風祭文庫・乙女変身の館






「花鳥風月・ 猪鹿 蝶(前編)」

(ふたりはプリキュアS☆S & Yes!プリキュア5・二次創作作品)



作・風祭玲


Vol.804





一面の銀世界。

だが、この銀世界は人為的に作られ、

ごく限られて者しか存在できない世界である。

しかし、

ヒラヒラヒラ

この特異な世界に何所から飛んできたのか、

淡いオレンジ色の羽を持つ蝶が一片舞飛んでくると、

光り輝く雪面の陰に止まる。

しばしの沈黙が辺りを支配し、

蝶は羽をゆっくり動かしながら休んでいると、

ズドォォン!

突如辺りを揺るがす大音響が響き渡り、

雪面の彼方で雪煙が舞い上がっていく。

そして、

ズドォォン!

再び雪煙が舞い上がると、

ヒラリ…

羽を休めていた蝶は舞い上がり、

ヒラヒラ

ヒラヒラ

何かに惹かれるようにして雪煙に向かって飛んで行く。

そして、その雪煙の先では…



「精霊の光よ、命の輝きよ!」

「希望に導け二つの心っ!」

「プリキュア・スパイラルハート…」

二人のプリキュア、キュア・ブルームとキュア・イーグレットが、

敵対するダークフォールの戦士・キントレスキーとミズシタターレに向かって

必殺技の気合を込め、

「スプラッシューッ!!!」

の掛け声ともに一気にそれを放つと、

『あんた惚れたねぇー』

『あんたがスキー!!』

その声を残してキントレスキーミズシタターレは散り、

咲と舞、そして薫と満の4人を閉じ込めていたこの雪の空間は力を失い消滅していく、

こうして戻ってきた4人の前に

クリスマスの飾り付けがされているパンパカパンが姿を見せると、

ヒラリ…

ヒラヒラ…

あの蝶も舞い上がり、

店の屋根上でヒラヒラと舞踊り始めた。

「ん?」

その蝶の存在にサンタコス姿の満が気づくと、

「どうした?」

すぐに薫が尋ねる。

「あっいや、

 あんなのが…」

そう返事をしながら空を舞う蝶を満が指差すと、

「あっ蝶だ!」

「クリスマスに蝶だなんて、珍しいわね」

咲と舞も蝶の存在に気づき物珍しそうに見上げるが、

ヒラヒラ

ヒラヒラ

蝶はまるで何者かを待つように舞い続けていた。



「メリークリスマス!」

「メリークリスマス!」

営業を終えたパンパカパンの店内では

このときを待ち構えていたかのようにして

賑やかにクリスマスパーティが開かれ、

テーブルを囲んで咲達はおしゃべりに夢中になるが、

テーブルを見下ろす天井にはあのオレンジの蝶が静かに止まっていた。

やがて、星野健太と相方を務める宮迫学が

この日のために練りに練ったネタで漫才を披露しはじめるが、

しかし、その評判はごく一部を除いて芳しいものではなかった。

「うーん、

 どうもみんなノリが悪いなぁ…

 仕方が無い、

 作戦会議だ。

 サコッチ、

 ちょっと付き合え」

「えぇ?」

右隣に立っている宮迫の首に手をまわして健太は半ば強引に連行してゆくと、

「あれ?

 薫さんたちは?」

パーティの席に薫と満の姿が無いことに舞が気づき指摘する。

「ん?

