風祭文庫・乙女の館






「ラサランドス・ストーリーズ」
(第2話:鬼神ザンガ召還)



作・風祭玲


Vol.315





ヒュォォォォォ…

「野郎…」

2発の”悪魔の口笛”を喰らい、

友軍の殆どは既に壊滅している状況を見ながら私は臍をかむと、

一直線にシウリアス軍の正面に据え付けられている鋼鉄の悪魔へと船を走らせた。

『おいっ、カイン!!

 その浮き船に乗っているんだろう

 聞こえるか!!

 返事をしろ!!

 カイン!!』

操舵室に据えられている通信機からカンダの叫び声が響き渡る。

「あぁ聞こえるよ」

あまりにモノうるささに私は返事をすると、

『カイン、

 お前っ何を考えているんだ!!』

更に勢いを増した怒鳴り声が操舵室に響き渡った。

「そんなに怒鳴るな、

 通信機が壊れるだろう」

そう私が返事をすると、

『それより、お前、スレイヴに何をした?

 いまこっちからの制御が全く出来ない状態になっているぞ、

 答えろ!!』

カンダは司令室からスレイヴへのコントロールが出来ないことを訴えると、

「そうだ、少し細工をした。

 これから起きるコトが済めば制御は戻るし、

 ラサランドスにとって強力な守りの要になる」

私は舵から手を放すとそう答える。

『なに?』

「鬼神・ザンガの召還をする。

 本当は準備万端で召還してみたかったのだが…

 残念だけど、そんな時間はない。

 そうそう、ラサランドスの外にいる連中を全員引き上げさせろ、

 それと城内の連中もなるべく奥へ避難させるんだ」

そう私が忠告をすると、

『カインっ、

 あなた、ザンガを召還って本気なの?』

今度はシンシアの声が響き渡った。

「シンシア…

 あまり大きな声を上げるなよ

 耳が痛いだろう、

 それより、あの巫女はどうした?

 ちゃんと医者の所に連れて行ったか?」

耳を塞ぎながら私が怪我を負った巫女のコトを尋ねると、

『あなたの言ったとおりに医者の所に連れて行ったわよ、

 それよりすぐに戻ってきて!

 カイン、

 あなた”悪魔の口笛”の真っ正面にいるじゃない』

慌てた口調でシンシアが私にそう言うと、

「そうか、もぅそこまで来たか」

私はほぼ正面を向いている魔導砲を見据えながらそう呟く。

『何を暢気なことを言っているの!!

 いまさっき、最後通牒が来たわ、

 五分以内に降伏をしないと

 また撃ち込むって言ってきたのよ』

「五分というと、

 カンダ、魔導の分布はどうなっている?」

シンシアの説明に私が”悪魔の口笛”の動作状況を尋ねると、

『あぁ、

 既に大量の魔導が流れ込んでいるぞ

 だからこっちは現在、シールドを再展開しようとしているが、

 お前がスレイヴに変な細工をしたからそれが思うように出来ないんだ』

とカンダはラサランドスの現状を訴えた。

「カンダ、シンシア

 お前達も奥へと避難しろ、

 ”悪魔の口笛”は私が消し飛ばす」

私は魔導砲を睨みながらそう怒鳴ると、

『よせっ、

 いまからでも間に合うすぐに戻るんだ』

『カイン、お願い戻ってきて』

「なぁに、

 ラサランドスにも一人大馬鹿者がいたってこと、

 シウリアスのクソ王子に思い知らせるのもいいじゃないかってな、

 じゃぁ、カンダ、シンシアのこと頼むわ、

 あいつ、気が強そうでも根は弱虫なんでな

 シンシア、

 私のことは…まぁ思い出のページのなかに仕舞って置いてくれれば十分だ」

二人の声に私はそう返事をすると、

スチャッ

鞘から剣を抜いた。

そして、一気に振りかぶると、

『カイン、ちょっと…(がこっ!!)』

と私を思いとどまらせようとシンシアの声が響く通信機を一気に一刀両断にした。

「さてと」

ガッ!!

