風祭文庫・乙女の館






「ラサランドス・ストーリーズ」
(第4話:シャルク侵攻)



作・風祭玲


Vol.317





ピッ

ピッ

ピッ

「あれ、サファンじゃない…

 どうしたのこんなところで…

 お勉強?」

翌日、

サーラ姫様の勤めの合間を縫って私は

神殿に置かれてあるスレイヴのコンソールの前に座っていた。

「うん、まぁ…」

そう答える私は、

ブンッ

コンソールの表示装置である光球に浮き上がるスレイヴのシステム構成に目を凝らす。

「別におかしいところはないけどなぁ…」

ドクターダンと私が作り上げたスレイヴの構成を

コロコロと操作用のボールを動かしながらチェックをするが、

しかし、いくら神殿からのアクセスとはいえ

権限の関係でスレイヴの奥までは見ることは叶わなかった。

「何かあるとしたら、

 第5層以下の下部に何かあるな…」

頬杖を突きながら私はそう呟くと、

ふとあるモノの存在を思い出した。

「そうだ、そう言えば」

私は立ち上がるとすぐに行動を起こした。

「あら、サファン何処に行くの?」

「ジェミン、悪いけどちょっと気分が優れないんだ、

 サファンはカリウンで寝ているってサーラ姫様にいっといて」

とサーラ姫様への言付けを頼むと私は神殿を後にした。

「全力疾走で気分が優れないね…」

半ば呆れるようにしてジェミンは私の後ろ姿を見る。

はぁはぁ

着替えもそこそこに私が向かったのは神立図書館だった。

「あれ?」

「この時間にサーラ姫様付きの巫女が来るなんて珍しいなぁ…」

図書館に訪れていた人たちが

突然飛び込んできた巫女装束姿の私をジロジロと見る中、

私はそのまま図書館のロッカーへと向かっていった。

そしてある一つのロッカーの前に立つと、

ぴぴぴっ

っとカインが設定した暗証番号を入力した。

すると、

カチャッ

扉は静かな音を立てて開く、

「あったあった、

 まさかこれが役立つなんて」

そう呟きながら私はロッカーの中からクリスタルを取り出すと

それを手に持ってそのまま図書館のコンソールへと向かった。

ブンッ!!

キュゥゥゥン!!

コンソールにクリスタルを差し込みスレイヴにアクセスをすると、

手際よくパスワードを撃ち込む。

シュワァァァン

さっき神殿からアクセスしたときよりも詳細な情報が私の目の前に表示された。

「おしっ」

その様子を見た私は思わずガッツポーズをすると、

あの日、

自分がスレイヴを組み替えさせた手順をコト細かく追い始める。

そして、小一時間が過ぎたとき、

「これは…」

私の目が思わず釘付けになった。

「…これが張本人か…」

柱の揺らぎの原因を突き止めると思わず青ざめてしまった。

「って事はなんだ?

 あのスレイヴの組み替え手順が間違っていたのか…

 けど…

 どうやって直す?

 こればっかりはスレイヴをもぅ一度組み替えて

 再度鬼神を召還しないとどうしようもないぞ」

コンソールを前にして私は呆然としていた。



「ただいまぁ…」

「お帰りなさいっ

 何処に行っていたの?サファン」

カリウンに戻ってきた私を仁王立ちになったジェミンが出迎えてくれた。

「え?」

その様子に私は一瞬、引くが、

しかし、ジェミンから殺気が上がっていないことを感じ取ると、

彼女の身体を押しのけるように部屋に入っていった。

「もぅ、サーラ姫様をごまかすの大変だったんだからね」

私の後ろから小言を言うジェミンをよそに

「はぁ…」

ため息を付きながら座り込むと、

持ってきた手提げ袋から一本のクリスタルを取りだした。

「くぅぅぅぅっ

 カイン、人生最大の失敗っ!!!

 あぁ!!

 死んでから気が付くなんて私ってなんてアホなんだ!!」

私はこの場で頭を抱えて転げ回りたい気分に駆られた。

「あら、どーしたの?