 薫と満なら、

 風に当たってくるって言って、

 さっき表に出て行ったよ」

その指摘に咲は返事をすると、

「さて、遅くなったし、

 あたし、

 そろそろ帰らなくっちゃ」

頃合を見計らっていた安藤加代が腰を上げた。

「そうね、

 そろそろお開きにしようか」

それを切っ掛けにしてパーティに参加していた面々も腰を上げ始めると、

「あっおいっ、

 まだ始まったばかりじゃないか、

 新ネタはまだ一杯あるんだからさぁ」

すっかりお開きモードになってしまった場の空気を押し留めるように健太は声を上げるが、

「じゃぁ、あたしもそろそろ…」

「あっ送っていくよ、舞」

ついに咲と舞までも同じように腰を上げてしまうと、

「じゃぁ、僕も…この辺で…」

相方である宮迫までもが健太から距離を離しはじめた。

だが、

ガシッ

いきなり宮迫の腕が握り締められると、

「何だよっ

 サコッチまで俺を見捨てるのかよ」

健太が涙目で迫る。

「いやっ

 だって、

 もぅ…」

縋る健太から逃れようと宮迫は身体をよじると、

「これからじゃないかよぉ、

 これから俺たちはビックになって、

 末は県知事にまで上り詰めるんじゃないかよぉ」

宮迫の胸を大きく揺すりながら健太は訴えるが、

そのとき、

ヒラリ

あのオレンジの蝶が部屋の中を舞い始めた。

「あっチョウチョ」

飛び回り始めた蝶に気が付いたみのりが声を上げて追いかけはじめると、

「あの蝶…中に入ってきちゃったのね」

部屋の中を舞う蝶を見上げながら舞は呟く。

すると、

「あっ幸運の蝶!!」

突然、咲は声を上げると、

「なんだそりゃぁ?」

健太は理由を尋ねた。

「何だって良いでしょうっ

 夕方にあの蝶を見てから良いことがあったんだからっ」

訝しがる健太に向かって咲はそう言うと、

舞の兄である和也のことを自分が誤解していたこと、

さらに手作りのケーキを食べてくれたことを思い浮かべ、

無意識に足が動き始めた。

だが、

「よぉしっ、

 じゃぁ俺が捕まえてやるよ」

腸を追い始めた咲を横目に見ながら健太は腕まくりすると、

部屋を舞う蝶に狙いを定めて捕まえようとするが、

だが、

ヒラヒラ…

なぜか蝶は健太のそばに寄ってくるなりその周りを飛び回り始めた。

「ん?

 なんだ?

 コイツ…」

捕まえようとしても捕まえられず、

しかし、追い払っても寄ってくる蝶の姿に次第に健太は焦れったくなってくると、

「さっきから何やっているのよ、健太ぁ」

なかなか蝶を捕まえられない健太に向かって咲はじれったそうに声を上げ、

「いいわ、あたしが捕まえるっ」

成り行きを見ていた太田優子が腰を上げた。

だが、健太と優子の二人がかりになっても蝶は捕まえられず、

それどころか蝶から飛び散る鱗粉が健太の回りを漂い始めた。

「ニィっ!

 (ん?あれは?)」

鱗粉とともに健太の周囲にからオーラが立ち上り始めると、

それを感じ取ったコロネが飛び起き、

「(あの蝶から強い力を感じます)」

同時に胸の中のフィーリア王女が話しかける。

「(強い力?)」

「(太陽の泉の力に匹敵する強い力です)」

「(ダークフォールかっ、

  いけない、咲が危ない!)」

フィーリア王女の言葉を聞いたコロネは足早に床下を駆け抜け、

そのコロネの身体と健太の足が触れたとき、

シュワッ!

健太の正面を飛んでいた蝶が忽然と消えた。

「消えた?」

まるで何処かに引き込まれるように姿を消した蝶に健太はキョトンとしていると、

『あっ、りんちゃん待って!』

突然、少女の声が健太の耳元に響き、

と同時に

ドォン!

まるで何者かが突き飛ばしたかのように、

健太の背中を強い力が押した。

「え?

 うっうわぁぁぁ!」

背中を押された健太は悲鳴を上げながら前つんのめりになると、

そのまま前に倒れこむが、

迫ってくる床に身体を打ち付けることはなく、

ドタタタタタ!!!

まるで階段から転げ落ちるように奈落へと落ちていった。



サラッ…

少し開けられた窓より吹き込む風が白いカーテンをかすかに揺らし、

無垢の白壁が囲う部屋に整然と並べ置かれた簡易ベッドの上を吹き抜けていく、

そして、そのベッドを横目に見える位置で白衣姿の保健教師が書類に目を通していたが、

「さて」

なにか用事が出来たのか、

教師は徐に立ち上がり部屋の外へと出て行く。

一瞬の静寂が保健室を覆う…



「うわぁぁぁぁ!!!」

それから程なくして、静寂を打ち破るように悲鳴が響き渡り、

ガバッ!

