風祭文庫・乙女の館






「ラサランドス・ストーリーズ」
(第1話:シウリアス強襲)



作・風祭玲


Vol.314





ドォォォォン!!

ズズゥゥゥゥン!!

『フェルラン隊、壊滅!!』

『ミュズラン隊、後退してください』

『……カラスム隊応答してください…カラスム…』

広大な大陸・ルルカのほぼ中央部に浮かぶ、

浮城・ラサランドス。

その中心に聳え立つ神殿を守るように取り囲む4つ塔の一つに

防衛軍全軍の指揮を執る司令室がある。

そして、司令室の中央部に据えられた大型の水晶球を中心にして

雛壇状に並べられたコンソールを前にして大勢のオペレーターが

押し寄せてくる敵と闘っている自軍に向けて戦況の報告と指示を行っていた。

ごぉぉぉぉん…

また一発が至近距離で炸裂する。

その中で防衛軍の指揮権を委ねられた私(カイン・アレイン)は

雛壇の上から眼下に見下ろしながら、

全身を覆う甲冑に身を固めていた姿で剣に手をかけ、

じっと、正面で青白く光る水晶球を見つめていた。

水晶球の中では中央に浮かぶ我が浮城・ラサランドスを取り囲むように、

敵軍・シウリアスの軍勢が激しく攻め立てている様子が映し出される。

「ベルザスからの援軍はまだこないのかっ」

苛立ちを滲ませながらラサランドスと友好関係を結んでいる隣国・ベルザスからの援軍が

未だ到着しないことに怒鳴ると、

「たったいまベルザスのナガル様より入電、

 リリク峠にて待ち伏せをしていたシウリアス軍と交戦、

 ベルザスの損害大きく退却中との事です」

とベルザス撤退を知らせる声が響いた。

ガンッ

「くっ先手を打たれたかっ!!」

報告を聞くや否や私はそう怒鳴ると剣が入った鞘を激しく床に打ち付けた。

「…あのリリク峠にシウリアスが?」

「…奴ら、そこにまで軍を配置していたのか」

指令室内に動揺が広がると重苦しい雰囲気に包まれていく、

その途端、

ゴゴォォォォン!!

響き渡った轟音と共に司令室が激しく揺さぶられた。

「ミハル門、被弾!!」

「なに!!」

水晶球にはさっきまで表示されていなかったシウリアスの部隊が突然出現すると、

こちらの防衛線を越え間近に迫ってきている様子が表示された。

ギリッ

剣の柄を握る手の力が見る見る増していく、

「どうやって…防衛ラインを突破したんだ…

 すぐに守備隊をミハル門に!!

 そして、周辺の魔導シールドの出力を上げろ」

私はすかさず指示をだすと、

苦虫を噛みつぶしたような表情で敵軍のマークを睨み付ける。

そのとき、

ブンッ

『よぅカイン…

 どうだ?、

 ラサランドスの全指揮権を任せて貰うって言うのは?

 気持ちがいいだろう』

とやや皮肉にも聞こえる声と共に不精髭を生やした男の顔が水晶球に映し出された。

カンダ・グラム…

私と同い年の悪友兼ライバルだが、

勇猛果敢で知られるラサランドス騎兵軍を率いる猛者でもあった。



「なんだ、カンダか…

 冗談を言っている場合ではないだろう?」

憮然とした表情で私は返事をすると、

『はは、なんだはないだろう

 で、どうする?

 ベルザスの援軍は来ないみたいだし、

 白旗でも揚げるか?』

私の言葉にカンダは暢気に笑いながらそう言うと、

「馬鹿も休み休み言えっ、

 私達が降伏してしまったら、

 誰がサーラ姫様とキリーリンクを守るというのだ!!