 クリスタルなんて…」

私が手にしているクリスタルを眺めてジェミンがそう尋ねると、

「うんまぁ」

私は抑揚のない返事をした。

「?」

そんな私をジェミンは不思議そうな顔で見つめていた。



トラブルを直しに行きたくても直しに行けない。

そんな状況に私が悩んでいた頃、

巫女達の間からシウリアスの北、

このルルカの最果てにあるシャルクと言う国の動きが囁かれ始めた。

「シャルクって、あの妖魔の国?」

ジェミンから話しかけられた私はそう返すと、

「うん、

 ほらっ、この間の戦いでシウリアスの軍勢が全滅してしまったでしょう

 それで…

 シャルクの南下を防いでいたシウリアスの結界が緩んでしまって

 その隙を突くようにしてシャルクが攻め込んできたんですって」

嬉しそうにジェミンが私に言う。

シャルクと言うのはルルカの極北にある妖魔の国で、

ラサランドス周辺と違い魔導の力は殆ど存在せず。

その為に、大昔にこのルルカの地を支配した古代文明が遺した様々な災いが

妖魔となって地上に蘇りそこにシャルクと言う国を作ったのだった。



「シャルクか…

 エラン様も確かシャルク退治に乗り出したけど、

 でも、極北の地に封印するのが精一杯だって話だよね」

腕を組みながら私はそう返事をすると、

クスッ

ジェミンは軽く笑った。

「なに?」

私は顔を上げてその理由を尋ねると、

「だぁって、サファンったらまるで軍人みたいなポーズをするんですもの」

っと笑いながら答えた。

「え?

 あっ」

つい昔のクセが出てしまったことに私は急に恥ずかしくなると、

「でも、仮にシウリアスが負けても

 ラサランドスは鬼神・ザンガが守ってくれているから大丈夫だよね」

とジェミンが私に尋ねてきた。

「うっうん…」

ザンガに重要な欠陥が見つかったとは言えず私は相づちを打っていた。

しかし、その日以降、

私の耳の届くシウリアスとシャルクとの情報は

ラサランドスに取って良い情報ではなかった。

ただでさえラサランドス侵攻に寄る手痛い打撃によって、

事実上弱体化しているシウリアス軍には

攻め込んでくるシャルクの妖魔共を押し戻す力は殆ど残っていなかった。

そして、そうこうするうちに既にシウリアスの領土の北半分はシャルクの手に陥ち、

シウリアスの都は大騒ぎになっていると、

シウリアスからやってきた商人は興奮した口調でそう説明をする。

「ふんっ、

 いい気味だわ」

ジェミンは苦境に陥っているシウリアスのことをそう言うが、

しかし、もしもシウリアスがこのままシャルクの手に落ちると、

このラサランドスはシャルクの直接の驚異に曝される事になる。

そのことに私は胸騒ぎを覚えた。



ピッ

ピッ

ピッ

神殿の資料室に置かれているコンソールで

私は夢中になってザンガの修正プログラムを作成していると、

「お勉強ははかどっていますか?」

っと資料室を訪れたサーラ姫様が私に声を掛けてきた。

「え?」

(どき)

