風祭文庫・乙女変身の館






「バニーガール」
(第3話:快速電車)



作・風祭玲


Vol.144





「只今、先行列車に急病人が出たために

 この列車は当駅でしばらく停車します」
 
車掌のこの放送が流れると車内のあちらこちらから

ふっ…

ため息が漏れた。

「ちっ、ったくぅ…

 なんだよ…

 この急いでいるときにぃ…」

俺は舌打ちをすると、

じっと腕時計を眺めていた。



そう今日だ…

今日開発に8年以上を掛けて作り上げたウサギのロボットの発表会が大阪である。

イヌのロボットは某メーカーに先を越されたものの、

私が陣頭指揮をとって開発したこのウサギロボット・aikoは、

災害時に威力を発揮できるように10万馬力の原子力エンジンを搭載し、

そして、それをコントロールするシステムの中枢には

新開発の”良心回路”を埋め込み、

さらには愛嬌たっぷりに喜怒哀楽を表現することができる。

まさに”aiko”は気は優しくて力持ちのスーパーロボットなのだ。

それだけでも、十分に世間の注目を浴びることができるのに、

こともあろうか、ウチの社長の鶴の一声で

”aiko”をイヌのロボットの半額で売り出す。

などと宣言してくれたたために、

さらに世間の注目を浴びる事になってしまっていた。



それ故にこの発表会は絶対に失敗するわけには行かないのだが、

どういうわけかこの出張はトラブル続きだった。

大阪で行われる説明会の準備のために、

本来なら数日前から大阪に入って準備していなければならないのに、

直前になって”aiko”の良心回路にバグが発見された為の修正や、

せっかく乗った新幹線が大雨で東京に引き返したりと、

まさに踏んだり蹴ったり…

結果、発表会当日

そう今日の朝一の”のぞみ”で大阪に向かう事になってしまったのだが、

事もあろうか、

今度は私が目覚まし時計をセットし忘れると言うヘマをしでかしてしまった。

全く神様という奴はそこまでして俺を虐めるのか、

と思わず天を呪ってしまった。

とにもかくにも、まだ遅刻と決まったわけではないので

ギリギリの電車に飛び乗る事が出来たのだが…



「えぇっと、資料のアレとアレは持ったな、

 あっ、アレは会社の机に置きっぱなしか…
 
 仕方がない、ファイルをメールで送って貰って向こうで打ち出すか…」
 
などと今日の事を考えながら電車の出発を待っていたが

電車はなかなか発車する気配はなく

相変わらず3分おきに車掌の同じ放送が流れていた。

「おいおい、そろそろ出してくれないとヤバイぞ…」

時計の針がイエローゾーンにさしかかったのを見た俺は、

車掌に状況を確認しようと座席から腰を浮かせたとき、

「大変お待たせしました、間もなく発車します」

と言うアナウンスが流れた。

「……なんだ、もぅ出るのか…」

そう思いながら再び座り直したが、

いくら待っても電車は発車する様子はない。

「おいおい、スグに出るんじゃないのか?」

イライラの頂点に達したとき、

「申し訳ございません、

 先に快速列車を通します。

 東京方面にお急ぎの方は4番線に参ります快速列車にお乗り換え下さい」

と言うアナウンスが流れた。

「快速列車?

 この時間にそんなのがあったのか」
 
俺は地獄の底で救世主に巡り会えた喜びを感じながらスグに席を立った。

やがてホームに

ヒューン

と言う動作音と共にステンレスに緑色のガラスが入った電車が入ってきた。

ピンポーン

と言う音と共にドアが開くと

ザザザザ…

ホームで待っていた乗客は一斉に電車に乗り込はじめた。

俺も一緒になって電車に乗ると唯一開いていた座席に座った。

「ふぅ、ようやく運が向いてきたな…」

そう思いながら腰掛けると

ツーン

と”おろしたての臭い”が鼻を突く、

「新車か?」

妻面をチラリと見ると今年の年号が入ったプレートが張り付けてあった。

シュォォォォォン…

ほぼ満員の乗客を乗せた電車は軽快に発車していく、

「良かった、これなら余裕だぞ」

東京到着の予定時刻を聞いた俺は時計を見て安心すると、

ドア上の電光掲示板の文字を見ながら

ふっと眠りに落ちてしまった。

『そこには、快速・東京 rabbit for TOKYO』

の文字が表示されていた。



タタンタタン…

電車は軽快に走っていく…

どれくらいしてからだろうか?

