風祭文庫・乙女の館






「ラサランドス・ストーリーズ」
(第3話:少女サファン)



作・風祭玲


Vol.316





私の傷は順調に回復し、

一ヶ月後にはベッドから起きられるくらいに回復をしていた。

フォォォォォン…

窓の向こうにラサランドスを守るようにして立ち並んでいる

鬼神を収めたエメラルドの柱が私の目に映る。

そしてその向こうにはすべてが焼き尽くされた野山が広がり、

その中にポツンと丸く溶け掛かった鋼鉄の塊…

そう、魔導砲”悪魔の口笛”のなれの果てがあった。

「…まさか、この光景をまた見るなんてな…」

病室の窓からガウンを羽織った私がそう呟いていると、

「一人の勇者が伝説の鬼神を召還して、

 あの山を埋め尽くしていたシウリアスの軍勢があっという間に

 消し飛ばしてしまったんですよ。

 感謝しなくてはね」

っと私の隣に立った看護婦は、そう話しかけてきた。

「えぇ…」

私は頷きながらそう返事をすると、

じっと焼け野原に佇む墓標を眺める。

すると、

「あっサファン、もぅ起きていいの?」

と言う少女の声が響くと同時に、

白の巫女服に身を固めた少女達が一斉に病室に流れ込んできた。

「よかったぁ!!」

「死んじゃったって聞いたから

 あたし後を追おうとしたのよ」

「もぅ身体は大丈夫なの?」

「まだ痛いところある?」

たちまち病室は黄色い歓声に包み込まれると、

まるで鶏小屋の中のような喧噪に包まれた。

「なっなんだこの喧噪は…」

まるで銃撃のように話し始める彼女たちのパワーに私が呆気にとられると、

「こらぁ!!

 ココは病室です。
 
 口を慎みなさい!!」

廊下を通りかかった中年の婦長が入ってくるなり声を張り上げた。

「はーぃ…」

彼女の一声で一気に静けさを取り戻すと、

「えっえぇっと、

 ありがとう…」

私はそう礼を言うと頭を下げた。

すると、

「ねぇ…さっきお医者様に聞いたんだけど、

 サファン…記憶を無くしているってホント?」

と一人の少女が一歩私の前に歩み出ると心配そうに話しかけてきた。

「ねぇ本当にあたし達のこと忘れちゃったの?」

彼女の言葉を突破口に他の少女達も次々と尋ねてきた。

「えっ…

 うん…

 まぁ…なんて言うか…

 その…

 ごめん…」

彼女たちの心配そうな表情を見た私は、

どう答えて良いのか判らずに鼻の頭を掻きながらそう返事をすると頭を下げた。

「そんな…」

と言う声が少女達の間から漏れる。

「ごっごめんね…

 私…じゃなかったあたし…

 うん…

 記憶を無くしちゃったみたいなの。

 だから、みんなが誰なのか判らなくて…」

申し訳なさそうにそう言うと、

「でっでもさ、

 サファンがこうしてあたし達に話しかけてくれるだけでも、

 良しと思わなくっちゃね」

周囲の重苦しい雰囲気をはね除けるように一人が声を出すと、

「そうだね、

 記憶なんてゆっくりと取り戻せばいいんだしね」

「あっそうだ、

 これ、

 サーラ姫様からサファンにって」

と言いながら一人の少女が一枚の封筒を差し出した。

(え?、サーラ姫様から?)

