でも

特訓に打ち込む男子を見て夏木凛はやれやれとため息をついた。

「でもでも、

 うちの男子って普段はちょっと頼りないように見えるけど、

 こう言う時はみんなかっこよく見えるよね」

「ほんとですよね〜、

 青春の悩みを熱いバトルに向ける若者達。

 最高の被写体の一つですよ」

その一方で夢原希は何時になく目を輝かせ、

春日野麗は愛用のデジカメの手入れに余念がない。

そのメモリーにはすでにかなりの数の男子達の姿が記録されている。

「……あなた達、

 何バカな事言っているのよ。

 男子達が真剣なのは決してほめられる目的からじゃないのよ。

 それをかっこいいなんて言うものではないわ」

二人の会話に呆れながら水無月可憐はカフェオレを口にする。

「そもそも、

 柵良先生も普段のお仕事や巫女としての勤めで忙しい中

 こう言う機会に加わってくださると言うのに男子達と来たら……」

かなり苦い表情で可憐は頭を抱える。


無理もない。

たいした用事もないのにただ柵良の顔を見たい、

お話したいと言うだけで保健室に駆け込む男子は後を絶たず、

生徒会でも悩みの種となっていた。


今回の悩み相談でも悩みも何もなく

保健室に押しかけるであろう男子達を警戒して教師達は厳しく釘を刺し、

また生徒達を少しでも取り押さえるべく竹刀や捕縛用の棒の素振り、

さらには投網やトリモチ弾の手入れに余念がない。

「まあまあ、

 色々なよくない事情で保健室が一杯になるとかじゃないんだから

 平和で良いじゃない。

 わたし達の出番もないんだし」

と自分もどこか穏やかな顔で秋元小町は可憐をなだめる。

「そうそう。

 今日の放課後は部活もないんだし、

 みんなでまたのんびりカフェテリアでくつろごうよ、

 けって〜い!」

「わたしもまたこの悩み相談の一幕をカメラに収めてきます!」

と高らかに右手の人差し指を掲げる希や

改めて熱く拳を握る麗に対して凛と可憐はさらにため息を深める。

「やれやれ……

 希も小牛田さんにあこがれて教師になるんだなんて言ってたけど、

 これじゃ先が思いやられるわ……

 ですよね、可憐さん?」

「ええ……まあ、

 今回はA防衛隊の円堂さんが頑張っているみたいだし、

 ひとまずは静観と言う事になりそうね……」

と言いながら改めてカップを口に含む。

「でも忘れないで。

 この騒ぎ自体はともかく、

 それに乗じて何か起こるかも知れないわ。

 もしかするとあのタキシード男が現れるかもしれないし、

 その時は……」

「わたし達の出番、と言う事ね?

 それはない方が良いけど……」

と自身を引き締めるように言葉を出す可憐にそっと小町が言葉を続ける。

しかし、麗と希はそれをよそにあれこれと青春談義を続け、

「やれやれ、

 本当に平和だよ……」

そんなみんなを眺めつつ凛は改めて大きくため息をついて見せる。



と、“裏の事態”に対処する五人組がのんびりとしている中、

カフェテリアの別の一角では一人の男子がため息をついていた。

「ふぅ……」

その顔は普段の脳天気さからは想像もできない位空虚で苦悩に満ちたものだった。

「めずらしいわね、

 渡がそんなに悩み込んでるなんて、

 いつものあんたらしくないわよ」

三池忍は自分と向かい合って座っている男子―唐渡を気遣うように声をかける。

「いつもなら

 ”わ〜い、柵良先生とお話ができる〜、

 あほ教師どもの包囲網など潜り抜けて柵良先生との愛の語らいを……”

 なんていの一番に張り切るはずなのに」

と普段の渡のリアクションを語る声はどこか呆れも混じっている。

「ふぅ……」

それに対して渡はさらにため息を深める。

「まったく、

 みんないいよな……悩みなんてなくてさ……」

そう言いながら渡がテーブルに屈伏する。

「渡……渡に悩みなんてあった?

