風祭文庫・乙女の館






「初恋」
【前編】



作・風祭玲


Vol.245





ピピーッ!!

甲高い笛の音が早春のフィールド内にこだました。

と同時に、

「きゃぁぁぁ!!」

「勝ったぁ!!

 連敗脱出よ!!」

そう叫びながら勝利に沸く相手に対して、

「そんな…負けただなんて…」

オレはそう呟きながらガックリと膝を落した。

「9連敗…」

聞きたくないその数字が俺の頭の中で回り続ける。

すると、

「あらら、負けちゃったわね…

 でもウチに勝っただけであんなにはしゃぐなんて…」

赤地に白のストライプ、

そして大きく桜花女子のネームが入っているユニホームを身にまとった山下紀美が

乱れた髪を掻き上げながらオレの隣に立つなり涼しい顔で言うと、

「(ムッ)負けちゃったじゃないでしょうっ!!

 もぅ何をやってのよっ!!

 あたしがいくら相手のゴールに押し込んでも、

 それ以上の点を入れられちゃぁダメじゃないの!!」

と彼女の言葉にカチンときたオレが思わず怒鳴ると、

「ちょっと…春日さん…こっちに来て」

キャプテンである工藤美鈴がオレを呼んだ。

「はい」

憮然とした態度でオレが美鈴の前に立った途端、

パァァン!!

いきなり彼女の右手がオレの頬を叩いた。

…痛てぇ…

突然のことにオレは呆気にとられたが、

スグに、

「いっいきなり、何をするんですかっ!!」

痛む頬を押さえながら美鈴に怒鳴ると、

「春日さん…あなたは一体どういうつもりで試合をしているの?」

美鈴はキツイ視線でオレを睨みながら怒鳴り返した。

「あなたがあたし達よりも技量が上なのはよくわかっています。

 だから監督と相談して1年なのにレギュラー入りをさせました。

 でもね、サッカーは11人が力を合わせてやるスポーツなのっ、

 あなた一人が突っ走って、

 それで周りの人にどれだけ迷惑をかけていると思っているのっ

 そう言う個人プレーをするような人とこれ以上試合をするわけにはいきません。

 次の試合からあなたをメンバーから外します。

 いいですねっ!!」

っとオレに告げると、

スタスタと俺の目の前から立ち去っていった。

「あぁ…こちらからも願い下げだ!!」

オレはもって行き場のない苛立ちをフィールドにぶつけるようにして叫ぶと、

オロオロする他のメンバーを押し分けながら

そのまま更衣室へと向かっていった。



「ねぇ…友紀ったら、工藤キャプテンに謝ってきなさいよ…」

着替え終わったオレに同じ1年の高梁明美が話しかけてきた。

「なんで…」

ロッカーの扉を閉めながら憮然とした口調で聞き返すと、

「だって…キャプテンとケンカしても良いこと無いよ

 あたしも謝ってあげるからさぁ…ねっ」

そう言ってくる明美に、

「…………」

オレは無言で口の開いたバッグに脱いだユニホームなどを詰め込むと、

ドン!!

彼女の身体を押しのけるようにして更衣室から出ていった。

「友紀ぃ〜っ」

更衣室から出ていくオレを追いかけるようにして

明美の声が追いかけてきたが、

しかし、オレはその声には一切振り返ることはなかった。

「はぁ……なんでこうなるのかなぁ…」

帰り道…

オレはふと冬の空を見上げながらそう呟く…

そうあれから1年が過ぎ去ろうとしていた。

1年前、長い眠りについていたオレの身体は、

突如目覚めると本来あるべき性へとその姿を変え始めた。

突然のことにオレはどうして良いのか判らなくなり戸惑ったが、

しかし、

そんなオレに一筋の光を与えてくれたのは他ならないこのサッカーだった…



翌朝…

PiPiPi!!

カチッ!!

「うぅ〜ん…」

目覚ましの音と共に目覚めたオレは大きく背伸びをすると、

スグに飛び起きると身支度を始める。

…朝は良い

 何故って昨日のイヤなことをすっぱりと忘れることが出来るから…

「よっ!!」

すっかり違和感が無くなったブラの肩ひもを通してホックをつけた途端、

キュッ!!