サーラ姫様の名前を聞いた途端、私の心臓が大きく高鳴った。

「なっなにかな?」

必死で平静さを装いながら封筒を開けてみると、

一枚の護符が入っていた。

「…………」

私はその護符を手にとって眺めると、

「なっなんなの?」

っと少女達が私に詰め寄ってきた。

「うん…お守り…よ」

私はそう返事をするとそっと護符を胸に抱いた。

そして、ふと

サーラ姫様の言いつけに背いて自分の命をなげうってしまったことに罪悪感を感じると、

急に目から涙が溢れてきた。

「あっあれ、どうしたんだ?」

私は溢れる涙を慌ててぬぐい取ると、

「うん、早く元気になってサーラ姫さまにお礼を言おうね」

と一人が私の背中をさすってくれた。



それから程なくして私は退院をすると、

そのまま巫女達が寝起きをしている寄宿舎・カリウンへと連れて行かれた。

「ここ、シウリアスの攻撃でめちゃめちゃになっちゃったけど

 でも、みんなが元通りに直してくれたから大丈夫よ」

夕日が射し込む部屋を案内しながら同室のジェミンが私にそう話した。

ジェミンはサファンがサーラ姫様庇って大けがを負ったとき、

大声を上げていた娘だった。

「そうですか…」

私はそう返事をしながら部屋の中を見回すと、

明らかに女の子風の部屋の佇まいに私はちょっと困惑した。

「それでね、

 サファンの私物なんだけど、

 アルバムとかそう言ったのは掘り起こしたんだけど、

 でも、それ以外のは捨てざるを得なくってごめんね」

とジェミンは済まさそうに私に謝った。

「うっうん…

 まぁ、いいよ…アルバムだけでも探してくれたんだ」

サファンのアルバムを抱きかかえながら私はそう返事をすると、

建物下敷きになったためか痛んでしまっているアルバムに目を通す。

そこには、笑顔で笑っているサファンの写真が写っていた。

(…考えてみれば、サファンは死んでいる訳だけど…

 でも、そんな彼女を弔ってくれる人はなくて、

 こうして生きている私を弔う人がいるなんてな…)

そう思うと、写真に映っている彼女に黙祷を捧げた。

「何をしているの?」

「え?

 あぁ…」

私が黙祷をしているのを不思議そうに見つめながらジェミンが尋ねると、

「そっそいえばさ、

 ほらっ

 シウリアス軍をやっつけた勇者って…」

「あぁ、カイン様のこと?

 凄いわよね、

 たった一人でシウリアスの前に立ちはだかってさ、

 そして、自分の身を犠牲にして伝説の鬼神を召還して、

 シウリアス軍をやっつけちゃったんだもの」

とジェミンは剣を振り下ろす振りをして私を見た。

「そう…」

妙に恥ずかしい気持ちになりながら私はそう返事をすると、

「うん、あたし達がこうしていられるのも、

 カイン様がお陰よね。
 
 感謝しなくっちゃ」

とジェミンは私に言うと、

「そうだね、

 ラサランドスの英雄だもんね…」

私はそう相づちを打っていた。

すると、

「あっもぅこんな時間!!」

時計を見たジェミンはそう声を上げると急いで何か支度を始めだした。

「どっ何処に行くんですか?」

「何をいってんのお風呂に決まっているでしょう!!」

私の質問にジェミンは怒鳴ると、

「はいっ」

っと言って私にタオルや石鹸が入った風呂桶を突き出した。

「へ?」

それを手にして私が呆気にとられると、

「ほらほら、

 非番の娘はさっさとする。

 じゃないとお勤めに出ていたお姉さま達が帰ってくるでしょう?」

と呆れながら私にそう言うと、

私の手を掴むとまるで引きずるようにして部屋を出ていった。

「いやっあのぅ…」

(ちょっと待てよ、風呂ってジェミン、お前と一緒に入るのか?)

入院中は看護婦が私の身体の面倒を見てくれていたので、

あまり気にはならなかったが、

しかし、風呂と聞いて私の心は激しく動揺した。

そして、戸惑いながらも私はカリウンの廊下を引きずられていくと、

ほどなくして湯気が上がる風呂場へと連行されていった。

「う゛〜っ…

 久しぶりにさっぱりしたいし…

 ここは…えぇいっ仕方がない…」

脱衣所に連れてこられた私は観念するとジェミンに背を向け、

そして、着ていた服を脱ぐと籐で編んだ駕篭にそれを入れていった。

しかし、

「うっ…」

サファンという少女に生まれ変わって約一ヶ月が過ぎ、

この身体にもだいぶ慣れたとはいえども、

しかし、眼下に見える女性の肉体に私は言いようもない恥ずかしさを感じると、

私は極力それを見ないように努めた。

(えぇい何をしているんだ。

 女の裸なんて気にしなければいいじゃないか)

私は自分にそう言い聞かせていると、

「さてと、準備は良い?」

と後ろからジェミンが声を掛けてきた。

「あっ」

その言葉に私が振り向こうとすると、

「ごっごめんなさい!!」

と言う彼女の謝る声が響き渡った。

「え?、私…じゃなくて、あたし…何かした?」

彼女の言葉の急変に私は慌てて振り向くと

「うっ!!」

そこには髪を頭の上に巻き上げた裸のジェミンが申し訳なさそうな顔をして立っていた。

(うわぁぁ…モロ…)

私の目はジェミンの裸体に釘付けになるが、

しかし、ジェミンはそんな私の心の内情に気づくことなく

「あたし…サファンの傷のことすっかり忘れてた

 …おっおちょこちょいだから…」

ジェミンは顔を赤くしながらそう言って項垂れると、

「あぁ…なんだ、そのこと?