 私はこの命に代えてもラサランドスを守る」

と私は力いっぱい叫んだ。



太古の昔、

このルルカの地にて栄えた古代文明が魔導の力によって消え去ってしまった。

そしてそれから数百年の間、このルルカの地は文字通り混沌の世界と化してしまったが、

しかし、その様子を憂いた女神によって初代の巫女姫となられるエラン様の元に、

魔導を御する力を秘めた宝珠・キリーリンクが授けられた。

エラン様はこのキリー・リンクの力によって生み出された鬼神ザンガを用いて

このルルカの地を平定し、

そして、ルルカの地が再び混沌の地とならないようにと、

最も魔導の力が強いこの地に浮城・ラサランドスを造営すると、

その中心に設けられた神殿にキリーリンクを祭ったのであった。

それ以降、代々我がラサランドスを統べる歴代の巫女姫様達が

キリーリンクを守ってきたのだったが、

しかし、キリーリンクを手にした物はこの世の王になれる…

そんな噂がルルカの地をまことしやかに流れ、

そして、その噂に心を奪われたものが幾度もこの浮城を攻めてきた。

けど、今度ばかりは心を奪われた相手がまずかった。

ラサランドスのすぐ北にある強兵の国・シウリアス王国…

そこの王子・ムシルカがその噂に心を奪われてしまったのだ。


ズズン!!!

「くそっ」

激しく揺れる床に私はバランスを失うと思わず膝をついてしまった。

「あらら…猛将カインといえども膝をつくことがあるのね」

そう言いながら紅の甲冑に身を固めた赤髪赤眼の女性、

シンシア・アレスが司令室に入ってきた。

私より1才年下の彼女は巫女姫・サーラ姫様の警護隊長であり、

剣の腕も女だてらでありながら私をも凌駕する腕前だった。

「ふん、大きなお世話だ。

 それよりサーラ姫様の警護隊長であるはずのお前がここに何しに来たんだ?」

起きあがりながらシンシアがここに来た理由を正すと、

「祈りを捧げるので警備の者は神殿から出るようにって言われたのよ」

片手をあげながらシンシアはそう答えると、

コポコポコポ

隅に用意してあったテーカップにお茶を注ぐと口を付ける。

「全く、こんな時によく飲めるなぁ」

彼女の行動に半ば呆れるよな口調で私が言うと、

「こんな時だからじゃないの?

 ”人間どんなときでも余裕を持て”

 死んだおじいちゃんがあたしに残した言葉よ」

片目を瞑りながらシンシアは私に向かってそう言うと、

「余裕か…」

私はそう呟きながら天井を見上げた。



ゴゴゴゴン…

敵も休憩モードに入ったのか、

絶え間なく響いていた砲撃の音に間が空くようになってきた。

「あらら、

 あちらさんも休憩かな?」

視線を外に向けながらシンシアがそう言うと、

「こう言うときが一番危ないんだ。

 ”いまのウチに体勢を立て直しておけ!

  私は神殿の入り口で控える”」

私は副官のジルダにそう言い残すと司令室から出ていった。

「あっ待ってよ」

すぐにシンシアも私の後を追って飛び出してきた。

「なんだ、休むんじゃないのか?」

ややイヤミっぽくシンシアに尋ねると、

「あのね、サーラ姫様を守るのはこのあたしの役目よ、

 そんなあなたこそ、職場放棄をしていいの?」

シンシアはやんわりと皮肉を込めながら私にそう答えると、

私と並んで神殿へと続く空中回廊を歩いていった。

ヒュォォォォ…

風が吹き抜ける回廊の眼下にはラサランドスの町並みが望めるが、

しかし、シウリアス軍の襲来と同時に住民達は皆、

下層の避難シェルターへと避難していた。

その為か街には守備隊の兵士以外の人影は見あたらなかった。

「くっそう、

 シウリアスめ!!」

そう怒鳴る私の眼前には、

ブンッ

と音を立てて下から吹き出すように光るカーテンが目に入った。

魔導シールド…

古代文明の崩壊以降、

禁忌としていっさい手を付けることをしなかった魔導の利用に道を開き、

さらに、失われた古代文明の技術を次々を復活させてきた天才博士・ドクターダンが

ラサランドスの防衛用にと作ったシールドである。

「(ふっ)それにしてもあのドクターの発明にこれほどまでに助けられるとはな…」

シールドを眺めながら私が自嘲気味に笑うと、

「うん…」

シンシアも素直に頷く、

確かにラサランドスの城壁に沿って張り巡らされた魔導シールドは、

シウリアスの猛攻からの盾となってラサランドスを守り、

その為、城内の街並みに大きく破壊されたものないものの、

しかし、この魔導シールドが守り通せないことは誰の目にも明らかだった。

「ねぇ…」

横を歩くシンシアが私に声を掛けた。

「なんだ?」

不機嫌そうに私は返事をすると、

「こうして歩くのって久しぶりね」

と言いながらシンシアは私の左腕を握りしめた。

「おっおいっ

 不謹慎だぞ」

シンシアの行動に私は驚くと、

「いいじゃないっ

 あたし達許嫁同士でしょう?

