風祭文庫・乙女変身の館






「小紋」


作・風祭玲


Vol.651





「あれは夢だったのだろうか…」

新学期、

僕は夏休みに体験した不思議な出来事を昨日のように覚えていた。

夏祭りの準備でにぎわう街中を抜け、

ふと立ち寄ったディスカウントストアで買った浴衣のセット。

何処にでもありそうなその浴衣に袖を通すのと同時に僕は女の子になったのだ。

しかも、ただ女の子になっただけではない。

まるで生まれたときから僕が女の子だった世界に足を踏み入れたような

不思議な体験をしたのであった。

その世界では僕は女の子として生まれ、

このぺったんこな胸には2つの膨らみが膨らみ、

そして、お股には女の子の証がある世界。

あの時感じたリアルな感触を求めて

僕は時折自分の胸や股間を触ってみるが、

しかし、指先から感じるのはごく当たり前の男の身体の感触。

「はぁ…

 なんで、男に生まれたんだろう…」

あの日以来、

僕はそんな台詞を口にするようになっていた。

蜃気楼の如く感じていた女の子の身体に僕は憧れてしまっていたのだ。

以前は浴衣さえ着られればそれで良かった。

でも、いまは女の子の身体になり、

浴衣姿になって街を歩く自分の姿を追い求めている。

「今日も売っていないか…」

浴衣を買ったディスカウントストアに幾度出向いてみても、

あの浴衣が売られている事はなかった。

思い切って店員に聞いてみても、

そのような商品を扱った事はないという返事。

じゃぁ、あの時見たのは幻だったのか、

いや、幻なんかじゃない。

現実だったんだ。

現実に僕は女の子になっていたのだ。

でも、どうすればいいのか判らない。

浴衣を着たら女の子になっていた。

そんな話をしても誰も信じてくれないだろう。

そんな葛藤を抱えて僕は日々を過ごす。

昨日も…

今日も…

そして明日も…

そんなある日、

「今日も売ってないか…」

がっくりと肩を落としてディスカウントストアを出た僕は

クルマが行き交う国道沿いの歩道を歩いていた。

日々早くなっていく夕日が僕の背後から照らし、

国道沿いの歩道に長い影を作る。

フッ

一瞬、その影が女の子に見えた時、

「え?」

僕は思わずその場に立ち止まってしまった。

「いっいま…

 女の子に…」

そう呟きながら僕は周囲を見ると、

いつの間にか僕は国道から離れた路地裏を歩いていて、

その真横には黒く変色した煉瓦壁の古風な建物が目に入った。

「あれ?

 こんな所に店が…」

この界隈の建物の色・形は全て頭に入っているつもりだったが、

しかし、僕の目に映る建物は初めて見るものであった。

「なんなかのかな?」

そう思いながら僕は建物を見上げてみると、

『黒蛇堂』

と墨で書かれた大きな看板が掲げられている。

「黒蛇堂?

 なにかのお店?」

その看板の文字を読み、

そのまま視線を下へと動かしていくと、

『商い中』

と書かれた札が下がる重厚そうな扉があった。

「何の店なのかな…」

いつもならそのまま通り過ぎていく所なのだが、

しかし、妙な胸騒ぎを感じた僕は、

まるで惹かれるようにしてその扉に手を当てた。

すると、

ギィ…

重厚な扉のはずなのに、

大した手応えもなくゆっくりと開き始めた。

まるで、僕を招き入れるかのように…

コツッ

ヒト1人通れるほど扉が開いたところで僕は黒蛇堂へと入っていく、

ふわっ

一瞬で周囲の空気が変わり、

臭いも変わった。

その香りに僕は思わず緊張してしまうが、

「大丈夫、

 ここなら、ある」

と言うなにかを確信した気持ちが湧き上がってきた。

その時、

『いらっしゃいませ』

やや甲高い女の子の声が響くと、

僕の前に丈の長い黒装束を纏った少女が姿を見せた。

歳は中学生だろうか腰まで届く長い髪と、

紅色の瞳に思わず吸い込まれそうになる。

”店員さん?

 でも、面白い格好をしているな”

そう思いながも、

「あっあのぅ…」

僕はモジモジしながら声を掛けると、

『はい、

 なにをお探しで』

少女は僕に尋ねる。

”浴衣ありますか、女の子になれる浴衣が欲しいんです”

少女に向かって僕はそう尋ねたかったが、

しかし、僕の口から出た言葉は、

「えぇ…」

と言う言葉のみ。

”何をやって居るんだ僕は”

少女を前にして僕は自分を責めていると、

『お着物はいかがですか、

 お客様…』

と少女は笑みを浮かべながら尋ねた。

「え?」

まるで僕の心を見透かしたような少女の言葉に僕は驚くと、

『大丈夫ですよ。

 着物に興味がおありなのでしょう?』

と彼女は僕を見つめながらそう言いきった。

「えぇ…」

僕が言おうとしていたことを言われてしまったことに、

急に恥ずかしくなり思わず俯いてしまうと、

『はい、それでしたら、

 あなた様にはこれを…

 小紋って言うのですが、

 これなら浴衣とそれほど変わらないし、

 あなた様にピッタリのはずです』

そう言いながら少女は一着の着物を取りだし、

僕に向けて差し出した。

「え?