 別に大したコトじゃ…」

と言いながら私は身体の数カ所で未だ赤く盛り上がっている傷跡を眺めた。

無論、私にとっては、この程度の傷は傷のうちには入らないけど

しかし、ジェミンにとっては大失態と思ったらしい。

「ほらほら、そんなに謝るコトじゃないからね」

私はそう言って彼女の慰める台詞を言うと、

「ホント?」

ジェミンは私に近寄るとそう尋ねた。

「え?」

ドキッ

(なんちゅう無防備な…)

間近に迫ったジェミンの裸体を私は思わず意識してしまう。

(うわぁぁぁ…

 あのシンシアでもこんな姿を見せてくれたことはなかったのに…)

女同士で気を許しているのか

無防備に近いジェミンの白い肌に私の心は大きく揺さぶられた。

すると、

「本当に怒っていない?」

上目遣いにジェミンは私に再度尋ねると、

「あっまぁ…ね」

「ホントにホント?」

「うん、気にしていないからサッサと行こう」

私はこれ以上目を合わせないように目をそらしながら湯殿に行こうとすると、

ギュッ

ジェミンは私の腕を掴むなり、

「あたしの目を見て言って…

 本当に怒っていないって…」

と私に訴えた。

「え?

 そんなこと言ったって私はもぅ…」

とにかく一刻も早くジェミンから離れたかった私は彼女の申し出に困惑したが、

しかし、なかなか手を放さない彼女に根負けした私は、

グッ

っとジェミンを見つめると、

「大丈夫、怒ってなんかないよ」

と小声で伝えた。

(ぷはぁ…

 もぅこれが限界…)

そう思いながらジェミンにその言葉を伝えると

私はジェミンの手を振りほどいて一気に湯殿に駆け込んでいった。

しかし、肝心のジェミンは何故か顔を赤くしながらその場に立ったままだった。

カポーン…

「はぁ…

 風呂にはいるのに何でこんな苦労をしなくてはならないんだ?」

そう文句を言いながら私は浮船に浸かろうとすると

「サファン…そのままで入っちゃダメでしょう?」

っと先に入っていた女性達が声を掛けてきた。

「え?」

その声に私が振り向くと、

上半身を露わにした数人の女性が私の方に歩み寄ってきていた。

「ぐわっ…こっこれは…」

女性と言っても只の女性ではない、

ラサランドス中から選りすぐられた美女達のお宝映像に私は面を喰らった。

「幾ら髪を洗うと言っても

 お風呂に入るときは髪はちゃんとまとめるのがエチケットよ」

一人の女性がそう私に言うと、

スッ

私の髪をまとめ上げるとヘアピンでとめた。

すると、

「怪我は治ったのですね」

「サーラ姫様もあなたの容態にはたいそう気遣っていましたよ」

と豊満な肉体美を晒しながら巫女達はそう私に言うと、

「あっはぁ…」

あまりにものの神々しさに私は直視することが出期ず、

ずっと下を向いたままだった。

その反面…

「畜生…

 こんな美人に取り囲まれているのに、

 何も出来ないだなんて!!

 えぇい、貴様っそれでもラサランドス軍人か!!」

と自分自身の不甲斐なさに嘆いていた。



「サファン…身体はもぅ良いのですか?」

翌日…

サーラ姫様の元に回復をしたコトを告げに御所に参内すると、

サーラ姫様は私に優しく話しかけてくれた。

「はい…

 サーラ姫様の加護の元、再びお目に掛かることが出来ました」

私は別の意味も込めてそう返事をした。

(…サーラ姫様に会えた。)

二度と会えないと覚悟を決めていただけに、

姫様に会えたことがコトのほか嬉しかった。

「それは何よりです」

サーラ姫様は笑みを浮かべそう言葉を掛けてくれると、

「でも…」

そう言いながら急に表情を暗くすると、

「でも…私にとって大切な人を亡くしてしまいました」

と呟いた。

グサッ!!