そのまま剣を操舵室の床に突き立てると、

「ちゃんと、私の召還に応じてくれ、

 鬼神・ザンガよ」

と呟きながら、

コト…

操舵室の床に水晶球を置いた。

フワリ、

床に置かれた途端水晶球が浮かび上がる。

と同時に、

ブンッ

たちまち操舵室に魔法陣が姿を現した。

「よしっ、

 まずはこれからスレイヴに接続して、

 スレイヴを経由してキリーリンクを直接操作すれば

 鬼神・ザンガの召還は可能…なはず…」

魔法陣の上に立ち水晶球を眺める私はそう呟くと、

「さて、ここなら何が起きても大丈夫だし、

 万が一暴走してもシウリアスの連中も大損害だ、

 まったく、シウリアスのバカ王子め好き勝てしやがって」

ラサランドスとシウリアスとの中間地点に浮舟を進めた私は距離はまだあるが、

しかし、その周囲を威圧するように聳える魔導砲に視線を移しながら、

「ここでよしっ」

と浮舟を止めると、

「さて、やりますか!!」

そう言いながら水晶球に手を当てた。

一方、ラサランドス内では、

グゥゥゥゥゥゥン…

『カイン様よりアクセスを確認、

 キリーリンクにアクセス。

 プログラム”ザンガ”発動』

スレイヴの声が響き渡ると、

キーン

クリスタルの集合体が淡く輝きはじめた。



ふわっ…

「来た…」

ラサランドスの周囲にエメラルドの輝きを放つ雪のような粒子が姿を見せると、

それが一斉に渦を作るかのように動きはじめ、徐々に浮城を包み込み始める。

そう、スレイヴに私が仕込んだプログラムが発動した知らせだった。

「サーラ姫様!!」

城の周囲の異変を見た巫女がサーラの元に駆け込んでくると、

「判ってます、

 キリーリンクが発動しました。

 発動させたのは恐らく…カイン…」

そう呟くサーラは一切自分の問いかけに答えなくなったキリーリンクを眺めながら、

「…あれほど、命を粗末にしてはならないって言ったのに…」

と呟いていた。

その一方、司令室では、

「何が起きた!!」

状況の変化にカンダが大声を上げると、

「スレイヴがキリーリンクにアクセス!!

 現在、ラサランドスの周囲に強力な魔導エネルギーが展開されていきます。」

と魔導状況を監視していたオペレータが声を上げる。

「どうなってんだ?」

その状況にカンダが首を傾げると、

ダッ

シンシアが大急ぎで駆け出し始めた。

「おいっ、シンシア何処に行く!」

「カインを助けに行く、

 鬼神・ザンガを召還させるだなんて無茶よ」

カンダの問いにシンシアは声を上げて答えるとドアの方へと走って以降とすると、

「あっシンシア様

 現在、外に出るのは危険です!」

オペレータが声を上げると同時に、

ドアの取っ手にシンシアの手が触れた。

すると、

パチッ!!

「きゃっ」

シンシアの手はまるでドアから電撃を受けたようにはじき飛ばされた。

「強力な魔導エネルギーの影響で誰も外には出られません」

そうオペレータがシンシアに事情を説明すると、

「もぅ無理だ!!

 諦めろ!!」

「いやぁぁぁ!!

 行かせて!!

 いや、

 あたし一人を置いていかないでよ!!」

カンダに羽交い締めされたシンシアは半狂乱になって泣き叫んでいた。



「よしっ、

 これでラサランドスにはもぅ手出しが出来なくなった。」

パリパリパリ!!

