風祭文庫・乙女変身の館






「ルーズソックス」


作・風祭玲


Vol.667





「ひろみぃ〜っ」

あたしの名前を呼ぶ叫び声が夕焼け空に響き渡ると、

「え?

 なぁに?」

あたしは振り返り、笑みを浮かべる。

すると、

ドタドタドタ!

3つの足音と共に

「はぁ〜探したよ」

「もー、どっこにも居ないんだから」

「美夏が屋上って言わなかったら、

 永遠に見つからなかったよ」

とあたしの親友である知子・美智子・美夏の3人が姿を見せた。

相当走り回ったのか、肩で息をする彼女たちの姿を見ながら、

「(クス)そんなオーバーな…

 で、何の用?」

とあたしは尋ねると、

「ナニ、のんびりしているの、

 谷脇先生がひろみを探しているのよ」

「ひろみ、今度の文化祭の実行委員の1人でしょう?」

知子と美智子が谷脇先生があたしを捜していることを知らせた。

「え?

 あぁ、そうだったわね」

彼女のその言葉にあたしはハタと手を打つと、

「ちょっとぉ〜っ」

あたしを囲む3人がジト目で見つめ、

「あはは、

 ごめんごめん、

 さっ降りようか」

そんな3人の背中を押しつつ、

あたしは下に降りる階段へと向かい始めた。

その時、

「ねぇ、ひろみ」

と美智子があたしに話しかけた。

「ん、なに?」

その声にあたしは返事をすると、

「ひろみってさっ

 いつまでルーズソックスなんて穿いているの?

 今時いないよ」

と美智子はあたしが穿いているルーズソックスを指さした。

「そうよ、

 もぅルーズなんて流行ってないって…」

「もぅいい加減止めなよ、

 鈍臭く見えるよ」

彼女の言葉に知子と美夏も同じことを言うと、

「うふっ、

 そうねぇ…

 確かにルーズなんて穿いている子って見かけなくなったけど、

 でも、このルーズはあたしにとって大切なものなんだ」

と返事をする。

「はぁ?

 一体、このルーズの何処が大切なの?」

「そうよ、

 まさか、死んだ彼氏の忘れ形見とか言うんじゃないでしょうねぇ」

「あはは、まさか…

 でも、あたしを生まれ変わらせてくれた、

 とっても大事なソックスなんだ…」

首を捻る3人にあたしはそう答えると、

「?」

3人が3人とも不思議そうな顔をしてあたしを見つめる。

そう…このルーズソックスはあたしを生まれ変わらせてくれた魔法のソックス。

男の子だった僕を女子高校生のあたしへと変身させてくれた、

神様からの贈り物…



それは1年前のことだった。

「はぁ…」

当時、僕は丹波広海と言う男の子であり、

失意のまっただ中にいたのであった。

全ては受験の失敗、滑り止め校への入学。

この不本意な進路の選択は僕の心に多きな影を作り、

いつも、クラスの中でポツンと孤立してしまっていたのであった。

だが、そんな僕にも唯一の楽しみがあった。

それは街を歩く女の子…

特に女子高校生の制服を見ることだった。

僕と同じ高校生の彼女たちは皆輝いて見え、

息苦しい男の制服を着ている僕にとっては眩しい存在であった。

そして、

「はぁ…

 いいよなぁ、女の子は…

 あんな制服を着られてさ、

 僕ももし女の子だったら…」

と女子の制服を翻して通学する自分の姿を妄想していたのであった。

そんなある日、

駅前でボケッと駅前を歩く女子高生達の姿を見ていた僕の視界に

とあるものが映り込んだ。

「あっ…」

いつもにそこにあり、そして見慣れていた存在…

それは女子高校生達が穿いているルーズソックスであった。

さすがにブームも陰りが出てきて、

ルーズソックスを穿いている女の子達の姿は減ってきていたが、

でも、数人に1人の足下にはそのルーズソックスが

誇らしげに弛みを作っていたのであった。

「はぁ…

 ルーズソックスかぁ…」

そんな女の子達の脚を僕は見てると、

ふと、

「あれって…

 穿いてみたらどんな感じなのかな…」

と言う思いが僕の頭の中を駆け抜けて行く。

そして、その時、

これまで気にしてこなかったルーズソックスに

僕は強烈な何かを感じてしまったのであった。



「ルーズソックスか…

 何でいままで気がつかなかったんだろう…」

それから一ヶ月、

僕はルーズソックスに気がつかなかったことを悔やみ続けたが、

けど、そんな僕に構わずブームは過ぎ去り、

それを穿いている女の子の姿も急速に街から消えて行く。

なにかこう、

後ろから首を絞められているような焦燥感に僕は駆られるが、

でも、一介の男子高校生である僕にはどうすることも出来ず、

”ルーズソックスを穿いて欲しい”