 これを?」

差し出された着物を指さし僕は聞き返すと、

『えぇ…どうぞ』

少女は笑みを浮かべる。

「はっはい…」

その笑みを見ているウチに僕の手が買って動き、

そして、差し出された小紋を受け取ると、

『それはですね、

 夏の浴衣と違って長襦袢着るのですよ、

 他に居るものもちゃんと揃えておりますので、

 ご安心ください』

と少女は僕に説明をする。

”え?

 他の物って…

 これだけじゃないのか、

 全部そろえると一体幾らなんだろう”

彼女の言葉に僕は急に不安になり、

「でっでも、

 そんなに買えません」

と言う。

すると、

『うふっ

 大丈夫っ

 この店ではお金はいらないのですよ、

 ここにある商品は別の対価で頂くことになっているのです。

 それは、

 願いが叶い、そして満たされ、癒やされたあなたの心、

 その心の重さがこの店のお金…』

と少女は僕に言う。

”お金をいらない?

 それって、本当なのか?”

少女が告げた言葉に衝撃を受けた僕は、

「ほっ本当に

 お金はいらないんですか」

そう聞き返した。

すると、

『えぇ』

少女はそう返事をして頷いて見せた。

「本当に本当なのですか」

『はい、

 そうですよ、

 あっいまここで着てみますか?』

驚く僕に向かって少女はそう言うと、

シャッ!

店の奥へと進み、

更衣室であろうか、

小さな個室のカーテンを開けた。

「は、はぁ…」

少女に招かれ、

僕はつい従いながら更衣室に入ると、

『はい、

 着ている物を脱いで、

 背中をこっちに向けてください』

と少女は僕に指示をする。

「はいっ」

彼女ののその言葉に従って

僕は早送りのように制服を脱ぎ、

そして裸になってしまうと、

パサッ

僕に肩に肌着が乗せられた。

”あっこの感触…”

肩に当たる肌着の感触に僕はあの日、

浴衣を着たときの感触を思い出すと、

『これの袖に手を通してください』

と指示が来る。

「はい」

その言葉に従い、

僕は肌着の袖に手を通すと、

続いて長襦袢が着せられた。

そして、長襦袢を着終えると、

続いて、浴衣と違って足袋を穿かされる。

可愛い花柄の足袋。

「うわぁぁぁ」

自分の足を包む足袋に僕は思わず目を輝かせてしまった。

そして、一枚一枚着せられていくたびに僕は変身してゆく、

ピンクの小紋を着せられた後、

帯が締められていくが

浴衣と違い結び方が難しいみたいだ。

「はぁ…」

半分感心しながら僕は着せられ、

最後に帯締めを締めると、

「ふぅー」

僕は大きく息を吐いた。

『どうでしょうか?』

小紋を着た僕に向かって少女が尋ねてくると、

「え?

 えぇ…」

差し出された鏡に映る自分の姿に僕は満足げに見ながら返事をする。

すると、

スッ

少女は草履を出すと、

『これを穿いてみてください』

と薦めてきた。

「あっはいっ」

その言葉に従い、

僕は草履を履くと、

『いかがですか?

 その辺を少し歩いてみては?』

と薦めてきた。

「このまま?」

少女の言葉に僕は困惑した表情で聞き返すと、

『えぇ、

 とっても良くお似合いですよ、
 
 さぁ、どうぞ…』

少女はそう言うと、

ギィ…

閉じていた扉を手で開けた。

「あっ

 ありがとう…」

その言葉に送られ、

僕はシズシズと出て行くが、

ゴワァァ…

路地の向こうの国道を走るクルマや、

歩道を歩く人たちを見た途端、

急に恥ずかしくなり、

「やっやっぱ良いです」

と言いながら振り向くと、

つい今しがたまであったはずの黒蛇堂が消え、

代わりにシャッターを閉ざした建物があった。

「うそっ」

シャッターが閉められたままになっている建物を

僕は驚きながら見ていると、

丁度、シャッターの前に自分の鞄と、

その鞄の上には今まで着ていた制服と靴が乗っているのが目に入った。

「そんなぁ…

 そんな…馬鹿な…」

着物姿のまま僕は唖然とするが、

いつまでもそうしているわけにはいかず、

鞄の中に全て入れ、

それらを手に持つと、

あきらめながら自宅に向かって歩道を歩き始めた。

「どっどうしよう…

 この着物…

 どこかで着替えないと…」

戸惑いながら僕は着物姿で歩くが、

歩道には多くの歩行者の姿があり、

僕はその中を恥ずかしそうに進んで行く、

その時、

「由紀ちゃーん!」

と遠くから呼ぶ声が響いた。

「え?