 ま、どうせ

 ”柵良先生と二人きりになるよい方法がないか”

 とかじゃないの?」

と忍はあきれて両手を挙げるしぐさを見せる。

実際、午前中の業間休みに友人が突然吐き気を覚えた事に戸惑いながら事情を聞いたら、

「お、お兄ちゃんが……

 紅茶を差し入れに来て……

 その紅茶にバーボン入れてたのよ!

 おかげで二日酔いしちゃって……うぷっ」

と屈伏していたのに呆れていた矢先の事もあり、

長い付き合いである渡の心理を見透かすように肩をすくめる。

しかし、渡はそんな忍に背を向ける様にさらにため息をつく。

「渡……」

さすがに忍の顔に真剣な不安の色が出た時、

渡の前にきりりと立つ影が見える。

「唐、探したぞ!」

「ん……円堂か?」

特注の白い詰襟をまとい、

オールバックの髪形をした学生―円堂忠太郎―の姿がそこにあった。

「円堂さん、一体どうしたんですか?」

突然現れた円堂の姿に驚きながらも忍は尋ねる。

それに対して円堂は改めて身だしなみを整えると、

「これは忍さん、

 このやっかい者の面倒を見続ける慈悲深きお心、

 この円堂忠太郎、心より敬服いたします」

と礼儀正しく一礼をする。

「実は今日の事で唐に釘を刺したいと思いまして……

 こら唐、今日の放課後行われる悩み事相談、

 貴様が一番のブラックリストに上がっているんだ!

 もし柵良先生に不埒なまねをしてみろ、

 この僕が只では済まさんぞ!」

と普段から持っている模造刀を渡の頬に突きつける。

それに対して渡は意に介せずという顔でさらにため息をついている。

「唐ぃ貴様、人の話を聞いているのか!

 返事しろ!」

さらに怖い剣幕で迫る円堂だが……

ビュッ!

ドゴンッ!

鈍い音と共にその視界が暗くなり、

その顔が見る見る青くなる。

「わ……わーっ!

 暗いよ狭いよ怖いよーっ!」

突如として彼の上に落された巨大な釣鐘の中で

世界に名だたる資産家の長男にして

ルックス、知能、運動能力、品性に優れた自身の唯一のトラウマである

閉所・暗所恐怖症を引き起こしてひたすら泣き喚きながら釣鐘を内側から叩きまくる。

「ふぅ……やっとれんわ……」

仇敵を封じた勝利に酔う事もなく渡はそのまま哀愁を背に、

ため息をまといながらその場を後にする。

「あ、待ってよ、渡!」

忍もあわてて後を追う。

ベギッ!

その数分後、

派手な音を立てて釣鐘にひびが入るとそのまま釣鐘は砕け、

中から仁王のごとき形相の円堂が現れたのであった。

「ふっ……」

出られた安堵感と女性の前で痴態を演じた事への羞恥心を隠す様に

身だしなみを整えると、

そのまま円堂は被りをふり、

「失礼しました忍さん……って忍さん?」

と声を掛けるがすでにその場には忍も、

そして希達の姿もなく、

昼休みの終わりを告げる予鈴がむなしく鳴り響いていた……

「そう言えばあの子達―

 ぷりきゅあと名乗ってましたけど、

 確かに“あの世界の彼女達”にも通じますね……

 できれば力になりたいのですけど、

 当分は無理でしょうね……」

校舎から少し離れた林の中で鍵屋はテントを引いて

アイテムの整理を行いながらそうつぶやいた。

「そう言えばこのアイテムも預かってかなりになりますけど、

 このアイテムを使いこなせるまで“彼女達”は“強く”なれたのでしょうか……」

“また別の世界”の少女戦士達の更なる力を引き出す為に

彼女達を影で束ねる人物から託され、

今はその真価を引き出せるようになるまでと言う条件で

預かっている五色のチョーカーを手に取り物思いにふけっていたが、

キーンコーンカーンコーン……

「始まりましたね……」

放課後を告げるチャイム、

もしくは戦いの始まりを告げるゴングの音を聞きながら鍵屋はそうつぶやき、

チョーカーを倉庫用の空間の中にしまった。

ワーッ!

