風祭文庫・乙女の館






「夢」



作・風祭玲


Vol.270





ハァハァハァ…

「まてぇ!!」

「その人魚を置いていけぇ!!」

「くっそぉっ」

追っ手に追われながら炎天下の砂浜を、

シャツの下から朱色の鱗を輝かせる少女を抱きかかえて、

一人の若者が必死の形相で駆け抜けていく、

クルリ…

若者は後ろを振り返ると追っ手との距離を測ったが、

しかし、見る見るその距離は縮まっていく。

「ちっ」

軽く舌打ちをした後若者はさらに走ろうとしたが、

「あっ」

無常にもその若者の行く手には崖が聳え立っていた。

無念そうに崖を見上げる若者…

そして、

「観念しな…」

そう言いながら近づいてくる追っ手…

「ニヤッ」

一瞬若者の口元が緩んだとき、



「はいっ、カーッと!!」

赤いメガホンを口に当てサングラスを掛けた少女が大声で叫ぶと

「ふぅぅ…」

「やれやれ…」

緊迫していた周囲の雰囲気が一気に和んだ。

「あっ春日さん、佐藤さん…預かりますよ」

若者に追っ手役の少女がそう告げた途端、

「はっ早くしてぇ…

 もぅ腕がしびれて…」

あたしはそう声を上げると、

抱きかかえていた理美を追っ手役の子に押しつけるようにして手渡した。

「はぁ重かったぁ…すっかり腕の感覚が無いよ」

ジンジンと痺れる両腕を大きく振りながらあたしがそう言うと、

「重くて悪かったわねっ」

人魚のメイクをしている理美がツンとそっぽを向く。

そのタイミングを見計らうように

「お疲れさまでーす」

タッタッタ…

アシスタント係が紙コップに入ったお茶を手にあたしに近寄ってくると、

「はいっ」

と言ってコップを手渡した。

「あっありがとう」

あたしはそれを受け取ると

クイッ

っと一気に呷った。

ゴクリ…

よく冷えた液体が喉を通り胃の中に入っていく感触に

「はぁぁぁ…」

っと一息つくと、

「んじゃぁ、10分後に次のシーンを撮るからね」

丸めた台本を片手に監督の赤沢知美が

あたしたちに向かってそう叫ぶと席を立った。

「やれやれ…10分の休憩か…」

あたしはそう呟くと空になったコップを返しながら、

ふと、空を眺めた。

ミーンミンミン…

8月の暑い日差しは徐々にその威力を発揮し始めていた。



「進路ですか?」

「そう、春日さんももぅ2年だし、

 そろそろ自分の進路を決めなくてはね…」

中間テストが終わり構内の緊張した空気が解けた放課後、

担任はあたしを呼ぶとそう告げた。

「はぁ…」

担任の言葉にあたしは小さくうなづくと、

「そういえば、

 この前の受験のときは

 先のことはあまり考えずに選んだんだよなぁ…」

あたしはそう考えながら部室のドアを開けると、

桜花女子の征服に身を包んだ二人の女性があたしを待っていた。

「あれ、理美…と、えっとどちらで…」

理美の隣に立つ初めて顔を見る女性にあたしは尋ねると、

「あっ、ユウちゃん、

 この人は…」

理美が紹介する前に、

「はじめまして…で、いいのかな?