悲鳴を上げながらショートヘアの少女・夏木りんが寝かされていたベッドから飛び起きた。

「あぁぁぁぁぁ…

 ってあっあれ?」

額に乗せられていた濡れたタオルがベッド上に落ちるが、

りんはそれに気づくことなくキョトンとしながら周囲を眺め、

そのまましばらくの間、

ジーと目の前の白壁を見つめていると、

「あっ

 あれ?

 あれ?

 あれれ?」

彼女の記憶と景色が一致しないのか盛んに首を捻り、

そして

「んー?

 なにやってたんだっけ、俺」

と男言葉で呟くと、

意味もなく頭に手を伸ばし、

その指の先が頭のある一点に触れた。

すると、

ズキッ!

「あ痛たたた…」

まるで響く様に痛み始めると、

りんは頭を押さえて蹲り、

ズキズキと響いてくる痛みに耐える。

「痛てて…

 どこかに頭をぶつけたのか…」

痛む頭を庇いながらりんは再び身体を起こすと、

「ところで…

 ここって、

 何所?」

といま自分がいるところに見覚えが無いのか、

盛んに周囲を見回し、

「俺って、

 何やってたんだっけ…

 あれ?

 確か咲のところのクリスマス会に呼ばれて…

 で、サコッチっと…」

と首を捻りながらりんは記憶をたどり始める。

そして、

「あっそうだ」

ようやく記憶の整理がついたとき、

「おーぃ、

 咲ぃ!」

と記憶にある者の名前を呼び上げるが、

しかし、その声に返事をする者は無く、

「ん?

 居ないのか?

 おいっ咲ってば…」

と再度その物の名前を呼んでみる。

だが、返ってくるのは相変わらずの静寂であった。

「うーん?

 なにやっているんだ?

 仕方がないなぁ…

 …美翔ぉっ

 …太田ぁ

 安藤。

 サコッチぃ

 ってあれぇ?

 誰も居ないのかよ」

りんはベッドの上で知っている者たちの名前を次々と呼んで見せるが、

しかし、幾ら呼んでもその者たちからの返事の声は返ってこなかった。

「本当に誰もいないのか?」

返って来ない返事にりんはキョロキョロと周囲を見回すと、

「ってここって…

 パンパカパンじゃないよな…

 どう見ても学校の保健室…?

 時間もいつの間にか昼ごろになっているし、

 クリスマスのはずなのに風が温かい。

 そもそも何で俺、

 こんな所に居るんだ?」

記憶にある場所と時間・季節とその全てが記憶と食い違っていることにりんは首を捻り、

「でも、

 仮に、

 仮にだ、

 俺が何かの理由で凪中に居る。としてもだ、

 凪中にこんな保健室ってあったっけ?」

と部屋に並べて置かれた年季が入ってそうなベッドと、

歴史を感じる部屋の壁を見詰めながらりんは呟いた。

そして、

ポンっ

毛布の下に隠れている膝を叩くと、

「とにかく何があったかは判らないけど、

 これは俺への挑戦だなぁ。

 ったく手の込んだ悪戯をしやがって、

 よーしっ、星野健太。

 この謎を見事解いてやろうじゃないのっ」

と腕まくりをしながら、

りんは勢い良くベッドから飛び降りるが、

ヒラリ

飛び降りたのと同時に彼女の腰の下が盛大に捲りあがってしまうと、

「ん?

 なんか、

 下がスースーするな…」

足先から腿にかけて風を感じたりんは視線をそのまま下へと向ける。

そして、

「!!っ」

眼下に見える淡い青紫色のスカートと、

その下から伸びる二本の生脚を見た途端。

「なっなんだこれは!」

と驚きの声を上げた。



「え?

 なんで、

 なんで、女の格好をしているんだ俺…

 それにこれって、

 何所の制服なんだ?

 え?

 え?

 えぇ?」

身体を左右によじり、

りんはいま自分が着ている制服を確かめた後、

ババッ

っと身体のあちこちを触りまくる。

そして、

「うっうそっ

 なっ無いっ

 ってことは…

 おっ俺って

 女の子になっている!?」

股間を押さえながら、

りんは顔を真っ青に染めていった。

と、その時、

「りんちゃんっ!」

夢原のぞみの声が響き渡った。

「え?

