風祭文庫・乙女変身の館






「押しボタン」


作・風祭玲


Vol.738





ギシッ

ギィーッ

ギシッ

ギィーッ

軋む音を立てながら

人間界にほど近い亜空間の海を一隻の千石船がゆっくりと進んでいく。

ギシッ

ギィーッ

ギシッ

ギィーッ

大きく帆をはらみ、

大海原を突き進んでいく船の上は、

様々な荷物であふれかえり、

その荷物の中を

ピョン!

ピョン!

一つの人影が飛び回っていた。

とその時、

バサァッ

バタバタ…

水面の上を一陣の風が吹き抜けると、

バッ!

その風を受け千石船の帆が一段と大きく膨らむ

『!!っ

 おんやぁ?

 風向きが変わりましたかな?』

帆の動きに気づいたのか、

大黒帳を片手にした老人は

禿げ上がった頭を大きく動かすと、

バタバタバタ…

返事をするかのように帆は大きくはためいた。

『ふぅむ、

 北・北・西の風、

 風力は…まぁ中の上って言ったところでしょうか』

指先にツバをつけて風向と風力を計りながら、

中肉中背、紫がかったチャンチャンコを羽織る老人はそう呟くと、

ジャッ!

懐よりソロバンを取り出し、

パチパチパチ

すぐさまその珠を弾き始める。

そして、

『進路には問題はありませんな、

 航海は概ね順調っと、

 えぇっと…

 黒蛇堂殿の所への到着時刻は…

 あぁ、ちょっと早まりますな…』

ソロバンを弾きながら老人はそう言うと、

『では、到着までお茶にしますか、

 だいぶ暑くなりましたし…

 ホッホッホ

 ゴーヤ味のかき氷にいたしますか』

老人はソロバンを仕舞い、甲板下の船室へと向かおうとしたその時、

ゴワッ!

船を進ませる風が大きく渦を巻いた。

その途端、

『うわっ!』

千石船を大きく揺れ、

思わず足を取られた老人は甲板を滑ると、

海の放り出されまいと動かない荷物に必死にしがみついた。

だが、その弾みで一つの荷物が甲板から放り出されると、

ドボーン!

亜空間の海へと落ちてしまった。

『しまったぁ!

 荷物がぁ』

見る見る波間に消えていく荷物の姿に老人は声を上げるが、

シュワァァァ!!!

落ちた荷物は七色の光を放ち消えていくと、

キラッ!

一筋の流星となって緑の郷…いや、人間界へと落ちていったのであった。



ギュゥゥゥン…

大気圏突入と共に油紙とマニア麻で厳重に梱包されている荷物はたちまち白熱化すると、

ブチッ!

瞬く間に紐が切れ、

油紙が燃え尽きると

いくつにも細かく砕け

その中でも最も大きな物体が夜明けを迎えていた日本列島へと向かっていった。

「オース!」

「おはよぅ」

その日の朝。

青く光る海を背景に伸びる通学路には登校する生徒達で賑わっていた。

その通学路に

ブーッ!

ブーッ!

とブザーの音が鳴り響く。

「お前、押してみろよ」

「えーっ」

「子供のおもちゃだろう?」

「馬鹿なことをやってないで早く行こうぜ」

ブザーの音の合間に男子生徒達のそのような会話が飛び交い、

そして、

「あぁ、そうだな…」

と言う声と共に、

カンッ!

ピンクと白のツートンカラーに塗り分けられた円形の物体が放り投げられると、

乾いた音を立てながら道路の上を転がっていく。

すると、

「あーぁ、道路に物を放り投げてはいけないじゃないか」

通りがかった気弱そうな男子生徒が小声で注意をすると、

「ん?

 あぁクラス委員のM迫じゃないか」

「そこにいたの?」

「それ、気になるなら片付けといて」

と注意されたはずの男子生徒達は

逆に指示をするとさっさと去って行ってしまった。

「仕方がないなぁ…」

男子生徒は彼らを追いかけることなく、

ため息をつきながら道に転がりキラリと光る物体を拾おうとしたとき、

スッ

女子生徒の足が物体の側に立つと、

「何をしているのよっ、M迫君!」

と不機嫌気味に声を掛けた。

「え?