 シネマ部の部長・赤沢です」

女性はめがねをくっと上げながらそう自己紹介をした。



「映画ぁ〜っ!?」

それから程なくした後、部室にあたしの声がこだました。

「そうです…」

そう言いながら3年生の赤沢部長が笑みを浮かべていると、

「おいっ…理美、これってどーゆーこと?」

と赤沢部長の隣で申し訳なさそうに立っている理美にその矛先を向けた。

あのバレンタイン以降、

理美は”シネマ部”とか言うクラブに出入りするようになり、

そして、いつの間にかそこの部員になっていた。

「いや、なんて言うかその…」

理美はやや困った表情をすると、

「ふむっ」

サッ

赤沢部長が片手を上げ、

「そうですね、改めて説明した方がよろしいですね、

 さて、我がシネマ部では毎年秋に開催される桜花祭に

 自主制作映画を上映しているのはご存じでしょうか?」

とあたしに向かって訊ねた。

「あっそう言えば…」

赤沢部長の言葉にあたしは何かを思い出すような素振りをすると、

「なるほど…

 まぁ確かに校内における知名度はいまいちのようですね」

あたしのその様子を見ながら赤沢部長はそう呟く。

「すみません」

「いえっ、春日さんが謝る必要はありません。

 我々の作品がこうも正当に評価されない理由は

 これまでに作られた作品はどれもこれも

 アマチュアであることに甘えた半端なモノばかり、

 わたしも過去2年…

 先輩方が作ってきた作品のお手伝いをし、

 また鑑賞もしてきましたが、

 しかし、やはり映画と銘打つ以上、

 観客を感動と興奮の世界に突き落とすのが本懐と言うのではないでしょうか!?」

「はっはぁ…」

「そこでです、

 今年こそはこの桜花女子史上に名を残す素晴らしい作品を私の手で…

 この私の手で制作をしたい!!

 そう思った次第であります」

「そうですか?

 それで、なんで、あたしに?」

赤沢部長の演説を一通り聞いた後、

あたしはもっとも基本的な質問をすると、

キラッ

赤沢部長のメガネが微かに光ると、

「私が監督をする作品の脚本はほぼ完成しているのですが、

 ただ、問題なのは主役…

 私もアレコレ当たってみたのですが

 残念ながら私の周囲に於いてはイメージがあう人間がなかなか見つからず、

 それで、様々な方向から検討した結果、

 次期サッカー部のキャプテンである春日友紀さん。

 ぜひあなたにこの映画の主役として出て欲しいと思いまして、

 こうして参上したわけです」

と彼女はトレードマークとなっている大淵のメガネを軽く上げながらあたしに告げた。

「はぁ…、

 そうは言われても…

 あたし…演技なんて出来ないし…

 それにあたし以外にも…もっとふさわしい人が居るでしょう」

あたしはいきなり降って沸いた話から何とか逃れようと理由を探し始めると、

キラリ!!

再び赤沢部長のメガネが光ると、

「ふふ…

 春日さん…あなたは判っていませんね

 いいですか、

 あなたはいまこの時点で完璧な演技をなさっているっ」

「へ?」

「判りませんか?、

 15年間男として生活し、そしていま女性として立ち振る舞う

 このような非常に高度な演技をこなす人材は

 この1000人近い乙女が集うこの桜花女子の中でも

 あなたしか居りませんっ」

ビシッ

赤沢部長はバックに炎を燃え滾らせながらそう断言した。

「はぁ?

 (つんつん)なぁ、理美ぃ…

 あたしのこと、なんか変な風に広がっていないか?」

燃え上がる赤沢部長から一歩下がって

あたしは理美の肩を突っついてそっと尋ねた。

「う〜ん……

 それもそうなんだけどね。

 実はユウちゃんいま校内で凄い人気なのよ」

と難しい顔をしながら理美は呟いた。

「なにそれ?…初耳…」

「なんでも男の子として中学校まで育てられてきたことが、

 ハートを擽るとか言ってね…

 1年生はもちろん、3年生からもね…」

と呆れながら理美が事情を説明すると、

「そっそんなことがかぁ…?」

彼女の説明にあたしの目は一瞬点になった。

…そーいえば…

 ココ最近、

 部活の際のグラウンドの周りにはギャラリーが増えてきたし…

 下駄箱や机の中には

 「ぜひあたしとおつき会ってください」

 と言う奇妙な手紙が置かれたりしてたな…

 そりゃぁ…15年近く男の子として生きてきただけに、

 女の子とつき合うのは悪くないと思うけど…

 ただ、これって何処か変じゃないか?」

などとそんなことを考えていると、

「…どうしたの?」

いきなり理美があたしの目前にドアップで迫った。

「うっうわぁぁぁ」

突然のことにあたしは思わず声を上げると、

「さっきからボぉっとしちゃって…

 あっ判ったっ、

 ひょっとして、

 近寄ってくる女の子達を侍らそう。

 なぁんて事を考えていたんでしょう、

 はぁ…やっぱり男の子の時の癖は簡単には抜けないか」

とため息混じりに理美が肩を落とした。

「こっコラッ

 誰がそんなことを考えているかっ」

顔を真っ赤にしてあたしが怒鳴ると、

「で、いかがですか?

 私の映画に出演していただけますか?」

と今度は赤沢部長がドアップになって迫ってきた。

「うわぁぁ」

まるで獲物をにらみつけるヘビを思わせるその眼にあたしが声を上げると、

「なになになに?