その言葉に私の胸に何かが突き刺さる。

「ムシルカはあの”悪魔の口笛”の力を過信し手痛い打撃を受けました。

 無論、我々も犠牲を払い鬼神・ザンガを召還しましたが、

 しかし、力をもって対抗することが本当によいことでしょうか?

 ご覧なさい、草や木が消えてしまったあの山々を…

 お互いの意地の張り合いがこのラサランドスの周囲からすべての命を奪っていきました。

 私はこの罰を背負わなくてなりません」

そう呟くサーラ姫様の瞳には溶けた魔導砲が映っていた。

「………」

私は何も答えられずに只下を向いていると、

「…でも、

 姫様に命を捧げた者達の気持ちは皆同じだと思います。

 この、ラサランドスとサーラ姫様を守りたい。

 その一心だと思いますので、

 姫様は悲しい顔をしないでください。

 姫様の笑顔が、命を落とした者達への慰めになると思います」

と私は言った。

「まぁ…サファンったら

 まるで、戦場に行ったような口調ですね…」

私の言葉にサーラ姫様がそう言うと、

「じつはあたし…見たんです。

 戦場で命を落とした兵達の心を…」

と私は返事をすると、

「そうですか…

 サファンは一度死んでいるんでしたよね」

サーラ姫はそう呟くとそれ以上は何も言わなかった。

「もっ申し訳ありませんっ

 出すぎたことを言ってしまって」

サーラ姫様の様子に私は慌てて頭を下げると、

「いいのですよ、

 でも、あなただけでもあたしの所に戻ってくれて良かった。」

サーラ姫様はそう言いながら嬉しそうな顔をすると、

「はいっ」

私は力強く返事をした。



「サーラ姫様、嬉しそうだったね」

「うん」

姫様の御所から神殿へと延びる回廊をジェミンと私はそう言いながら歩いていくと、

ふと、

(私のした事って本当にあれでよかったのだろうか?)

と鬼神・ザンガを召還し”悪魔の口笛”を力づくでねじ伏せてしまったことを省みた。

とそのとき、神殿の後ろに広がる墓地へと続く回廊が私の目にはいると、

私の足はそこで立ち止まっていた。

「そうそう、サファンが入院しているとき

 カイン様の葬儀が盛大に執り行われたのよ」

立ち止まってじっと墓地へと続く道を眺めている私にジェミンはそう言うと、

「私の葬式…

 そうか、そう言えば入院中、

 盛大に空砲が撃たれたときがあったが、

 あれが私の葬式だったのか…」

とその言葉を聞いた私の足はいつの間にか墓地へ踏み込んでいった。

「あっ、サファン…」

墓地の中をスタスタと歩いていく私をジェミンが追いかけてくる。

やがて、私の目の前に見慣れた一本の剣が突き刺さった塚が姿を現した。

ひゅぉぉぉぉっ

一陣の風が吹き抜ける中、

私は自分の名前が書かれた墓標をジッと眺めていた。

「あの爆心地にこの剣が突き刺さっていたそうよ」

ジェミンの説明を聞きながら私は爆発を乗り越えた愛用の剣を眺める。

剣は何処も痛んでいるところはなく、

私が浮舟の床に突き刺したときと同じ輝きを放っていた。

すると、

カシャカシャカシャ

甲冑の音を立てながらシンシアがこちらに歩いてくる姿が見えた。

「あっサファン、シンシア様よ」

ジェミンがシンシアに気づくと私の脇を肘でつつくと、

「シンシア様が瀕死のあなたをお医者様の所まで運んでいてくれたのよ

 お礼を言わなくっちゃ」

と私に言う。

「そっそうだね」

シンシアの登場に私は妙な恥ずかしさを感じながらそう返事をした。

そして、

シンシアがそばに近づいたとき、

「シンシア様!!」

ジェミンがシンシアに声を掛けると、

私の手を引きながらシンシアの元へと駆け寄っていった。

「なんだ?」

ジェミンに声を掛けられたシンシアは妙に無表情な返事をする。

「あのぅ…この娘…

 シウリアスとの戦の際にシンシア様に助けて貰ったサファンです。

 それで、その時のお礼を言おうと思いまして」

と言いながらジェミンが私の背中を押すと、

「わっ」

私は一歩シンシアに歩み出た。

ジッ

シンシアの紅の瞳が私を見つめる。

「えっえっと…」

(まさか、私の墓の前で「やぁ」なんて言えないしなぁ)