鬼神・ザンガ召還の前触れである嵐のような魔導エネルギーの渦を眺めながら、

私はそう確信をすると、

「後はこの召還法で鬼神・ザンガを呼び出すだけだ」

シュォォォォン…

私はそう呟きながら魔導を集めていく”悪魔の口笛”を見据えた。



「ふっ、向こうも必死のようだ、

 あのようなシールド、

 この”悪魔の口笛”で一気に壊してあげるよ。

 それにしても、何を考えているのかな?あの浮舟は…

 死にに来たのかな?」

嵐のようなエメラルド色の粒子をまとう浮城・ラサランドスを眺めながら、

シウリアスの王子・ムシルカは正面に立ちはだかる一隻の浮舟を悠然と見据えると、

「如何致しましょう?」

と側近が尋ねた。

「一隻では何も出来まい。

 捨て置け、

 それより約束の5分は経過したか?」

とムシルカが尋ねると、

「はっ……ただいまその5分が経過しました」

カシャッ

警護の兵は脚を綺麗に揃えてそう報告をした。

「よし…

 ラサランドスは頑固者の集まりのようだ、

 ”悪魔の口笛”…発射だ」

と落ち着いた口調で指示をした。

すると、

「王子、なりませんっ」

これまでじっとムシルカを見てきた彼の守り役であるキシルカが声を上げた。

「なに?」

彼の声を聞いた途端にムシルカに不快の表情が走る。

「もぅ十分ではありませんか、

 これ以上”悪魔の口笛”をお使いになってはサーラ姫様の身が危のぅございます」

と訴える。

「キシルカ、誰に指図をしている、

 わたしはシウリアスの王子・ムシルカなるぞ」

キシルカを威圧するようにムシルカが声を上げると、

「かまわんっ、”悪魔の口笛”発射だぁ!!!」

守り役・キシルカの諫言に一切に耳を貸さず命令を下した。

すると、

ごぉぉぉぉぉん!!

魔導砲”悪魔の口笛”はうなり声をあげながら一斉に稼働を開始した。

「魔導エネルギー、集積開始」

「安全装置、解除」

「軸線上に障害物無し」

「充填率、10%…20%…」

王子の眼下にあつらえた”悪魔の口笛”のコンソールに座る要員達から

稼働状況が逐一報告される。

「ふふふふ…」

それを眼下に眺めながらムシルカは顎の前に手を組み笑みを浮かべながら

ラサランドスの浮城を眺めていた。

「充填率、…90%…100%」

「目標、誤差修正完了!!」

「発射よーぃっ」

と要員が声を上げたところで、

ザッ!!

おもむろにムシルカが立ち上がると、

「撃てぇ!!!」

と怒鳴った。

その途端、

キェェェェェェ!!!

白い光跡を伸ばしながら”悪魔の口笛”が一直線にラサランドスめがけて発射された。

「ふふ…」

それを見送るムシルカの口元が緩む、



カッ!!

キェェェェェェェェ!!

正面に見える魔導砲からまばゆい光が輝くと、

魔導で作られた光の塊が浮舟を飲み込むように向かってきた。

「もう撃ってきたのか、

 こっちの準備が終わるまで待ってくれればいいのに…」

そう言いながらすかさず私は魔法陣に向かって

鬼神ザンガを召喚する召還術の最後のフレーズを詠唱した。

すると、

ゴッ!!

たちまち魔法陣が揺らぐと、

ミシミシミシ!!

浮舟が歪みだした。

「ふっこれでよしと、

 はぁ…なんか長いようで短い一生だったなぁ…

 シンシア…すまん、お前との約束は果たせなくて。

 それとカンダ…まぁ先にあの世で待ってるからよ…

 サーラ姫様…サラランドスに光を!!」

そう思ったところで私は魔法陣から吹き出した光の中に消えていった。

キェェェェェェェェェ!!

間髪入れず、放たれた”悪魔の口笛”が浮舟を飲み込み、

そして浮城へと迫ったその時、

パァァァァァ!!

突如ラサランドスの周りを取り囲むように、

等間隔に8本のエメラルド色をした太い柱が姿を現すと、

その中から裸体に薄絹を軽く巻いた姿の8人の少女が姿を現した。

「なんだ?、

 アレは?」

その様子を見たムシルカはそう呟く、

フフフフフフ…

少女達は笑みを浮かべながら向かってくる”悪魔の口笛”を一斉に見ると、

その真正面に立っている少女に向かって次々と重なり合い、

そして一人の姿となった。

「こけ脅しか?…面白い…」

その様子を見たムシルカはそう呟くが、

しかし、

キェェェェェェェェ……

スッ

静かに右手を差し出した少女の直前で”悪魔の口笛”はピタリと止まってしまった。

「なに?」

ムシルカは思わず目を見張っる。

「どうした!!

