風祭文庫・乙女の館






「初恋」
【後編】



作・風祭玲


Vol.269





「しっかし、昨日のユウちゃんは面白かったなぁ…」

「んだよ…」

翌日の放課後、

昨日の時の事を思い出しながら笑う理美と

その脇腹をつつくオレが駅の改札口を抜けると、

「あれ?

 噂を知れば…」

何かに気づいた理美が立ち止まるなり指さした。

「ん?」

彼女が指した方向に目を向けると、

そこには、ぎこちなさそうに松葉杖を使う東海林先輩の痛々しい姿が目に入った。

「…先輩…」

先輩の姿を見てオレは心の中でそう呟いていると、

「おーぃ」

オレ達に気がついたのか先輩の方から声をかけてきた。

「…あっ、先輩…」

オレは内心ドキドキしながら頭を下げた。

しかし、理美は先輩が傍に来ると同時に

「うわぁぁぁ…痛々しいですねぇ…」

とややオーバーに先輩の姿に驚くと、

「いやぁ、昨日すっ転んだ際に足を捻っちゃったらしくてね、

 俺は痛くはないって言ったんだけど、

 医者の方がちょっとオーバーな処置をしちゃって…

 いやぁ、参ったよ」

先輩は鼻の頭を掻きながらそう説明すると、

「だから、これはある意味、見かけ倒し」

と付け加えた。

「良かったぁ…」

ホッとしながらオレはそう言うと、

「昨日は心配させちゃったねぇ…

 でも、あの春日があそこまで取り乱すなんてなぁ…」

先輩も昨日のオレの慌てふためきぶりを思い出しながらクスリと小さく笑った。

「そんな…先輩まで…」

その態度にオレはなんだか裏切られたような気持ちになると、

オレの表情に気がついたのか、

「あっ、すまんすまん…

 そうだ、昨日のお礼にお茶でも奢るよ」

「いやっ、あのぅ

 そんなつもりじゃぁ…」

先輩の言葉にオレは慌てたが、

「この先にいい雰囲気の喫茶店があるんだ」

そう言い残すと先輩はサッサと行ってしまった。

「あっ」

「ほらっ、何をぼやっとしているの?」

「へ?」

「けが人にエスコートさせる気?ホラッ」

「あっちょっと」

理美はオレにそう言ってオレの背中を押した。



「ココですか?」

「そうだよ」

ギッ…

カラン…

その喫茶店は駅前通から路地に少し入った所に

周囲の景色に溶け込むようにして存在していた。

そして、怪我をしている先輩に代わってオレが重厚な木の扉を開けると、

「へぇぇぇ…」

こげ茶色に染まった柱に高い天井…

カチッカチッ!!

っと規則正しく時を刻む柱時計に、

テーブルを優しく照らし出す白熱灯…

まるで、1世紀前にタイムスリップをしたような

その雰囲気にオレは面頭を喰らった。

「ははは…どうした?