そう考えながら私はまるで蛇に睨まれた蛙のように固まると、

「ほらっ挨拶挨拶っ」

ジェミンは小声で私の背中をつついた。

「あっ

 あのぅ…

 あのときはどうもありがとうございました。

 シンシア様のお陰であたし…」

とそこまで礼を言うと、

「礼などはいらぬ、

 それから、二度と私の前に姿を見せるな。

 …お前を連れて行ったが為に…わたしは…」

シンシアはそこまで言うと彼女の手は私を押し退け、

そして、私の墓に向かって片膝を落とした。

「なによっ感じ悪い…行こう」

「うん」

シンシアの後ろ姿を見ながらジェミンは舌を出すと、

私はそんなジェミンに遮るように手を出し、

「でもきっと、あたしをお医者様に連れて行ったために、

 あの人、大事な人の死に際に会えなかったんじゃない?

 だって、あの人の目に涙が浮かんでいたよ」

と呟いた。

「えー?

 いま泣いていたっけ?

 シンシア様?」

ジェミンは腰に両手を当てながらシンシアの後ろ姿を眺めていると、

「シンシア…すまん」

私は心の中で頭を下げていた。



「はぁ…思いっきり暴れたい気分…」

カインだった頃は時間があれば剣の腕を磨いたものだったのだが、

しかし、巫女・サファンとなってしまった今では

剣を持つことは当然許されるものではなく、

単調なお勤めと儀式の連続に私はストレスはピークに達しようとしていた。

「どうしたの?

 サファン?」

すっかり腐っている私の様子に心配そうにジェミンが尋ねると、

「うん?

 ねぇジェミン…
 
 ここって運動をするところはないの?」

と私は聞き返した。

「運動?」

「そー

 たとえばさぁ…

 神殿一周ロードレースとか、

 御所の壁のロッククライミングとか」

指を折り、具体例を挙げながら言うと、

「あっきれたぁ!!

 あたし達はサーラ姫様に仕える巫女よ、

 そんなコト許されるわけじゃぁないでしょう」

と一蹴されてしまった。

「ふぅ…そうだよねぇ」

(あぁくそう、思いっきり剣を振り回してぇ!!!)

私はそう返事をしながら心の中で怒鳴っていると、

「そうだ、

 じゃぁ今度のお休みの時、

 スパークやりに行く?」

とジェミンが聞いてきた。

「スパーク?」

私は思わず聞き返すと、

シウリアスが攻めてくる前に市民の間ではやり始めた剣術の対戦式ゲームを思い出した。

「うん、この間、再開したって聞いたから、

 みんなを誘って行ってみようよ」

とジェミンは私に提案をした。



そして、休みの日、

「ほーこれがスパークか」

いつもの巫女の装束ではなく普通の年頃の女の子の格好をした私は、

城下の繁華街にあるスパークの店に来ると、

緊張感を演出するためにスピーカーから大音響の音楽が流れる店内を

珍しそうに眺めていた。

スパークと言うのは魔導を使って作り出された仮想の空間で、

決められたシナリオにしたがって

そこに出てくる魔物等を退治してポイントを競う、

まぁ一種の戦闘系のゲームのコトだった。

無論、カインだった頃もこの店の話題を聞いたことがあったが、

しかし、日頃から真剣による訓練を行っていたために、

私がスパークに興味を持つことはなかった。



受付をする人、ゲームが終わって出てくる人でごった返す店内で、

私達、5人の巫女達は受付の列に並んだ、

「なぁ、良いのか?

 サーラ姫様に仕える巫女がこんなところに出入りして」

小声でジェミンに尋ねると、

「だめよ、サファン、

 外でそんなことを言っては、

 黙っていれば誰も気が付かないんだから」

とやんわりと注意をされた。

「なるほど…黙っていればか…」

彼女のその台詞を聞いた途端、

ガラガラガラ!!

