風祭文庫・乙女変身の館






「バニーガール」
(第5話:月に願いを)



作・風祭玲


Vol.515





「いてて…

 ったく、思いっきり引っ叩かなくても良いのに…」

満月が照らし出す夜道を一人の少年・新島賢治がブツブツ文句を言いながら歩いていく、

「ひぃ

 ふぃ
 
 みぃ

 今月はそれにしてもこれで何人目だ?」

頬に赤い手形の痣を残しながら賢治は指折り数え

「はぁ…」

再びため息をつくと、中空に掛かる月を見つめた。

そして

「お月様ぁ、

 何で、僕に彼女が出来ないのでしょうか、

 別に注文を付けているワケじゃないんですよ、

 ただ…ナイスバディで…

 バニーっぽいお姉さんとお知り合いになりたいだけなんですよぉ」

と月に向かって遠吠えをするかのように叫ぶ。

すると、

キラッ!!!

賢治の要望に応えるかのように月の一部が光り輝くと、

シャッ!!

まるで月から欠片が落ちてくるかのように流れ星が夜空に流れた。

「おっ

 流れ星!!!

 どうか、俺に彼女が出来ますように…

 タイプは…」

それを見た賢治は流れ星に向かって手を合わせると願いを唱え始めた。

しかし、

キラキラキラ…

いつもなら1秒も経たずに消えてしまう流れ星はそのときだけは輝き続けている。

「ん?

 いつもよりも長いな…」

輝き続ける光を不審に思いながらも賢治は手を合わせていると、

シュォォォォン…

何か物体が空を切る音が賢治の耳に届いた。

「え?」

その音に賢治が再び空を見たとき、

ぐぉぉぉぉぉぉぉん!!!

小さな光点だった流れ星がバレーボール大に膨らみ、

見る見る迫ってきている様子が目に入った。

「え?

 え?

 え?

 いっ隕石ぃぃぃぃぃ!!!」

迫る来る光点に賢治は

ペタン!!!

っと腰を抜かしてしまうが、

スグに

「にっ逃げなきゃぁ…」

と叫びながらアタフタと逃げ始める。

けど、

ごぉぉぉぉぉぉぉ!!!

賢治に向かって落ちてくる隕石はさらに膨れ、

まるで賢治を飲み込むかのごとく迫る。

「うっうわぁぁぁぁぁぁぁ!!!

 いやだ、死にたくない!!!

 おっ俺はまだやることがあるんだぁ!

 バニーなお姉さんと知り合えるまで死ねるかぁぁぁぁ!!!」

迫る隕石を見据えながら滝のような涙を流し

そして鼻水を噴出しながら叫ぶと、

本能的に身を庇い落下と同時に発生するであろう爆風に備えた。

が、しかし、

「………」

幾ら待っても爆発音もそれに伴う爆風も賢治には襲ってこなかった。

「………

 ………

 ……あれ?」

幾ら待っても襲ってこない爆風に賢治は痺れを切らし、

そして、徐に顔を上げると

「え?

 なに?」

賢治の目に飛び込んできたのはいつもと変わらない月夜と、

その夜に浮かび上がる街の夜景だった。

「うっ

 うそっ」

ついさっきまで自分に迫ってきていたはずの光球は姿を消し、

それを見た賢治の脳裏に

「あれは夢だったのか…」

という考えがよぎっていく。

「ちっちがう」

その考えを賢治は即座に否定するが、

しかし、落下直前には熱さえも感じたはずの光球は

落下途中できえてしまったかのように姿を消してしまっていた。

「一体…

 何がどうして…」

落下中に何らかの原因で雲散霧消してしまったのであろうか、

実質上拍子抜け状態に賢治が放心していると、

『おいっ!』

と賢治を呼ぶ声が耳元で響いた。

『おいっ!』

『おいっ!』

『聞こえているのか?

 ゴルァ!!

 返事をせんかっ!!』

なかなか返事をしない賢治に声は段々と感情を高ぶらせ、

そしてついに思いっきり怒鳴り声を上げると、

「え?

 ぼっ僕ですか?」

やっと放心状態から抜け出した賢治は声に向かって返事をした。

『お前しか居ないんだから、

 お前だろうがっ

 ったくぅ

 シカトしやがって、

 テメェ、

 シカト出切る身分だとでも言うのか、

 あ〜ん?』

と賢治の不手際を小突く声が響き、

そして、それと同時に、

ゲシッ!!!

強烈な蹴りが賢治の側頭に決まった。

「痛てぇぇぇぇぇぇ!!!