っとオレの胸回りが締めつけられると、

眼下に二つの膨らみがクッキリとした姿で現れた。

「ふぅ…」

それを見て一息をついたオレは何気なく後ろにある鏡に視線を送った。

ブラインドから漏れてくる日の光が

オレの身体をうっすらと照らし出す様子が鏡に映る。

「………」

しばしの間、オレはその自分の姿に見入っていた。

かつて耳と首筋をさらけださせていた髪は、

それらを覆い尽くすと軽く肩に掛かる程度に伸び、

そして、その下に続く細い背中と

膨らみを更に増した腰に張り付くようにしてT字の下着が見える。

そう、それは紛れもない女性の後ろ姿だった。

「はぁ…」

それを見たオレは軽くため息をつくと、

テキパキと着替え始めた。



「おはよー」

制服のスカートの裾を直しながら階段をリビングに降りていくと、

「あらっ、おはよっ

 昨日は残念だったね…」

母さんがにこやかに笑いながらオレに朝の挨拶をした。

「うん…」

母さんのその挨拶にオレはやや曇りがちの表情で返事をすると、

「判っていると思うけど、

 ユウちゃんはもぅ女の子なんだから、

 あんまり無茶をしてはダメよ、

 ある程度は他の女の子達と合わせなくっちゃ」

と母さんはさりげなくオレに釘を差した。

「わかってるよ…

 でも、彼奴らと来たらトロイんだもん…」

朝食のパンを囓りながらそう言い返すと、

「…そうねぇ…

 ユウちゃんが女の子になってからやっと1年が過ぎたばかりだから、

 まだ、男の子の時の癖が出てきても無理もないか…」

そう母さんはオレを眺めながらしみじみと言う。

「そっそりゃぁ…

 あいつらには悪いことをしたと思っているけど、

 でも…」

と言いかけたところで、

「…一度、恋をしてみるのもいいかもね…」

突如、母さんは悪戯っぽい笑みを浮かべると

そんなことをオレに向かって言った。

「はぁ?」

母さんの言葉にオレは思わず呆気にとられると、

「女の子の恋をしてみれば、ユウちゃん…

 普通の女の子になれるんじゃないかな…なんてね」

母さんは笑いながらそう続けるが、

…男に恋をする…

このことは15年間男として生きてきたオレには

その様子を想像しただけでも十分に鳥肌が立った。

ドン!!

「やっやめてくれよ、

 オレはホモじゃないぞ!!」

ホットミルクが入ったマグカップをテーブルに叩きつけて声を上げると、

「あら…何を言っているの?

 ユウちゃんは女の子でしょう…」

今度は母さんが呆気にとられた様な表情をしながらオレに言った。

そうだった…

母さんのその言葉を聞いたオレは反射的に自分の股間に手を滑らせる。

スッ…

スカート越しにオレの手は何の抵抗もなく股の間を滑っていく。

そう去年の夏休みに入った早々にオレは整形手術を受けた。

そして、

その為にオレの身体の何処にも男だった証はもぅ残ってはいなかった。

…オレは女……

その事実に押しつぶされるように肩を窄めると

「まぁ、大丈夫よ、

 ユウちゃんもスグに好きな男の人に出会えるから…」

励ますつもりだろうか、

母さんはそう言うとポンポンとオレの肩を叩いた。

…はぁ…

 改めて考えると、母さんの状況適応力ってすごいと思う…

 息子が娘になったと言う一大事にこうして平然としていられるんだから…



「おはよー、今日はまた寒かったね」

学校の教室に入った途端、理美がオレに声をかけてきた。

「あぁ、理美…」

オレは軽く手を上げ彼女の傍に行くと、

「聞いたわよ、サッカー部のキャプテンとケンカしたんだって?

 全く、ユウちゃんは男の子の時の癖が抜けないんだから…」

そう言いながら理美は軽く笑った。

「うっうるさいっ」

オレは理美に小さく怒鳴るとそそくさと席に着いた。

すると理美はオレの隣に立つと、

「へぇ…すっかり髪が伸びたじゃない…

 もぅどこから見ても女の子ね」

そう言いながらオレの髪を弄り始めた。

…あっ…

彼女の手の動きに合わせて動く髪の感触の心地よさに

オレは一時身を任せた。

「?、どうしたの?

 黙っちゃって…」

理美は手を止めるとそう言いながらオレの顔を覗き込むと、

「いっいや…何でもない…」

オレは慌てて首を振ると思わず立ち上がってしまった。

スルリ…

理美の手がオレの髪から離れていく、

「ホントどうしたの?