とリクエストできる彼女も居ない身の上では

ただ指をくわえて消えゆくルーズを見ているしか無かったのであった。

そんなある日。

学校帰りにルーズソックスを穿いている女の子の姿を見つけた僕は、

まるで彼女に惹かれるようにしてその後を追いかけて居たのであった。

僕があとからついてきていることに気づかない彼女は駅前通を過ぎ、

クルマの通りが激しい国道の歩道を歩いていく、

そして、あるところで立ち止まると、

クルッ!

っと彼女はその真横に姿を見せたディスカウントストアへと向かって行ったのであった。

「ディスカウントストア?

 こんな所にあったっけ?」

子供の頃からこの辺の地理に詳しい僕だったが、

しかし、彼女が入っていったディスカウントストアの存在は、

頭の中のデータベースには無く、

その真新しいたたずまいを見ながら

しばしの間、立ち止まっていたのであった。

「…確か、ここにはどこかの運送屋の倉庫があったと思ったけど…

 ドンドン建て替えられているなぁ…」

威風堂々と聳え立つストアを見上げながら僕は感心した後、

「ちょっと覗いてみるか…」

と好奇心をかいま見せながら建物の中へと入っていく。

ところが…

「いらっしゃいませ」

笑顔の店員に迎えられて一歩、店の中に踏み込んだ途端、

そこは某ディスカウントストアの圧縮陳列を遙かに上回る

商品の山とそれに群がる客が僕に襲いかかってきた。

「どひゃぁぁ…」

文字通り商品と客の洪水の中を僕は必死で泳ぎ、

そして、あるコーナーへと来たとき、

僕の目にあるモノが映った。

それは…

”ルーズソックス”であった。

「あっ

 ここでも売っていたんだ…」

そう思いながら在庫処分だろうか、

ワゴンに山積みされているルーズソックスに僕は手を伸ばし、

その中の一足を手に取ったとき、

なんと、さっきの彼女が一足先にそのルーズソックスを手に取っていて、

一瞬、引っ張り合いになってしまった。

「あっ」

彼女と目が合ってしまったことに僕は急に恥ずかしくなると、

パッ!

と慌ててルーズソックスを手放し、

「ど・どうぞ…」

と顔を真っ赤にしながら

僕は慌ててそこから立ち去ろうとする。

ところが、

「あっ待って」

僕の背後から彼女の鈴のような声が響くと、

ギュッ!

僕の手を彼女が掴み、

そして、

「ごめんね、

 これ、どうぞ…」

と言いながら彼女は僕にルーズソックスを手渡した。

「え?

 あっあの…」

『男の癖にルーズに興味があるの?

 いやだぁ、変態!!』

とてっきり、軽蔑の態度を取られると思っていただけに、

彼女の予想外の行動に僕は驚いていると、

「ふふっ、

 恥ずかしがらなくてもいいわ、

 そのルーズは君の人生を一変させてくれるわ」

と彼女は僕に告げ、

人混みの中へと消えていってしまった。

「あっあの…

 (人生を一変って一体…)」

消えていった彼女のその言葉の真意を問いただしたかったが、

でも、いまから追いかけていくのは不可能な状態であった。



「ありがとうございましたぁ」

アルバイトだろうか、

僕とさほど年が違わない女の子の声に送られて、

僕が店から出ると、

カサッ

僕の片手にはあのルーズソックスが入っているビニール袋が握られていた。

そして、そのまま自宅へと帰宅すると、

バタンッ!

僕は逃げるようにして自室へと駆け込み、

買ってきたルーズを早速袋から取り出すなり、

履きはじめだした。

ところが、

キュッ

キュキュッ!

サイズが緩いルーズソックスのはずなのに、

急にキツくなり始め出すと、

僕の脚を締め付けてきた。

「え?

 ええ?

 おかしいなぁ…
 
 確かにサイズは合っていたはずなのだが…」

締め付けるルーズソックスに僕は驚いていると、

キゥュッ!