 どうせ誰も見ていないんだから…」

そう言いながらシンシアは私に身体を自分の身を任せる。

そう、私とシンシアは子供の頃に親同士が決めた許嫁だった。

カシャッ!!

お互いの甲冑がふれあう音が小さくこだまする。

「………」

私はなんだか罰当たりなことをしているような呵責に責められ、

敢えてシンシアを無視していると、

「もぅ!!、黙ってないで何か言ってよ!!」

口を尖らせながらシンシアが声を上げた。

彼女のその言葉に私は立ち止まって、

「あっあのなぁ…シンシア…」

と彼女の顔を見ながらそう言おうとすると、

「ねぇ…この戦い勝てる?」

シンシアは真剣な目で私に尋ねて来た。

「うっ」

その答えに私は詰まると、

私を見つめるシンシアの紅の瞳にうっすらと涙が浮かぶ。

「ばっばかっ

 こんなところで泣き出す奴があるか!!」

いままでに人前で泣いたことのないシンシアの涙に私は動揺すると、

「サーラ姫様が守るこのラサランドスが負けるわけないだろう」

と言い聞かせる。

「…でっでも、相手は強国のシウリアスよ、

 カインも知っているでしょう?

 シウリアス軍の強さを…」

「大丈夫だって、

 イザと言うときの奥の手があるから…あっ」

シンシアを宥めようとして思わず私は口走しってしまうと慌てて口を閉じた。

「それって、ホント?」

私の言葉に縋るような視線でシンシアは私を見ると、

「まっまぁな…」

私は鼻の頭を掻きながらそう返事をした。

『よいかっ、カイン殿、

 魔導は決して恐れるモノではない。

 ただ魔導の力が強すぎることと、

 人々があまりにも魔導を恐れすぎているところが問題なのだ、

 魔導は恐れず、

 そして、繊細に扱えばたとえ伝説の鬼神であっても人々の前に跪く』

そう言って笑うドクターの顔が私の脳裏に浮かぶ。

確かに遺跡の発掘によってもたらされたドクターの発明品は多種多様に渡っていた。

大勢の人々や物資を輸送する”浮舟”に始まり、

キリーリンクを源にラサランドス中を網の目のように張り巡らしているネットワークと、

それらを一手に引き受け処理をしている人工精霊”スレイヴ”

そして、武器では魔導のエネルギーを使った魔導砲等々…

人々からは変人と言われ避けられてきたドクターだったが、

しかし、以前からキリーリンクの力に目を付けていた私には

魔導をなんとか人々の役に立つようにしようと努力するドクターに頭が下がる思いだった。

しかし、そのドクターが唯一やり残したのは

初代巫女姫のエラン様により封印された鬼神・ザンガを再び召還し

このラサランドスの守護神にする事だった。

『無念だが、わしはこれ以上前に進むことが出来ぬ、

 そこでカイン殿、

 あなたに是非、

 私がやり遂げられなかったこの鬼神・ザンガの召還を…
 
 是非…』

そう私に託してドクターダンは静かに旅立っていった。

私はドクターの功績に応えるためにドクターが遺した膨大な資料から、

鬼神・ザンガの召還術を復活させてみたが、

しかし、時の流れによって鬼神・ザンガの召還術の詳細の大半は失われ、

また、私が構築してみた召還方法では召還者の命の保証はほとんどなかった。



「ねぇカイン…

 一つだけ約束して」

突然、シンシアは私を見つめながらそう言うと、

「決して、短気なことは考えないで…」

と続けた。

「おっおいっ

 それじゃぁまるで私がバカなことをするような言い方じゃないか」

彼女の言葉に私はそう反論をすると、

「だって…

 カインって頭に血が上ると見境無く飛び出していくんだもの…

 それに、この戦いが終わったらあたしとの結婚…

 してくれるんでしょう?」

とシンシアは私に向かって恥ずかしげにそう囁いた。

いつもは気丈な女隊長を演じるシンシアもすっかり女の子モードに入っていた。

「あぁ判った判った。

 命あっての物種だ、

 イザと言うときは私とお前がサーラ姫様を命に代えて守り通す!!