 どうしたんですか?」

騒ぎを聞きつけたサッカー部の部員たちがあたしの周りに集まってきた。

「あっいやっなんでもない、

 なんでもないんだよ」

あたしは必死になって彼女たちを何とか散らせようと声を上げたが、

「皆さんに重要なお知らせがありますっ」

突然、赤沢部長が声を張り上げた。

「ぶっ部長?!」

彼女の声に驚いたあたしが飛び掛ろうとすると、

ていっ

赤沢部長の手が一瞬早くあたしの体を止め、

そして、

「このたび、わがシネマ部では桜花祭において公開する新作に

 ここにいる春日裕紀さんが主演を演じることになりました。」

と高らかに宣言した。

「ちっ違う!!」

あたしはそう言いかけたが、

しかし、

「キャァァァァァ!!!」

たちまち更衣室内は女子部員の黄色い歓声に包まれてしまった。

「………なんで…こうなるの…」

盛り上がる彼女たちのよそにただあたしは呆然としていた。



こうして赤沢部長の策略がによってあたしは映画に出演することになったが

何故か理美は上機嫌になっていた。

で、肝心の映画のストーリーはと言うと

ある日突然、人魚に変身してしまった恋人・澪(理美が役をするそうな)を

なんとか元の人間に戻ろうとする若者・一樹(あたしがこの役)と、

その人魚をつけねらう謎のシンジケート、

そしてシンジケートを裏で操る某国の情報機関との死闘から

ついには地球に迫ってくる宇宙艦隊との一大決戦と言う

あたしも思わず目が点になるトンデモストーリーだった。

「ねぇ、この話…マジでやるの?」

台本に目を通していたあたしは額に縦線を幾筋も浮かべて訊ねると、

「なにを仰るウサギさんっ

 ふふっ

 最新のデジタル機器を駆使すればハリウッドなんて目ではないっ」

あたしの話を横で聞いた赤沢部長はそう言って燃え上がるが、

でも、あたしはこれだけのストーリーをまともに映像化できるのか、

逆にそっちの方が心配になっていた。



『くっ苦しいぃ…』

『どうした!!』

『かっ(はぁはぁ)身体が変なの…』

『かっ身体って…

 おっおいっ』

ビキビキビキ!!

『うわぁぁぁ、なっなんだぁ!!』



「ほー、すごいね」

「ほんと…」

梅雨明けを思わせる初夏の午後…

先行撮影をした理美の変身シーンの映像が出来上がった事を告げられたあたしは、

その映像の完璧さに呆気にとられていた。

そして、その横では理美が人魚へと変身していく自分の姿に見とれていた。

「ふっふっふっ、

 どう」

勝ち誇ったように赤沢部長が訊ねると、

「はぁ…なんていうか」

「すっごいです」

あたしと理美はそう感想を告げると、

「でしょう?

 出演者とCGとの境目のない融合!!

 う〜ん、デジタル技術の勝利ね」

まるで酔いしれるかのように赤沢部長は自分を抱きしめると、

あたしはそんな彼女を横目で見ながら、

「確かに映像はすごいけどねぇ…」

と呟きながら

赤い鱗を妖しげに輝かせる人魚へに変身してしまった理美の姿を眺めていた。

すると、

「あっそれでね、春日さん。

 そっちのキャプテンの許可をもらっといたから8月に行うロケにも参加してね」

とひとこと付け加えた。

「なっ何ですってぇ」

その台詞にあたしは驚くと、

その足でサッカー部に詰めかけるなり、

「キャプテンっ、コレってどういうことですかっ」

と迫った。

すると、キャプテンは余裕の表情を見せながら、

「まぁ…そういうことよ、

 別にひと月ずっとかかりっきりになるわけないでしょう?