 今日のユウちゃん、なんか変よ」

理美は首を傾げながらそう訊ねると、

「…ほっ本当はむっ昔の髪型の方がいいんだけど…

 でも母さんが余り切るな…て言うから…」

その場を繕うようにして思わず言い訳をすると、

「うん、その方が女の子らしくていいよっ

 それに…」

と理美が言ったところで、

素早く彼女の手が動くとあたしのスカートの先に触れた。

「え?」

彼女の行為に驚くと、

バッ、

オレのスカートは勢いよく捲れ上がった。

「キャッ!!」

突然のことにオレは悲鳴を上げると大慌てでスカートを押さえながら、

「いっいきなり何をする!!」

顔を真っ赤にして怒鳴ると、

「(ふむ)…

 1年掛かって、よーやく1人前に恥ずかしがるようになったか…」

妙に納得をした顔で理美はオレを見ながらそう言った。

「あっ…」

彼女の行動の意味が判った途端、オレは何も言えなかった。

すると、

「ねぇ…ユウちゃん今日の午後ヒマ?」

理美は黙ったままのオレにそう訊ねると、

「うん…まぁ…

 反省するまで部室には出入り禁止なんて言われちゃったし…」

とやや身構えながらオレはそう返事すると、

「そうなの…

 だったらなおさら…

 ちょっと、あたしにちょっとつき合って…ね」

彼女はオレにそう言うと軽くウインクをした。

「…何企んでいるんだ…」

オレは理美のその微笑の裏に何か企みがあるような気がした。



ピーッ!!

市営のグラウンドに笛の音がこだまする。

「おーっ、やってるやってる」

学校からの帰り、

オレは理美に引っ張られるようにして市営グラウンドの脇にくると、

フィールドの中ではサッカーの試合が行われていた。

ちょうど休憩時間に入ったばかりのだったのか、

選手達は次々とフィールド内から引き上げていく、

「練習試合…?

 あっあのユニホームは…

 杉峰と…へぇ…東城…かぁ」

フェンスに手をかけながらオレは

本来だったらあのユニホームを着て一緒にプレーをしているであろう選手達を

眺めながらそう呟いていると、

「なぁ…あそこのいるの、佐藤じゃないか!!」

そう言いながら杉峰のユニホームを着た数人の選手がオレ達の方を指さすと、

そのうちの二人が白い息を吐きながらこっちに向かって駆け寄ってきた。

「やっほー、応援に来たよ!!」

理美は両手を大きく振りながら彼らを迎えるように声を上げる。

…池山と高田…

 そっか、彼奴ら杉峰に行ったんだっけ…

 あっ!!

オレは駆け寄ってきた二人が中学時代のサッカー部の仲間だったことに気づくと、

クルリと背を向け、その場から急いで立ち去ろうとした。

しかし、

ムギュッ!!

いつの間にか伸びてきた理美の手がオレの手をしっかりと握りしめると、

それ以上先へは進ませてくれなかった。

…はっ離せ!!

オレは全身の力を込めて腕を引いたが、

しかし、理美の手はまるで手錠のように離れることはなかった。

「どうしたんだ?、お前が来るなんて…」

「うん、敦子にきょうここで練習試合をするって聞いたから」

と理美は池山達に訳を話す。

「あっ、佐藤さん…」

そして、遅れてジャージ姿の女子が駆け寄ってきた。

…敦子こと高柳敦子だった。

 中学のサッカー部でマネージャをやっていた奴だったが、

 やっぱ杉峰でもマネージャをやっているのか…

 そーいや、敦子と理美って仲が良かったっけ…あっ!!