 何しやがる!!!」

頭を抑えながら賢治が怒鳴る声を上げると、

『なんだよっ

 やるのか?』

シッシッ

シッシッ

賢治の眼下には2本の足で立ち、

シャドウボクシングをする一匹の白兎の姿が目に入った。

「うっウサギ?」

まるでこれからボクシングの試合をするかのように

やる気満々のウサギの姿に賢治は目を丸くすると、

『おうっ

 わざわざ月から来たちゅーのに、

 シカトするとは

 えぇ根性してるやないか兄ちゃん?』

ギラッ☆

シャドウボクシングをするウサギはヤクザ顔負けの眼光を輝かせて賢治を見上げた。

「なっ

 うっ

 ウサギが喋った…(しかもシャドウボクシングをしているし)」

眼下から睨みつけるウサギの姿に賢治は驚愕するが、

しかし、

『なんや、兄ちゃん、

 ウサギが喋っちゃぁアカンとでも言うのか?

 そんなもん誰が決めた。
 
 あぁん?』

ウサギはそんな賢治の様子を見ながら凄んで見せる。

「いやっ

 別に…喋っちゃいけない…なんてことはありませんが…」

『けっ

 骨の無いやっちゃなぁ…

 男ならビシッとせんかいっ!

 チンコついてんやろ!!』

「はっはいっ

 (なっなんか、ヤクザみたいなウサギだなぁ)」

『ったくぅ

(なんで、こんなヤツの調査をしなくっちゃならないんだ?

 はぁ…まっカグヤ様の命令だから仕方ないか…)

 で、兄ちゃんっ

 さっき兄ちゃんは月に向かって願い事を言ったが、

 もぅ一度確認するがえぇか?』

賢治の前に立つウサギはゴソゴソと電子手帳を取り出すなり、

スタイラスで画面を突付きながら賢治に質問をした。

「(ヤクザみたいなウサギと思ったけど…

 変なところはハイテクなんだなぁ…)」

『何見ているんや、兄ちゃん?

 こっちの質問にさっさと答えんかっ』

電子手帳を操るウサギの姿を物珍しそうに見る賢治に、

ウサギはドスの利いた声で怒鳴ると、

「あっはいっ

 どうぞ…」

『けっ、

 えっとぉ…

 一つ、

 彼女が欲しい。

 二つ、

 出来ればナイスバディをよろしく。

 三つ、

 あわよくばバニーガールのような姉さんを…

 って…

 オメエ…俺を馬鹿にしとるんか?』

賢治が月に向かって唱えた願い事をウサギは復唱すると、

不機嫌そうな顔つきで賢治をにらみつけた。

「えぇ!!

 べっ別に馬鹿になんてしていませんよ」

ウサギの言葉に賢治が反論をすると、

『んだとぉ?』

ガシッ!!

キレたウサギは賢治の襟元をねじり上げ、

『願い事って言うのはなぁ!!

 自分の組を持ちたい。とか

 シノギがぎょうさん入ってくるようにして欲しい。とか、

 ヤクをこっちの言い値で取引したとかいうんや、

 兄ちゃんのこれはなんや、

 全部女のコトばかりやないかっ

 あ〜ん?』

と怒鳴りつけた。

「なっなっ

(まっマジでヤクザじゃないか、

 このウサギは…

 でも、なんでウサギごときに小突かれなきゃぁならないんだ?)」

鼻息荒いウサギを見ながら賢治はそう思うと、

段々と不機嫌になり、

「別に、

 願い事ぐらいどんなこと考えても良いじゃないですか、

 暴力反対デース」

とウサギを見下ろしながら不機嫌そうな表情で言い返した。

『んだとぉ?』

「あっヤル気ですか?

 言っておきますけど、

 僕、これでも空手の有段者ですからぁ、

 身の安全は保証しませんよ」

今にも突っかかってきそうなウサギに向かって、

ポキポキ

賢治は指の骨を鳴らした。

『なにぃ』

「………」

人間とウサギのにらみ合いはまさに一触即発の状態になっていた。

と、そのとき、

プルルルル…

ウサギの胸元より呼び出し音が鳴り響くと、

『ん?

 (ちっ)これからというところなのに…』

ウサギは舌打ちをすると、

ごそっ

胸元から携帯電話を取り出すと、

ビシッ!!

いきなり気を付けのの姿勢になるや否や、

『もしもし、お待たせいたしました。

 バニーなんでも相談事務所の兎山です』

と営業スマイルを見せながら、35度の角度で体を曲げる。

「なっなんだぁ?」

ウサギの豹変振りに賢治は呆気に取られると、

『あっカグヤ所長っ

 報告が遅れまして申し訳ありません。

 はいっ

 たったいま、クライアントの願いの聞き取りを終えたところでして、

 えっ

 スグに願いを叶えて帰所いたします。

 はいっ

 業務報告書にはその旨記載しておきますので、

 はいっ

 今日が締め日ですね。

 了解いたしました』

いつの間にか黒ぶちのメガネをかけ、

そして携帯電話と電子手帳を操るウサギの姿は、

オフィス街などでよく見る営業マンの姿と同一であった。

『はいっ

 では…』

礼儀正しくウサギは携帯電話を切り終えると、、

「へぇ…

 兎山っていうんだ…」

ウサギの本名を聞いた賢治はそう声を上げた。

すると、

シャキ!!