 それに、気分転換にもなるし、

 みんなの期待もあるし…頑張ってね」

と逆にエールを送られてしまった。

「じゃぁ、ユウちゃんも来るのね」

帰り道、理美は明るい表情であたしに言うと、

「はぁ…てっきり校内で済むモノだと思っていたけど…

 飛んだ誤算だった…」

あたしは鞄を引きずるようにして呟く。

「まぁ良いじゃないの、

 あんまりサッカー漬けもどうかと思うわよ、

 あっそうだ」

「はぁ?」

「水着買いに行くのつき合って…」

「おっおいっ、ちょっと気が早くないか、

 夏休みはまだ当分先だぞ」

「いいからいいから」

理美はそう言いながら困惑するあたしを引きずっていった。



ビュゥゥゥゥゥォォォォォ…

ドドドドド…

「う〜ん…いい風…

 それにこの雨も心地よいわ」

猛烈な雨と絶え間なく吹き付ける暴風にまともに受けながら

赤沢部長は荒れ狂う海を眺めていた。

8月…

映画のロケに向かったあたし達一行を待ち受けていたのは、

本土上陸を伺う大型台風だった。

『大型で非常に強い台風…号は依然勢力を保ったまま

 御前崎の南南西…kmの付近の海上を北北東に毎時30kmの速度で北上していて、

 中心気圧は950ヘクトパスカル…

 中心付近の最大風速は…』

携帯ラジオから刻々と近づいてくる台風の情報を繰り返し流しているなか、

「あのぅ…

 本当に今日、ロケをやるんですか?」

雨合羽に身を包んだあたしはそう声を張り上げると、

「決まっているでしょう、

 やっぱ、CGでも本物には敵わないわし、

 それにセットでこれだけの雨と風を起こそうとしてもなかなか出来ないしね」

ケロリとした表情で赤沢部長はそう断言した。

「でも、海岸は危ないって…」

「だぁから、こうして少し離れたところで撮るんじゃない、

 で、佐藤さんの準備はもぅ出来上がってる?」

「はぁい!!」

赤沢部長の言葉にメイク担当の子の元気な返事が返ってくると、

人魚のメイクをした理美が姿を見せた。

「ようし…

 では、シーン83から行ってみようか

 えぇっと

 ここは佐藤さん演じる澪が自分の力に目覚めて嵐を呼び起こすシーンだから…

 あっそこの石の上に乗っかって…

 で、さっき教えた通りの手順でね…」

「はいっ」

「よしっ、

 じゃぁカメラおっけぃ?」

「はーぃ」

赤沢部長のその言葉と共に全員が配置につくと、

「スタート!!」

の叫び声と共に撮影が始まった。

ゴォォォォォ…

ザァァァァァ!!

風の音と横殴りの雨の中、

じっと理美の演技を見ていたあたしは

ふと、理美が演じる澪がこの風を起こしてるのではなく、

理美が起こしているようなそんな錯覚に陥った。

そして、

「はいっカート!!」

と言う赤沢部長の声と共にあたしの錯覚は四散した。

「…はは…そんなはずは無いよな」

そう呟くあたしに、

「じゃぁ、次は春日さん…つぎ、シーン92行くからね」

赤沢部長はテキパキと指示を出すと予定を順調に消化していった。



「はぁぁ疲れたぁ…」

「あたしなんて足が蒸れて蒸れて…」

暴風雨の中の撮影が一通り終えたあたし達が

宿舎となっている貸別荘にたどり着いた頃には、

接近していた台風は一直線に関東地方に上陸し、

風雨は徐々に収まりつつあった。

「それにしても、

 あんな雨の中でこんなに走り回ったのって初めてだったな」

着替えながらあたしは今日の感想を言うと、

「普通台風が来ている時なんて外に出ないもんね」

とスタッフのメンバーも同調した。

すると、赤沢部長が

「はいっ、注目」

と声を上げると、

「今日はご苦労様でした。

 みんなが協力してくれたお陰で実にいい映像を撮ることが出来ました。

 台風はもぅ行ってしまったので、

 明日は朝からピーカンになると思います。

 ですから

 みんな、バテないようにしっかりと休んでくださいね。

 以上!!」

と言うと深々と頭を下げた。

その途端、

「シャワーは順番だよ!!」

「最初にはいるの誰?」

「今日の夕飯の当番…」

女の子達のそんな声が渦巻く中、

あたしはの小雨が降る暗闇を見つめていると、

「ユウ…やっぱり迷惑だった?」

と理美が話しかけてきた。

「ん?、最初の時はね…

 でも、今は楽しいよ」

振り向きながらそう答えると、

「良かった!!」

理美はそう言うとあたしに抱きついてきた。

「あっちょちょっと

 それにしても、なんで理美は映画作りなんかに興味を持ったんだ?」

あたしはそう質問をすると、

「この間の桜花祭でシネマ部の映画を見てたときかな?