ドドドドドド……

柵良のいる保健室に通じる複数の廊下から

悩みと欲求を心に満たした若者達の地響きがこだまする。

「みんなーっ!

 おれ達の熱い悩みを柵良先生に届けるんだーっ!」

「そして柵良さんと一緒に向き合ってお話をーっ!」

彼らの顔は、そして瞳は本当に悩んでいるのかどうかわからないほど熱く輝いている。

「来ましたぞ!」

無数に張られたバリケードの奥、

大慌てで戻ってきた斥候の教師の声に

教員主任の尾瀬真久がいかついの顔をよりごつくして竹刀を固める。

「総員戦闘準備!

 われわれ沼ノ端高校A防衛隊の威信にかけて不埒者どもを一歩も通すな!」

円堂も配下の生徒達に檄を飛ばす。

そしてその数秒後、

戦いは始まった。

バリケードをものの数分で突破した男子達と教師・A防衛隊連合軍との攻防は熾烈を極めた。

「通せーっ!

 悩んでるんだーっ!」

「総員一歩も引くなーっ!」

「横暴な教師達を倒して自由を勝ち取るんだーっ!」

「何言ってんだ、

 親のすねかじってるだけの若造がーっ!」

「円堂、同じ生徒のくせにおれ達の悩みがわからんのかーっ!」

「うるさい、僕はただ貴様らほど身も蓋もない事はしないだけだーっ!」

と、妙な口論も交えながらの取っ組み合いが続くがやはり多勢に無勢、

多くの生徒達が包囲網を突破して保健室に駆け込んでいく。


そして……

「体の不調を訴えながらその元気あふれる乱闘振りは何だーっ!」

ドガシャーンッ!

戦闘開始から数分、

保健室のある辺りから男子生徒達が天高く射出されている。

その姿はカタパルトから打ち出される戦闘機か、

はたまた対空迎撃ミサイルか……

「こ、これはすごい!

 青春の悩みを真剣にぶつけ合う生徒と教師達……

 まさにはじける青春の姿です!」

その光景を興奮しながら麗はシャッターに収めてゆく。

「毎回色々な騒動に事欠かないわが高校、

 今回の悩み相談でも勃発する大乱闘……

 学園報道部の編集長として例えこの身が倒れてもしかと後世に残してみせる!」

その一方で沼ノ端通信編集長の増戸美代も乱闘をかいくぐりながらシャッターを押し、

取材用のマイクを伸ばす。

決して死傷者が出る訳でもなく、

理由も互いの悩みの昇華。

ある意味まさに「平和な戦争」がそこにあった。



そんな騒ぎをよそに渡は腕を組み、

ため息をつきながら林の中に足を運んでいた。

「ふぅ……どうしたものか……」

その顔は相変わらず悩みに満ちていたが、

その目がとちょうどテントをしまい終えていた鍵屋を捕らえる。

「ん?

 っておまえは柵良さんに横恋慕しているキザ男!」

鍵屋に指を突きつけながら大声で叫んでしまう。

「ここであったが百年目……と言いたいけど、

 今はそれ所ではない……ふぅ……」

と激情もつかの間、

再び落ち込んでしまう。

「……ふむ、

 柵良さんに悩みを聞いてもらいたい、

 しかしあの乱痴気騒ぎを突破するのも疲れるだけだし、

 まともに柵良さんが悩みを聞いてくれるか……わかりますよ」

「な、ど、どうしてそれを?」

いきなり図星を突かれておののいてしまう渡。

それに対して鍵屋はクールな姿勢を崩さず、

「一応こちらも商売柄こう言うのは察する事が敏感でして……

 どうです?