サーラ姫様の声に私は慌てて飛び上がると、

「あら…驚かせてしまいましたか?」

サーラ姫様はクスリと笑うと私にそう告る。

「いっいえ…」

姫様の言葉に私は首を横に振ると、

「でも、声を掛けられて驚くなんて、

 なにか悪いことでもしているのですか?」

笑みを浮かべながらサーラ姫様がそう尋ねると、

「あっいえ、

 ちょっと…
 
 まぁ…」

私は答えを誤魔化しながら、

スッ

っと目立たないようにクリスタルを抜いた。

すると、

「サファン…

 あなたに相談したいことがあります。
 
 ちょっとこちらに…」

サーラ姫様そう私に告げると後に付いてくるように指示をした。

「はぁ」

そのままサーラ姫様に後に付いていくと、

私はサーラ姫様の御所へと連れて行かれた。

コト…

眼下にラサランドスの町並みを見下ろす窓から、

サーラ姫様は城下を見下ろしながら、

「実はサファンの意見を聞きたいのですが…」

と口を開いた。

「はぁ…わたしくで良ければ…」

跪きながら私はそう答えると、

コクリ

サーラ姫様は大きく頷き、

「実は…

 シウリアスから援軍の要請が来ているのです」

と言いながら私に一通の書簡を私に差し出した。

「え?」

「シウリアスはいまシャルクの猛攻を受け、

 国の中は混乱しています。

 国王は王子のしたことを詫びると同時に、

 我がラサランドスに援軍の送ってきて欲しい。

 と書いてきました。

 無論、わたくしはこの書簡の扱いを宰相達に任せましたが、

 しかし、議論は真っ二つに分かれ、

 最後にはわたくしの判断に従います。

 と…さて、どうしたものでしょうか?」

ため息をつきながらサーラ姫様はイスに腰掛けると、

「このような大それたコトを私が言うべきではないと思いますが…」

と前置きをした上で、

「私なら援軍を出すべきだと思います」

と私は返事をした。

「まぁ、何でですか?」

私の返事にサーラ姫様は訳を尋ねると、

「確かにシウリアスはこのラサランドスに攻め込んできました。

 しかし、それはムシルカ王子の勝手な思いこみで、

 決して、シウリアスの民の意志ではありません。

 そして、彼らは鬼神・ザンガの逆鱗と言う代償を払いました。

 けど、その時と今回のシャルクとは話が違います。

 シウリアスは我々と同じヒトの国ですが、

 シャルクは人外の者・妖魔の国です。

 もしも、ラサランドスが過去のことに捕らわれて、

 シウリアスを見捨てるような事をすれば、

 その報いは必ず災いとなってラサランドスに降りかかります。

 ここは、これまでの事を水に流して、
 
 シウリアスに援軍を送るべきだと思います」

そう私はサーラ姫様に申し上げると、

「そうですか…

 判りました。
 
 では、サファンの言うとおり援軍を送りましょう」

とサーラ姫様は私に告げた。

「いやっ、あのぅ…

 私はあくまで只の巫女でして…
 
 そういう重要なことは…」

サーラ姫様の聖断に私は驚くと

「ふふ…

 あなたの意見だから聞いたのですよ」

サーラ姫様は妙に含みのある言葉を私に言うと、

「もぅ戻って良いですよ」

と告げた。



「なんだ?

 サーラ姫様のあの言葉は?
 
 まさか、私の正体バレているんじゃぁ」

御所から戻りながら私はサーラ姫様が言った言葉の意味を考えていると、

カシャカシャカシャ…

甲冑を鳴らしながら歩いてくるカンダをすれ違った。

とその時、

「おいっ」

カンダの声が足が私の足を止めた。

「はい?」

反射的に振り返ると、

「あっ、やっぱり…あのときの」

捜し物を見つけたような顔でカンダが私の前に立つと、

「へぇ…俺の配下を手込めにした女がサーラ姫様付きの巫女だったなんてな…」

と驚いた顔をした。

「うっ…わっ悪いか?」

顔を逸らしながら私はそう言い返すと、

「名前はなんて言うんだ?」

「サファン…」

「ふぅ〜ん…サファンか」

私の名前を聞いたカンダは自分の顎に手を重ねると興味深そうに私を見る。

そして、

「この間の身のこなし方、

 巫女にしておくには勿体なかったぞ、

 警護隊のシンシアに君のこと話したら、

 ぜひスカウトしたいって言っていたしな。

 まぁもし巫女をクビになったら俺の所にこいや、

 面倒を見てやるからな」

とカンダは笑いながら私の肩を叩くと、

そのまま御所の方へと歩いていった。

べぇ…

私はカンダの後ろ姿に舌を出すと、

「相変わらずだな…カンダは」

と腰に手を当てながら見送った。



シウリアス援軍についてのニュースはその日のうちにラサランドス中に知れ渡った。

「えぇ!!

 なんでぇ!!」

新聞の号外を手にしてジェミンが声を上げた。

「サーラ姫様の決定でしょう?

 逆らえないよ」

乾いた下着を取り入れながら私はそう言うと、

「だぁって、

 シウリアスがここの攻撃してからまだ半年も経っていないのよ。

 それなのになんで向こうを助けに行くのよ」

口を尖らせながらジェミンが抗議すると、

「サーラ姫様が”許す。”と言う以上仕方がないでしょう?