 さっ咲かっ」

響き渡ったその声にビクッっとりんは反応すると、

「うわぁぁぁ!

 こっちに来るなっ!」

悲鳴を上げて左右に振ってみせるが、

しかし、

「え?

 さっ咲…じゃない?

 って誰?」

目の前に立つのぞみを見て思わすキョトンとする。

すると、

「気がついた?

 何所も痛くない?

 身体本当に大丈夫?」

そんなりんを見ながら

のぞみはホッとした表情を見せると、

「ごめんね、りんちゃん。

 呼び止めようとしたんだけど…、

 つい、足が引っかかっちゃって」

詫びるようにしてのぞみはりんの手を握り、

潤んだ瞳で彼女を見るが、

「え?

 あっあの…

 えっと、

 どっどちら様で…」

のぞみに向かってりんが名前を尋ねると、

「!!!っ

 りっりんちゃん?」

りんに名前を尋ねられたのぞみはショックを受けた顔になり、

すぐにその表情を綻ばせると、

「いまの言葉…

 じっ冗談だよね。

 仕返しにって、

 あたしをからかっているんでしょう。

 もぅ、りんちゃんたら驚かせないでよ」

と笑みを作りのぞみはりんの肩を叩いて見せるが、

「いやあ、

 冗談じゃなくて…

 その何ていうか、

 ごめんっ

 君の名前も知らないんだ」

のぞみに向かってりんは手を合わせる頭を下げてみせた。

「やっやめてよ、

 そんなことを言わないでよ!!っ

 まっまさか

 ほっ本当なの?

 あっあたしよ、

 のぞみよ、

 夢原のぞみよ…

 りんちゃんと幼なじみの夢原のぞみよ!

 本当に判らないの?」

真剣になってのぞみは聞き返す。

だが、

「あっいや、

 その…

 あははは…

 なんて言ったら良いのか、

 いや全く記憶に無いので…」

のぞみに迫られたりんは、

近くにあったテーブルの上に置いてあったクマにヌイグルミを取り上げると、

「クマッた

 クマッた

 なんちゃって」

と得意の駄洒落を言って見せた。

「!!っ」

その途端、

ジワッ

のぞみの目から大粒の涙があふれ出し、

「うわぁぁぁん!!

 りんちゃんが…

 りんちゃんがおかしくなっちゃったぁ!」

叫びながら泣き崩れてしまうと、

「ひっ人聞きの悪い事を言うなぁっ!」

追ってりんの怒鳴り声も響き渡っていく。



「夏木さんが大変なことになったって?」

「一体、何があったの?」

昼休みのカフェテラス。

ガックリとうな垂れるのぞみに

彼女の先輩である水無月かれんと秋元こまちが事情を尋ねると、

「うん…それが…」

下を向いたままののぞみの返事は歯切れが悪かった。

そんなのぞみの姿にかれんとこまちは互いに顔を見合わせていると、

「みっみんなぁ、

 いま、そこでりんさんに会ったんですけど、

 なんかあたしのことが判らないみたいなんです。

 一体、どうしちゃったんですか?」

とのぞみの後輩である春日野うららが息を切らせて駆けつけるなり、

りんの異常を報せてきた。

「あたしたちのことが判らなくなってしまったの?」

うららの報告を聞いてかれんはそう指摘すると、

ピクッ!

のぞみの肩が動き、

コクリ…

と頷いて見せる。

「まぁ」

それを見たこまちは驚いた顔をすると、

「なるほど、

 わたしのところに来た報告によると、

 夢原さん、

 あなた今日の2時限と3時限の休み時間中にりんを突き飛ばした。

 とあるけど、本当にそんなのことをしたの?」

開いた生徒手帳を眺めながらかれんは指摘する。

すると、

「!!っ

 ちっ違いますっ!