 あぁ、A藤さん。

 このままにしておいたら危ないからね」

物体に手を掛けながら男子生徒はそう返事をすると、

「あなた男でしょう?

 もっとシャキッとして注意をしなさいよ」

と女子生徒はまくし立てるが、

「朝から大声を出さないでよ」

すっかり受け側に回ってしまった男子生徒は耳を塞ぎながら言い返した。

「…まったく…覇気がないんだから」

そんな男子生徒の姿に女子生徒はあきれ顔になり、

そして、

「で、それってなんなの?」

と男子生徒の手の中にある物体を指す。

「さぁ?

 何かのブザーみたいだけど」

そう答えながら男子生徒は女子生徒に手渡すと、

「あら?

 なんのボタンかしら…」

コードも何もつながっていない物体の真ん中より

突き出ているボタンに気づくと、

カチッ!

っと押してみた。

すると、

「ブーッ!」

一際高くブザー音が鳴り響くだけで何の変化もなかった。

「ブザー?

 痴漢防止用?」

幾度も押してもブザー音を鳴り響かせる物体を怪訝そうな目で見つめた後、

女子生徒は男子生徒に手渡す。

そして、物体を受け取った男子生徒が何気なくボタンを押した時、

パァァァ!

いきなり物体は七色に光り輝くと、

『ピンポーン!!』

と澄んだ音色を響かせた。

「え?」

予想もしなかったその音色に男子生徒はともかく、

女子生徒までもキョトンとすると、

『オメデトウ ゴザイマス。

 アナタ ハ デンセツノセンシ トシテ

 ニンテイ サレマシタ。

 コノ ニジノソノ ハ

 ヤミノチカラ ノ キョウイ ニ サラサレテイマス。

 サァ デンセツノセンシ ニ ヘンシン シテ

 ニジノソノ ヲ マモッテクダサイ』

七色に輝く物体が告げるなり、

シュタッ!

男子生徒には赤色の携帯らしきモノが、

一方、女子生徒には青色の携帯らしきモノが握らされ、

そして、

ハシッ!

無意識に二人は手を繋ぐと、

「デュアル・オーロラ…!!」

とかけ声をかけたのであった。

その次の瞬間。

二人は異次元に強引に取り込まれてしまうと、

自分の着ていた制服が

パパパッ!

弾け飛ぶかのように変わり、

さらにヘアスタイル諸々も同時に変わっていく。

そして、全てが終わると、

ドォォン!!

二人は通常空間へと戻ってきたのであった。

「………

 えっと、何かココで口上を言わなきゃいけないみたいだけど…

 なんて言ったらいいのかな…」

黒いコスチュームに身を包んだ元・女子生徒が困惑していると、

「うわぁぁぁぁ!!!」

その隣で悲鳴が上がる。

「どうしたの…

 えぇ?」

その悲鳴に元・女子生徒が振り返ると、

長く伸びた髪にハートの髪留め、

そして白いコスチュームを着た元・男子生徒が

フリヒラのスカートを押さえながら、

「おっおっおっ

 女の子になっているぅぅ」

と泣き出しそうな声を上げ座り込んでしまった。

「なんで

 なんで、こんなことに…」

青く輝く海を望む小高い丘の上に立つ学校の前、

美少女戦士に変身してしまった男子生徒と女子生徒の未来に幸アレ。



ギィ…

ギィ…

一方、亜空間を行く千石船。

『ふむ、

 どうやら落ちてしまった荷物は

 前任のあの男が発注をしたモノのようですな。

 ほぉ”なりきり変身セット”ですか。

 このようなものが売れるとは思えませんなぁ…』

注文書を眺めつつ、

和服姿の老人はそう呟くと、

かき氷をほおばっていた。



おわり