 ゆきちゃん?

 ゆきちゃんって?」

その声に僕は立ち止まり、

そして振り返ると、

「由紀ちゃん、ここ

 ここ!」

と僕に向かって手を振る女性の姿が目に入った。

”ゆきちゃんって…”

その呼び方はこの間のお祭りの一日の時だけの呼び方であり、

僕の名前を女読みすると、まさにそれである。

「まさか…」

そう思いながら僕は立ち止まり下を向くと

さっきまでペッタンコだった僕の胸が微かに膨らみ、

小紋の下から押し上げている様子が見えた。

”そんな…

 また僕は”

それを見た僕は女性になってしまったことに気がつくが、

「珍しいわね、若いのに着物なの?」

とその直後、

僕の傍に寄ってきた女性はそう尋ねてきた。

「え?

 ええっ」

彼女の質問に僕はそう答えると、

「うふっ

 とっても似合ってるわよ」

と彼女は僕を褒める。

彼女は僕の自宅の隣に住んでいる女子大生の桜子さんである。

前々から彼女が僕のお姉さんだったら…と思っていただけに、

「そっそうですか」

はにかみながら僕は返事をした。

「本当よ、

 ほらっ」

戸惑い気味に返事をする僕に

桜子さんは傍のウィンドウに写った姿を指差すと、

そこには、あのお祭りの時、

自分がなっていた女の子”ゆき”の姿が確かにあった。

「うそ…」

まさに探し求めていたその姿に僕は驚いていると、

「着物でその荷物じゃ変ね、

 いいわ、持ってあげるわ」

と桜子さんは言なり僕が持っていた荷物を取り上げる。

「あっ

 あの」

桜子さんの行為に僕は驚くが、

確かに着物姿でこの荷物は変なので持ってもらうことにした。

「あたし、

 ゆきちゃんって、男の子かと思ってたの」

と国道脇の歩道を歩きながら桜子さんはそう言うと、

「ねぇ、ゆきちゃんってはお化粧はいつもしないの?」

と尋ねてきた。

「え?

 お化粧ですか?」

桜子さんの質問に僕は驚き、

そして俯いてしまうと、

「あっ、ごめんなさいね。

 ついお化粧したらもっと可愛くなると思ったから」

桜子さんは軽く謝り、

「お詫びにちょっとそこの喫茶店入ろう。

 おごってあげる」

と言うなり、僕の手を引き喫茶店へと連れて行かれてしまった。

そして、席に着くのと同時に、

「あっ、アイスコーヒーふたつね」

と注文をする。

「よかったでしょ、アイスコーヒーで」

「あっはいっ」

桜子さんの言葉に僕はうなずくと、

突然、桜子さんはバックから口紅を出し、

そして、僕の隣で空いている席に移ると、

「ゆきちゃん、

 ちょっとガマンして…」

そう言いながらその口紅を僕の唇に塗り始めた。

ヌリッ!

ロウのような感触が僕の唇に広がり、

そして、それが広がっていく感触に僕は戸惑うが、

「ほら、これで可愛くなった」

と桜子さんは口紅を塗った僕を褒める。

「そっ

 そうですか?」

その言葉に僕は戸惑いながら、

窓に映る自分の顔を見た。

すると、そこには唇をほんのりと赤くし、

さらにほほを染め喜んでいる自分の顔のが見える。

「かっかわいい…」

それを見た僕は思わずそう呟くと、

思わず股間に手を置くが、

けど、そこにあるはずの男の証はすでに無く、

ぴたりと付く股の感覚があるだけだった。

すると、

キュン

胸の左右の頂点が急に固くなり、

そして、ジンジンと感じ始める。

「あぁ…

 僕はいま女の子なんだ…」

その感覚に僕は感じ入っていると、

「お待たせいたしました」

ウェイトレスの言葉と共に、

カラン!

僕の前にアイスコーヒーが静かに置かれた。



「じゃぁねぇ」

「あっありがとうございました」

「いいって、

 いいって」

アイスコーヒーを飲みながら、

桜子さんとオシャレのことなどを話し、

一休みした僕たちは喫茶店を出ると、

また並んで歩きはじめる。

すると、

「はぁ、

 あたしもゆきちゃんみたいな妹が居たらなぁ」

と桜子さんは言うと僕を見た。

「そっそうですか?」

戸惑いながら僕は桜子さんを見上げると、

「本当よ、

 ねぇ、またこうして歩こうね」

そんな僕を見つめながら桜子さんはそう言い、

「じゃっ

 ここでバイバイね」

と僕に向かって手を横に振る。

気がつけば僕の自宅前に着いていたのだ。

「あっ

 さ、さようなら…」

去っていく桜子さんに僕は頭を下げ、

「ただいま…」

と言いながら自宅へと入っていく。

すると、

「ゆきちゃんっ

 また着物買ったの?」

の声と共に母さんが睨んでいた。

「うっうん」

睨む母さんに僕は頷くと、

「しょうがないわねぇ。

 で、いくらしたの?」

と値段を尋ねてくる。

”え?