 それにシウリアスに攻め込んでいるシャルクは妖魔の国よ、

 ここは一つ、みんなが一致団結をしなくっちゃね。

 それに、もしもシウリアスが負けでもしたら、

 それこそこのラサランドスが直接シャルクの驚異に曝されるわけだし、

 それにベルザスやアルドもサーラ姫様の呼びかけに答えて軍をだすそうよ」

と私が説明をすると、

「だからといってもねぇ」

ジェミンは納得の行かない顔をする。

「さーさ、

 戦いのことは軍人達に任せましょう」

私はそう言うと腰を上げた。



「サーラ姫様に敬礼!!」

数日後、

勢揃いしたラサランドス軍シウリアス派遣部隊は派遣部隊長カンダの号令の元、

一斉に軍用の大型浮舟に乗船すると、

ベルザスやアルドの友好国の派遣部隊と共に一斉にシウリアス目指して発進して行った。

「はぁ…大丈夫かしら…」

続々と発進していく部隊を見送りながらジェミンはそう呟くと、

「まぁ何とかなるでしょう?」

私はそう言って

「さーさ、お勤めお勤め!!」

と次々と飛び去っていく浮舟に背を向けた。

それから暫くして…

援軍を得たシウリアスが一気に盛り返すと、

攻め込んできたシャルクの軍を次々とうち破り、

南下していたシャルクの軍勢を北方へと押し返しはじめた。

事態が一気に好転したことにみんなは喜んだものの、

しかし、あまりにもあっけなさ過ぎる状況に私は不安になってきた。

「巧くいきすぎる…

 これは何か裏があるのではないか?」

カインとしての勘はそう警告するが、

しかし、あくまで一人の巫女である私はこれを確かめることは出来なかった。

やがて、シウリアスに攻め込んでいたシャルクの軍勢は、

シウリアスと派遣軍との連合軍に押し戻されるように後退をしていくと、

ついに国境線にまで押し返されてしまった。



「ふぅ〜ん、シャルクって国境線にまで押し戻されてしまったんだ」

新聞に掲載されている従軍記者の記事を読みながら私はそう呟くと、

「たったの2週間で押し戻しちゃうなんて凄いねぇ」

感心したようにジェミンはそう言った。

「でも…兵士の間で変な病気が流行っている

 って言うのは気になるわね」

と小さく書かれた記事が私には不気味に見えた。

それから1週間が過ぎたある日のこと私の不安は的中した。

シャルク軍をほぼシウリアス領内から追い出しに成功した派遣部隊が消息を絶ったのだ。

最初のうちはシウリアスの仕返しかと言う噂が流れたが、

しかし、サーラ姫様がシウリアスの国王に詳細を尋ねると、

シウリアスの軍勢も同じように消息を絶ったとのことだった。

言いようもない不安がラサランドスを覆っていく。

そして、派遣の責任を感じてかサーラ姫様の元気が次第になくなってくると、

ついにサーラ姫様は倒れてしまった。

「え?、サーラ姫様が?」

驚く私にジェミンはサーラ姫様が倒れられて時の様子を事細かく説明をする。

「それで、

 儀式などは当面の間チルダ様が取り仕切ることになったんですって」

ジェミンはサーラ姫様が全快されるまでの日々の儀式は

サーラ姫様の信頼厚く、また巫女達を束ねる立場にあるチルダ様が

サーラ姫様が全快されるまでの間、当たられることを私に説明した。

「でも…

 これからどうなるの?」

「大丈夫だよ

 サーラ姫様はすぐに回復される。

 第一、私たちが動揺してどうするの?」

心配そうに言うジェミンの肩を私はシッカリと抱きしめていた。

ところが、追い打ちを掛けるように

今度はシウリアスの都からの通信も途切れてしまった。

得体の知れない北からの驚異がジワリジワリとラサランドス中を震え上がらせていく、

そして、皆の緊張が限界に達したとき、

シウリアス領から逃げるように数隻の浮舟がラサランドスに入港してきた。



「…カンダ様が戻られたぞ」

「…シウリアスから戻ってきた船はたったのこれだけか?」

「…一体シウリアスで何があったんだ?」

そんな声の中、私は大急ぎで港に駆けつけると、

担架に担がれ運ばれていくカンダの疲れ果てた姿に愕然とした。

そして、カンダの証言からラサランドスに向かってきている驚異が知らされた。

「それって本当ですか?」

「はい」

チルダ様に呼び出された私はそのことを知らされると思わず絶句した。

