風祭文庫・乙女変身の館






「亀の願い」


作・風祭玲


Vol.788





「はぁ…」

よく晴れ渡った冬の朝。

道端に長い影を落としながら、

僕は中学校へと向かう道をトボトボと歩いていた。

今日は2学期最後の日。

そう、終業式の日である。

僕が通う中学校では終業式の日に通知表と共に期末テストの答案用紙が返ってくるのだが

しかし、2学期の終業式は1学期や3学期とは少し勝手が違っている。

それは、クリスマスイブの翌日ってことである。



「何でクリスマスイブの翌日にこの日が巡ってくるのだろう」

靴先でアスファルトを蹴飛ばす仕草をしながらそう呟く僕の脳裏に

「期末テストで100点が3つと、

 通信簿で5が4つ以上あれば

 好きなものをなんでも買ってあげるわ

 それまでクリスマスプレゼントはお預けよ」

と言うママの言葉が響いてくる。

「…通信簿を貰う前日になってそんな事を言われてもなぁ、

 もぅどうすることも出来ないのに…」

ハッキリ言って僕に渡すプレゼントは無い。

そのことを遠まわしに言っていることぐらい僕にはわかる。

しかし、あげられない責任は僕にあるように言わないと肩身がせまいから

こんな無茶な事を言い出したに決まっている。

「はぁ…

 自分はちゃっかりネックレスか何か買っちゃっているのになぁ…

 結構高かったってパパが言っていたから、

 ひょっとしたら、

 僕のプレゼントのお金もそれに使ったんじゃぁ…」

失望が疑念を炊きつけ、

ぼくの心にママへの反感の気持ちが沸いてくるが、

ブンブン

直ぐにぼくはスグに頭を横に振ると、

「とにかく、

 まだ何も結果を知らないんだから、

 悪いことは考えないようにしよう」

と気持ちを切り替えて歩きはじめたとき、

ドカッ!

傍を通りかかったクルマが何かを弾き飛ばすと、

コーン!

コンコン!

それがぼくの足元に転がってきた。

「ん?

 なに?」

転がってきたそれを見ると、

なんと亀の甲羅だった。

「亀?

 いまどき?」

思いがけない亀の登場にぼくは驚くが、

だが、転がってきた亀はいつまで経っても動かず、

よくよく見てみると、

その首が無かった。

「あらら、

 さっき撥ねられたときに潰されたか」

首無しの亀の姿を見てぼくは手を合わせると、

そっと亡骸を拾い上げると、

近くの植え込みに埋葬して学校へと向かっていった。



そして、運命のときが来た。

ガーン…

通知表と共に渡された期末テストの結果に僕は自分の席に座り込むと、

「あーぁ、

 これで全部おじゃんか…」

せめてDSのソフトぐらい…と

ささやかに心に描いていたプレゼントの希望が

ママの笑い声と共に砕け散っていくのを実感していた。

「ようっ、

 椚っ、

 どうだった?」

そんなぼくの気持ちを知らないでか、

悪友の千葉が気安く声をかけてくるが、

「ダーメっ

 壊滅さ」

と自傷気味にぼくは返事をした。

「ダメって…

 結構いい点とって居るじゃないか、

 あっ数学、俺よりも上じゃないかよ」

ぼくが手にしている答案用紙をひったくるなり、

千葉がは悔しそうな顔をするが、

「だめだめ、

 うちの親、

 こんな点じゃプレゼントは無しだよ」

とぼくは言う。

「マジ?」

それを聞いた千葉は呆気に取られると、

「大人ってそういうものさ」

諦め半分にぼくは呟くと、

「うわぁぁ、

 杉田さん凄い…」

とクラス1秀才と言われる杉田光子を取り囲んではしゃぐ女子達を眺めた。

毎回テストの平均点は女子の方が高い。

ぶっちゃけた話、

男がバカで女の方が利口ってことなんだろうけど、

ふと、

「ぼくも女の子だったら…」

と思うときがある。

女の子だったら…

ひょっとしたらもぅ少し得点が高かったかも…

そう考えると、

なんで、男に生まれたんだろう。

と親を恨んでしまうが、

こればかりは文句を言っても始まるものでは無いことぐらい十分に判っている。

でも、

「はぁ…

 女の子だったらなぁ…」

ため息混じりについ漏らしてしまうと、

「ん?

 何か言ったか?」

ぼくの呟きが聞こえたのか千葉が聞き返してきた。

「え?

 いや別に…」

つい口走った呟きが彼に聞こえてしまったことに

ぼくは驚きながらも慌てて口をつぐんだとき、

【もし…】

誰かが呼びかける声が聞こえてきた。

【もし…

 もし…

 もし…

 あの、すみません…】

最初は空耳かと無視をしていたけど、

何度も呼びかけられるうちに、

「誰?」

ぼくは声に向かって返事をした。

すると、

フッ!

いきなりぼくの目の前に1円玉くらいの小さな光の玉が現れ、

【あの…】

と話しかけてきた。

「うわっ」

余りにも突拍子の無いことにぼくは悲鳴を上げると、

「あっ」

あわてて口をつぐみ周りを見た。

だが、

「あっあれ?」

ついさっきまで騒々しかった教室はシーンと静まり返り、

人気が無くなったその中にはぼく一人が椅子に座っているだけだった。

「あれ?