 ちょっと時間が空いちゃって暇つぶしに見ていたら、

 あたしの隣に赤沢部長が座っていて、

 ココのシーンはこう撮れ!!

 なんだ、このシナリオは!!

 ってブツブツ言っていたのよ、

 それを横で聞いている内に、

 なんだか部長の言っている通りにすると

 つまらない映画が面白く感じてきてね、

 それが切っ掛けだったかなぁ…」

「へぇぇぇ」

思い出しながらの理美の説明にあたしは感心していると、

「ユウちゃんから見て赤沢部長ってどう思う?」

と今度は理美が質問してきた。

「うん…あぁ…あの人ってマジで映画が好きなんだなぁ…って思うね。

 あのバイタリティーにはあたしも感服するよ」

そうあたしが返事をすると、

「でしょう?

 あたしもそう思うんだ、

 夢に向かって一直線に走る。

 これって映画作りじゃなくても通用すると思うわ」

理美はそう言うと、

「そうだねぇ」

あたしも素直に頷いた。

「その点、ユウちゃんはサッカーがあるからいいわね、

 あたしと来たら

 まだなぁんもどういう夢に向かっていくか決まってないもん」

と理美はあたしを見ながら言った。



みんなが寝静まった頃…

「夢か…」

あたしは一人じっと天井を眺めながら考えていた。

「そう言えば男の子だった頃はそれなりの夢を持っていたけど、

 でも、いまはその夢に必死にしがみついているような感じだな…

 あー、なんかアレコレ考えている内に目が冴えて来ちゃった」

そう思いながらあたしはもっそりと起きあがると、

ミネラルウォーターを冷やしてある冷蔵庫へと向かっていった。

すると、

「あれ?誰かまだ起きているのかな?」

階段のところで上から明かりが漏れているのに気づいたあたしは

そっと2階へと上がって行くと、

そこでは

カタカタカタ!!

カチカチカチ!!

赤沢部長と数人のスタッフが

持ち込んだ幾台ものパソコンとそれにつながっているビデオ装置を駆使しながら

編集作業を行っている所だった。

「うわぁぁぁ…

 すごぉい…」

あたしは山と積まれた機材に驚きながら

「でも、この機材…学校の備品じゃないよなぁ…

 一介の女子校生がなんでこんなもの持っているんだ?」

と機材の出所を気にしながらじっと先輩達の作業を見ていると、

「あら、春日さん、どうしたの?」

バンダナを巻いた赤沢部長があたしに気づいて声を掛けてきた。

「えっ、あっ、ちょっと眠れなくて…」

頭を掻きながら返事をすると、

「眠れない?、

 それは困ったわねぇ…

 明日は暑くなるからちゃんと寝てないとキッツイわよぉ」

画面から目を離さずに先輩はそう言うと、

「あっでもサッカーで日頃鍛えていますから」

とあたしはガッツポーズをしながら返事をした。

「ふっ…でも舐めてかかると大やけどをするわよ」

「あはは…」

あたしは笑いながらふと足の重心を変えると、

ガサッ

何かが足に当たった。

「これは?」

当たったモノをよく見てみると、

それは1m程の細長く円筒形をした物体だった。

「あのぅ、コレってなんですか?」

あたしはビニールに包まれた大型の模型を指さしながら訊ねると、

「あぁ…それは特撮で使う模型よ」

と簡単に答えた。

「そうですか…」

それを聞いたあたしはその模型を元の所に置こうとすると、

「これねぇ

 ほらっ、あのヤマモト艦隊が敵を一撃で撃破する時に使う

 必殺兵器・ヤマトソウル砲ってヤツで、

 美術班の連中に作ってもらったんだけど、

 なかなかのできよ」

赤沢部長はそう言いながら席を立ってあたしの傍に来ると、

それをビニールから取り出して見せた。

そして、

「で、これをこうすると、

 8枚2組のエネルギー集積板が花のように一度迫り上がったあと、

 こうして窄めね、そして、気合いを入れてぇ…

 スドォン!!

 と一撃を喰らわせるのよ」

と嬉しそうにあたしに説明をする。

「で、こっちは、そのヤマモト艦隊の旗艦・宇宙戦艦ヤマモト…

 知っての通り、

 メインコンピュータにはあの山本五○六の人格を移植してあって、

 船そのものが艦長でもある。ってやつね」

そう言いながら赤沢部長は

撮影に使う模型を次々と持ち代えながらあたしに説明をすると、

「ねぇ、一つ聞いていいかな?」

と尋ねてきた。

「はい、なんでしょうか?」

先輩の質問にあたしは聞き返すと、

「春日さん…2月に何かあったの?」

と小さな声で質問をした。

「え?