 何故届かない!!

 何をしている、もっと出力をあげろ!!」

不快感丸出しにしてムシルカが声を上げると、

キェェェェェェェ!!

”悪魔の口笛”の出力が見る見るあがっていく、

バリバリバリ…

ゴワァァァァァァ…

魔導砲に吸い寄せられる魔導エネルギーが渦を巻きながら流れ込み、

そして、放たれる”悪魔の口笛”は見る見るその色が変わっていった。

「ムシルカ様っ危険です!!」

白熱化し始めた魔導砲の様子にキシルカが思わず申し出るが、

「五月蠅い!!」

ムシルカは怒鳴るとキシルカを殴り倒した。

そして、

「どけっ!!」

ムシルカがコンソールに乗り込むと、

「まだ、僕に逆らうか!!」

そう怒鳴りながら、出力レバーを一気に最大にあげた。

ギャォォォォォォォォ!!

狂ったように”悪魔の口笛”はラサランドスを守るエメラルドの少女に襲いかかると

ごわぁぁぁぁぁぁっ

突如、笑みを浮かべる少女の姿は見る見る厳つい鬼神へと変化していくと、

ゴアァァァァァッ!!

雄叫びをあげながら”悪魔の口笛”を押し返しながら、

ムシルカの方へと突き進んできた。

「これは…鬼神・ザンガ!!

 ムシルカ様!!

 ご無礼を!!」

迫ってくる鬼神・ザンガの姿にキシルカは咄嗟に飛び出すと、

呆然とザンガを見ているムシルカの身体を抱きかかえ、

そして隠してあった緊急脱出用のカプセルに放り込んだ。

「王子っどうかご無事で」

そう言いながらキシルカは一礼をすると一気に射出レバーを引いた。

しかし、彼の意識はココで終わっていた。

ザンガが魔導砲”悪魔の口笛”に到達する直前、

魔導砲は押し返されあふれだした魔導によって内部より崩壊を始めた。

そして

シャァァァァ!!!

ザンガが放った光球がシウリアス軍を一気に舐めていくと

ラサランドスを攻め立てていたルルカ最強を誇るシウリアス軍は

自壊していく魔導砲と、

ザンガの放った一撃によって作り出された強烈な光の中に沈んでいった。



「…………」

「…………ん?」

「あれ?真っ暗だ…

 なんだ…あの世というのは真っ暗なのか?」

光に包まれたお花畑を想像していた私は思わず落胆をすると、

「えぇ?

 光がいっぱいじゃないのか」

文句を言う。

その途端、

ズキッ!!

鈍い痛みが私の身体を襲った。

「痛い…

 あれ?

 私………確か死んだんだよなぁ…

 それなのになんで痛みを感じるんだ?」

感じる痛みに私は疑問を持つと、

ジワジワ…

最初の痛みを合図にまるで染み出してくるかのように痛みが全身に広がってきた。

と同時に徐々にだが他の感覚も一つ一つ手に取るように戻ってた。

「なんだ?」

予想していない展開に私は驚いていると、

ズキッ!!

一斉に身体の方々から激痛が襲いかかってきた。

「いててててて…」

次々と襲いかかってくる激痛に私は悶絶する。

そしてその際に顔を覆うように巻かれている包帯に気づくと、

「まさか…いっ生きているのか?」

私は自分に命があることを思わず疑ってしまった。

「あの中から助け出されたのか?

 それにしてもココは何処だ?

 包帯が邪魔でまわりが見えない」

私は顔に巻かれている包帯を鬱陶しく思いながら耳を澄ますと、

「うぅぅ…

 痛いよぉ…」

と言う遠くからのうめき声と共に

「急いで…」

コツコツコツ

「クスリが足りません!!」

タタタタ

人の走り回る音や声が聞こえてきはじめて来た。

「病院かな?

 それにしても

 私…あそこから、どうやって脱出したんだ?」

私は飲み込む様に迫ってきた”悪魔の口笛”を思い出しながら腕を動かそうとしたとき、

ズキンッ!!

