風祭文庫・乙女変身の館






「浴衣」


作・風祭玲


Vol.646





テンツクテンツク

街中に祭囃子が響き渡る。

明日はこの街の鎮守である社の夏祭りの日。

これから始まる祭に向けて街中を慌ただしい気配が包み込んでいく中、

「そっか、

 明日は祭かぁ…」

僕はある期待感をヒシヒシと感じていた。

それは、浴衣姿の女性に逢えること…

僕の名前は佐々木由紀(よしのり)、

何故か浴衣姿の女性に憧れている、高校2年生である。

浴衣に憧れる理由はわからない。

浴衣なら無論男性用のもあるし、

それを着れば誰に憚ることなく浴衣姿になれる。

でも、男物ではダメ…

男物の浴衣は生理的に受け付けられない。

理由は簡単。

浴衣を着ても凛々しくまとまらないから、

それに比べて女物の浴衣は凛々しく、

そして華やかである。



そんな、想いを心に抱きながら僕はインターネットにアクセスする。

アクセス先は当然女性の着付けサイト、

ここに来れば女物の浴衣の着付けの仕方、

帯の締め方などが詳しく紹介され、

そして、その説明文を読みながら

僕は画面モデルに自分の姿を重ね合わせていた。

そんな思いが高じてある日、

母親に浴衣を買ってくれと頼んだことがあった。

でも、母が買ってきてくれたのは無論男用の浴衣。

無理なのは判っている。

息子に女物の浴衣を買う親なんて居るわけ無いんだから、

だから、僕はこうして祭の日に浴衣姿の女の人を見るか、

もしくはショッピングセンターで仰々しく置かれている

浴衣姿のマネキンを見るかぐらいのことしか出来なかった。



パンパン!

祭の準備で慌ただしい本殿の前で柏手の音が響き、

”いつか女性の浴衣が着られますように”

僕はそう念じる。

いつか、女物の浴衣に袖を通す日が来ることを信じて…

ところが、その日は呆気なく来てしまったのだ。

しかも、お参りをしてからわずか30分後に…

それは国道沿いに出来たばかりのディスカウントストア。

神社からの帰り道、

ふと、このディスカウントストアに立ち寄ってみると、

僕の目に衝撃の光景が映し出されたのであった。

『お祭り特価、

 高級女性用浴衣一セット¥9800』

そう書かれたポップと共に涼しげな柄の浴衣がが僕の目にとまったとき、

僕の心臓は張り裂けそうになった。

”浴衣だ…

 いまここで、女性用の浴衣一式が買える…

 しかも、ディカウントストアだから、

 僕が浴衣を買っても誰も怪しまれない”

浴衣に目を釘付けにしながら僕はそう考えると、

即座に自宅へと帰り、

そして、お小遣いを貯めてきた貯金箱に手を伸ばした。

チャラチャラチャラ…

出てきたお金は500円玉を中心に2万弱。

「買える!」

金額を幾度も確かめ、

そして、手持ちの貯金で浴衣を購入が出来ることを確認すると、

僕は家を飛び出してしまっていた。

目指すはあのディスカウントストア…

確かにディスカウントストアなら顔を覚えられることなく、

堂々と浴衣を買うことが出来る。

そう思いながら、僕は店内に顔見知りが居ないのを確認すると、

店員に声を掛け、あのポップを指さした。



それから10分後、

僕は浴衣が入った袋を大事に抱きかかえて

ディスカウントストアを飛び出し自宅へと向かう。

1秒すら惜しく感じながら自宅に戻った僕は、

早速パソコンに着付けのサイトを表示させ、

買ったばかりの浴衣を着付け始めだした。

袋から浴衣を取り出し、

続いて着ているものを全て脱ぐと、

まず、肌着と裾よけを身につけた。

そして、袋から出した浴衣を羽織り、裾線を決める。

あとはサイトに書いてあるとおり、

上前を決めた後に下前を重ねると、

そこで腰紐を巻き、結ぶ。

これまで散々見てきて頭に叩き込んでいても、

いざ実際に着付けをしようとすると、

予想外のところでこんがらがる。

それにも負けずに僕は着付けを続けるが、

その頃から、

僕の身体の様子がなんか変わってきたように感じ始める。

なぜそれが判るのかというと、

女物のはずなのに

どういう訳か僕の体型にピッタリなのである。

それにもかかわらず後ろと前のおはしょりを整えると、

掛け衿を合わせ、衣紋を抜いた。

「ふぅ…」

以前着た男物とは明らかに違う浴衣の着方に僕は思わず息を整える。

なんか胸が膨らんできているような気がするが、

あまり気にせずに衿を合わせて、

伊達締めをし、

最後に衿を整えて

浴衣の着付けは終わりである。

「難しそうで簡単だったな…」

着付けが終わり僕はクルリと回りながらそう思うと、

「そうだ…鏡で見てみよう」

と僕はいまの自分お姿を見ようと、

部屋を出て姿見がある母親の部屋へと向かっていった。

そして、鏡台の前に立ったとき。

「え?」

僕の口から驚きの声が上がる。

そう、鏡には僕の姿ではなく、

浴衣姿の1人の少女が映し出されていたのであった。

「だれ?」

最初見たときは鏡の少女が誰なのか判らなかったが、

しかし、鏡に近づき、

そしてよくよく見たとき。

「うっそぉ!!」

その時になって僕は鏡の少女が自分であることに気づいた。

「コレが僕?」

鏡の少女を見つめながら僕はそう呟くと、

シュルリ…

いつの間にか僕の手は浴衣の帯を解き始めていた。

帯を解き、

浴衣を脱ぎ、

そして、肌着も脱いだとき、

鏡には未熟さが残る少女の裸体が映し出された。

「うわっ

 おっ女の子に…

 …なっている?」

衝撃に事実に僕は唖然とするが、

「はっ」

ここが母親の部屋であることに気づくと、

ドタドタドタ!