私の心の奥で抱いていた巫女に対する幻想が音を立てて崩れ始めていた。

やがて、私達の順番が回ってくると、

「ねぇ、どのコースにする?」

っとグループを纏めるカリンが私達に希望のコースを尋ねてきた。

「あたしはどれでも良いけど」

コース表に視線を落としながら私はそう呟くと、

「じゃぁ、5人一緒の奴にしよう」

とカリンは受付嬢に希望のコースを告げた。



「ほー、これはまた本格的な…」

「まぁね、お姫様を救う勇者の設定だからね」

「たまにはこう言うのもいいね」

「普段は守られてばっかりだから?

などと言いながら私達は店が用意した甲冑と剣を手に取った。

と言ってもどれもイミテーションで本物とはまるで違っていたのだが、

でも、久方ぶりに触った剣の感触に私はどこか嬉しかった。

「じゃ準備は良い?」

「おっけー」

「いつでも」

お互いに準備が整ったのを確認すると、

「じゃっ行くよ」

カリンはそう言いながら、

お店から渡されたプレイカードを正面のドアに設けられた差込口に差し込んだ。

ぎぃぃぃぃ…

ドアがゆっくりと開けられると、

ごわぁぁぁ

中から魔導が吹き出す。

すると、

フォン

それに反応してか手にした剣が微かに発光し始めた。

コクリ!!

それを見た私達は

「いけぇぇぇ!!」

「おぉ!!」

のかけ声と共に剣を携え一気に雪崩込んでいった。



小一時間後…

「はぁはぁ」

「ぜぇぜぇ」

息を切らせながらドアから出てきた私達は一斉にイスに腰を落とした。

「それにしても…

 サファン…あなた強いねぇ…」

大汗をふきつつカリンがそう言うと、

「え?、そーぉ?」

肩で息をしながら私は返事をする。

「だぁって、あのシナリオの最後まで行っちゃうんだもの、

 普通は四天王の一人を倒すところでゲームオーバーなのに

 サファンたら一人で残り3人をヤッツケっちゃうんだもの」

感心したようにジェミンが言うと、

「あはははは…」

(久しぶりだったんでちょっと調子に乗ってしまった)

私はごまかしながら笑う。

「あーでも、良い運動をした。」

「これじゃぁ明日筋肉痛かな?」

「お勤めにばれないようにしなきゃ」

他の面々がそう言うのを聞きながら私は甲冑を脱ぎ、

そして、受付に戻ったとき、

店の前でちょっとした騒ぎが起きていた。

「何かしら…」

精算を済ませた私達が表に出ると、

「こらぁ!!

 見せもんじゃねーぞ!!」

厳つい甲冑を身につけた男達が怒鳴り声をあげていた。

「どうしたの?」

遠巻きに見ていた男性に私がコトの子細を尋ねると、

「あぁ、あの兄ちゃんがな、

 見回りの騎兵達の甲冑に触れたとかで、

 因縁を付けられたんだよ」

と男性は道路上に倒れている若者を指さした。

「うわぁぁぁ…酷いことをしますね」

そう言いながら私は若者を見ると、

殴られて気を失っているのか若者はピクリとも動かない。

「大体誰のお陰でお前等がこうして生きていられる?

 あん?

 全部俺達のおかけだろうが!!

 俺達が命を張ってシウリアスの連中を撃退したんだからな…」

なおも気勢を上げる甲冑姿の騎兵の声はどこか呂律が回ってなく、

そして足下もおぼつかないようだった。

「ひょっとして、お酒飲んでいるの?」

その様子に私は思わず声を上げると、

「あぁ…

 シウリアスとの戦に勝ってから、
 
 どうも、ああ言う輩が多くってな」

男性は呆れながらそう私に言う。

すると、

スッ

私の脚はいつの間にか騎兵の方へと向かっていっていた。

「サファン、戻りなさい」

ジェミン達は私を連れ戻そうとするが、

しかし、私はジェミン達の手をふりほどくと、

倒れている若者に駆け寄った。

「かはっ」

散々殴られたのか若者は満足に呼吸が出来ずにせき込みはじめた。

「ねぇそこのあなた…

 すぐにこの人をお医者様に連れて行ってあげて」

私はこの若者の仲間と思える若者にそう告げると、

スクッ

と立ち上がると騎兵を睨み付けた。

「なんだぁ、

 文句があるのか、姉ちゃんよぉ」

酒臭い息を吐きながら騎兵は私に迫ってくる。

その時、

パァァァン

辺りに響きのいい音が響き渡った。

ザワッ!!