 ボケッっとして」

先輩はそう言いながら笑うと、

「いや…こんな店がココにあっただなんて…」

唖然としながらオレは店の中を眺めていた。

「こういうところを見落とすなんて、

 いつも、ハンバーガー屋ばっかり行っているからだよ」

「そんな…」

先輩の言葉に思わずオレは反論しようとすると、

「いらっしゃいませ…」

と言う声と共にこれもまた古いデザインの服を着たウェイトレスが姿を現した。

「ほぇぇぇぇ」

この店の雰囲気とピタリと合う彼女のイメージにオレは見とれていると、

「お二人様ですか?」

と彼女が尋ねた。

「え?、あれ?」

「あっ」

彼女のその言葉にオレと先輩は理美の姿がないことに気づくと、

「あいつぅ…逃げやがったな…」

と呟くオレに対して、

先輩は笑みを浮かべながら、

「えぇ、そうです」

と答えた。

「え?」

先輩の言葉にオレが驚くと、

「いい加減、立っているのがしんどくなったからな、

 とにかく座ろう」

そう言って先輩は片目を瞑って見せる。

「あっはい…」

そして、先輩のその言葉にオレはウェイトレスに案内されると、

窓際にある二人がけの席につく。

「ふぅ…」

松葉杖を壁に立てかけて先輩が大きく息をつくのを見たオレは、

「なんだが、おじさん臭いですよ、それ…」

と小さく笑いながら指摘すると、

「あーぁ、春日にそんなことを言われるなんてな…」

そう言いながら先輩は笑みを浮かべた。

「ご注文は?」

ウェイトレスの言葉に、

「コーヒーを2つ…

 あっそうだ彼女のはケーキのセットにして」

と先輩はウェイトレスに向かって告げた。

「え?…オレのこと彼女……」

オレは先輩が発した後の言葉が妙に恥ずかしく感じられた。

「どうした?」

オレの様子に先輩は笑いながら訊ねると、

ブンブン

オレは何も言えずにただ首を横に振る。

カチッ

カチッ

時計が奏でる静かな機械音の中、

オレは窓の外を暫く見つめていると、

「なぁ…こうしてみると

 この窓の一つ隔てて違う世界の時が平行して流れている。

 そんな感じがするな…」

一緒になって外を眺めていた先輩がそう呟いた。

「そうですね…」

先輩のその言葉にオレも頷く、

「向こうとこっちの世界、

 春日はどっちが住みやすい?」

「え?」

先輩から投げられた質問にオレは反射的に先輩の顔を見ると、

「男と女…

 同じ世界で生きて、スグ隣にいるにもかかわらず、

 しかし、その目で見て、生きている世界は全く別…

 真面目に考えると不思議なものだと俺は思うが…」

そうしみじみと先輩が語ると、

「お待たせしました」

と言う声と共に、

ウェイトレスが現れ、

先輩とオレの目の前に注文した品を揃えていく。

そして、それらを眺めながら、

「はぁ…」

先輩の言っている意味が分からずにオレは返事をすると、

「なぁ春日…

 お前は運命の悪戯で男と女、2つの世界を見ることができたが、

 どうだ?、何か違う所はあったか?」

と続けると、先輩のその質問にオレはちょっと考え込み、

「まだ落ち着いて見ていないから何とも言えないけど、

 でも…あまり変わらないような…

 そんな感じがしますね」

と答えた。

「なるほど…

 と言うことは、

 男も女もその内側は大して違わないのに、

 相手は自分とは違う別種の人間って思って行動する…

 だから、相手を見下したし、逆に遜ったりするのか、同じなのにな…

 …理美から聞いた、

 試合運びを巡ってキャプテンと大喧嘩をしたんだって?」

コーヒーを啜りながら言う先輩のその言葉に、

「あいつ、余計なことを」

オレは思わずそう呟くと、

「まぁそう言うな…

 男だったことを誇りに持つことはお前次第だと思うけど、

 ただ、だからといって、

 それで、引っかき回すのはどうかと思うぞ、

 そりゃぁ男としてプレーしてきた経験があるお前から見れば、

 桜花の女の子達のパワーや技術力は全然もの足りないと思うけど、

 だからって、

 自分のその力を誇示するのは只の思い上がりなんじゃないか?」

「………」

先輩の言葉にオレは何も言い返せず黙ってしまった。

そして、そんなオレの様子を見ながら

「春日…、

 お前、確か…2年の時、武藤ってヤツとケンカをしたことがあったよな」

と尋ねてきた。

「武藤?…あぁ、あの武藤ですかっ」

先輩に言われてオレの脳裏にイヤな思い出がよみがえってくる。

武藤ってヤツは小学校の頃から少年サッカーのチームに居たために、

