風祭文庫・乙女変身の館






「チャイナドレス」


作・風祭玲


Vol.701





『ほぅ…

 お前が店を持つとはどういう気まぐれだ?』

旧正月を間近に控えた中華街の一角。

内装材の匂いが微かに立ちこめる店内を興味深そうに眺めながら

コツリ

コツリ

長い顎をさすり、

鍛え上げた肉体を黒のスーツに押し込め、

髪を七三にピシッと分けた大男が歩いていく。

『別に良いでしょう?

 あたしが何をしても…』

その男の背後で白銀の地に金色と水色の刺繍が施された

チャイナドレスを身に纏った白蛇堂がむくれながら言い返すと、

『ふむっ

 どういう気まぐれなのか、

 店を持つことにあれだけ反対をしていたのにな、

 まっお前がこうして店を持つことには反対はしない。

 むしろ喜ぶべきかな』

店内をぐるりと見回しながら男は感心する。

『あら、

 言っておきますが

 あたしはこの店に居座る気はないわ…

 この店はあたしがこの世界で動くための活動の拠点、

 ふふっ

 普段は別の店員が管理するコトにするつもり…』

男の言葉に白蛇堂は普段ココには居ないことを告げた。

『ん?

 人間を雇うつもりか?

 そんなことをしたら我々のことが判ってしまうぞ、

 わたしだって展開している店の店長などは”人形”に任せ、

 人間は極力触れさせないようにしているのだぞ』

白蛇堂のその説明に男は驚きながら聞き返すと、

『それはこの店も同じよ』

白蛇堂はそう返事をするなり、

シャッ!

っとカーテンを引いた。

すると、

ザワザワ…

開かれたカーテンの向こうには

大勢の人たちでにぎわう街の姿が映し出され、

それを背景にして白蛇堂が立つと、

「わたしに秘策があります。

 ご心配には及びませんわ、

 お兄様。

 ふふ…」

と含みのある笑みを浮かべた。



ザワザワ

ザワザワ

それからしばらく経ち、

小林浩美は旧正月を迎えた中華街を歩いていた。

「すごいなぁ…」

旧正月を祝って何処の店も飾り立てられ、

さらに押し寄せてくる見物人も相まって

街は押すな押すなの活況の中、

浩美は1人で歩いてゆく、

そして、そんな浩美の目に

チャイナドレスを身につけた女性が飛び込むと、

「あっチャイナドレス…」

の声を上げるのと同時に浩美の足が止まった。

「はぁ、いいなぁ…」

笑みを振りまきながら歩いてゆく女性を、

羨ましそうな視線で見送っていくと、

ギュッ

浩美は開いていた手を改めて握りしめ、

再び歩き始める。

浩美がこの街に来たのは旧正月の見物をするのではなく、

別の目的があった。

それは…



「えーと、

 確かこの辺に…」

ごそごそとプリントアウトをした地図を取り出し、

浩美は自分の居場所と目的の場所とを確認をし始める、

そして、

「あっ、この先の角を曲がるのか…」

目的の場所の確認を終えた浩美は地図を畳むと、

再び歩き始めた。

浩美の家は高校生の浩美と大学生の姉、

そして、両親の一家4人のごくありふれた家庭であったが、

大学に通う姉がモデルのバイトをするようになると、

姉がバイト先で使う様々なドレスを家に持ち込むようになり、

高校生の浩美もそれらを見て触れていくウチに、

ドレスを着てみたい要求が自然と湧くようになってしまった。

だが、ドレスを自由に着ることが出来る女性ではなく、

ごく普通の男子高校生であるが故に

大っぴらにはドレスを着ることには出来ず、

悶々とした日々を過ごしていたのであった。

そんな日々を送るうちに浩美はドレスの中でも

特にチャイナドレスに興味を示すようになってしまい、

いつかはこのドレスを着てみたい。

チャイナドレス姿になってみたい…

と言う願望を持ってしまったのであった。



そんな浩美に一つの朗報が飛び込んできた。

この中華街にチャイナドレスを格安で作ってくれるお店がある。

という話をインターネットの会議室で聞きつけ、

直ぐに飛び出してきてしまったのであった。

「本当にあるのかな?

 チャイナドレスを作ってくれるお店なんて」

半信半疑に浩美は角を曲がり、

そのまま歩いていくと、

そのお店はあまり人の通りの多くないところで店を開けていた。

「あった…」

『あなたにぴったりのドレスを』

会議室の情報通りの看板を見ながら浩美は胸を高鳴らせると、

そのショーウィンドウには綺麗なチャイナドレスが飾ってあった。

「こっここだな…」

高鳴る胸を抑えながら、

浩美は店に入っていって行くと、

『いらっしゃいませ。

 ドレスですか』

と店員の声が響き、

1人の女性店員が姿を見せた。

「あっはい…」

その声に浩美は返事をすると、

「あの…

 男の私が合うチャイナドレスが欲しいのですが、

 そんなのはないですよね」
 
と早速、浩実は店員に尋ねる。

「え?