その時になってオレはコレが二人の計略と言うことに気づいた。

「で、春日君…連れてきてくれたの?」

フェンス越しに敦子は理美に訊ねると、

「えっ、春日の奴、来ているのか…

 そーか、そーか、

 そういや、アイツとは卒業式以来会ってないな…」

っと言う声がオレの背後から振ってくる。

「えぇそりゃぁもぅ…

 すっかり可愛くなったわよ

 ホラッ」

と言いながら、理美はオレの手を思いっきり引っ張ると、

彼らの目の前にオレを突き出した。

「あららら…」

「ほぉ…」

「あの、春日がねぇ」

たちまち6つの好奇の視線がオレに降り注いできた。

「わっ悪かったな…」

バツの悪い思いをしながら言い返すと、

「いや、高柳よりもずっと美人で可愛いぞ…」

ニヤケながら池山がそう呟いた途端、

「悪かったわね!!」

それを横で聞いていた敦子の怒鳴り声が鳴り響いた。

「おーぃ、お前ら、そこで何をやっているんだ!!」

グラウンドの隅で固まっている池山達に気づいたのか、

一人の選手が声を上げながらこっちに向かって走ってきた。

…東海林剛先輩…

ドキッ

彼の姿がオレの視界に入ったとき

オレの中で何かが高鳴った。

オレがサッカーを始めたのは小6の時、

市営のグランドで東海林先輩にプレー姿に憧れてだったけど、

でも、この感覚はあのとき感じた憧れとは明らかに違っていた。

「あっ、東海林先輩!!、

 ほらっ彼女…誰だか判ります?」

悪戯っぽく池山がオレを指さして東海林先輩に告げると、

「んん?」

オレの前に立った先輩はシゲシゲと見つめた。

…うわぁぁぁ…

オレは何故が先輩と目線を会わせることが出来ず、

顔を真っ赤にして視線を足下に向ける。

すると、

「あっ!!」

「え?」

と言う先輩の声がするのと同時にオレは何かを期待して顔を上げた。

「高田ぁ…

 お前、自分の彼女をオレに見せびらかせるならもっとマシな方法を使えよな」

と言いながら、先輩は高田の頭を小突き始めた。

…せっ先輩…オレですよぉ…春日ですよぉ…覚えてないんですかぁ…

先輩の予想外の言葉にオレはガックリと項垂れると、

「ははは…

 なんてね、冗談冗談。

 久しぶりだな、春日…

 詳しい話は聞いているよ、大変だったそうだな。」

しょげかえるオレを見ながら先輩は軽く笑うと、

「でも、ホント…

 あの春日がこんなに可愛くなるなんてな…

 そーだ、お前に以前貸したままになっているあのエロ本、少しは役に立ったか?

 まぁ返すときは何時でもいいからな」

と笑いながら言った。

「せっ先輩…いきなり何を言うんですか…え?」

先輩のその言葉に驚いたオレは思わず言い返したが、

しかし…

ジト…

理美の軽蔑するような視線がオレを貫いていた。

「あっ、さっ理美…それわだな…」

慌てて弁明をするオレに

「へぇ…ユウちゃんって見かけはすっかり女の子になっているのに、

 …心の中はまだイヤらしい男のままなのね」

と言う理美の一言一句が妙にオレの胸に突き刺さった。

「だからぁ〜っ!!」

オレは拳を握りしめて叫ぶが、

「知らない!!」

理美はそう言うなりオレと距離を開けた。

「…東海林先輩ぃ…なにか言ってやってくださいよぉ」

オレは理美を指さしながら先輩に助けを請うたものの、

「いやぁ…女の子同士のことはオレには判らないから…

 高柳、こういう場合はどういえばいいんだ?」

先輩は頭を掻きながら、隣で笑っている敦子に意見を求めた。

「さぁ?…女の子同士でもこういう事って起こりませんからね」

ケタケタと笑いながら敦子がそう返事をすると、

先輩は一瞬困った顔をした後、

「さっ休憩時間は終わりだ。

 サッサと戻る!!」

池山達の尻を叩きながらそう叫ぶと、

フィールド内に向かって歩き始めてしまった。

「あっ逃げたな…」

先輩のその姿を横目で見ながら敦子がそう呟くと、

「じゃぁ…」

そう言い残して先輩の後に追い始めた。

その途端、先輩は何かを思いだしたように立ち止まると、

「そうだ、この後の予定はないんだろう、

 それなら試合が終わったらゆっくり話でもしよう」

と手を振りながらそう叫ぶと、

「あっはい…」

それに返事をするようにオレは手を振っていた。

そして、

「…怪我…しないでください…」

何故かその言葉がオレの喉から出かかったが、

スグに

ピーっ!!