テクニックはあったものの、それを何かに鼻をかけるイヤなヤツだった。

オレの言葉に先輩は頷くと、

「確かアレは秋だったけかぁ…

 ほらっ、練習試合のあとお前と武藤が試合運びを巡って大喧嘩をしたっけ」

と思い出しながらそう言うと、

「えぇ…そうでした。

 あいつ、シュートはオレが決めるから必ずボールを回せ。

 なんて言ったもんだから、

 オレもちょっとムカついて…あっ」

先輩に釣られるようにしてオレが思い出すと、

その時の光景が先日のオレが見た光景にダブって見えた。

そしてその中でオレの立場は、その時とは逆になっていたことにも…

「………」

オレが再び沈黙すると、

「まぁそう言うことだ…」

先輩はそう言うとコーヒーに口をつける。

「そうか…オレは…あの武藤だったのか…」

オレはそう呟くと

ガタンと立ち上がりなり、

「先輩…ありがとうございました。

 目が覚めました。」

と言って頭を下げた。

「あぁ、まぁ良いじゃないか…

 ほらっコーヒーが冷めちゃうぞ、

 それにケーキも来たし」

周囲を気にしながら先輩がオレにそう言うと、

「はいっ、じゃぁいただきまーす」

オレは座り直すとフォークを手に取った。



「申し訳ありませんでした」

「あら、どういう風の吹き回し?」

サッカー部の部室で頭を下げるオレに工藤キャプテンは訝しげに訊ねると、

「あたしが思い上がっていました、

 先輩やみんなにご迷惑を掛けてしまって申し訳ありませんでした」

オレはそう言うと深々と頭を下げた。

「どうする?」

オレのその様子を見ていた部のメンバーは顔を見合わせると、

その視線はキャプテンへと注がれた。

「判りました。

 自ら自分の誤りに気づいたのなら私は何も言いません、

 さっ、早く着替えなさい、

 こうしている間にも時間は過ぎてしまいます」

キャプテンはそう言うと

「ホラホラっ

 みんなも立っていないでサッサとする」

と手を叩きながら集まっていた部員達を散らしていった。

そして、

「春日さん

 次の試合絶対に勝ちましょうね」

とオレに小声で言うと外へと向かっていった。



「へぇ、許してくれたんだ、

 良かったじゃない」

「まぁそうだな…

 これも理美が後ろで手を引いてくれたお陰かな…」

吊革に掴まりながらオレはそう言うと、

「あら…手を引くだなんて変な言い方しないでよ、

 あたしはただ意固地になっているユウちゃんを何とかしたいって思ったから…」

と理美が力説し始めた。

「判った、判った、ありがとうな」

そんな彼女にオレは礼を言っていると、

「あっユウちゃん、東海林先輩…」

理美はポンとオレの肩を叩いて指さすと

そこにはドアに凭れ掛かりながら外を眺めている先輩の姿があった。

「本当だ…

 あっちょっとお礼を言ってくる」

先輩の姿を見たオレは理美にそう言い残すと、

揺れる電車の中を先輩に向かって歩き始めた。

すると、

「あっ…あれは」

立っている先輩に高柳敦子がでてくると何やら話し始めた。

トクン…

その様子を見たオレの心臓がまるでギュッと締め付けられるような感覚を感じると、

急にズカズカとオレの足は粗っぽく先輩へと歩み寄って行った。

そして、

「東海林先輩っ」

っと声を掛けると、

「おうっ、春日か…」

先輩はいつもの調子で声を掛けてくれた。

「はいっ先輩のアドバイスのお陰で、

 なんとか無事サッカー部に復帰することが出来ました」

そう言ってオレは先輩に言って頭を下げると、

「それは良かったじゃないか」

先輩はそう喜びながらオレの頭をくしゃくしゃに撫でる。

「あのぅ…」

その行為にちょっとイヤそうな顔をオレがすると、

「ほらっ、東海林君っ

 春日さんが嫌がているじゃないのっ」

その様子を見ていた高柳敦子の手が伸びると先輩の手を止めた。

「あっ」

オレはもぅ少しそうして欲しかったので思わず声を上げると、

「そう、良かったね…

 春日さんもこれで部に復帰できたわけなんだね」

とオレに言った途端、

ガタン!!

突然、電車が激しく揺れると

「キャッ」

その弾みでオレは先輩に思わずしがみついてしまった。

ドキン…

先輩の匂いは優しく俺を包む…

なんだろう…

少しでも長くこうしていたい。

そんな気持ちが俺の心の中を埋めていった。

「あっあのぅ…」

「え?」

先輩が困った顔をしながら声を掛けると、

「もぅ…下手な運転ね」

と言う敦子の声がするなり、

ギュッ

オレの襟首が捕まれると、

ベリッ!!