一瞬の静寂が周囲を一気に飲み込む。

「いてぇ…」

いつの間にか騎兵の頬が赤く腫れ上がり、

そして私の手は思いっきり振り抜いていた。

ザザザザザザ…

たちまち私の回りに他の騎兵が取り囲むと、

一斉に腰の剣に手を置く、

「てめぇ…私様の顔をひっぱたきやがったな」

私に叩かれれた騎兵はジロリと私を睨み付けると、

スッ

っと剣を抜き、その鞘を放り投げた。

しかし、私は臆することなく、

「あなた達はカンダの配下の者ですね?

 全くあいつは一体、部下にどういう教育をしているんだ?」

っと甲冑の紋章を見ながらそう文句を言うと、

スッ

剣の切っ先が私の眉間に突き立てられた。

「きゃぁぁぁぁ」

周囲から一斉に悲鳴が上がる。

「で、どうする?」

「なに?」

「私を切るのか?」

切っ先を睨みながら私は騎兵にそう言うと、

「なんだとぉ」

私の予想外の態度に騎兵は動揺を始めた。

「市中で無闇に剣を抜けば

 どういう咎めがあるのか知っててこう言うことをするのか?」

なおも臆することなく私はそう言うと、

「貴様…俺様を脅す気か?」

騎兵は顔を真っ赤にして怒鳴った。

「どうした、

 私を切るのではないのか?

 それともその剣は只の飾りか?」

まるで挑発するように私はそう言うと、

「きっさまっ!!

 叩っ切ってやる!!」

私の度重なる言葉にブチ切れた騎兵が怒鳴り声をあげて剣を大きく振りかぶると、

「サファン逃げて!!」

ジェミン達の叫び声が響いた。

しかし、私は騎兵の剣筋を見切ると、

振り下ろされる剣からすり抜け、

そして騎兵の後ろを取った。

「なっ」

「だらしがないな…

 これが本物の剣であれば、お前の命はもぅないぞ」

ピタっ

騎兵が捨てた鞘を剣代わりにして、私は騎兵の首筋に当てながらそう言うと、

「てめぇ…

 只の女じゃないな、

 なにもんだぁ?」

騎兵は横目で私を見ながらそう尋ねる。

「さぁ?

 ”只の死に損ない”とでも言っておきましょうか」

私はそう言うと、

「ちっ、

 女なんぞに舐められて堪るかっ」

往生際の悪い騎兵はそう怒鳴ると、

バッ!!

私が突き立てた鞘を掴むなり、

思いっきり振り回した。

「あっ」

騎兵の力に私の身体は引っ張られると、

「痛っ」

思いっきり尻餅を付いてしまった。

「生意気な口を叩きやがって」

のそっ

そう言いながら騎兵が私に迫って来たとき、

「おいっ」

男の声がすると騎兵の肩に手を置いた。

「なんだぁ?」

その声に騎兵が後ろを振り向いた途端、

ガッ!!

強烈な一撃が騎兵の横っ面を打ち抜くと、

ガシャァァァァン!!

甲冑の音を立てながら騎兵の身体は宙を舞った。

「何をしやがる!!」

地面に叩きつけられた騎兵が声を上げながら起きあがると、

その顔は一気に青ざめた。

「?」

彼の表情を見た私が顔を上げると、

そこにはカンダが部下を連れ仁王立ちになって立っていた。

「かっカンダ様…」

ザザザザザ…

騎兵をその仲間達は怯えながら一カ所に集まると、

「お前…

 いま、この娘を切ろうとしたのか?」

と相変わらずの髭面でカンダは騎兵に尋ねた。

「いっいやっそのようなことは…」

まるで子猫のように神妙な顔つきで騎兵は否定するが、

「お前らの悪い噂は聞いているぞ!!