ググググ…

ルーズソックスはさらに足首を締め付けてきた。

まるできつい靴を履いたように、

僕の足全体が締め付けられる感覚に

「うっ?

 なんでぇ?」

僕は慌ててルーズソックスを脱ごうとするが、

ルーズソックスは既に指もかけられないほど

きつくなってしまっていたのであった。

「うっそぉ!!!」

ピッチリと張り付いてしまったルーズソックスに僕は困惑していると、

ポッ

ジワッ…

焦りが体温を上げてしまったのであろうか、

脚から腰の辺りが熱くなり始め、

さらにその熱さは全身へ広がりはじだした。

「ハァハァ

 ハァハァ

 くっそぉ、
 
 なんなんだよっ
 
 熱くて仕方がない…」

顎から汗を滴らせながら僕は制服を脱ごうとするが、

それと同時に

ムズッ

ムズムズムズ!!!

身体のあちこちがムズ痒くなり始めたのであった。

「くぅぅ…

 なんだよこれぇ…」

喉が腫れてしまったのか、

ハスキーと言うには無理があるしわがれかけた声を上げながら

僕は首に絞めていたネクタイを緩めようとすると、

フラッ…

「あっ…」

次第に意識が遠のき始めだした。

「あっあぁ…

 一体…
 
 ナニが…
 
 どうして…」

そして、

まるで女の手のように細くなって行く自分の手を見ながら

僕は倒れ込んでしまうと、

ムズムズムズ…

体中を駆け回るムズ痒さの中、

意識を失ってしまったのであった。



「広海ぃ〜、

 いい加減降りてきなさい」

母さんの声が台所から響いている。

「うっ」

その声に起こされるように僕は意識を取り戻すと、

ゆっくりと起きあがった。

「あっ」

ついさっきまで僕の身体を駆け回っていたムズ痒さはすっかり消え失せ、

妙に身体が軽く感じられる。

また、

ズリッ!

さっき締め付けていたはずのルーズソックスがタブタブになって、

僕の脚を包んでいることに気づくと、

「あれは…

 夢?」

と僕は不思議に思いながら起きあがった。

ところが、

ズルッ!

「え?」

着ていた制服がまるで一回りも、

二回りも大きくなっていて、

僕の肩からずり落ちてしまったのであった。

「なっなに?」

驚きながら僕は袖から自分の腕を出すが、

しかし、袖の中から出てきたのは、

白くて細い女の子を思わせる手であり、

また同時に。

プルンッ!

僕の胸の左右で何かが大きく揺れた。

「いっ、

 なっなにこれ…
 
 え?
 
 うそっ
 
 声が…」

そう、僕の声は女の子を思わせる

トーンの高い声へと変わってしまっていたのであった。

ハッ!

ガバッ!

「なっないっ!!

 けど、
 
 うっ、
 
 胸が…
 
 オッパイがある…」

胸の揺れと、

声の変化から僕は慌てて胸と股間をまさぐってみたが、

だが、僕の指に伝わって来たのは、

間違いなく女の子としてあるべき感覚であった。

「そんな…

 おっ女の子に…」

鏡に映る自分の顔を見ながら、

僕は女の子になってしまった事を実感していると、

「広海!!

 何やっているの!!

 片付かないでしょう!!」

と怒鳴りながら母さんが部屋に入ってきた。

だが、

「あれ?

 あなた、
 
 だれ?」

と母さんは驚いた顔で僕を指さした。



「どうしよう…

 僕、女の子になっちゃったぁ」



………それからが大変だった。

女の子になってしまった僕は原因を調べるため、

親にあっちこっちに引っ張り回され、

そして、その挙げ句。

この性転換は現代医学では謎の現象であること、

また、男の子に戻る方法も見付からないこと告げられると、

今度は女の子として別の学校に転校させられることになってしまった。

転校先は…僕、いや、あたしの我が儘を聞いて貰って、

とある、女子校となった。

なぜなら、その学校はあたしが一番憧れていた制服の学校だったから…

「このルーズがあたしの運命を変えてくれたのね」

夏美達を先に行かせた後、

あたしはそう呟くと、

自分の足を包む、ルーズソックスを見つめた。

「でも…

 …あのディスカウントストアでこのルーズを譲ってくれたあの女の子って、

 まさか…」

一体彼女は何者なのか、

このルーズソックスと共に謎は深まっていったのであった。



おわり