 席を立ったりんちゃんを呼び止めようとしたら、

 その、

 机の足にあたしの足が引っかかっちゃって…

 それで…」

左右の人差し指同士を突っつきさせながらのぞみは事情を話し始めた。

「つまり、

 タイミングが悪かった。

 ってことね」

こまちが笑みを浮かべて結論を言うと、

「はい」

肩を小さくしてのそみは頷いた。

「まったく、

 夏木さんにはいい迷惑ね」

ため息を付きながらかれんは額の横に手を当てると、

「……」

のぞみはさらに小さく頷いて見せる。



その頃、りんは

「あーっ

 困ったなぁ…

 どうやら俺は夏木りんと言う女の子になってしまっているらしいな。

 あの夢原って子に悪いことをしちゃったみたいだし、

 とは言っても、

 姿形は夏木りんだけど、中身は星野健太です。

 なぁんて言っても信じてもらえないだろうし、
 
 はぁ…、

 こういう場合どうすれば良いんだよぉ」

カフェテラス近くの洗面所でりんは鏡に映る自分の顔を見つめぼやくと、

ガシガシと頭を掻き毟る。

そして、

「とにかく、

 とにかくだ。

 なんとかして元の星野健太に戻らないとな…

 でも、

 どうやって?

 方法はあるのか?

 それにこの学校って夕凪町からどれくらい離れているんだ?

 なぁ、咲っ

 美翔っ、

 お前らだったらどうする?」

藁をも掴む気持ちでりんは天井を見上げると、

チラリ

その視線をふたたび鏡の中の自分へと動かし、

「そうは言っても、

 意外と…可愛いじゃないか、俺って、

 咲といい勝負かな…」

りんは改めて鏡と向かい合い、

鏡の中の自分に向かってはにかんで見せる。

そして、

「女って思っていた以上に何かと不便なんだな…」

そんな独り言を言いながらりんが洗面所から出てくると、

「カフェテラスでみんな待っているって言っていたけど、

 みんなってなんだ?

 友達のことか?」

と脇に建つ学内案内図に目を通した後に、

のぞみ達が待つテラスへと向かっていく、

「あぁ、夢原さん、

 お待たせ。

 えーと、この人達は?

 あれ?

 その黄色の子、

 さっきそこで会ったよね」

のぞみ達が座るテーブルに着いたりんは

のぞみと共にテーブル席を囲んでいる

うらら、かれん、こまちを眺めながら尋ねると、

「夏木さん、

 いまの言葉…

 冗談だったら、ただでは済まさないわよ」

とかれんはキツイ視線を向けながら尋ねる。

それを聞いた途端、

「なっなんですかぁ?

 いきなり。

 初めて会ってそれは無いでしょう」

かれんに向かってりんは腕を組み不機嫌そうに言い返すと、

「もぅ、かれんたらぁ…」

会話を聞いていたこまちは困った顔をしながら口を挟む、

「ふん、ちょっと試してみたまでよ」

頭を振り髪を梳きながらかれんは返事をすると、

「りんさん、

 本当に…

 本当にあたしのこと…判らないのですか?」

不安そうにうららがりんに尋ねると、

「うっ

 ごっごめん…

 その…

 記憶に無いもので…」

とりんはばつが悪そうに素直に頭を下げる。

「困ったものですわねぇ…」

「そうね…」

「うーん」

頭を下げるりんの姿に3人は考え込むと、

「どうしちゃったのさっ、

 みんな深刻な顔をして」

カフェテラスを取り仕切るおタカさんが声をかけてきた。

「おタカさん!」

彼女の登場にりんを除く全員が振り返ると、

「あらあら、

 なんだい?

 そんなにあたしを見ないでくれる?

 恥ずかしいじゃないかぁ」

と彼女は照れて見せる。

そして、

「何で悩んでいるのかは聞かないけど、

 でも、

 あまり深刻に考えなくてもいいんじゃないかしら?

 時の流れに任せる。

 と言うのもありだと思うけどね」

そういい残すと売店へと去って行く。

「へぇ…

 いい事を言うじゃないか、

 あのおばさん…」

去っていくおタカさんを見送りつつ、

りんは感心していると、

「感心してないで!!