っと引き離されてしまった。

そして、

「大丈夫?」

と言う声と共に敦子の顔がオレと先輩の間に割り込んできた。

…ムっ

コレまで味わったとこの無い嫌悪感がオレの胸の中に湧いてくる。

「だっ大丈夫ですっ」

オレは敦子の手を乱暴に払いながらそう答えると、

「じゃぁ、昨日のお礼はいつか…」

と先輩に言うとその場から去っていった。



「何だ、あの女っ

 オレをネコみたいに扱いやがって」

電車から降りたオレは文句を言いながらホームを歩いていくと、

「そりゃぁ、あんな誤解をされそうなことをすれば

 誰だってあぁされるわね」

白々しく理美はそう言うと、

「何が、誤解だよ?

 オレはただ…」

と言ったところでオレはあのとき感じた気持ちを思い出すと黙ってしまった。

「オレはただ…

 どうしたの?

 まさか、ユウちゃん…

 先輩に惚れたなんて言わ出さないでよね。

 言って置くけど、

 東海林先輩と敦子はラブラブなんだから、

 あくまで先輩は部活のことで悩んでいたユウちゃんに

 解決のヒントをくれた”だけ”なんだから」

と”だけ”の部分を強調した理美の言葉にオレはカチンとくると、

「だからって話ちゃぁいけない事なんてないだろう、

 オレには…別に二人の間なんて関係ないじゃない」

そう叫ぶと理美の前から走り出してしまった。

なぜだか判らない…

ただ、先輩と敦子が一緒にいる所を想像しただけでも無性に腹が立ったのだ、

そしてその苛立ちを思わず理美にぶつけてしまった事に、

オレはどうして良いのか判らなくなっていた。



「ドサッ!!」

家に帰ったオレは机の上に紙袋の中に入っていたモノをぶちまけた。

カカカラン…

そう言って音を立てながら袋の中から出てきたものは

途中のスーパーでの化粧品コーナで買い求めた化粧品と、

コスメ関係の雑誌だった。

「見てろっ」

オレは気合いを入れて乳液に手を伸ばしたが、

「あっあれ?」

「コレってどうするんだっけ?」

「ちがう、これはこうじゃない…」

「うきゃぁぁぁ!!!」

瞬く間にオレのプロジェクトは完璧に破綻してしまった。

「あーぁ、そういやオレって美術の点…あまり良くなかったっけ」

鏡を前にしてオレが呆然としていると、

「まぁユウちゃん何しているの?」

と言う母さんの声が響いた。

「(ドキッ)やっやばぁ!!」

まるでエロ本を読んでいるところを見られたような慌てぶりで

思わずタオルで顔を拭こうとすると、

「だめよ、そういうときはクレンジングクリームを使うのよ」

っと母さんはオレに言うと、

「はいっこれよ」

と言ってパッケージを開けると小ぶりのビンを手渡してくれた。

そして、

「ふぅぅん、お化粧をする気になったの?」

オレの様子を眺めながら言うと、

「悪いかっ」

開き直った口調でオレが反論した。

それを聞いた母さんは、

「好きな人が出来たのね」

っとひとこと言った。

「だっ誰が!!」

その言葉に思わず反発すると、

「懐かしいわねぇ…

 母さんも好きな人が出来たとき、

 なんとかその人に振り向いてもらおうと、

 おしゃれをしたり、無理に化粧をしたりしたっけ…

 あっそうそう、