そう、カンダがシウリアスとシャルクの国境付近で目撃したのは、

次々と謎の病気で倒れていく将兵と、

病気の蔓延に乗じて倒れた兵を操って人間を襲わせるシャルクの妖魔の話だった。

「恐らく兵達に病気を蔓延させたのもシャルクの妖魔の仕業でしょう。

 シャルクは我がラサランドスにあるキリーリンクの力を欲しているそうです。

 そして、彼らはシウリアスを飲み込み力を得てしまいました」

そう告げるチルダ様の表情は暗かった。

「そのことはサーラ姫様には?」

思わず聞き返すと、

「いえ…

 このようなことサーラ姫様に伝えては御回復が遅れてしまいます。

 いま姫様に必要なのは安寧の中の休息です」

「でっでも…この様な重要な情報を隠しては…」

「誰も隠すなんて事は言いません。

 サーラ姫様がご回復をなさった後、

 私の方からそれとなく伝えます。

 それにまだ何も起きていません。

 いたずらに姫様の心を乱すことは慎まなければなりません

 特にサファン、

 あなたはいたずらにサーラ姫様に近づき、

 色々とよからぬ事を告げていたそうですね。

 サーラ姫様が倒れられたのもあなたの責任なんですよ」

とチルダ様は私にきつく告げると、

「まだ何かありますか?」

私を睨み付けるように言った。

結局、私はサーラ姫様に讒言を申し上げた咎で

御所への立ち入りを禁止されてしまった。

しかし、

そんな神殿の中とは違って、

危機はヒタヒタと足音を忍ばせて近づきつつあった。

「とにかく、

 これの完成を急がねば…」

その不安感からか

不完全な状態である鬼神・ザンガの事が余計に気になると、

私がコンソールに向かい合う時間がみるみる長くなっていった。



「放てぇ!!」

ドゴォォォォォン!!

ゴォォォォォン!!

演習をする軍の音がラサランドスの町中に響き渡り始めると、

そしてそれに合わせるようにして、

ラサランドスに交易に来る商人の数も徐々に減ってきていた。

「はぁ…

 何でもかんでも値上がり値上がりだなんて、

 もぅ!!」

ガサッ!!

非番の日、街に買い物に行ったジェミンが文句を言う。

「そんなに上がっているの?」

「見てよ、こんな乳液まで倍に上がっているのよ、

 まったく、人の足下を見ちゃってさ」

コトッ!!

ジェミンは膨れっ面をしながらテーブルに乳液のビンを置くと文句を言った。

「そうねぇ…」

私はそう呟きながら乳液のビンを手に取る。

そして、私が手がけていたザンガの修正プログラムが殆ど出来上がったとき、

悪魔はついにやってきた。



「なに?あれ?…」

それは良く晴れた朝のことだった。

突如、北の空にムクムクと黒い雲が湧き上がってくると、

見る見るラサランドスの周囲に気味の悪い霧が掛かり始めた。

その時、私はサーラ姫様の部屋を飾る花を摘みに花壇にでていた。

そして、一際大きい大輪の花を茎に手を伸ばしたとき、

『気を付けて…』

一瞬、サーラ姫様の声が私の脳裏に響いた。

「え?」

その声にわたしは思わず顔を上げると、

「何かしら…この霧は…」

ジワリ…

神殿を覆い尽くそうとしている霧の様子に

表に出ていた巫女達が気味悪がりながら見上げていた。

「これは…

 うっそれになんだこの匂いは…」

悪臭を放つ真っ黒な霧に私は驚くと、

大急ぎで鼻を袖で覆う。

すると、

しなっ

摘んだばかりの花が私の手の中で皆萎れ始めた。

「みんな!!!

 急いで中に入って!!」

バラバラバラ

次々と花が枯れ落ちていく花壇の中から私が声を上げると、

「うっ」

ゲボ

私の傍に居た巫女達は次々と吐血しながら倒れ始めた。

「おいっしっかりしろ」

私が慌てて駆け出そうとしたとき、

ブブブブブブブブ…

「なんだ?

 このっ!!」

私は霧に紛れて活動する虫サイズの妖魔の気配を感じ取ると

咄嗟に花の茎を支える棒を引き抜くなり妖魔をたたき落とした。

パラパラ…

棒の直撃を受けた妖魔が足下に落ちていくのを見ながら、

「早く中に入るんだ!!」

と声を張り上げて他の者達に指示をしたが、

しかし、

私の声を聞いて神殿に駆け込んでいく者は誰も居なかった。



「どっどうしたの?」

「外に出ないでっ!