 よろしければ言いアイテムをお貸ししますよ」

と言う。

渡は胡散臭そうに鍵屋をじろじろ見つめるが、

「ホントだな?

 ホントに柵良さんに悩みを打ち明けてもらえるんだな?」

と詰め寄るように尋ねてくる。

「まあ、あなた次第ですけど……

 とりあえずはお試しあれ」

といつもの要領で小さな鍵を取り出すと何もない空間でカチャリと回す。

カチャリ、

キキ……

何もない空間から扉が開く光景に渡は一瞬おののくが、

そこから鍵屋が取り出したアイテムをものめずらしそうに眺める。

それは一個のカチューシャだった。

なぜか緑色で小さな葉っぱをあしらったデザインをしている。

「これは簡易式変身装置で……」

と説明をするよりも早く渡はそのカチューシャを掠め取る。

「ち、ちょっと、

 まずはレンタル契約を……」

あわてて契約書を取り出す鍵屋だが、

それを無視して渡はその場から走り出していった。

「やれやれ……

 契約書にサインしてもらわないとレンタル契約は成立しせんけど、

 なおの事彼に何が起きても当局は一切感知しませんし、

 その時は相応のペナルティは払ってもらいますよ」

やれやれと肩をすくめながら鍵屋はカフェテラスの方角へと足を運んでいった。

保健室手前の曲がり角。

その奥では今もなお乱闘が続いている。

その光景を少し冷ややかに見つめながら、

「ふっ、もうあんな乱闘をする必要は無い。

 これで真正面から突破してやる!」

と、何のアイテムかわからないままそのカチューシャを頭に乗せた。

ヒュウゥーン……

「ん?」

かすかな音と同時にカチューシャから光が漏れるとそこからリング状の光が現れ、

そのままスキャンする様に渡の体を上下に往復する。

「な、なんだ、

 なんだ?」

突然の出来事に驚く渡をよそに光は何度も渡の体を上下に移動する。

そうこうしている間に渡の体に変化が現れ始める。

体が少しずつ小さくなり、

全体のラインが細くなってゆく。

「こ、これは?」

胸に違和感を感じてぎゅっとつかめばそこには小さな一対のふくらみが盛り上がっている。

さらに足の間ではそこの感触が少しずつ消えてゆく。

ファサッ……

「な、なんだぁ〜っ!」

一瞬目の前が暗くなり、

はらいのけるとそれは肩の辺りまで伸びた自分の髪だった。

さらさらさら……

さらにその髪は生き物の様に渡の背中でまとまると

ものすごいスピードで編みあがり、

きれいな三つ編みになる。

「こ、
これは……」

さらに肉体の変化が終わると今度は制服のズボンが癒着するや

派手に広がりながら長さを整え、

学生服が女性的なデザインに変化してゆく。

「なかなか……」

窓越しに映る自分の姿に一瞬見いってしまう渡。

無理もない。

そこにいたのは少し地味目の女性用学生服に身を包み、

今や絶滅種とも言える三つ編みのヘアスタイル。

さらに何時の間に変わったのか顔つきも少し地味な印象を持つが

そこそこの美少女と言う感じ。

これで眼鏡もそろえばどこから見ても古典的文学少女の姿そのものである。

「こ、こりゃすごい……

 これで堂々と真正面から保健室に行って柵良さんと……」

と鈴の鳴る様な声でにやけながら柄の悪いセリフをつぶやく渡だったが……

「柵良さんに……そうだ、

 柵良先生に色々聞いて欲しい事があったんだ……」

突然その口調はその姿にふさわしいおとなしめなものになる。

さらに自分が柄の悪い姿勢をしていた事に気づき、

「きゃっ、

 わたしったら……」

と顔を赤くしてスカートのすそを押さえてしまう。

「で、でも、

 何から話そうかな……

 悩みなんて一杯あるし……

 あの事にしようかな、

 いや、あれも話さないと、

 ううん、あれも聞いて欲しい……わたし、

 どうしたらいいの……?」

文字通り「悩める少女」となった渡はそのまま考え込んでいたが、

勇気を振り絞るように背を伸ばすと角を曲がり、

そのまま保健室の方向へと向かう。

「あれ?