 ユウちゃんの年ではまだそんなに濃い化粧をしなくても十分に引き立つから

 薄目にした方が良いわ、

 それと色使いも気をつけなくてはね。

 どれ、ちょっとこっち向いて…」

母さんはそうオレに言うと、

オレの失敗作を綺麗に消すと、改めて塗り直してくれた。

「ほぉぉぉ…」

改めて出来上がった自分の顔にオレが驚くと、

「うん、まぁこんな感じで十分でしょう

 やり方はちゃんと覚えた?」

そう母さんはオレに言うと、

「おっけー、コレなら勝てる!!」

オレはそう言うとガッツポーズをした。

「こらこらっ

 まぁお化粧や服に気を使うのも良いかも知れないけど、

 でも、その前にユウちゃんの気持ちを

 ちゃんと相手に伝える事もしなくっちゃダメよ」

母さんのその言葉に、

「俺の気持ちを相手に…」

オレはふとカレンダーを眺めると、

「そうか…その手があった!!」

オレはカレンダーの日付に感謝をした。



「ユウちゃん…何でココに?」

「理美こそどうして?」

その日、オレはちょっと理由を付けて部活を休むと、

女の子の間で人気のある駅前の洋菓子屋に向かったが、

ところが、その店内で理美とばったり出会ってしまったのだった。

「ユウちゃん、チョコ作るの?」

女の子でごった返す店内で理美が意外そうな顔をすると、

「べっ別に良いじゃないかよ、

 オレがちょチョコを作っちゃ悪いって言うのか?」

バツの悪い思いをしながらそう言い返すと、

「あっまさか…

 東海林先輩にあげる気?

 この間言ったでしょう、

 東海林先輩は…」

そう理美が言いかけたところで、

「でも、バレンタインなら正々堂々と告白できるんだろぅ、

 例え先輩が彼女持ちでオレは…オレはこの気持ちを先輩に伝えたいんだ」

オレはそう言うと、

「そう…」

理美は少し寂しそうな顔をした。

「で、なんで、理美はココに居るんだ?

 誰かにチョコをあげるつもりなのか?」

と今度はオレが理美がココにいる理由を訊ねると。

ズシン!!

理美の踵がオレのつま先を直撃した。

「☆○▽□!!」

オレは言葉にならない声を上げると、

「知らないっ」

理美はそう言い残して店から出て行ってしまった。

「…なんだ…理美の馬ぁ鹿…」

オレは跪いたまま小さく叫んだ。



「あーイテ…

 で、これはどうやって作れば良いんだ?」

理美に踏みつけられた足を庇いつつ、

オレは台所で購入してきた材料を目の前にしながら考え込むと、

「まぁ、取りあえず…

 チョコを溶かさなくてはいけないな…」

と結論づけると、

カランカラン…

チョコの塊を鍋に入れて、

そのまま火に掛けようとすると、

「ユウちゃんユウちゃん、

 ダメよっ、

 鍋を直接火に掛けては!!」

そう叫びながら母さんがとんできた。

「そうなの?」

母さんの言葉に思わず聞き返すと、

「直接火に掛けては焦げちゃうでしょう?

 そう言う場合は鍋を熱いお湯につけて溶かすのよ」

と説明をしながらボールにお湯を注ぐとその中に鍋を浸した。

「はぁぁぁ…

 そうするんだ…」

見る見る溶けていくチョコを感心していると、

「で、チョコでどうするの?

 普通にチョコを型に入れて固めるの?