 あたしに構わないで早くサーラ姫様の元に、

 そして硬く窓とドアを閉めるように!!」

表の様子に驚いて神殿の中から飛び出そうとしてくる巫女達に向かって

私は思いっきり怒鳴ると、

「はっはいっ」

ジェミンを含めた巫女達は声を掛け合うと一斉に奥へと消えていった。

そして彼女たちの姿が消えたのを確認した私は、

「この野郎!!!」

襲ってくる妖魔共を鎌で次々とたたき落としながら

ジェミン達の後を追って御所へと続く回廊を走っていく。

その時、

ウォォォォォォン!!!

浮城中に緊急を知らせるサイレンが鳴り響くと、

キィィィィン!!

ザンガの防衛システムが発動し、

ラサランドスの周りに妖魔の侵入を防ぐ強力な結界が張り巡らされた。

「今頃結界を張っても…」

それを横目にしながら私は文句を言いながらサーラ姫様の元へと急いだ。

タッタッタッ

バシッ

バシッ

私は次々と襲ってくる妖魔を棒で払い落としていくが、

しかし、妖魔の数も次第に増していくにつれ私の息も上がっていく。

ハァハァ…

「くっそう」

カインだった頃はこれくらいの事は朝飯前だったのだが、

しかし、サファンに取ってはあまりにも無茶なことだった。

ゲホゲホ…

すっかり息が上がってしまった私は立ち止まって何度も咳き込むと

口の中に血の匂いが広がっていった。

「まずいな…」

霧に肺が侵されてきていることを察すると、汗を拭いながら顔を上げる。

そして、

ウォォォォォン

私の周りにはいつの間にか妖魔が群れ集まり襲うチャンスを伺っていた。

「ちっ、こんなところで終わりにしてたまるかっ」

そう叫びながら再び棒を握りしめた途端。

ウワァァァァッ

妖魔達が一斉に私に向かって襲いかかってきた。

「させるかっ!!」

妖魔達を睨み付けながら私がそう叫んだ途端、

パァァァァァァ!!

突然、私の胸元が光り輝くと、

ドォォォォン!!

私に襲いかかってきた妖魔共の姿が一気に消し飛んでしまった。

「え?」

文字通りかき消えてしまった妖魔に私は驚くと、

「これは…」

そう私の胸にはサーラ姫様から頂いたお守りの護符が光り輝いていた。

「サーラ姫様…」

サーラ姫様に守られている。

そう感じると、これまでの疲れが息苦しさが自然と消え、身体が軽くなっていった。

「よしっ」

私は再び立ち上がると、ふと墓地に続く回廊の入り口が目に入った。

「そうだ、私の剣!!」

それを見た私は自分の墓に突き刺してある剣の事を思い出すと、

足を墓地へと向かわせ走り出していた。



ひゅぉぉぉっ

黒い霧に包まれながらも私の墓の上に突き刺してある剣はジッと立っていた。

「迎えに来たぞ」

墓の前に立った私は剣に向かってそう言うと、

キーン…

剣は微かな音を立てるとうっすらと輝き始めた。

「なるほど…

 お前も私が来るのを待っていたのか」

剣を見ながら私はそう呟くと、

塚に通じる階段を一歩一歩踏みしめるように上っていく。

フォォォォォン!!

塚の上に立った途端、

魔導の渦が立ち上ると私の巫女装束を巻き上げ始めた。

髪を靡かせながら、

私は一歩、

また一歩と剣に近づいていく、

そして、真正面に立つと、

「…………」

わたしは無言で剣を眺め

「はぁ……巫女の生活ってのも結構気に入っていたんだけどな…」

と未練がましく呟くと、

静かに右手を差し出し

グッ

っと剣の柄を握りしめた。

バンッ!!

それを合図にするかのように剣から魔導エネルギーが吹き上がる。

すると、

周囲に屯して私を狙っていた妖魔共が一気に押し寄せてきた。

しかし、私はそんなことに一切気に掛けずに、

ゆっくりと塚から剣を引き抜くと

シャキッ!!

自分の剣の重みを身体で受け止めながら、

「さぁどこからでも来い!!」

と剣を構えて叫んだ。

ところが、

シャァァァァァ!!

バシ!バシ!バシ!