後半戦の開始を知らせる笛が鳴った。



程なくして始まったゲームはどこか殺気を感じさせるものだった。

「…なぁ…」

「なに?」

フェンス越しに試合を見ていたオレは理美に話しかける。

「女との試合ばっかりだったので、

 勘が鈍ったかも知れないけど、

 この試合妙に殺気立ってないか?」

とまさにラフ・プレイの嵐の試合を指さして訊ねると、

「確かにそーね……

 男の子の試合ってこんなに激しかっけ?」

そう言いながら理美も首を捻る。

「むーん…コレでボールを抱えていたらまるでラグビーだな」

激しい試合運びを眺めながらオレは腕組をしながらそう呟く、

確かにそれくらい試合は荒れていた。

後に聞いた話では、

ちょうどオレと理美が東海林先輩と話していたとき、

「おいっ」

「ん?」

「アレを見ろ…」

東海林先輩達の相手である東城高校の選手の一人が、

フェンス越しで会話をしているオレ達の事に気がつくと指を指した。

「女の子だ…」

「応援に来ているのかな?」

「あの制服は…あっ桜花女子のものですね…」

「へぇ…桜花女子か…こりゃぁまた」

などと言いながら彼らの目がオレや理美に注がれた。

「で、なんで、桜花の奴が彼奴らと喋っているんだ?」

「さぁ?」

「彼女…なのかな?」

一人が発したその何気ない一言が押され気味だったチームに渇を入れた。

「…ゆっゆるさねぇっ!!」

一人がギュッと拳を握りしめて肩を振るわせながらそう叫ぶと、

「あぁ…」

「全く…桜花の女に応援させるとは…」

「お天道様が許してもオレ達は絶対に…」

「許さない!!」

グォォォォォ!!

突如として燃え上がったチームの雰囲気に。

「おっおいっ

 お前等っ、どーしたんだ?」

監督である羽賀武雄は思いっきり威圧されていたと言う話だそうな…

まっ男の気持ちは判らないものではないけど、

でも、その程度のことでココまで盛り上がるモノなのだろうか?



「こらぁ…」

「モタモタするなっ!!」

殺気立つ東城イレブンの気迫に前半戦では優勢だった杉峰は徐々に押され始めた。

「うわぁぁ…

 ちょっとやばくないか?」

完全に東城ペースに陥っている試合運びをオレは心配すると、

「あっ、ユウちゃん先輩のことが気になるの?」

すかさず理美が茶々を入れた。

「ちっ違うよっ

 ただ、このままでは負けちまうんじゃないかっ

 って心配しているんだよ」

何か理美に見透かされたかのような恥ずかしさを感じながらオレは力説した。

「はいはい…」

しかし、理美は力むオレを軽くあしらうような返事をする。

「ったくぅ…」

憮然とした気持ちのまま再び試合を見たとき、

「あっ」

東城の選手にマークを受けていた先輩がパスされたボールを蹴ろうとした途端、

滑り込んできた別の選手の脚が先輩の脚に絡まった。

「先輩…」

オレは夢中になってフェンスにしがみついた。

「わぁぁぁ…」

脚を取られてバランスを崩した先輩が巻き込むようして、

数人の選手が団子状になってフィールドに倒れ込んだ。

その途端、オレの思考は止まるとその後はどうしたかは判らない。



「おっおいっ

 春日…

 お前の気持ちはありがたいがそんなに泣かなくてもいいじゃないか…」

先輩のその言葉にオレはハッと我に返ると、

杉峰の選手たちを押しのけるようにして

ベンチで寝かされている先輩の手を握りしめながら

泣きじゃくっている自分に気がついた。

「あっ…すっすみません…」

オレは無性に恥ずかしくなるとスグにその場から走り去ろうとした。

すると、

「あっ、春日…」

と先輩のひと声がオレの足を止めた。

「………」

オレは無言で先輩の方を振り返ると、

「ありがとうな…

 今日はちょっと無理だけど、

 今度ゆっくりとお茶でも飲もうな」

と優しく言った。

「しっ失礼しましたぁ!!」

それを聞いたオレはその言葉を残して飛び出していった。

…うわぁぁ…恥ずかしい…

 顔から火がでる。

 まさにその言葉はこういうこともあるものだと思い知らされた一瞬だった。

ちなみに後で先輩から聞いた話では、

先輩はこの後、チームメイトからたっぷりとお仕置きをされたとか、

「悪いことをしちゃったかな…」

その話を聞いたあとオレは妙な罪悪感を感じていた。



つづく