一際強烈な痛みが私の体の中を突き抜けていった。

「…イテェェェ!!」

私はまるで棍棒でめった打ちされたような激痛に思わず声を上げると、

「ちょっと…あの人…

 いま、声を上げたよね」

と驚くような女性の声が響いた。

その声に私はすかさず、

「だっだれか…居ませんか?」

と喉を動かしてかすれたそうな声を上げると、

「そんな…

 せっ先生を呼んで、すぐに」

女性は信じられないような驚いた声で誰かに指示をした後、

急いで私の傍へと駆け寄って来るなり、

「しっかりして」

と励ましの声を掛けてきた。

それから程なくして、

「生き返っただって?」

と言いながら医師が駆けつけてくるなり私の容態を診始めた。

「生き返った?

 それって、どういうこと?」

驚く医師の台詞を私は疑った、

「うむ…これは、奇跡だ…」

私を診る医師はそう呟くと、

「サーラ姫様のご加護のお陰でしょうか?」

交代したのか違う声の女性が私の傍でそう尋ねる。

そして間もなく、

「とっとにかく、みんなに知らせてきます」

と言い残して女性はどこかへと走り去ってしまった。

「あっあのぅ…」

彼女の去りゆく足音を聞きながら私は医師に尋ねようとすると、

「あぁ、喋ってはいかん、

 君は重傷なんだ、

 とにかくいまベッドのあるところに連れて行くからね」

と医師は優しく私に語りかけてきた。

「なんなんだ?、

 この気味の悪い話し方は…」

怪我をした兵の扱われ方に慣れている私は、

この医師の妙に優しい言葉遣いに違和感を感じた。

そして程なくして私は担架に乗せられると別の病室へと運ばれていった。



それから数日後…

私は相変わらず包帯に巻かれた姿でベッドに横たわっていた。

身体は相変わらずその節々から激痛を発し、

その為かなかなか体力は回復はしてこなかった。

「うー…痛い……し…

 それに体が重い…」

包帯の束縛されながらもうっすらと見える視界はめまいと共にぐるぐると回っていた。

すると、

「…あのぅ…サファンの容態は…」

と言う数人の女性の声が病室の外で響いた。

「サファン?

 どこかで聞いた名だな…」

私は聞き覚えのある言葉に記憶をたどるが、

しかし、ある一定の所まで遡ったところで、

記憶の糸がぷっつりと途絶えていた。

「いかんなぁ…」

私はそう思いながらも、

「それにしてもシンシアやカンダはなんで見舞いに来ないんだ?

 全く…私が生きていることは伝わっているはずなんだけど…
 
 なんで、来ないんだ?
 
 折角生きて戻ってきたんだから、

 泣きながら駆けつけてきても良いものを…」

となかなか見舞いに来ない二人に腹立たしさを感じたものの、

しかし、

「まさか…私のしたことを怒って…」

私は全快したときにあの二人からのお仕置きに背筋が寒くなった。

それからさらに、数日の間…

私の意識は眠りと覚醒の繰り返しを演じていた。

その一方で、

身体を絶え間なく襲っていた激痛も少しづつではあるが収まっていった。



数日後…

シュルシュルシュル…

これまで私の顔を覆っていた包帯が退けられると、

次第に視界がハッキリしてきて天井の様子がよく見えてきた。

私が目を大きく見開こうとすると、

「あっ一気に見ようとしないで

 目を痛めるからね」

優しく医師は私にそう告げると、

「うんっ、大分傷も治ったようだね

 身体の痛みはどうかな?」

私の額にから頭に掛けて出来た傷を診ながらそう言うと、

身体の傷の様子も診はじめる。

その頃には口の回りの腫れも引いたので

私は自分がどうやってここに運ばれてきたのか聞こうと、

「あのぅ…先生?」

っと話しかけてみた。

すると、

「え?」

私は自分の口からでたその声色に違和感を感じた。

「どうしたの?」

心配そうに医師は私に声を掛ける、

「あっあの…こっ声が…」

まるで女のような声に私は戸惑いながら尋ねると、

「ん?別におかしいところはないけどね…」

医師は私の言っている意味が理解できないような口調でそう告げる。

「なんだ?