「え?

 なに?」

妖魔達は見境なく私が立っている塚に向かってくると

次々と吹き上がる魔導エネルギーの中に飛び込み、そして消滅していった。

「なっなんだ?

 コイツ等は…」

妖魔達の集団自殺にも取れる行動に呆気にとられると、

「とっとにかく、サーラ姫様がの元へ行くぞ!!」

と気合いを入れ直すと自分の墓の前から走り去っていった。



しかし、御所に続く回廊に戻った私を待ちかまえていたのは

そこは霧の毒に冒され妖魔に操られている巫女達だった。

「うぅぅ…」

操られてる巫女達が私に向かってくるのを見ながら、

「やれやれ」

私は鼻を押さえながら大きく深呼吸をすると、

スチャッ

剣を改めて構えなおした。

フォン…

剣に魔導の淡い光が集まっていく、

「ヨシッ

 どけぇぇぇぇ!!」

手応えを感じた私は声を張り上げて剣を振り切ると、

シパァァァァン!!

三日月状の波動が発生すると、

次々と巫女達の中を突き進んで行く、

そして、一瞬の間が空いたのち、

ドサドサドサ!!

巫女達は皆その場に倒れてしまった。

「ふぅ…

 久々にやってみたけど、

 それにしても、女ってなんでこんなに重いんだ!!」

気持ちに対して一呼吸遅れて動く体の重さに私は文句を言うと、

一気に御所へ続く回廊を駆け抜けていった。

タッタッタッ

回廊を走っていくとやがて、

目の前に行く手を阻むようにしてきつく閉ざされた扉が姿を現した。

「よしっ

 ちゃんと封鎖しているな」

固く閉ざされた扉を私は感心ながら眺めると、

「さて…」

私はその扉を叩くようなことはしないで、そのまま脇にそれていくと、

カコン!!

壁の隅にある小さな扉をあけた。

そこはラサランドス中に張り巡らされた魔導ネットワークの点検口だった。

「よっ

 こらしょ」

私はその中を潜っていくと、

シャァァァァァ!!

何処に隠れていたのか妖魔共が一斉に沸き上がると私の追いかけてきた。

「おっと」

ガコン!!

それを見た私は素早く扉を閉めると開けられないように錠を降ろす。

「ったくぅ、油断も隙もないな」

そう言いながらその中を進んでいくと、

「このへんかな?」

私はあたりを付けながら点検口を開くと再び回廊に躍り出た。

その瞬間、

キラッ!!

ドカドカドカ!!

真上から幾本もの槍が降ってくると、

「うわぁぁぁぁ!!」

私は咄嗟に転げ回りながらその槍の雨から逃げた。

「まって!!」

即座にジェミンの声が響き渡ると、

カラン!!

槍の雨はピタリと止む。

「さっサファンよ」

ジェミンは私を指さしながら声を上げると、

ザザザザザ…

槍を片手に鉢巻きを締めた巫女達が私の回りを取り囲んだ。

そして、

「さっサファン?

 あたしのこと判る?」

と槍を突きつけながら恐る恐るジェミンが尋ねてくると、

「問答無用で攻撃をする奴があるか!!」

と私は怒鳴り声をあげた。

「ひぃ!!」

あまりにものの私の剣幕にジェミンは飛び上がると、

「まぁいいわ、合格合格、

 この調子でサーラ姫様を守ってね」

服に付いた埃を叩きながら私が立ち上がると、

ジワッ

ジェミンの目に涙が溜まると

「怖かったよぉ」

と泣きながら私に抱きついてきた。

「そうかそうか」

私はウンウンと頷きながらジェミンを抱きしめると、

「それで、サーラ姫様は?」

と姫様の居場所を尋ねた。

すると、

「はいっ、チルダ様と一緒に在所の方に居ます」

とジェミンは涙声で答えたのを聞いた私は、

「そう、ジェミンを頼む」

とジェミンの身を他の巫女達に託すと、

在所の方へと向かっていった。



コンコン!!