 2月ですか?」

「そう…

 あたしね…春日さんのことがいつも気になって

 1年生の時からずっと見てきたのよ。

 ところが、今年の2月位を境にして急に角が取れちゃて

 まぁ、いい言葉で言うと女の子らしくなったけど、

 でも、悪く言うと覇気が失せてしまたかなぁ…ってね」

「そっそうですか?」

なんか胸の痛いところを突かれたような感じで、

あたしは思わずドギマギすると、

「実はね、あたしが今回の映画作成にあなたを誘ったのは

 男の子だった頃の覇気をこのまま失って欲しくなかったから…

 というのもあるのよ、

 だって、男の子の体験を持つなんて貴重でしょう

 特にこれからの時代色々と大変だからね、

 あーぁ、あたしも男の子として育てられて来てれば、

 もっとどぉーんとしていられたかも知れないしね」

「そっそうでしょうか…」

「そうよ…

 ところで…春日さんの夢ってなんなの?」

「え?、あたしの夢ですか?」

理美がさっき言っていた台詞があたしの頭の中を駆け回っていく、

「まさか、このまま学校を卒業して適当にOLをして、

 それでいい男見つけて家庭を作ること?

 まぁそれもそれで本人がハッピーならいいけどね、

 でも、一度男の子の世界を見てしまった春日さんが

 平凡な女の子の人生を歩んでいけるのかなぁ?」

そういいながら、悪戯っぽく赤沢部長があたしを見ると、

「………」

あたしは何も答えずに下を向いてしまった。

「あたしはいつもこう思っているの

 ヒトは生まれ落ちたときから

 その運命に従って流れていけばそこそこの人生を送れる。

 でも、その流れていく先がその人にとって目的の場所ならいいけど、

 もしも、違っていたらどうするのかってね、

 ほら、流れるプールでさ、

 流れに沿って泳いでいけば凄いスピードで泳いでいけるけど、

 でも、泳いでいく先が自分の行きたい所じゃなかった場合ことを考えてみて、

 もしも行く先が違ったら…やっぱ苦労して流れを横切っていくよね、

 人生ってそんなもんだと思う、

 苦労して流れを横切ったり、または逆らったりして必死で泳いで、

 そして、自分の行きたいところへ流れていく流れを見つけてそれに乗っかる。」

部長はクロールの素振りをしてそう言うと、

「じゃぁ、あたしの場合は突然の大津波に流されて

 別の所へ放り投げられちゃったんですね」

部長の言葉にそうあたしがそう返事をすると

「さぁ、それはどうだか判らないけど

 でも、人間いつ何処でどうなるかなんて神様にしか判らないでしょう、

 けど、全く先が見えないんじゃなくて、

 目標という灯台はどんなところにいても常に見えていると思うのよ、

 これは、男も女も関係ないと思うわ、

 あたしは出来れば映像関係の仕事が出来ればいいな

 って思っているけど、

 でも、女ってつくづく不利よねぇ…

 男ならさぁ、それこそ運と努力次第で総理大臣にもなれるけど、

 女はねぇ…」

とため息混じりに部長は遠い目をした。

「で、でも、部長、

 部長もさっき言っていたでしょう、

 人間努力をすれば道は開けるって、

 その灯台めがけて部長も全力で泳げばいいんじゃないですか」

あたしはそう力説すると、

「あはは…一本取られちゃったね。

 そう、その通りよ、

 夢のために全力投球!!

 これは神様が人間にだけ与えてくれた生き方よね。」

と言うと片目を瞑った。

それを見たあたしは

「そうか、そうだよね

 例え女の子になっちゃったと言っても人間辞めた訳じゃないんだし、

 夢は堂々と持つ…」

男だった頃はあまり考えもいなかった当たり前のことを

いつの間にか忘れていたあたしは妙に恥ずかしくなった。

そして、

「あれ?もぅ寝るの?」

下に降りようとするあたしに部長はそう声をかけると、

「えぇ…なんだかいい夢が見られそうです」

あたしが返事をすると、

「そう、では寝るのも仕事のウチよ、頑張ってね」

部長はそう言うと小さく手を振ってくれた。



…友之…

…ん?、理美…お前…何で素っ裸でいるんだ?