 それとも何か別のモノにするの?」

と母さんが尋ねてきた。

「う〜ん、オレは型に入れるつもりで用意したんだけど…

 なにか、別の方がいいのかなぁ…」

「そこはあたしがどうのこうと指示は出来ないわ、

 ユウちゃんの好きにすると良いわ」

オレの質問に母さんはそうアドバイスをすると、

「そうか…

 まぁ、あまり凝ったモノはオレのイメージに合わないから、

 いいよ、このまま型に入れて固めることにするよ」

オレはそう言うと特大ハートの形をした型を用意した。



そして迎えた2月14日…

「はぁぁぁ」

白い息を吐きながらオレは幾度も鏡を見ては化粧の具合を確認すると、

じっと、校門の外で先輩が部活が終わるの待っていた。

「…おいっ、桜花の女の子じゃいか…」

「うわぁぁ、わざわざこんなところに出張かよ」

「可愛いな…俺もあんな彼女が欲しいな…」

帰宅する男子生徒の羨望がオレの耳に入ってくるが、

しかし、オレはそのすべてを無視していた。

トクン…トクン…

時間が経っていくにつれオレの心臓が少しづつ高鳴っていく、

そして、日が暮れ辺りが急速に暗くなり始めたとき、

「ははは…」

と言う笑い声と共に先輩が他の部員達と共に校門から姿を現した。

「今だ!!」

先輩の姿を見た途端、オレは心の中でそう叫ぶと、

「東海林先輩っ」

っと声を掛けた。

「ん?、春日…

 どうしたんだ?」

オレの姿を見て先輩は驚くと、

「あっあのぅコレ…」

オレは丁寧に包装したチョコレートを差し出した。

「おいっ、東海林っ

 コレで何個目だお前は!!」

それを見た他の部員達が一斉に先輩の頭を次々と叩き始めると、

先輩は困った顔をするとオレの前に立った。

「春日…お前…」

「せっ先輩っ、

 先輩に彼女が居るのは知っています。

 でも、おれっじゃなかった、

 あたし先輩のことが…」

と言いかけたところで、

「そこから先は言うな」

先輩の声がオレの声を押しつぶした。

「なっなんでです?」

「すまん…それは春日の俺に対する素直な気持だと思うけど、

 それは受け取れない」

と優しく言った。

「そんな…だって、あっあたしは…」

「その気持ちをありがたく貰っておくよ」

オレはいまの自分の気持を言おうとすると、

先輩は俺の肩に両手を乗せそう告げた。

「それって、あたしが元男の子だったからですか?」

先輩の言葉にオレは涙をためながら訴えると、

「いいや、それは違う、

 俺は不器用な奴だから

 一人の子のことしか見ることが出来ないんだよ、

 だから春日が幾ら俺のために尽くしても、

 それに応えることは出来ない。

 それはあまりにも無責任というものだ、

 だから…それは受け取れないんだよ」

と告げた。

ツツツ…

溜まった涙が流れ始めると、

「ちくちょう、なんでこんなに涙が出るんだ?」

オレはそう言いながら幾度も涙を拭くと、

それを見ながら

「春日…

 春日には俺にチョコを作ってくれる事よりも大事なことがあると思うんだ」

と先輩は俺に向かって告げた。

「なんですか、それは?」

「お前をじっと見つめている人が居る…

 まずはその人に感謝の気持を伝える方が…」

オレの質問に先輩がそう言ったところで、

「そこで何しているの…」

と言いながら高柳敦子が校門から姿を現した。

彼女の姿を見た途端、

「しっ失礼します」

オレはそう叫ぶとそのまま走り出してしまった。

チョコを受け取って貰えなかった惨めさと

高柳敦子から先輩を取り上げることが出来なかった敗北感が

オレを容赦なく攻める。

そして、気づいたときにはオレは川に掛かる橋の欄干から

ボケッと水面に映る夜景を眺めていた。

「このまま、消えることが出来たら楽になれるかなぁ…」

夜景を眺めながらそんなことを考えていると、

「そんなところで何をやっているの?」

と理美の声が響いた。

「え?」

振り向くといつの間にか理美がオレの横に立っていた。

「(ぷっ)酷い顔…

 ものの見事に断られたのね」

オレの顔をみて理美が小さく笑いながらそう言うと、

ムッカァ!!

何故かオレは無性に腹立だしくなると、

「まだまだよ、

 今日はダメだったけど、

 まだ、次の手がある!!

 それがダメでも

 また次が!!」

と叫ぶと、

パァン!!

理美の手がオレの頬を叩いた。

「!!!」

カァァァァ!!

その瞬間、オレの心の中は見る見る沸騰していくと、

「死んでやる…

 いまココで死んで、先輩に後悔させてやる!!」

と叫ぶと、オレは欄干に身を乗り出した。

すると、

「はんっなによっ、

 失恋の一つや二つでそんなに取り乱しちゃって、

 バッカじゃないの?

 あぁ…死ぬなら死になさいよ、

 あんたみたいな中途半端な女なんかさっさと死んでくれた方がさっぱりして良いわ、

 さぁっどうしたの?