 この学校にあんな子いたっけ?」

乱闘の光景を撮影していた麗は乱闘の隙間を縫う様に廊下を歩く少女の姿を見て

一瞬シャッターを切ったが、

次の瞬間乱闘の勢いに押されてその姿を見失う。

同じ様に取材をしようとしていた美代も少女の姿を見つけたが、

同じ様に乱闘に巻き込まれてこれ以上追う事はできなかった。

そんなこんなで渡は謀らずとも保健室にたどり着く事ができた。

ただし、

当初の展開とは大きくかけ離れている事自体今の渡に知る術はなかった……

「ふう……やはりと言うかろくな悩みを持ち込む奴がおらんのう……

 まだ鬼を相手にしていた方が余程ましと言うものじゃ」

悩み相談よりも外窓から不埒な男子生徒達を射出する事にいい加減疲れていた柵良は

ようやく一息入れて湯飲みを手にした。

ぬるくなった茶が彼女の過ごした「時間」を物語っている。

「まあ、

 今はカウンセラーの方がカウンセリングを必要としているなんて言う時代ですし、

 それを考えるとみんな悩みのない生徒達と言う事かも知れませんね」

他の教師達が男子生徒達と戦っている中をくぐって入っていた浩二が

安らいだ表情でお茶を飲む。

「それはそれで構わぬのじゃが、

 ちと方向性がの……

 どうじゃ?

 おぬしも表の騒ぎに関わらぬのなら手伝ってはくれないか?

 おぬしも“仲間内”ではかなりの相談上手と聞いてはいるが……」

柵良の問いかけに浩二はとんでもない、

と首を横に振って見せる。

「僕の場合、

 ただ相手の話を聞くだけですよ。

 むしろ最近はみんなに支えてもらう事が多いですし、

 まだまだ未熟と言う事ですよ」

とさわやかに、

そして少しため息混じりに答える。

「まあ、

 互いに色々あると言う事じゃな……

 その点ではおぬしも悩みは耐えぬじゃろう、

 御蔵?」

「は、はい……」

保健室を訪れた”数少ないまともな相談者”の一人である忍は

苦笑いをしながら答えるだけだった。

そこに……

ガラリ。

「し、失礼します……」

消え入りそうな声と共にさらに消え入りそうな姿の少女が入ってくる。

「ん?

 何じゃおぬしは?

 一応この学校の生徒ではある様だが……」

少しいぶかしげに少女を見つめながらも柵良は少女を中に招く。

それに合わせる様に忍は座っていた席を少女に譲り、

浩二も少し距離を置く。

「して、

 ここに来た以上は何か悩みを抱えておるのじゃろう。

 下らぬ悩みでなければ話くらいは聞くぞ」

「う、ううっ……」

どの悩みを話そうかと悩んでいた少女は厳しくも慈愛のこもったまなざしを向けられ、

軽く赤面しながらうつむき、

そのまま黙り込んでしまう。

「なんじゃ?

 うまく言えぬのか?

