風祭文庫・乙女変身の館






「バニーガール」
(第4話:うさぎ亭)



作・風祭玲


Vol.160





「はっ博士ぇ…今度は何処に…」

「決まっておるであろう、

 繁華街に向かうのだ。
 
 ゴールデンバニーに出合うまで我々の旅は終わらないぞ」

こんな声が響く昼時、

”店内改装につきしばらくの間休みます”

俺はドアの前に貼ってある紙を見てしばし呆然としていた。

「そう言えば昨日…

 マスターが言ってたっけ…」

長引く不況は世の中のサラリーマン達の財布に大きなダメージを与え、

その結果、少しでも安く食費を浮かせようと

昼食時には1円でも安く美味しい店へと殺到していた。

ご多分に漏れず俺もこの界隈を散々歩き回り、

そして、ようやくとある雑居ビルの2階に店を構えるココを見つけたのであったのだが…



「参ったなぁ…」

頭を掻きながらチラリと時計を見ると既に12時15分を指していた。

「…いまから他の店に行っても、もぅ込んでいるし…

 仕方がない今日はマックで済ますか…」
 
そう思いながら振り返ると、

いつの間にか俺の後ろに一匹のウサギが口をモゴモゴさせながら佇んでいた。

「ウサギ?……」

俺はしばらくの間そのウサギを眺めていると、

「あっ、お前は…」

そう俺は今朝方起きた”とある出来事”を思い出した。

そうあれは…



長い通勤時間をかけてようやくたどり着いた職場の最寄り駅から出たとき、

突然、駅前のロータリー内にけたたましくクルマのクラクションが鳴り響いたので、

何事かと視線を移してみると、

なんと車道の真ん中で一匹のウサギが立ち往生している姿が目に入ってきた。

俺は反射的に飛び出すとそのウサギを抱え歩道に戻ると、

「おいっ、お前っダメだぞ、

 こんなところで遊んでいては」

と言いながらウサギを歩道に下ろすと、

そのウサギはチラッと俺を見ると

そのままピョンピョンと雑踏の中に紛れ込んで行った。



「そうか、お前はあのときの…」

俺はしゃがんでウサギの頭を撫でようとしたとき

ピョン…

ウサギは跳びはねるとビルの奥の方へと走っていく、

しかし、ウサギは俺の視界から消えることはなく、

離れたところでジッと俺を見つめていた。

「?…ついてこい…ってことか?」

俺はまるでウサギに導かれるようにしてビルの奥へと歩き始めた。

ピョン…ピョン…

廊下を照らす蛍光灯の数が少なくなり、

薄暗い中を俺はウサギを見失わないようにして歩く、

やがて、奥に点滅する明かりとともに一軒の店が見えてきた。

「ほぅ…こんな所に店が?」

”うさぎ亭”