 値段?”

母さんの質問に僕は驚き、

”値段って言っても…

 僕、お金払っていない…”

と困惑しながら、

手にしていた鞄を開けると、

そこには一枚の領収書が入っていた。

「それ、見せなさい」

その領収書を見た母さんが鞄から取るなり目を通す。

すると、

「全くあなたって子は…」

母さんはため息混じりに笑うと、

「ほんと、お婆ちゃんに似て、

 そう言う着物を見つけてくるのが上手いのね」

と言うと、

「だからといって、

 あんまり買い込まないでね」

その言葉と共に千円札を3枚取り出すと、

それを僕の手に渡した。

「あっあのぅ…」

去っていく母さんに僕は話しかけようとするが、

「ほらっ

 そんなところに何時までも立ってないのよ」

母さんはそう言いながらキッチンへと戻ってしまった。



「………」

一瞬、怒られるかと思っていただけに

この顛末に僕は呆気にとられるが、

”ここで立っていても仕方がないか”

と思うと、

履いていた草履を脱ぎ、

自宅に上がった。

そして、

自分の部屋に向かわずに

そのまま母さんの部屋へと入ると、

そこに置かれている鏡台で自分の姿を見る。

すると、その中には、

確かに着物姿ではにかむ”ゆき”の姿が映し出されていた。

「また変身してしまったんだ」

鏡に映る自分の姿を見ながら僕はそう呟くと、

”そうよ”

と鏡の中の”ゆき”が小さくうなずくき、

そして、

”ありがとう”

と僕に向かって囁いた。

「うっうん」

”ゆき”からのその言葉に僕は思わず頷くと、

”また着物は明日になったら消えるのか。

 また自分も元の姿に戻るのか”

と言う思いが駆けめぐり、

ちょっと残念に思い始める。

そして、

”もし戻らなかったら…”

と考えたとき、

鏡の中の”ゆき”が小さく笑い、

何かを僕に向かって囁いたが、

しかし、僕に聞き取れなかった。

けど、その声は僕の耳ではなく頭に直接響き、

『ねぇ、

 鏡の向こうに居る由紀ちゃん。

 とても可愛いわ。

 それで、お願いがあるんだけど

 あたしをここから出して欲しいの。

 あなたの希望通りに女の子にしてあげたんだから、

 今度はあたしの願いを叶えて…』

と僕に話しかける。

「出すって?」

彼女のその言葉に僕は驚くと、

『えぇ、そうよ、

 とっても簡単、

 さっあたしの目を見て』

鏡の中の”ゆき”は僕に向かってそう言うと、

その言葉に誘われるようにして僕は”ゆき”の瞳を見てしまった。

すると、

”うっ目が離せない”

僕は鏡の中の”ゆき”の目から離せなくなり、

ニコッ

”ゆき”の顔が一瞬、笑みを浮かべると、

スォォォッ

見る見る彼女の瞳が大きくなり、

「あっあぁぁぁぁ…」

僕の意識はその中へと吸い込まれてしまったのであった。



フラッ

あたしは強烈な目眩を感じながら、

思わず柱に寄りかかってしまった。

「ふぅ…

 ふぅ…」

胸に手を当て息を落ち着かせると、

フラリと鏡の前から離れ、

キッチンにいるおかあさんの所へと向かって行く。

「あら、まだ着物着ているの?」

あたしが着替えずに着物姿で居る事を見て、

おかあさんはそう言うと、

「うん、

 まだ、これ着ていたい」

とあたしは答え、

そのまま、隣のお姉さんのところへと向かって行く。

そして、

「こんにちは、お姉さん」

とテラスで本を読んでいるお姉さんに声をかけると、

「あら、ゆきちゃん、

 まだ着物着てるの?」

顔を上げたお姉さんはあたしを見るなりそう言う。

お姉さんのその言葉に

「だって、こんなに綺麗に着れてるんだもん。

 それにお姉さんにお化粧もしてもらったし」

とあたしは答えると、

「え?

 そぉ?」

お姉さんは嬉しそうに返事をした。

そして、

”えぇ、そうよ、

 だって…あたしは…

 着物が好きな女の子”ゆき”だもん”

その声を聞きながら、

あたしは心の中でそう呟いていた。



おわり