 この声は…」

私は未だ痛む身体を無理して起きあがりはじめた。

「あっだめだよ、

 まだ起きあがっては」

私の行動に医師は驚いて手を差し伸べようとすると、

パンッ

私は拒否をする意味を込めてその手を叩くと上体を起こした。

バサッ

起きあがると同時に私のうなじに多量の髪の毛がもたれ掛かるように掛かってきた。

「え?

 髪?

 なんで?

 こんなに長い髪は…」

重みを含めて肩に掛かってきた髪を不思議に思いながら

ふと自分の手を見ると、

視界に飛び込んできた手は人形のような白く細く華奢な手だった

「!!」

それを見た私は思わず目を剥くと、

その視界の中にふっくらと2つの膨らみを隆起させた胸が飛び込んできた。

「これは…」

信じられないモノを見るかのように私はそっと膨らみに手を添えると、

ふにっ

「あっ…」

手から伝わる柔らかいその感触に

私は言いようもない恥ずかしさを感じると頬が見る見る赤くなっていった。

「どうしたのかね?」

私の行為を見ながら医師はそう尋ねるが、

しかし、私は医師の質問に答えることなく股間に手を滑らせた。

すると、

スルリ…

「ないっ!!

 ないっ

 そんな…

 なくなっている!!……

 それにこれは…」

幾らまさぐっても私の股間から男のシンボルが消え失せ、

代わりに女性の秘所の形が私の指先に伝わってきた。

「そんな…」

「一体、どうしたのかねっ」

呆然とする私に医師は驚きを隠せない表情で尋ねると、

私は医師の方を向くなり、

「先生!!

 わっ私…女になっているんですか?」

と真顔で尋ねた。

「はぁ?」

私の質問に医師は呆気にとられた表情をすると、

「ととにかく、落ち着きなさい、サファンさん。」

と言って私を押しとどめた。

「サファン?

 違う!

 私の名前はカイン…」

そこまで言いかけたところで、

「いいかね、

 君はサーラ姫様を身を挺して救ったときの怪我が原因で、

 いま、記憶が混乱しているんだ。

 けど、これは良く起こる現象だから悩むことはない。

 とにかくいまは休みなさい。

 いいね」

と言い聞かせるようにして私に言うと医師は病室を後にした。

「私が身を挺してサーラ姫様を救った?」

ベッドに横になりながら私は記憶を掘り起こすと、

「あっ」

ある光景が私の脳裏に浮かんだ、

そう、私が落とした階級章を拾い、

さらに最初の”悪魔の口笛”の攻撃を受けたとき、

崩れ落ちてきた壁からサーラ姫様を助けたあの巫女の少女のコトだった。

「そう言えば…あのとき、

 他の巫女達がサファンって声を掛けていたっけ…」

そのシーンを思い出した私は痛む身体を起こすと、

何か自分の姿を映し出すものがないか探し始めた。

「くっそう、

 なにか…あっ」

病室には鏡がなかったが、

しかし、

ベッドの脇にあるガラスに病室の様子が半透明で映っていた。

それを見た私は再び起きあがると、

そのガラスに自分の姿を写しだした。

「…………」

私が唖然と見るその先には驚いた表情でこっちを見ている少女の姿があった。

間違いない…

あのとき、私の階級章を拾い、

そして身を挺してサーラ姫様を守った少女・サファンだった。

「ははははははは…

 悪い冗談だ…

 そんな…
 
 私が女の子になっただなんて…

 しかも、あの巫女の少女に…?」

そう思いながら私は白い細腕を左右に振りながら、

ガラスに映っている少女が自分であることを確認した。

「夢だ…

 そうだこれは、悪い夢だ…

 悪い夢なら醒めるはずだ」

私はそのままパタっとベッドに倒れ込むと、

目前にその白く細い手を掲げながら何度もそう呟いていた。

しかし、日にちが経つに連れ、

私はサファンと言う少女の身体で生き返ったことを徐々に実感していった。



つづく