賢治の喉下に拳銃が突きつけられると、

『あまり、

 僕を小ばかにしたようなセリフ言わないでくれるなぁ…

 僕はそう言うのは大っ嫌いなんでね』

と徐にメガネを取りながら冷静そうな声で賢治に忠告をする。

「ちょちょっと、

(さっきとキャラが違っているんだけど)」

ウサギが見せる別の姿に賢治は戸惑うと、

『ふっ

 君とこうして会うのも今夜だけ、

 まぁ、こっちもさっさと仕事を終えたいのでね、

 えっと、

 君の願い、その1.その2.その3.

 一応叶えてあげるから、

 じゃぁ』

とウサギが言うなり、引き金を引いた。

その瞬間。

タァァァァァァァン!!!

夜の街に銃声が響き渡り、

幾度も反響をしながらゆっくりと消えていった。



「…じ

 賢治っ

 こらぁ!!!

 新島賢治っ

 いつまで寝ているのよっ」

「んっ

 あ?」

自分の名前を呼ぶ声に賢治はハッと目を覚ますと、

ガタン!!

と飛び起きた。

「なっなによっ

(いきなり飛び起きて)」

いきなり飛び上がった賢治の姿に箒を持つ大島椿は驚きながら声を上げた。

「こっここは…

 教室?
 
 え?
 
 夜じゃないの?
 
 え?
 
 えぇ?」

飛び起きた賢治はグルリと周囲を見ながら困惑をしていると、

「そうよっ

 教室よ、

 まったく、いつまで寝ているのよっ

 掃除が出来ないでしょう?

 寝るなら廊下で寝てよっ」

と掃除当番の女子たちが非難の声を上げた。

「え?

 あっあぁ…

 そうか…(あれは夢だったのか)

 部活に行かなきゃ…」

ようやくいま自分の居る場所と時間を把握した賢治は

空手着が入ったバッグを取ると、

廊下に向かって一歩前に踏み出した。

とそのとき、

カツン!!

賢治の足元から硬い反響音が響きわたると、

「え?」

皆の視線が一斉に賢治の足元に注がれる。

すると、

「うそぉ!!!」

真っ先に声を上げたのは他ならぬ賢治自身だった。

カツン!

カツン!!

驚く賢治が脚を何度か踏むとそれに合わせて音も同じように響く、

「やっやだ」

「なにこれ?」

「はっハイヒール?」

それを見た女子たちが怯えるようにして固まる中、

「わっわっわっ!!」

困惑する賢治の脚にはスルリとしたタイツが穿かされ、

まるで女性のような脚線美を周囲に見せ付けていた。

「どっどうなっているんだこれは…」

ムチッ!!!

色気を漂わせ始めた自分の脚に賢治は困惑していると、

シュルッ!!

その股間が急に軽くなるのと同時に、

キュッ!!

賢治のウェストが一気に絞られた。

「ちょちょっと、

 新島っ

 あんた、なにをしているの?」

変身していく賢治の姿に椿が思わず声をかけると、

「しっ知らないよっ

 なんで、俺が…」

髪を伸ばしながら賢治は訴えるが、

しかし、そのときの賢治の姿は半分女性化した姿になっていて、

さらに賢治が着ていた制服は急速にバニースーツへと変化しているところだった。

「おっおいっ」

「やだぁ…」

「新島が女になっていく…」

その様子を見ていたクラスメイトからそんな声が上がると、

「わっわっ

 見るな…

 いやっ

 みっ見ないで…」

プルン!!

大きく胸を膨らませたナイスバディのバニーガールになってしまった賢治は

胸を隠し、そして内股気味に後ずさりをしながら声を上げる。

「すげー…」

「色っぽい…」

そんな姿に男子生徒たちは股間を膨らませながら賢治の傍へと近寄っていくと、

「こらぁ!!

 お前らっ

 チンポをおっ勃てるな

 よるなっ」

と細くて白い腕を追い払うようにして左右に振る。

しかし、

「いいじゃないかよ」

「別に減るもんじゃないし」

「なぁちょと触らせて」

迫りよってくる男子生徒たちは口々にそう言うと、

まるでゾンビの如く群がってきた。

「ヤメロォォォォォ!!」

ついにたまりかねた賢治は怒鳴り声を上げ、

そして、群がる男子達を蹴り上げると、

ドダダダダダ!!!

頭についているバニーの耳を風に靡かせながら教室から飛び出してくと、

スグに、

「逃げたぞ!!

 追えぇっ!!」

と言う声と共に男子達も賢治を追いかけ飛び出していく、

ドタタタタタタタタタ…

「なんで…

 なんでぇぇぇぇぇぇぇ」

バニーガールとなってしまった賢治は涙を流しながら幾度もそう叫んでいた。



「ふぅ…

 今日の仕事は以上で終わりと…

 まったく、

 この仕事はなにかと大変だよ…」



おわり