 聞きたいことはたっぷりとあるからなっ」

カンダはそう騎兵達に言うと、

「連れていけ!!」

と部下に指示をした。

「いやっ、あのぅ

 かっカンダ様!!」

騎兵達は動揺しながらカンダの部下達に連行されていくと、

「さて」

カンダはそう言いながら改めて私に視線を向けた。

「………」

私は無言でカンダを見つめる。

すると、

「なかなか度胸があるお嬢さんだけど、

 サーラ姫様の警護隊か何かに入っているのか?」

とカンダが私に尋ねてきた。

「いえ」

私はカンダの言葉を即座に否定すると、

「?」

彼は首を傾げた。

すると、

「サファン…こっちに来なさい!!」

ジェミンが飛んでくるなり私の腕を引くと、

「どうもありがとうございました」

ジェミンは愛想笑いをしながらカンダにそう返事をすると私を引っ張っていった。

「あっ…」

私に何かを感じたのか、

カンダは私に何かを言おうとしたが、

しかし、腕を引かれた私はそのまま人混みの中に埋もれてしまった。



「もぅ、無茶なことをして…」

「ごめん」

「あたし、ダメかと思ってわ」

「………」

神殿が見える広場まで連れてこられると、

私はジェミン達から一斉に注意を受けた。

「それにしても、サファンって度胸が据わっているのね」

感心しながらシルカが言うと、

「そうねぇ、あんな大男に眉間に剣を突き立てられたら

 あたしなんて腰を抜かしちゃうわ」

カリンがそう続けた。

「うん、一度死んじゃったから、

 なんて言うか、度胸が据わっちゃったのかな?」

笑いながら私はそう弁明をすると、

「でもね、サファン、

 あなた一歩間違えてばココには立っていなかったのよ、

 あのとき、サファンが飛び出して青年を助けたのは良いことだけど、

 でもその後、騎兵を挑発したのは良くないことよ」

と一番年上のキルンが私にそう注意をした。

「うん、ごめん、

 あたし、ちょっと頭に血が上っていたみたい」

私はそう反省の言葉を言うと、

「あっ判ればいいのよ…」

とキルンはそう言った。

「それにしても、最近あぁ言う連中が多くない?

 そりゃぁ、シウリアスを撃退できたのは彼らのお陰だけどさぁ

 でも、シウリアスを壊滅させたのって、

 一人、”悪魔の口笛”に立ち向かったカイン様でしょう?

 それを自分の手柄のように言われるとねぇ…」

そう言いながらジェミンはラサランドスを守るように聳えるエメラルドの柱の方を見る。

「うん、そうだね」

私はそう返事をながら、一緒になって柱を見たとき。

ユラリ…

一瞬、柱の姿が微かに歪んだ。

「なんだ?」

目をしばたかせながら私は柱をよく見てみると、

柱は何事もなかったかのようにそびえ立っていた。



「気のせいかな?」

カリウンに戻った私はじっくりと柱を観察し始めた。

「どうしたの、サファン、

 さっきから柱を見つめちゃって」

神殿での作法を記した本を閉じながらジェミンが私に尋ねると、

「うん…あの柱がねぇ…」

そう私が言いかけたところで

ユラッ!!

再び柱が歪んだ。

「あっ!!」

それを見た私は思わず声を張り上げた。

「きゃっ、なによ、

 ビックリさせないでよ」

私の声に驚いたのかジェミンは悲鳴を上げると、

「あっごめんごめん」

私は反射的に謝った。

「で、柱がどうしたって言うの?」

たまりかねたジェミンが私の傍に立って柱の方を見ると、

「いや、あの柱が、

 なんて言うか揺れるんですよ」

と私は柱で起きている現象を説明した。

「揺れる?」

そう言いながら

んー

っとジェミンが目を凝らすと、

再び

ユラッ

柱が微かに揺れた。

「あっ本当だ…」

その現象を目の当たりにしてジェミンがそう言うと、

「だからといってそれがどうかしたの?」

っと私に聞き返してきた。

「え?、いっいやっ

 何で揺れるんだろうってね」

まさかその現象が想定外とは言えずに私はそう返事をすると、

「風か何かで揺れているんでしょう?」

ジェミンはそう結論付けると窓から離れていってしまった。

「風?

 そんなはずはない…
 
 この揺らぎはもっと別の所から…」

私はそう思いながら柱を眺めていた。



つづく