…何いってんのよ、今日あたしと結婚したじゃない。

…ちょっとまて、なんで理美と結婚したんだよ

 それにオレは友紀だ友之なんかじゃないっ忘れたのか、

…もぅ友之ったら変なこと言ってぇ

 友之は友之よ、

…だって、オレは女に…ってなんで…何で男になっているんだ?

…だから言ったじゃない、友之は男の子でしょう、

 ねぇ焦らさないでよぅ…

…わぁぁよせ、オレに抱きつくな…

…友之のコレ…早く頂戴。

 あたし友之の赤ちゃんが欲しいの、

…ちょちょっとまって!!

 さわるな、

…んっく…あぁんいい…もっと…もっと…

…うわぁぁぁ!!

 動くな…ヤメロ!!

 だめぇぇぇ

…ぇぇぇ……あん?夢?」

はっ目覚めたあたしは思わず周囲を眺めた。

日は既に昇ったのか朝日が静かに部屋に射し込む。

「夢かぁ…」

あたしはホッとしながらふと手元に視線を動かしていくと、

クークーと寝息を立てている理美の寝姿が目に入てきた。

ビクッ!!

理美の姿にあたしは思わず驚いたが

でも、そのままバタンと仰向けになると、

「なんて生々しい夢なんだ……

 夢は夢でもこの夢はちょっと勘弁してほしい」

っとあたしは未だにバクバクと鼓動を続けている心臓を宥めるかのように

胸に手を置くとそう呟いた。



「ふあぁぁぁ…

 変な夢を見ちゃった」

ロケの待機中、大あくびをしながら理美がそう話しかけてきたので、

「そぅ?、あたしも実は変な夢をみたわよ」

と返した。

すると、理美は

「へぇ…ねぇどんな夢?」

と興味津々に詰め寄ってくると、

「とんでもない夢…」

とあたしは素っ気無く答えた。

「それ答えになっていない…

 あたしが見た夢はねぇ…

 何故かユウちゃんが男の子のままで…

 そして、しかも結婚式をしているのよ」

思い出しながら理美がそう呟くと、

ドキッ!!

理美のその言葉にあたしは小さく飛び上がった。

「それで、小さな一軒家で赤ちゃんと暮らしている。

 なぁんて夢なのよ」

「そっそう?」

「ねぇユウちゃんの夢は…」

「えぇっと…

 あっ忘れちゃった…」

「なにそれ?」

「うん、思い出そうとしたらなんかゴッチャになっちゃって…」

あたしはそう言うとペロッと舌を出した。



「澪っ、お前…何処に行く気だ!!」

「ごめんなさい…

 あたしこれ以上、一樹に迷惑を掛けられない…

 このまま海の中で生きていくわ」

「馬鹿野郎!!

 やっとの思いで地球に帰ってきたじゃないか

 それにその身体だって、

 オレが必ず元に戻すって言っているじゃないか」

「無理よ、そんなこと…

 だってあたしが人間に戻る事が出来ないってこと知っているでしょう

 だから…さようなら」

「澪っ!!待て…」

「はっ離して!!

 お願いだからっ離して、

 誰が離すもんかっ

 お前一人を放って置けるかっ

 それなら俺も一緒に行く!!」

「え?」

「コレを見ろ…

 これはなぁお前をその身体にしたウィルスさ、

 彼奴らから最後の一本をくすねてきた。

 これを飲めば俺もお前と同じ人魚になる。」

「ダメよそんなことをしては、

 スグにそれを捨てて!!」

「なぁに言っているんだ

 一人でいるよりも二人の方が何とかなるってものだ

 行くぜ!!」


とあたしが叫んだところで、

「はいっカーット!!」

赤沢部長の声が響いた。

「ご苦労様っ

 春日さん、迫真の演技だったよ」

片目を瞑りながら部長はあたしにそう言うと、

「うん、ユウちゃん…凄くかっこよかったよ」

と人魚スタイルの理美も続けた。

「ふぅぅぅ」

 とにかくこれで、あたしの持ち分は終わったね」

と肩の荷を下ろすかのようにあたしが言うと、

「うん」

理美は笑みを浮かべながら大きく頷いた。



ザザーン!!