「サファンです」

ドアを叩きながら私はそう声を上げると、

「待て…」

「いえ、入りなさい」

チルダ様の言葉を遮るようにサーラ姫様の声が響き渡った。

「失礼します」

私は手にしていた剣を立てかけてサーラ姫様の部屋に入ると、

「…サファン、状況は?」

上体を起こしているサーラ姫様がそう私に尋ねてきた。

「はいっ

 完全な不意を付かれたので後手に回っているようです」

私は跪きながらそう答えると、

「そうですか…

 シンシアからも同じ報告を聞きました。

 軍はラサランドスの周りに結界を張り巡らせたそうですが、

 でも、相当数の妖魔がこの浮城の中に入ったとか、

 で、どうしますか?」

「はいっ

 私に策があります」

サーラ姫様の問いかけに私は思わずそう答えると、

「鬼神ザンガをお使いになるのですね」

とサーラ姫様は私にそう告げた。

「え?」

その言葉を聞いてチルダ様は驚いた顔をするが、私は構うことなく、

「はいっ、

 いま、城内に潜り込んでいる妖魔は恐らく、

 我々を混乱させる揺動部隊だと思います。

 そして、シウリアス派遣部隊を乗っ取って作られた敵の本体は

 我々の混乱を見極めた上で一気に攻め込んでくると思われますので、

 まずは、不完全なザンガを一度解除し、

 その上でスレイヴの組み替えを行った上で、

 新しいザンガを召還したいと思います。

 つきましては、キリーリンクへのアクセスの許可をお願いします」

と進言をすると、

「そうですか、

 ザンガは不完全な状態にあるのですか」

「申し訳ありません、

 わたしが慎重に事を進めておけば良かったのですが」

サーラ姫様の言葉に私はそう返事をした。

すると、

「判りました、でも、今度こそは無茶をしないでくださいね」

とサーラ姫様は私に告げた。

「はっ」

私は頭を深々と下げると、

「え?、今度こそ?」

最後にサーラ姫様が言った言葉にハッとして思わず顔を上げると、

「カイン、奇跡は1度までですよ、

 2度目はないことを肝に銘じなさい。

 決して無理はしない。

 良いですね」

そう言うとサーラ姫様はベッドから足を降ろすと、

一歩一歩確かめるように私に近づき、

そっと、肩に手を下ろした。

「サーラ姫様…

 私のこと…知っていたんですか?」

私は唖然としながらサーラ姫様を見ると、

ボゥ…

姫様の脇に一人の少女が半透明の姿を見せた。

「君は…」

私が一番良く知っている少女…

そう紛れもない私のこの身体の持ち主だったサファンだった。

「サファン…」

呆然としながら私はそう呟くと、

スッ

サファンは腰を落とす挨拶をすると、

『あのときはありがとうございました』

と私に礼を述べた。

そして、

『あたし…

 なにかお礼をしなくてはと思ったのですが…

 何もなくて…

 それで、捨てることになるあたしの身体をお譲りしたんです』

と私に言った。

「そんな…

 だって、そんな事をしなくても良かったのに
 
 そうすれば君は…」

彼女の言葉に思わず私はそう言うと、

サファンはクビを横に振り、

『あたしはあそこで命を落とすことが運命だったのです。

 けど、カイン様はまだその運命が来ていなかった。

 只それだけです』

と告げると笑みを浮かべた。

「そんな…」

『頑張ってください、

 あたしも僅かばかりですがお手伝いをさせていただきます』

サファンはそう私に言うと

スゥ

っとその姿を消した。

「………」

サファンの霊が消えた後を私は呆然と眺めていると、

「さて、サファン…

 巫女の立場ではこれからの行動に支障を来しますね、

 サファン・ルーン、あなたを破門にします。」

そうサーラ姫様が私に言うと、

「はっ、ありがとうございます」

私は跪いてそう返事をした。

「こらっ、破門にされて”ありがとうございます”はないでしょう」

サーラ姫様は笑いながらそう言うと、

「シンシアは居るか」

と声を上げた。

「え?シンシア?」

その言葉に私はびくっとすると

「ここに控えています」

その声と共に

カシャッ

カーテンの後ろから甲冑の音と共に私の横にシンシアが現れるとその場に跪いた。

「あなたに命じます、

 このサファンはたったいま破門にしました。

 よって、シンシア、

 当面にあいだこのサファンの面倒を見てあげなさい」

とサーラ姫様はシンシアそう命じた。

「はっ畏まりました

 では、サファン様

 参りましょう」

シンシアはそう返事をすると、

私を促しながらサーラ姫様の部屋から出ていった。



つづく