モゾモゾ…

身体が急にくすぐったくなってきた。

『なんだ?』

そう思いながらも目を閉じていると、

それは徐々に全身へと広がり始めた。

『やっヤメロっ、くすぐったい…』

俺は寝ながら小刻みに身体を捻ったが、

ズボンが突然ピチッと張り付くと、

スースーと風通しが良くなり始めた。

『なに?』

突然のことに思わず目を開けようとしたが、

ギシッ

身体が急に金縛りにあって身動き一つ出来なくなった。

『なんだ、どうした!!』

パニックになっている俺をよそ目に身体が変化し始めた。

キュン

乳首が急に敏感になると

ムク…ムク…

胸が膨らみはじめる感触が走った。

『え?』

さらに、体のサイズが小さくなっているのか、

シャツがだぶついてくると、

ククク…

今度はシャツが小さくなり、ズボン同様ピッチリと身体に張り付いた。

それだけではなく、

張り付いたシャツから袖が消え、さらに肩が露出すると、

グィ

っと膨らんだ胸を強調するように締め上げ始めた。

「いやっなにこれ…」

「わっなんだぁ!!」

車内が徐々に騒然としてきた。

『おっおれは一体、どうなっているんだ』

自分の変化に戸惑っている俺は周りのことなど考える余裕はなく

なんとか声を上げようとしたけど口が動かず

「うう…」

と唸るだけだった。

さらに、変化は続き、

グッ

股間が締め上げられ

さらに履いていた靴が小さくなると、

靴の踵が伸び始め、足を下から押し上げ始めた。

短く決めてきた髪が見る見る伸びて肩まで掛かると、

ニュッ

頭で何かが伸び始めた。

『なっなんだ…』

目を開けることが出来ない俺は焦った。

何かが唇に塗られていく…

やがて、

『たいへん長らくお待たせしました、

 間もなく終点の東京です。
 
 どなた様もお忘れ物のないようにお願いいたします」

と言う放送が入った途端、

ハッ

俺は目を開けることが出来た。

そして、車内の様子に思わす驚きの声を上げた。

そう、俺の周りは網タイツに

妖しげな光沢を放つ黒のバニースーツ、

そしてスーツと同じ色合いの耳を頭につけた、

バニーガール達で車内は埋まっていた。

「なっ、なんだこりゃぁ!!」

俺が唖然としていると、

同じように”信じられない”

と言う表情の乗客を乗せて電車は東京駅に滑り込んでいく…



「あちゃっ…また字幕の文字を間違えたか…」

車内がバニーで埋まっている電車を見た駅員は

そう言いながら車体側面の方向幕を眺めた。

そこには「快速 東 京」と言う文字と

「rabbit for TOKYO」

と言う文字が交互に表示されていた。

「全く、快速は”rapid”だと言うのに

 またデータを間違えたな…」

そう呟くと、

電車の行き先表示を”回送”へと切り替え、

折り返し準備を始めだした。

そして、

ヒュゥゥゥ…

その電車を見下ろすビルの上では

「博士ぇ?」

ウサミミを抑えながらバニーガールが、

彼女の前でバズーガ砲を思わせる機械を構えたままの初老の男性、

そう、あの成行卯之助に声をかけると、

「うむ…

 どうじゃ?
 
 バニー1号よ、
 
 ゴールデンバニーになったヤツはおるか?」

と卯之助はスコープから目を離さずにバニーガールに聞き返す。

「そうですねぇ…

 残念ながらゴールデンバニーは居ないみたいです」

双眼鏡を目に当てバニー1号がそう返事をすると、

「そうか、

 ならば仕方がない、
 
 バニー1号よ、
 
 次の場所へ向かうぞ」

卯之助は声を上げた。

その頃、

「ふっふっふっ

 で、どうすりゃぁいいんだ俺は…」

金色のバニースーツを身に纏ったバニーガールになってしまった俺は

1人、新幹線の指定券を握りしめたまま電車の座席に座っていた。



おわり