 まあよい。

 時間はまだまだある。

 心の整理をつけるがよい」

そう言いながら柵良は静かに湯飲みに茶を入れ直す。

浩二と忍も静かに二人を見守っている。

保健室の外ではまだまだ教師・A防衛隊連合と男子生徒達との攻防が繰り返されている。

麗以外の“ふぁい部”メンバーも突然飛び込んだ部活の練習に打ち込んだり、

委員会の仕事に励んでいる。

カフェテリアでは鍵屋が静かにコーヒーと種類は多めの「軽い食事」を楽しみ、

別のテーブルでは校長とネコが日本茶を楽しんでいる。

静かに、ただ静かに時が流れている。

カチ、

カチ、

カチ、

カチ……

時計の針と別の何かが静かに音を立てる中、

少女はうつむきながらも静かに、

そして確かな声を絞り出す。

「せ、

 先生……

 あ、あのう……」

それに気づくや柵良は改めて彼女を受け入れる心の構えを取る。

「ふむ、

 何じゃ?」

「先生、

 あのう、

 わたし、

 わたし……」

声を絞り、

必死で声をつむごうとする少女。

それを静かに待つ柵良、浩二、そして忍。

かすかに張り詰めた空気が流れ、

そして……

カチン。

何度目かの病身が頂点に立つ音と同時に、

少女の首に巻かれていたカチューシャについていた葉っぱの模様がちょうど一回転した。

そして……

「先生、

 わたし……」

少女は顔を上げ……柵良の胸に飛び込んだ。

「柵良さんと二人きりになってその胸に飛び込みたいんで〜す!」

突如思春期の男性特有のそれに変化した声を出すその顔は

まごう事なき高校生男子―渡のものだった。

ただし、制服だけは変化した女子のもののままだったが……

その瞬間、

柵良は微動だにせず渡の飛び込みをかわすとぐいっと襟首を捕らえ、

そのまま頭上で渡の体を振り回し、

窓の外に放り投げた。

床に転がったカチューシャを残して……

「あ、

 あれは“大雪山おろし”!

 伝説の技をこんな所で……」

突然の展開に半ば呆然としながらも浩二は妙な所で見た奥義に変に納得し、

「わ、渡ぅ……一体何考えてるのよーっ!」

呆れと怒りの極限に達した忍が図らずともその身に宿した“力”を解放する。

学生服に身を包んだ少しおとなしめの肢体を

虎縞ビキニのグラマー鬼娘のそれに変化させながら忍は渡を追って窓を飛び出し、

そのまま空に飛び出す。

忍が渡に追いついたのはその数秒後だった。

「全くあんたは何時も何時もバカばかりやって……天誅ーっ!」

そのままの勢いで身を翻し、

電撃をまとったキックを渡の腹に打ち込む。

「ぐぼっ!」

悶絶しながら渡はそのまま落下し、

高校内のカフェテリア横の地面に激突する。

ドカーンッ!

壮絶な爆音と衝撃にも関わらず渡はたいしたケガもなさそうに立ち上がる。

「げほげほっ、

 ひどい目にあった……

 あんな所で元に戻るなんてとんだ欠陥品を渡しやがってあのキザ男、

 今度あったら……っていたっ!」

いらだちながら辺りを見回していた渡の前に

コーヒーブレイクを中断してカフェテリア全域に障壁を張っている鍵屋の姿が見えた。

そのままズカズカと迫り、

鍵屋の胸倉をぐいっとつかむ。

「やいコラてめえ、

 よくもあんな欠陥品を渡してくれたな!

 おかげでこちとら散々な目にあったんだぞ!

 責任とれよこらぁ!」

完全にけんか腰の渡に対して鍵屋は不満げな顔で胸倉をつかんでいた渡の手をきつくつかむ。

「責任取れとは侵害ですね。

 と言うよりその言葉は僕が言いたいですよ。

 アイテムの説明も聞かないままアイテムを持ち出して、

 しかもレンタル契約もしないのにアイテムを持ち出されては迷惑以前の話です」

その視線は文字通り刃物の様に鋭く、

杭の様に深く渡に迫るが、

渡の勢いはまだ止まらない。

「そう言うのはお客様第一ってものだろ?

 アフターサービスくらいきちんとやれって言うんだ!