と看板に書かれた店の前に立つと

中から食欲を誘う香りがほのかに漂ってくる。

グルルルル〜っ

その香りに誘われて腹の虫が大きく鳴いた。

「仕方がない…今日はココにするか…」

カラン…

ドアを開けると

「いらっしゃいませぇ〜☆」

明るく元気な声が店の中から響いたのと同時に

頭にウサギの耳をつけたエプロン姿の少女が俺の前に立った。

「ようこそ”うさぎ亭”へ…

 さっあなた様をお待ちしておりました」

少女は俺の手をぎゅっと握りしめるなりそう言うが、

「えっえっっと?」

俺には彼女の言っている意味が分からなかった。

「あのぅ…それってどういう…」

思わず少女に訊ねると、

「だって、あなた様はあたしの恩人ですもの…」

と少女は言う、

「恩人?」

俺はますます混乱した。

「あんな娘を助けたっけか俺は?」

などと考えていると、

「さーさ、奥へどうぞ」

少女は俺の手を引くと店の奥の席へと導いていった。

「今日はあたしの奢りですので好きな物を注文してください」

そう言うと少女はメニューを俺の前に置くとスグに立ち去っていった。

俺は腰を落ち着けるとすぐに店内を見回した。

木の香りに包まれた店内は

どことなくクラッシックな雰囲気で

居心地は悪くはなかったが、

なぜか客は俺一人と言うところが一抹の不安を与えていた。

「なんだ?…

 あっ…そうか…
 
 ひょっとして彼女はあのウサギの飼い主なのかな?」

そう思いながらメニューを開けると、

「え?」

思わずそこに書いてある値段を見て目を見張った。

「うおぉぉぉぉ…安い!!」

そう、メニューに書かれてある値段は相場の半値とは行かなくても、

でも十分に魅力的な値段だった。

「はぁぁぁ…こんなに安いのかココは…」

俺はそう考えると呼び鈴を押した。

「お決まりになりましたでしょうか?」

水の入ったコップを持ちながらさっきの少女がやってくると、

「…あっあぁ…このAセットを…」

と俺はメニューを指さしながら彼女に注文した。

「はいっ畏まりました…」

少女は笑顔で注文を伝票に記入する。

それを見ながら

「ココって随分と安いんですねぇ…」

俺はコップに口を付けながら少女に言うと、

「えぇ…それがウチのモットーですから…

 でも、場所が悪いせいかお客さんがあまり来なくて…」

と言いながら少女は厨房の方へと歩いていった。

「…確かに…ココはちょっと奥だな…

 表通りに面した所なら客はもっと入るのになぁ」
 
などと思いながら流れてくるクラッシック音楽に耳を傾ける。



「やがて、おまちどおさまっ」

少女の声と共に俺の目の前に料理が並べられた。

「え?、うそ…こんなにあるの?