 あぁ、男性の方ですか?」

浩美の言葉に店員は驚くが、

確かに浩美は普段から女の子に間違われるような顔つきをしていた。

すると、

『いらっしゃい。

 ようこそ、白蛇堂へ…』

の声と共に店の奥から白いチャイナドレスを着た女性が出て来ると、

店員と替わる様に浩実の前に立つ。

「うわっ

 すごい…」

女性を見ながら浩美は声を詰まらせていると、

『わたしはこの店の主の白蛇堂…

 きみ?

 君が着られるチャイナドレスを探しているの』

と白蛇堂は浩美に尋ねた。

「はっはい」

緊張からか喉を渇かしながら浩実が答えると、

スッ…

白蛇堂は静に片手を挙げ、

「はい…」

それを見た女性店員が返事をして店の奥へと向かっていくと、

程なくして包装されたものを持ってくる。

そして、それをチラリと見た後、

白蛇堂は大きく頷くと

『さぁ、そこで着て見ましょう』

と浩美に告げた。

「え?

 あっあるんですか?
 
 僕が着られるチャイナドレスを…」

白蛇堂のその言葉に浩美は身を乗り出しながら聞き返すと、

『えぇ…

 この店にはちゃんとありますよ、
 
 さぁココで着替えてください』

と白蛇堂は答え、

そして、店員が開けた更衣室へと浩美を招いた。

「はっはい…」

白蛇堂に招かれて浩美は期待に胸を膨らませながら靴を脱ぐと、

更衣室へと足を踏み入れる。



サササ…

更衣室に入った浩美は手際よく洋服を脱ぐものの、

「あっ…

 そういえば…」

その時になって浩美は

チャイナドレスはバストを強調する作りになっていることを思い出すと、

「あっあの…

 僕にはバストがないので

 やっぱりチャイナドレスは合わないのでは」

と白蛇堂に尋ねるが、

『まずは着て見なさい。

 後のことはその時に…』

と白蛇堂はやさしく浩美に告げるだけだった。

「はっはぁ…」

白蛇堂のその言葉に従い、

浩美は手渡されたドレスに手を通していく。

もともと小柄だった身体故に

渡されたチャイナドレスは浩実のぴったり合うが、

だが、やはり浩美が懸念したとおり

胸周りにゆとりが出来てしまい、

「あぁ…」

それを感じた浩美は表情を曇らせていると、

ジワッ…

浩美の体が急速に暖かくなりはじめた。

「えっ?」

急に暖かくなったことに浩美は驚くが

白蛇堂はにこにこと笑っているだけだった。

そして、

シュルシュルシュル…

チャイナドレスに出来ていたシワが一つ一つ消え始め、

次第にドレスが浩美の身体に密着し始めた。

「うそ…」

その光景に浩美は驚くが、

実はドレスが浩美の身体に密着しているのではなく、

浩美の身体がドレスに密着していっているのであった。

ムクッ

ムクムクムク

空間が出来、

だらしなかった胸回りに次第に張りが出てくると、

ムチッ!

チャイナドレスの魅力を発散させるかのように胸が膨らみ、

また、スリットから覗く脚からも無粋なすね毛が消え、

白くムッチリとした脚が覗くようになる。

そして、

シュルリ…

浩美の髪が伸びていくと、

「あっはん」

絞られていくウェストを感じながら、

浩美はその場に膝をついてしまった。

そして、そんな浩美を見下をしながら、

『いかがですか?

 そのドレスがあなたにはぴたりの様ですね』
 
と白蛇堂が告げると、

「はっはい…」

鈴のの音色のような声を上げ、

浩美はゆっくりと立ち上がる。

するとそこには

浩美の豊満な肉体にチャイナドレスをピタリと張り付かせ、

漂い始めた色香をいっそう高めていく浩美の姿があり、

「あぁ…

 これが…
 
 あたし?」

鏡に映る自分を見ながら驚いていると、

『じゃ、今日からこのお店をお願いね』

と後ろから白蛇堂が言いつける。

すると、

「ハイ」

顔付きも変わってしまい、

すっかりチャイナドレスが似合う美女となってしまった

浩美は、笑みを浮かべながら振り向くと返事をした。

そして、その翌日以降、

この店にではチャイナドレスを着た浩実が店員として立ち

その評判は遠くにまで聞こえるようになっていった。



『ほぅ…』

繁盛する店の様子を見ながら顎長の男が感心していると、

『ふふっ、

 どうかしら?
 
 あたしの店は?』

と彼の背後に現れた白蛇堂が尋ねた。

『ふんっ、

 人間を美人店員にして客を誘い込むとはな…

 まぁよく考えた方だな』

長い顎をさすりながら男はそう評すると、

『なによっ、

 ムカツク言い方ね』

ムッとした表情をしながら白蛇堂は言い返す。

そんな白蛇堂を余所に

『まっ、

 繁盛することを祈るよ』

と男は言い残して姿を消すと、

『この店は1号店よ、

 まだまだ行くわよ』

白蛇堂もそう言い残して姿を消ていった。



おわり