 それ位やらないと今時客は寄り付かないぞこの野郎!」

それに対して鍵屋の声が少し重くなる。

「……お客様、ですか?

 ならレンタル契約書に書いてあります。

 『不特定以外のトラブルについての責任は取りかねます』

 『万が一自身の不始末でアクシデントを起こした場合、

  それなりのペナルティを取ってもらいます』

 と。

 ましてあなたはアイテムを契約なしで無断持ち出ししています。

 このペナルティは高くつきますよ……」

「あーそうかい、

 ならそのペナルティをもらおうじゃないか!」

とことん食って掛かる渡と右手でしっかりと契約書を見せ、

左手にペナルティ発動用の鍵を握る鍵屋。

緊迫した空気が流れるが、

そこに、

バリバリバリバリッ!

文字通りしびれるような空気と共に鬼娘姿の忍が現れる。

「よ、よう、

 忍……」

半ば乾いた声で挨拶をする渡だが、

忍は聞く耳持たずにドスドスと近づいてくる。

「……どうやら僕が手を下すまでもなかったようですね

 ……あ、お勘定お願いします」

と転移の鍵を応用して定額の代金を店のカウンターに移すや

鍵屋はそのまま転移の鍵を使って真下に開いた扉の中に消える。

「あ、待てこの……」

渡がそれに気を取られた瞬間。

「こぉのぉ……

 男なんて、男なんてぇ!」

忍が両腕をちょうどYの字になるように掲げると

額から発せられた電撃の固まりが手の先に伸び、

それに引き寄せられるようにテーブルが頭上に集まってくる。

そして……

「うおりゃっ!」

電撃の弾をまとったテーブルの塊を両手でつかむと、

忍は渡めがけて投げつけた。

「いや〜、

 みんな悩みのない元気な生徒達で本当に嬉しいですよ……

 ねえ?」

一連の騒ぎをよそに校長はのんびりとネコに声をかけ、静かに茶をすする。

ネコものんびり間延びするように一声鳴くと、

たい焼きに手を伸ばした。

「まったく、

 どいつもこいつも……」

保健室の外ではまだまだ乱闘は続いていたが、

もはや意に関せずとばかりに柵良はあきれ果てながら服の乱れを直すが、

その目が床の上にあるカチューシャを捉える。

「む?

 これはもしや……」

その時、

柵良の机の上から突然扉が現れ、

「いやはや、

 今回も厄介な目に会いましたよ……

 ってこ、これは柵良さん、

 ご無沙汰しています」

と少し驚いたような顔の鍵屋がひょいと顔をのぞかせる。

それを見た浩二の顔が「まずいな」と言う表情になる。

「……鍵屋

 ……このカチューシャ、

 もしやお主があ奴に貸したのか?」

柵良はカチューシャを手に一連の苛立ちをぶつけるように鍵屋に迫る。

「は、はあ……

 一応仕事ですし、

 彼には相応のペナルティを……

 ってちょっとまずいですね……

 とりあえず今回は出直しますーっ!」

と、何時の間に購入していたのか

セレブ堂のシュークリームの入った箱と天界製のお茶の入ったポットを残し、

鍵屋はサーフィンの要領で鍵杖に飛び乗るとそのまま窓から飛び出していった。

保健室外の乱闘はまだ終わらず、

渡も忍の電撃おしおきを食らい続けている。

校長はネコと静かにお茶を楽しみ、

ふぁい部は学生としての青春を謳歌している。

静かな、

あくまでも静かな沼ノ端高校の放課後の一時であった……

余談だが、

麗が撮影した“謎の少女”の写真は美代の記事の一つとなり、

一時期「謎の文学少女を探せ」と物好きな男子生徒達の間で話題になったのだが、

それはまた別の話である。



おわり-



この作品はカギヤッコさんより寄せられた変身譚を元に
私・風祭玲が加筆・再編集いたしました。