 そうだろう?」

シンシアの頭を撫でながら私がそう返事をすると、

「絶対よ」

シンシアは私に向かってそう言った。

「あぁ…」

私はそう返事をしながら再び歩き出そうとすると、

「あっ」

白字に赤と金の刺繍が施された貫頭衣を身に纏ったサーラ姫様が、

前方から祈りを終えたらしく供の巫女達を従えこちらに向かって歩いてきた。

「サーラ姫様…」

私はいまさっきのやり取りをサーラ姫様に見られていないか心配になりながら、

慌てて片膝を付きながら跪く。

やがて、私の目の前にサーラ姫様が進んでくると、

「カイン…私の護衛ですか?」

と威厳を感じながらも少女を思わせる声が私に掛けられた。

「はっ」

そう返事をしながら私が頷くと、

「ご苦労です」

サーラ姫様は私にそう労い、

「で、戦況は如何ですか?」

と状況を尋ねてきた。

「はっ、全軍を持って敵戦力を殲滅しております」

と間髪いれず私は答えるが、

「ウソを言ってはいけません」

サーラ姫様は私の心を見抜くようにそう告げた。

「はっ」

その言葉に私は頭を下げると、

「無茶をしてはいけません、

 この国の民を守るため、

 いざというときは、

 私共々キリーリンクを…」

天を見上げるように目を瞑りながらそうサーラ姫様がそう言うと、

「それだけはなりません!!」

私は声を上げてその続きがサーラ姫様の口から出てくるのを阻止した。

そして、

「我々は全軍をあげて、敵戦力を殲滅しております。

 ですので、

 サーラ姫様は心お静かに勝利の報がもたらされるのをお待ちください」

と私は返答をした。

するとサーラ姫様は腰を屈め、

スッ

っと私の頬にその白い手を差し伸べると、

「…そうですか、でも無茶だけはしないように」

と告げた。

「え?」

女神を思わせるサーラ姫様の蒼い瞳を見た途端、

私の身体はたちまち硬直していった。

その途端、

スッ

サーラ姫様は立ち上がると、

「ご託宣が降りました。

 間もなく我々は勝利するそうです。

 希望を失わずに頑張ってください」

と私に告げると去っていった。

「ははぁ!!!」

私は再び深々と頭を下げる。

とその時、

「あのぅ…これ…落ちましたよ」

と言う声と同時に私の前に別の手が差し出しされた。

「え?」

その声に私は顔を上げると、

ニコッ

白に赤の縁取りが施してある貫頭衣を身に纏った一人の巫女が、

笑みを浮かべながら私の甲冑から落ちた階級章を手に笑みを浮かべていた。

「え?

 あっしまった」

落としてはいけない物だけに私は慌てて受け取ると、

「何をやっているのよ」

隣で控えていたシンシアが私に向かって小言を言う、

「うるさい!!」

私はシンシアに向かってそう言った後、

「あっありがとうございました」

と礼を言うと、

「頑張ってくださいね」

彼女は一言私にそう言うと立ち去っていった。



「はぁ…

 綺麗な子だったなぁ…」

サーラ姫様の列に追いついた彼女の後ろ姿を眺めながら私はそう呟くと、

「がさつな女で悪うございましたね」

と言いながらシンシアがそっぽを向いた。

「あのなぁ…私はただ…」

そう言おうとした途端、

キェェェェェェェェェ!!!

これまでに聞いたこともない憎悪に満ちた声が響き渡ると、

カッ!!

周囲の色と景色が一瞬のうちに消え去り、

強烈な衝撃波がラサランドスを直撃した。

ユラリ

正面の魔導シールドが飴のように歪んだと思った途端、

シールドを突き破って強烈な光が押し込んできた。

「なにっ」

文字通り驚く暇も無かった。

私の身体は思いっきりはじき飛ばされると、

しこたま床にたたきつけられた。

ガラガラガラ!!