 死ぬんでしょうっ

 サッサッとここから飛び降りなさいよ」

と理美が怒鳴ると、

「うるさぁいっ」

欄干から降りたオレはそう叫ぶと

理美の胸ぐらを掴み上げると殴りかかろうとした。

「なによっ、

 これは…

 あたしをどうする気よ。

 言っておきますけどね、

 あたしに比べればあんたの失恋なんて屁みたいなものよ」

「なにぃ!!」

「なによ、コクって玉砕したからってぇ?

 あたしなんかねぇ、

 コクリたくてもねぇ

 もぅそいつは手の届かないところに行っちゃったのよ、

 わかる?この悔しさがっ!!

 しかもそいつとはこうして毎日顔を合わせないとならないなんて、

 残酷じゃない?」

涙を流しながら理美がオレにそう叫んだ途端、

オレの沸騰していた感情は急速に冷え始めだした。

そして、

「理美…まさかお前…」

「知らないわよっ、

 この大バカ野郎っ!!

 何で女なんかになっちゃったのよっ

 あたしの…あたしのこの想いはどうしたらいいのよっ!!

 このっ馬鹿ぁ!!」

ゲシッ!!

理美の叫び声と共にオレの頬に強烈な拳が直撃した。

ドサッ!!

ものの見事に吹っ飛ばされて倒れた俺に、

理美は馬乗りになると、

「なんで…

 なんで…」

滝のような涙を流しながら理美は幾度も幾度もオレの頬をひっぱたく、

けど、その時のオレの心は失恋の苦しさも何もかも皆消えてしまい、

なぜが、自分の叩く理美に済まないと言う気持ちで一杯になっていた。

そして、

グッ

オレは理美の両手を受け止めるときつく握りしめた。

「なっ何のマネよ!!」

「理美っ、ゴメンっ!!」

オレはそう呟くときつく彼女を抱きしめた。

その途端、

「うわぁぁぁぁぁん!!」

っとオレの胸の中に自分の顔を埋めると大泣きを始めた。

「ごめん…」

「ごめん、理美…」

オレはただ、泣き叫ぶ理美の頭を幾度も撫でていると、

先輩がオレに言った最後の言葉の意味がやっと判った。

「そっか…先輩は理美のことも知っていたんだ…

 だからオレにあんな態度をしたんだ…」

そう呟くと冬の星空をただ見詰めていた。

こうして、オレの一瞬の初恋は見事散ったしまったが、

しかし、それと同時にオレを見つめていたもぅ一つの心に気づくことが出来た。



ピィィィ

フィールドに試合終了の笛の音が響き渡ると、

「やったぁ!!」

「ついに勝てたぁ」

「はぁ10連敗にならずに済みましたね」

桜花女子サッカー部の面々は全員胸をなで下ろした。

「やっと勝てたね」

「まぁね」

「3−0かぁ…頑張ったね」

「うん…」

理美は汗を拭くオレにそう言うと、

「さぁてと、あたしの役目はこれで終わりかな」

と呟いた。

「え?」

理美の言葉にオレが思わず聞き返すと、

理美は微笑みながら、

「ユウちゃんはもぅ女の子として十分やっていけるから、

 あたしは用済みなのよ」

と告げた。

「そっそんなことないよ

慌てながらオレはそう言うと、

「うぅん、

 ユウちゃんは女の子として、

 彼氏見つけて…、

 つき合って…

 結婚して…
 
 子供を生んで…
 
 家庭を作るのよ…

 それで、あたしはユウちゃんお友達としてつき合っていくの、
 
 無論、あたしもユウちゃんに負けないような家庭を作るわ」

理美はオレにそう言うと、

「そうね…そうだよね…」

オレはそう言うと、

「では、お友達としてこれからもよろしくね」

と理美が手を差し出すと、

「うん、よろしくね」

オレも手を差し出しすと固く握手した。



その時、

フワッ

流れる風にどこか春の香りを嗅いだ、

あれから1年が過ぎ、

オレ…いや、あたしは男だった自分にようやくピリオドをつけられたような気がした。



おわり