風祭文庫・乙女変身の館






「お肌の悩み」


作・風祭玲


Vol.791





元日

大勢の参拝者で賑わった境内も夜が明ける頃には人気が消え、

つかの間の静けさを取り戻したころ、

ザザッ

ザザッ

玉砂利を踏みしめる音が響き渡ると、

南東の空を焦がしはじめた日の光を背にして

ビシッ

紋付き袴姿の少年が神妙な面持ちで歩いていた。

そして、徐に本殿の前に立つと、

ガランガラン!

鈴の音を響かせ、

パンパン!

2礼した後、柏手を打つ。

彼のその行為とほぼ同時に雲間より

その年の初めての陽が差し込んでくると、

朝の光を一身に浴びながら、

「・・・・・・・・・」

彼は願い事を唱えた。

そして、願い事を唱えて1礼した後に、

彼は本殿に背を向けると、

「はぁ…

 こんなことで病気が治ればいいんだけど…」

と肩を落としつつそう呟く、

河東礼治、高校2年生。

レスリング部に所属する17歳の彼は

とある病魔と血で血を洗う抗争のまっただ中であり、

そんな彼の身体を蝕んでいる病魔の正体は”水虫”であった。



一口に”水虫”と言ってバカにしてはいけない。

水虫と言えば脚の指先等に巣くうのが普通であるが、

しかし、レスリングや柔道と言った格闘技系の選手の間では

頭や首筋に出来るたちの悪い水虫が流行っているのである。

そんな悪質な水虫に礼治は感染してしまっていたのであった。

感染経路は不明だが、

おそらくは試合などで対戦した相手からであろう。

最初は髪の生え際に出来た小さく赤い発疹程度であったが、

次第に大きさを拡大し、

気がつけばこめかみ横や、首筋、頭の中とその勢力を拡大し、

不衛生である上に、

見た目も悪く、

異性はもちろん、

社会に出るときにプラスになるとは全く思えないのであった。

特に礼治は常に美肌に気を遣い、

練習などで手ぬぐいで顔の汗を脂を必ず縫う仕草に

ギャラリーの女子達からは某ハンカチ王子ならぬ”手ぬぐい殿下”と呼ばれ、

その言葉が礼治のニックネームとなっていた。

しかし、礼治のその気遣いと治療にもかかわらず、

彼の肌に巣くう水虫は一向に減らず、

それどころかわずかずつではあるが確実に勢力を拡大をしているのである。



「はぁ

 もうちょっと早く気がつけば良かったなぁ…」

短く刈り上げた頭を掻きながら礼治は反省のセリフを呟くが、

しかし、後悔しても感染してしまったモノはどうにもならないのである。

「まぁ神頼みはあくまで気休め

 とにかく、根気よく治していくしかないか」

パンパン

とフケが舞い落ちた胸元を叩きながら彼は言うと、

「何処かに言い医者は居ないのかなぁ」

と大きく背伸びをしながら、

この症状を改善できる知識を持った医者のことを呟いた。

すると、

『医者を捜しているの?』

と女性の声が響き渡った。

「え?」

その声に礼治は振り返ると、

『謹賀新年…』

朝風に白銀の髪を靡かせて、

白い異国風の服を着た女性がさっき礼治が初詣をしたばかりの本殿の階段に座り

青く澄み切った碧眼で彼を見つめていた。

「うそっ

 いつの間に?」

キツネにバカされているのかと思いながら礼治は女性を見ると、

『残念。

 あたしはこの社に住まうキツネではないわ、

 もっとも、そんなに遠い存在でもないけどね』

人間とは明らかに違う気配を放ちながら女性は言い、

『おいで、坊や』

と礼治に手招きをする。

「なっなんだよっ

 俺に向かって坊やだとぉ」

彼女が言ったその言葉に礼治はカチンと来ると、

『この世に生を受けて高々10数年程度で粋がるんじゃないよ、

 坊やで十分よ』

ツンと横を向いて女性は言い返した。

「ちっ、

 気に入らない奴だな」

そんな女性の姿に礼治は文句を言いつつも、

女性のそばへと近づいていった。

すると、

ジロッ

女性は礼治を頭の上から足の先まで見据え、

そして、

『ふぅーん、

 それなりに清潔にしているみたいね、

 神社に詣でる際の心構えは出来ているみたいね。

 なるほど、病巣は頭の3カ所と首の1カ所、

 そして、右脇の下ってことかな』

と礼治の身体に出来ている病巣の位置を言い当てる。

「なっ何で判るんだ」

そのことに礼治は驚き尋ねると、

スッ

女性は一枚の名刺を差し出し、

『国道脇に業屋ってディスカウントストア、

 知っているでしょう。

 これを持ってそこのドラッグストアに行くと良いわ』

と告げた。

「業屋?

 あぁ、なんかヘンなモノがいっぱいあるあの店か

 なんだよ、
 
 そこに行けば特効薬でもあるのかよ」

怪訝そうに名刺を見た後、

皮肉を言いつつ礼治は再び女性を見ようとしたが、

「あっあれ?」

ついさっきまで礼治の前に座っていた女性の姿はなく、

人気のない本殿の階段が朝日に浴びているだけだった。



「なにかの悪戯かぁ?」

女性と会ったコトを実証する証拠である名刺を持って、

礼治は国道沿いを進んでいくと、

元日にもかかわらず店を開けている業屋が目に入ってきた。

「はぁ、

 正月からご苦労なこった」

半ば感心しながら礼治は業屋にはいると、

「いらっしゃませぇ」

アルバイト店員からの声が響く、

そして、ウルトラ濃縮陳列と陰口をたたかれている商品の山をかき分けて店の奥へと行くと

女性店員が暇そうにしているドラッグストアが姿を見せた。

「ここかぁ?」

店員を見ながら礼治は、

「あのぅ…」

と声をかけると、

『え?