 注文間違いじゃぁないの?」
 
あまりにものの多さに俺が驚くと、

「いえ、これがAセットです」

「はぁぁぁぁぁ…」

俺は目を丸くしながら料理を眺めていた。

「ではごゆっくり…」

そう言って少女が立ち去ると、

「んじゃ、頂くとするか」

俺は出された料理を食べ始めた。

「…おぉ、コレは旨いっ」

普段は小食の俺だが料理のあまりにものおいしさに

次々と料理を口に運んでいく、

程なくして

「ふぅ…喰った喰った…」

満腹になった腹を抱えながら満足していると、

「如何でしたでしょうか?」

少女がセットのコーヒーを持ってきて俺に感想を聞いた。

「あぁ、旨かったよ…」

コーヒーに口づけながら俺が言うと、

「ありがとうございます」

ニッコリと微笑みながら少女は頭を下げた。

一息ついてから俺はレジに行くと

「ごちそうさま」

と言って彼女の前に漱石を1枚置いた。

「え?、いえ…良いんですよ」

少女は驚くが、

「いやいや、これはあのウサギさんの餌代にでもしてくれ

 美味しい料理をありがとう」

俺はそう言い残すと店を出ようとした。

すると

「待ってください…それではコレをお持ちになってください」

少女はそう言いながら小さな包みを俺に手渡した。

「?」

俺は包みを見ると、

「そのかわり今日の月が出てくるまでの間…

 この包みは開けないでください。

 絶対にですよ」

そう言って少女がウインクすると。

「あっあぁ、判った…

 じゃぁ、これは記念に貰っていくね」
 
俺は包みを掲げると背広のポケットの中に押し込み店を後にした。



「よう、どうしたご機嫌だな」

職場に戻ってニコニコしている俺に同僚が訳を尋ねてきた。

「あぁ…実わな…」

俺が”うさぎ亭”のコトを教えると、

「なにぃ?、そんな安くて良い店があるのかっ」

と叫んだ。

「おっおいっ声が大きい…」

俺が慌てると、

「オホン!!」

課長が俺の方をジロリとにらみつけた。

「…後で店の場所を教えろっ」

小声で同僚は俺に言う、



定時が過ぎると案の定

職場は”うさぎ亭”の話題で持ちきりになった。

そのとき

「変ですねぇ…」

隅で聞いていた一人が声を上げた。

「変って?」

「私もあのビルには行きましたが、

 そのような店はありませんでしたが」

と首を傾げながら言う、

「そんな筈はない、ホラこうして…」

俺は背広から少女から貰った”うさぎ亭”のロゴが入った包みを取り出すと

机の上に置いた。

「あっホントだ、ちゃんと”うさぎ亭”ってロゴが入っている」

女子職員が包みを眺めるとそう言った。

「ねぇ…コレ開けていい?」

彼女が俺に言うと

「あぁ良いよ…」

俺は反射的にそう返事をすると、

スグに少女が言っていた警告を思い出した。

「あっちょっと待って…」

そう言ったが、

その時既に彼女は包みを開け中から出てきた箱を開こうとしていた。



「ねぇ…あの人ちゃんと言いつけ守っているかな」

”うさぎ亭”のカウンターで少女が厨房に向かって声を掛けた。

「さぁなっ」

厨房から返事が変えてくると、

「あの人のお陰であたしケガをせずに済んだから…」

と少女は言うと

ポン!!

少女は一匹のウサギに変身した。

『…ねぇパパ…

 あの包み…
 
 月が出る前に開けるとどうなるの?』

「うん…もしも開けちゃったら…

 ……そう、ウサギさんになっちゃうんだよ」

『え?…あたしみたいに?』

「いや、もっと別のウサギさんだよ

 さぁ、そろそろ店を閉めようか」

『はぁい』

その声と共に”うさぎ亭”は七色の光に包まれると、

フッ

っとその場から姿を消した。

『ねぇ、今度は何処にお店を出すの?』

「そうだなぁ…」



パァァァァァァァァっ!!!!

女子職員が包みから出てきた箱を開けた途端

俺の職場は閃光に包まれた。

「なっなんだぁ〜っ」

俺の叫び声を残して。



やがてゆっくりと光が消え、

瞑っていた目を開けると

「!!!!」

俺は息をのんだ。

と同時に

「なっなんだこりゃぁ〜っ」

女性の甲高い声が職場に響く、

そう、俺の目の前には豊満な肉体を妖しげな網タイツと深紅のバニースーツに包み、

頭には2本に耳をピンと立てたバニーガールが叫び声をあげていた。

「なっ」

俺は目を見張っていると、

職場のあちらこちらから同じような女性の悲鳴が上がる。

すると、出るわ出るわ次々と様々な色のバニースーツを身につけたバニー達が

飛び上がってきた。

「いやぁ何これぇ〜っ」

そうあの箱を開けた彼女もやはり姿形はバニーと化し、

唇に塗られたルージュが妖しさを引き立てていた。


ヒヤッ

突然寒気が俺の身体を突き抜け

と当時にサラ…とした髪の感触が俺の肩をなでた。

「まさか…」

恐る恐る視線を下に向けると、

視界に入ってきたのは大きく膨らんだ2つの胸の膨らみと、

胸から下をキュッと締め付ける金色のバニースーツ

そして、美しい曲線を描く脚を包み込む網タイツが飛び込んできた。

「なんじゃこりゃぁ!!」

俺は女の声で大声を上げながら立ち上がったものの、

靴がハイヒールに替わった為に

たちまちバランスを崩すとそのまま前のめりになって倒れ込んだ。



「まったく、最近の若いのは根性がない…」

そう課長はただ一人、

大混乱になった職場を後目に黙々と仕事を進めていた。

無論彼の姿も妖しい光を放つ漆黒のバニースーツに

身を包んでいたのは言うまでもない。



「よしっ、コレで終わり」

課長はプリントアウトされた報告書の確認欄にキスマークをつけると

「おぉーい、これから飲みに行くぞっ

 今日は忘年会だろう」
 
と言うといそいそと燕尾服の上着を羽織ると

ヒールの音を鳴らせながら先に出ていった。



『あの人ちゃんと、あたしの言いつけ守ってくれたかなぁ』

「さぁ、一気にワープをするぞ」

『うん…』



おわり