周囲の側壁が持ちこたえられずに崩壊を起こす。

「いたぁぁぁぁ!!」

「シンシアっ大丈夫か?」

視界に景色が戻った私は倒れているシンシアの元に駆け寄ると、

「あっあたしは大丈夫よ、

 それより、

 サーラ姫様は?」

どこかにぶつけたのか額から血を流しながらシンシアは私にそう言った。

「そうだ!!」

私はサーラ姫様が去っていった方向を見ると、

サーラ姫様の行列は崩れると、

丸く誰かを取り囲んでいるようだった。

「サーラ姫様!!」

私は大急ぎで駆け寄ると、

「しっかりして、サファン!!」

サーラ姫様を庇うように一人の巫女が白い衣装を真っ赤に染めて倒れ、

その脇では別の少女がしきりに彼女の名を叫びながら身体を揺すっていた。

「おいっ、無闇に動かすな」

そう怒鳴りながら私が割って入ると、

まだ少女の面影が残る巫女が頭から夥しい血を流している光景が目に飛び込んできた。

「この娘…さっきの…」

私の脳裏につい今しがた笑みを浮かべた少女の姿が目に浮かんだ。

すぐに他の巫女に事情を聞くと、

さっきの衝撃波が来たとき、

列の後ろを歩いていた彼女が飛び出すと咄嗟にサーラ姫を庇い、

そして、崩れてきた壁の直撃を受けたとのことだった。

「………」

これまでの戦場の経験で彼女はそんなに長くは持たないと悟ったが、

しかし、

「シンシア!!」

と声を上げると、彼女にこの少女を医師の所に連れて行くように指示をした。

「では、サーラ姫様

 私は急ぎますので」

控えながら私はそうサーラ姫様に伝えると、

「キラーリンクのご加護を…」

サーラ姫様は私にそう告げた。



バンッ!!

ドアを蹴破るように司令室に私が飛び込むと、

「カインっ

 何処に行っていた!!」

戦場から状況報告をしに引き揚げてきていたカンダの怒鳴り声が響き渡った。

「サーラ姫様の所に行ってた、

 で、敵は何を使ったんだ?」

私はシウリアス軍が使用した兵器の詳細についてカンダに尋ねると、

「アレを見ろ!!」

っとカンダは水晶球に表示された敵の本陣に出現した巨大なマークを指さした。

「なんだ?あれは?」

マークの巨大さに私は呆気にとられると、

「おいっ、

 このマークの映像を映し出せるか!」

そうカンダがオペレータに怒鳴ると、

「これが限界ですが…」

と言う声を共に

ブンッ

敵陣に正面に据えられた巨大な魔導砲を映し出した。

「あれは…まさかっ!!」

「あぁ…

 まさしく、連中ご自慢の魔導砲−悪魔の口笛−だ」

頷きながらカンダはその正体を告げた。

皮肉にもドクターの発明品はラサランドスに留まらず、

ルルカの地に広く行き渡っていたのだった。

「そうか…

 さっき、砲撃が弱まったのは…」

「あれをてめぇらの真ん前に据え置き、

 そして、その軸線上から友軍をどけるためのものだろうよ」

と苦渋を満ちた表情でカンダは言う。

その途端、

私はあることに気づくと、

「おいっ、ラサランドス周辺の魔導分布を…早く!!」

と指示出した。

すると、

ブンっ

水晶球の表示が変わるとラサランドス並びに敵陣に置ける魔導分布が映し出されれる。

そこには、

普段は均一に分布しているはずの魔導が魔導砲”悪魔の口笛”に向かって渦を作りながら

一斉に流れ込んでいる様子が映し出されていた。

「第2波かっ!!」

カンダの怒鳴り声響き渡ると

私は唇をかみしめながら、

「全部隊に通達!!

 "悪魔の口笛”だ!!

 全軍攻撃は直ちに止め防御に努めろ

 魔導シールド出力最大!!」

と叫ぶが、

「無理だ!!、

 さっきの攻撃でシールドが十分に機能しない!!」

カンダの怒鳴り声が響いた。

刹那、

キェェェェェェ!!