夜、宿舎を出たあたしと理美は二人並んで夜の砂浜を歩いていた。

「はぁ…やっと終わったな…」

肩こりをほぐすようにしてあたしがそういうと、

「あっと言う間だったね」

砂浜に座り込んだ理美が満天の星空を見上げるようにしてつぶやくと、

「こうして思い返してみると、大変だったけどでも面白かったな」

彼女に釣られるようにしてあたしも隣に座ってそういうと、

「………」

理美は何も言わずに星空を眺めていた。

すると、

「この映画を撮っているとき、

 ユウちゃん、男の格好をしてくれたよね」

「まぁ、男役だからな」

理美の言葉にあたしはそう返事をすると、

「あたし…夢を見ていたのかも知れない…」

「え?」

「男の子のユウちゃんと一緒に映画を撮っている夢…」

「はぁ…」

「楽しかったなぁ…

 ユウちゃんがあたしを抱きかかえて必死で走ってくれて…」

「うん」

「ねぇ…死んじゃった人って星になるって言うけど本当かな?」

「え?、ナニを急に?」

理美の口から飛び出した意外な台詞にあたしが驚くと、

「うぅん、なんでもない…

 ただ、そうなのかな…ってね」

理美はそう言いながらあたしをふっと眺めた。

「まっまぁそうかもな…」

鼻の頭をかきながらあたしはそう答えると。

突如

パァァァ!!

っと周囲が明るくなると、

ドドーン!!

っと暗い海面の向こう側に大きな光の大輪が開いた。

「きゃっ、見て見て花火花火!!」

それを見て理美が声を上げた。

「…うっうん…」

あたしは理美の隣に立つと並んで光と音の祭りにしばし見入っていた。

すると

そっと理美の手があたしの手をつかんだ。

「え?」

その行為にあたしが驚くと、

「友之っ」

「はい?」

突然、男の子のころの名前を呼びかけられたあたしが理美の方を見ようとしたとき、

チュッ!!

いつの間にか間近に迫っていた理美の唇とあたしの唇と触れた。

「え?、あっ…」

突然のことにあたしがドギマギしていると、

スッ、

理美の唇が静かに離れていくと、

「バイバイ…ユウ君…」

と彼女の唇がそう動いたように一瞬見えた。

すると、

バッ

理美は素早くボクから離れると

「ふふ…やっぱりまだ振り向いちゃうのね」

と悪戯っぽく笑うと、

「ねぇ…花火綺麗よ!!」

そう言いながら海上から次々と打ち上げられていく様子を眺めていた。

そして、

大きく手を上げると、

「ばいばーぃ」

っと夜空に向かって叫び声を上げた。

「…そうか…」

あたしはその時、理美が言った言葉の意味が何となくわかった。



『お知らせします、

 本日、午後1時から視聴覚教室にて

 シネマ部制作の自主製作映画を上映します…』

それから数ヶ月後、

ある秋の日、

桜花祭でごった返す校内にその放送が流れると、

「あっ、始まるね…」

和風のウェイトレス姿のサッカー部員達が一斉にスピーカーの方を見ると、

「あぁ見に行きたいヤツはいってもいいよ、

 あたしここやっておくから…」

あたしはそう言うと雑巾を絞った。

「えぇ?…春日先輩は見ないんですかぁ…?」

あたしの台詞に1年生がそう声を上げると、

「試写会やらなんだかんだでイヤと言うほど見ているから、

 もぅ目を瞑っただけですべてのシーンが思い出せるからね」

笑いながらそう答えると、

「じゃぁ、お言葉に甘えて…」

と言い残して1年生たちが視聴覚教室に向かっていった。

「あら、ユウちゃんは行かないの?」

彼女たちと入れ替わるように理美が入ってくるなり訊ねると、

「あたしはいい…

 それより理美っ、

 お前こそ、こんなところで油を売っていていいのか?」

と聞き返すと、

「うん、あたしも別にいいの…

 ねぇ、何か食べさせてくれるんでしょう、ユウちゃんの奢りで…」

理美のその言葉にあたしは笑みを作りながら

「はいっ、いらっしゃいませ、

 ご注文は?」

と訊ねると、

「まぁったく、すっかり女の子が板に付いちゃって…」

「ふふふ…それはどうかな?」

理美のその言葉にあたしは小さく笑うと、

ふと、あたしがこの学校に入ったときに持った夢を思い出していた。

「全国一の女子サッカー部にするぞ…(当面の夢 byユウ)」



おわり