 あ〜らっ、いらっしゃいませぇ!

 ご用は何でしょうかぁ?

 胃のもたれですかぁ?

 それとも頭痛ですかぁ?

 突発性狐化症などに効く獣化病の薬もありますわよぉ』

半分寝ていた店員は飛び起きるなり、

慌てて笑みを作り用件を尋ねた。

「いや、別に狐になる病気には罹っていないけど…

 これを…」

困惑気味に礼治は女性から渡された名刺を店員に見せると、

『あら、白蛇堂の紹介?

 めずらしいわね。

 ふ〜ん…』

店員は名刺を見つめながら暫く考えると、

『はい、これね』

と徐に箱を一つ取り出し礼治の前に置いた。

「え?

 あのぅ…

 僕はまだなにも言っていませんけど」

症状を聞くことなく店員が薬を取り出して見せたことに礼治は驚くと、

『これにちゃんと書いてあるわよ』

と店員は名刺をヒラリと見せた。

「書いてあるって…

 言われても、
 
 何も書いてありませんでしたが…」

狐に抓まれたような気持ちで礼治は箱を受け取ると、

『一日一回必ず飲むのよぉ

 でもそれ以上飲むと副作用が出るから

 一日一回は絶対に守ること』

と水下のネームプレートを付ける店員は礼治に釘を刺した。



翌朝

「うわぁぁぁ

 プルンプルンだぁ」

業屋で買った薬の効果が早速出て、

水虫に犯され腫れた肌の炎症部分は大きく引き、

さらにニキビによる痘痕までも消えていることに礼治は驚き、

思わず飛び上がって喜んでしまった。

そして、

「一錠飲んだだけで、

 こんなに肌が綺麗になっただなんて…」

と劇的とも言えるその効果に礼治はただただ驚くが、

だが、

「あっでも待てよ。

 副作用ってなんだろう。

 それにもう一錠飲んだらどうなるんだろう」

と言う疑念が心の中よりわき上がってくると、

「なぁに副作用なんて大したことがないだろう、

 一気にカタを付けてしまおう」

と自分を納得させると、

ゴクリ

ゴクリ

さらに5錠飲んでしまった。

すると、数分もしないうちに礼治の肌から水虫の痕跡は完全に消え、

さらに肌はプルンプルンを通り越してツルツルとなり、

ついにはつきたての餅を思わせる柔軟性を見せ始めてきた。

「うっ

 ちょ、ちょっとこれはヤバイか…」

触っただけでフニョッっとしてくる自分の肌に礼治は冷や汗を掻くと、

ムズッ

ムズムズ…

体中の肌がムズ痒くなってきた。

「うっ、

 かっ痒い…」

全身を覆い尽くすかのようにその痒みが広がっていくと、

「うっうわぁぁぁぁ!!

 痒い
 
 痒い
 
 痒い
 
 誰か助けてぇ」

と叫びながら礼治は身体を掻きむしり、

ついには着ている物を全て脱いで掻き始めた。

すると、

ベリッ!

ついに右太もものところで肌が縦に引き裂けてしまうと、

メリメリメリメリ…

そこを起点にして礼治の肌は上下に向かって裂けはじめた。

「なにこれ?

 まさか副作用って奴?」

ナイフで切り裂かれたかのように引き裂けてしまった肌に礼治は驚くが、

しかし出血や痛みなどが一切無かったために

さらに慎重に皮を裂いてゆくと、

メリメリ

メリメリメリ

裂け目は礼治の太ももから身体を斜めに縦断し、

ついには左肩にまで達してしまうと、

背中側を上がってきた裂け目と合流し、

ついに彼の身体を2分割にしてしまった。

そして、

礼治はお腹の裂け目に手をかけて捲り上げ、

着ぐるみを脱ぐように引き上げていくと、

プルン!

胸からピンク色の乳首を頂いた色白の膨らみが姿を見せ、

ズルリッ!

上半身部分を脱ぎ捨てると、

中から出てきたのは色白の少女であった。

「ふぅ…

 あれ、やだぁ、

 なにこれぇ

 まるでオッパイじゃない…」

自分の胸に姿を見せた乳房に

少女は困惑しつつ細い腕で胸元を隠すが、

「あたし…

 あれ、

 あたし何をして居るんだっけ…、

 やだぁ、

 何でこんなのを着ているのかしら」

自分がしていることを忘れてしまうと、

男の肌が乗っている下半身を不潔そうに見つめる。

そして、

「んしょっ」

ズルッ!

残っていた下半身側の皮を脱ぎ捨てしまうと、

徐に立ち上がり、

「うーん、

 あぁ、何かサッパリしたわ、

 なんかこう、

 全てが生まれ変わったって感じね」

と言いながら少女は長く伸びた髪を背中に流しながら

股間を薄い飾り毛が覆う裸体を朝日に曝すと、

手を上に上げると大きく背を伸ばすポーズを取った。



『あらあら、

 処方箋を守れって言われたはずなのに…

 剥いちゃったモノは仕方がないわね、

 女の子の人生って言うのも良いものよっ』

そんな少女を見下ろしつつ、

白蛇堂はそう呟くと、

フッ

その姿を消したのであった。



おわり