まるで、悪魔がこれから起こることを喜ぶような音が私の耳に入ってきた。

「来る!!」

感覚的にそう判断したのと同時に、

強烈な衝撃波がラサランドスを再び直撃した。



「くっ…」

再度投げ出され、床にたたきつけられた私が起きあがると、

司令室の灯りは消え、

部屋の各所に灯る非常灯とその灯りに浮かび上がる壁に走った亀裂が

ラサランドスが被った損害の規模を私に教える。

「おいっ、

 怪我人はいないか!!」

私はすぐに立ち上がって下部のオペレーター達に声を掛けるが、

しかし、返ってくるのはうめき声ばかりだった。

「救護班!!

 すぐに負傷者を運び出せ!!

 それから作業が続けられる者は生きている端末を使うんだ!!」

私は矢継ぎ早に指示をすると、

ラサランドス全体の被害を調べ始めた。

「ランガン門、崩壊!!

 カンサラス防衛小隊、応答無し…」

文字通り、2度に渡る”悪魔の口笛”の攻撃によって

ラサランドスの防衛網はズタズタにされ

さらに市街地にも甚大な被害が起きていることが水晶球に映し出されていた。

「くっそう…」

圧倒的な威力に私は拳を握りしめると、

「派手にやられたな…」

そんな私を宥めるようにして起きあがったカンダが肩に手を置いた。

すると、

「カイン様!!

 シウリアスから通信が入っていますっ」

と言う声が響き渡る。

「映せ!!」

カンダが声を張り上げると、

ブンッ!

水晶球に敵将・ムシルカの余裕たっぷりの姿が映し出されると、

『やぁ…ラサランドスのみなさん』

っとフレンドリーな台詞で語りかけてきた。

『さて、僕の"悪魔の口笛”はどうだったかな?

 いやぁ、2発もの直撃に耐えたのは君たちが初めてだよ、

 さすがはキリーリンクに守られているだけのことはある』

ムシルカはそう大きく頷くと、

『でも、3発目はどうかなぁ?』

と告げた。

「なにぃ?」

『僕も無慈悲ではない…

 そう、常に弱者にはいたわるように、

 って母上から教えられているのでね。

 うん、

 そうだ、

 そちらのサーラ姫とお食事会をしたいと思うのだが、

 どうだろうか?