 みんなは?

 おーぃ」

無人の教室に呼びかけるぼくの声が響き渡ると、

【申し訳ありません、

 あなた様だけ抜き取らせていただきました】

そう光はぼくに向かって言う。

「なっなんでぇ?」

光の言葉に思わず聞き返すと、

『あたしが説明した方がいいみたいね』

その声と共に

フワッ

ぼくの目の前にいきなり白い服を身に纏い、

白銀色の髪を靡かせる女性が姿を見せた。

「なんだ、

 また変なのが来た」

この世の者とは思えない女性の登場にぼくは震え上がると、

『失礼ね、

 死神なんかじゃないわよ。

 時間が押しているから手短に言うけど、

 コイツね、

 きみが朝、拾いあげた亀よ。

 だけど、

 クルマに踏み潰されて頭が無くなってしまったために、

 どこに行ったらいいのか判らずにウロウロしてたのよ』

と言いながら女性は透き通るような碧眼でぼくを見た。

「はぁ…

 それで、ぼくにどうしろと…」

女性の言葉にぼくはそう返すと、

『うん、

 でね、

 いま、小耳に挟んだんだけど、

 君、女の子になりたいんだって?』

女性は身を乗り出して尋ねてきた。

「え?

 聞こえていたんですか?」

素性は誰であれ、

女性の口からこの事を尋ねられたぼくは思わず顔を赤らめると、

『君の事情はどうでもいいわ、

 女の子になりたいんでしょう?

 じゃぁさっ、

 君が持っている亀をこのあわれな亀に譲ってあげてくれない?

 どうせ要らないんでしょう?』

と女性は僕に言う。

「え?

 ぼくの亀って、

 亀なんか持って居ないけど」

その言葉にぼくはキョトンとすると、

『あぁもぅ…

 細かいことはいいわ、

 女の子になりたいのか。

 なりたくないのか。

 この質問に答えて』

じれったそうに頭を掻きながら女性は質問をすると、

「え?

 あの…

 その…

 なれるものなたなりたいです」

少しドギマギしながらぼくは答えた。

『ハッキリと言いなさい。

 つまり女の子になりたい。

 と言う訳ね』

「はっはいっ」

語気を強めながら女性はそう糺すと、

反射的にぼくは返事をした。

『ならばよろしい』

ぼくの返事を聞いた女性はゆっくりと腕を上げ、

『じゃぁ、

 君の亀をこっちの亀に譲るわよ、

 そうれっ!』

と念を押した後、

掛け声と共に

その腕を一気に振り下ろした。

すると、

スッ!

いきなりぼくの股間が軽くなると、

【あっ、

 頭が、

 頭が戻った】

と光は嬉しそうに声を上げ、

そして、

【ありがとうございます。

 これで天国に逝くことが出来ます。

 ご恩は忘れません】

ぼくに向かって感謝しながら

スーッ

その姿を消して行った。

すると、

ジワジワジワ…

今度はぼくの身体が変化し始め、

胸がムス痒くなると、

プクッ!

と小さく膨らみ、

さらに、

腕が細くなると、

足と足の膝が寄っていく、

そして、

モコモコモコ!!

っと着ていた制服が女子の制服に変わると、

ブワッ!

いきなりぼくは喧騒の中へと放り出されてしまった。



「え?

 あっあれ?」

喧騒に包まれたぼくは思わずキョロキョロしながら立ち上がると、

「どうした、

 椚っ

 何か問題はあるか?」

と担任の西脇が話しかけてきた。

「え?

 あれ?

 ぼく…

 なにを…」

スースーするスカートを押さえながらぼくは困惑していると、

「ちょっとぉ、

 祐美ぃ

 どうしちゃったのよ、

 もう浮かれているの?」

と素行が悪くいつも先生から注意されている

中島つぐみが笑いながら話しかけると、

「うっうるさいっ」

甲高い声を上げながらぼくは怒鳴り返した。

「突然どうしたんだよ、

 仲間割れか?」

そんなぼくに向かって千葉が茶化した。

「仲間って…」

彼のその言葉にぼくは慌てながら制服を触ると、

丁度ポケットに鏡が入っていた。

そして鏡で自分の顔を見た途端

「いっ、

 こっこれがぼくぅ?」

お人形さんのような女の子ではなく、

女らしさのカケラも無い色黒な顔に思わず気が遠くなってしまった。



どうやら、女の子になったぼくは、

最初から女の子として成長してきた事になっているらしい。

しかも、男勝りの乱暴な女の子として…

さらに、頭のほうも男の子の頃よりもさらに成績が悪く、

「まったく、こんな成績で嫁にちゃんといけるのか」

と2学期の成績を見たパパがぼやくと、

「さっ、夕ご飯の支度をしましょう、

 祐美っ

 手伝うのよ、

 ご飯ぐらい作れるようにならないとね」

そういい残してキッチンへと向かっていった。

頭が悪く素行の悪い娘に渡すプレゼントはないらしい…

はぁ、折角女の子になったのに。

なんで、こんな目に遭わないといけないんだろう…

こんなことなら男の子に戻して欲しいよ。

ねぇ、お願いだからぼくの亀を返してくれぇ!!


ところで、亀って一体何だったんだろう?


おわり