 みんなあなたのことで悩んでいるんだから」

額に手を置きかれんは注意する。

「(なにかと突っかかってくるなぁ…

  このかれんって人は…)」

小言を言うかれんをりんは不満そうに見ていると、

「そうは言っても…」

「自然に思い出すまで待つ。ですか?」

こまちとうららはそう囁き合うと、

かれんも含めてのぞみへと視線を移し、

彼女達の6つの目が一斉にのぞみを見つめた。

「うっ

 そんな目であたしを見なくても…」

3人から突き刺さってくる視線に

のぞみは抗議しつつ膨れてしまうと、

「いやっ…

 まぁその…

 夢原さんは別に悪いことをしたわけでは無いし、

 俺だって、

 ほら、ピンピンしているんだからなっ

 ケンカはやめようなっ」

のぞみを庇うようにりんが割って入るが、

「いいえ、

 大問題です。

 叩いても壊れない健康優良児のあなたが、

 こうも簡単に記憶喪失になってしまっただなんて」

「あの教室の構造、前々から危ないと思っていたんだけど」

「それなりの風情はあると思うんですけどね、

 でも、このような事故がおきてしまうと」

とかれん達はヒソヒソ話を始めだす。

「一体、

 こいつら、何なんだよ」

そんな3人の姿を見ながらりんは肩を落としていると、

「夏木ぃっ、

 記憶喪失になってしまったって本当なのか?」

とテラスに駆けつけてきた小々田コージが心配そうに声を掛けてきた。

「うわっ、

 何だこの野郎…」

突然現れたコージをりんは怪訝そうに見ると、

「私が思うには事故で記憶を失ったというより、

 ストレス性の記憶障害かと思います」

りんを見つめるコージに向かってかれんは説明を始めだした。

「あら、そうなの?」

それを聞いたこまちは意外そうに聞き返すと、

「えぇ、

 りんはのぞみのお守りでそーとー神経をすり減らしていたみたいでしたし、

 さらに部活動の助っ人としてのスケジュールも立て込んできている。

 まさに過度のストレス状態と言って良いでしょう。

 そんな時にのぞみに突き飛ばされて落ちたとなれば、

 ただでは済まされないはず。

 ある意味、記憶障害程度で済んだことは幸運だった。

 と言って良いかもしれません」

とかれんは冷たく言い切った。

「そういうことってあるんですか?」

かれんの話を聞いたうららが驚くと、

「稀にですけど、あると聞きます」

自信たっぷりにかれんは答えた。

「へぇぇ、

 そうなんだ…

 俺って記憶障害だったんだ…

 ってちょっと待てっ

 いいか、よく聞け、

 俺はりんと言う人間ではなくて別の人間なんだ。

 どういうわけ知らないけど、

 俺は星野…」

かれんの説明を聞いたりんは頷きながらも、

4人に事情を話そうとすると、

スッ、

かれんがりんの横に立ち、

「気持ちは判るわ、夏木さん」

と話しかけてきた。

「え?」

思いがけないかれんの言葉にりんはキョトンとすると、

「さぞかし苦しかったんでしょう、

 夢原さんがこうしてリーダーらしく振舞って居られるのも

 あなたが彼女を陰に陽にと支えてくれたお陰ですものね」

とかれんは告げる。

すると、

「うわぁぁぁぁん!

 リんちゃん、ごめんなさい!!」

泣きながらのぞみが抱きついてきた。

「あぁ…

 泣くなよ。

 なっ、

 おっ俺はそんなんじゃぁ…、

 って、

 お前らも夢原さんの仲間なんだろう、

 寄ってたかってそんなに虐めなくても…」

慌てながらりんは話をかれん達に向けるが、

「あっ夢原さん、

 泣いてないで紅茶のお代わり持ってきてくれません?」

のぞみに向かってかれんが言うと、

「あたしのもお願いでします?」

「あたしも…」

とこまち、うららも空のティーカップを差し出した。

「はっはぃ」

彼女達の言葉にのぞみが売店へと向かっていく姿を見送りながら、

「…ってなんだ?

 仲間というより…

 使い走りかよぉ…夢原って子は…」

りんは呆気にとられる。

その一方で、

「とにかく困ったなぁ…

 りんがこんな状態ではプリキュアに変身できるかどうか判らないし…」

そう呟きながら

コージは難しい顔でりんを見つめていた。



つづく