 無論、僕のお城で盛大に催させて貰うけどね』

と下心たっぷりの笑みを浮かべそう続けると、

フッ

と水晶球からその姿を消してしまった。

「相変わらずムカツク奴だな」

ムシルカが消えた跡をジッと眺めながらカンダがそう呟くと、

「カンダ…」

私はある決心をすると彼の名を呼んだ。

「あん?」

「悪いが、ここを頼む」

振り向いたカンダに私はそう告げると、

司令室の下層にある魔導制御システム”スレイヴ”の

コントロール室へと通じるドアに手を置いた。

『ぴっ、カイン・アレイン様と認定…』

機械的な声が響くと、

フッ

私の身体はドアにめり込むようにして中に入っていく。

「おっおいっカイン

 何をする気だ!!」

そう言いながら追ってくるカンダの声が途中で途切れると、

私は扉の向こうに立っていた。

すぅぅぅぅ…

私は大きく息を吸い込み、

「行くぞ!!」

と気合を入れると、

カンカンカン…

石造りの螺旋状の階段を下りはじめた。

そして、5分ほどで私の前に姿を現したのは、

グゥゥゥゥゥゥゥゥゥン…

キーン

キーン

唸るような低い音とたまに響くような音色をあげながら、

宙に浮かぶ数百個の六角形をしたクリスタルが

一カ所により集まって出来上がった巨大な塊の上半分だった。

コツン

コツン

私は床から天井に向かって突き出しているクリスタルの塊へと近づいていくと、

ゴワァァァァ

巨大な空間が姿を現した。

カッ

天井に据えられた照明によって空間は照らし出されるが、

しかし、空間の巨大さによって全体は薄暗い印象を与える。

そして、その空間に守られるようにクリスタルの塊は浮かんでいた。

これもドクターが古代遺跡から発掘してこのラサランドスに持ち込んだシロモノだった。

私はそのまま壁から半島のように突き出した先端にあるコンソールへと歩いて行く。

猛烈な風が下から上へと流れていくのを感じながらコンソールの前に立った私は、

スッ

手をコンソールの正面に付けられている認証用のサークルに触れ、

「アクセス、

 レベル、管理

 名前、カイン・アレイン」

手短にそう告げると、

ブンッ

サークルは青紫色に一瞬輝き、

フワッ

クリスタルを背にして

青白い姿に背に4枚の虫の羽根を生やした半裸の美少女が私の前に姿を現した。

『管理用特権にてアクセスしました。

 お久しぶりです、カインアレイン様…』

と言う声が響き渡る。

彼女こそが神殿の奥に据えられたキリーリンクから魔導エネルギーを取りだし、

そして、ラサランドスのすべてのシステムを司るスレイヴが

人との対話用に作り上げた人工妖精である。



「挨拶は抜きだ」

スレイヴに向かって私はそう言うと、

スッ

懐から赤と青の2本のクリスタルを取り出し、

そのうちの赤いのを指し示しながら、

「これを取り込み、

 そして、

 これに記してあるプログラム通りに組み替えろ」

と続けて青いクリスタルを差し出した。

『畏まりました』

スレイヴはそう返事をしながら私の手から2本のクリスタルを受け取ると、

指示をしたとおりに赤いクリスタルを塊の中に挿入し、

青いクリスタルを壁に仕掛けてある読みとり器に挿入した。

グンッ

『プログラムを…コピーしました。

 組み替えを始めます』

そうスレイヴが告げた途端。

キーン!!

響くような音がすると、

一斉にクリスタルの塊が動きはじめた。

そして、次第に形を変えていく塊を眺めながら、

「さて」

私は再びコンソールのサークルに手を触れると、

「このことがサーラ姫様に知られたら、間違いなく懲罰モノだな。」

とサーラ姫さまに許可なくスレイヴに干渉してしまった事を悔いる台詞を呟きながら、

「クローズ」

と命令をすると立ち去っていった。

『いってらっしゃいませ』

スゥ

そして、そんな私の後ろで私を見送りながらスレイヴが深々と頭を下げていた。



こうして私はこれから始める事の準備を終えると、

そのまま、私は浮舟が待機している桟橋へと向かっていった。

「カイン様?」

「どれか使える浮舟はあるか?」

先ほどの"悪魔の口笛”で怪我を負ったのか、

包帯姿が痛々しい整備兵に私が乗って行けそうな浮舟の在処を尋ねると、

「まさか、サーラ姫様を…」

整備兵は私がサーラ姫様脱出用の浮舟の下見に来たのかと勘違いしたらしく

心配そうな顔をして尋ねた。

「いや、サーラ姫様は乗らない、

 私が直接ムシルカの奴をぶん殴ってくる」

スチャッ

腰の剣に手を当てながら私は整備兵に告げると、

「船ならあそこに一隻が…

 しかし、砲は積んでいませんっ」

整備兵はそう答えると全長20mほどの一隻に浮舟を指さした。

「それで十分だ」

私はそう答えると浮舟へと歩いていく、

「カイン様…わっ私もお供させてください」

整備兵はそう言いながら私に追いすがってくるが、

「これ以上犠牲者を出すわけにはいかない、

 いいかっ、

 ラサランドス防衛にあたっている兵、全員に下がるように伝えろ」

私はそう指示をすると浮舟の操舵室に乗り込んだ。

キーン…

しゅぅぅぅぅん…

羽虫が羽を広げるように魔導で作られた水色の羽根が

浮舟の後部から舟の両弦にスクッと伸びると、

フワッ

全長20m程の小舟は宙に浮かんだ。

「よしっ…」

操舵室に据えられている舵輪に手を置いた私は短くそう呟くと、

グッ

っと舵輪を前に押し倒した。

ブワァァァァ

私を乗せた浮舟は一気に加速を始め、

ラサランドスから外へと通じる通路を通ると、

シウリアス軍が迫る戦場へと躍り出ていった。



つづく