浴衣と帯、そして下着を抱きしめ僕は部屋を飛び出し、

一直線に自分の部屋へと向かって行った。

そして、部屋に入ると同時に、

浴衣を自分のベッドへと放り出すと、

僕はそっと自分の体を確かめ始めた。

白く柔らかい肌、

ぷっくりと膨らんでいる胸、

括れ始めたウェスト、

さらに手を股間へと潜り込ませると、

そこにはあったはずの物がなく

飾り毛越しに縦に割れた溝が刻まれていた。

「ほっ本当に…

 女の子になっちゃった?」

幾度も股間を確かめながらそう呟いていると、

「もぅ、由紀(ゆき)ちゃん。

 なに男の子みたいに暴れてるの?」

と言う声と共に母さんが部屋に入ってきた。

「きゃっ?

(え?ゆっゆき?)」

突然入ってきた母さんの姿に僕は悲鳴を上げて飛び上がるが、

「あらあら、

 何も裸にならなくても良いのに、

 ショーツは穿いていいんですよ、

 で、買ってきた浴衣は着れた?」

と母さんは僕に尋ねる。

「え?

 えぇ、まぁ

 何とか」

と困惑しながら僕は答えると、

「ふぅーん、

 じゃぁ着たところ見せてよ」

と母さんは僕に言う。

「え?

 俺が女の子になっているのに驚かないの?」

僕が女の子になっていることに驚かない母さんに向かって尋ねると、

「何を言っているの?

 由紀ちゃんは女の子でしょう。

 どれ、少し手伝ってあげるわ」

そう母さんは言うと、

僕の着付けを手伝い始めだした。

「なんで?

 どうして?」

何がなんだか判らないうちに

母さんに手伝ってもらいながら僕は浴衣を着る。

そして、着終わると同時に

「やっぱり女の子よねぇ。

 お祭りいくんでしょう?

 確か今日よねぇ?」

と満足げに母さんは言うと、

「え?

 祭は明日じゃぁ…」

と僕はそう指摘しようとするが、

しかし、母さんはそんな僕には構わずに

テキパキと袋から下駄を取り出し、

「はいっ

 いってらっしゃい」

と僕を送り出した。



カランコロン

カランコロン

下駄の音を鳴らしながら浴衣姿の僕は歩いていく、

テンツクテンツク…

さっきまで祭の準備をしていたはずの街は

いつの間にか祭の装いとなり、

参道には夜店が並んでいた。

「なんで?

 どうして…

 どこかでタイプスリップでもしたのか」

いつも羨望のまなざしで見ていた姿になっていることよりも、

時間を飛び越えたそんな不思議な感覚に僕は混乱しながら歩く、

すると、

カランコラン…

僕の前に下駄の音を立てながら歩く浴衣姿の松井香が姿を見せた。

”げっ松井…”

可愛い顔とは裏腹にクラスで何かと僕にいじめる松井の姿に

慌てて隠れようとしたが、

「あら、佐々木さん」

と彼女は僕を”さん”付けで呼んだ。

”佐々木さん?”

彼女の口から飛び出した意外な言葉に僕は唖然とすると、

「その浴衣良いわね

 ねぇ何処で買ったの?」

と親しそうに声を掛け、

そして、僕が着ている浴衣を褒めながらそう尋ねてきた。

「え?

 あっ

 いっいや…」

まるで友達と話しをするような松井の口調に僕は困惑していると、

「あっ佐々木さんも来たの…」

と松井といつもつるんでいる鈴木良子が声を掛けてきた。

”うわっサイアク…”

松井とは違い、

短パンにキャミ姿の鈴木に僕は思わず腰が引けるが、

「どうしたの?」

そんな僕に構わず鈴木は話しかけてくる。

「ねぇねぇ、佐々木さんの浴衣、

 とっても可愛いよね」

「いいなぁ…

 あたしもこんな浴衣欲しいよぉ」

二人は親しそうに僕に話しかけ、

僕が女の子になっていることに疑問を持っている様子はなかった。

そして、その時、

僕にとって憧れの人である野茂美鈴さんに

ばったりと出会ってしまったのだ。

「うわっ

 のっ野茂さん…」

淡い紫の地に何の花なのか判らないが、

その花の柄が染め上げられている浴衣姿の美鈴さんを直視することが出来ず、

僕は顔を真っ赤して俯くと、

「(クス)

 どうしたの?

 佐々木さん」

と美鈴さんも気軽に話しかけてくる。

”うわぁぁぁ!!

 野茂さんに話しかけられたよぉぉぉ”

学校ではいつも影から見守ることしかできなかった彼女に

直接話しかけられたのことに、

僕は天に昇る気持ちになっていく。

すると、

「その浴衣いいわよ」

と美鈴さんは笑顔で僕に言い、

「じゃぁ」

その小さくて白い手を振り歩き出した。

けど、その時の僕は

”野茂さんに話しかけられた、

 野茂さんに話しかけられた

 野茂さんに話しかけられた”

と彼女に話しかけらたことにただただ嬉しくて、

彼女が僕に掛けた言葉が何時までも木霊していた。

そして、予想もしなかった松井と鈴木との祭見物も終わり、

「ただいまぁ…」

僕は自宅に戻った。



トタトタ…

浴衣のまま部屋に戻り、

そして、改めて部屋の様子を見ると、

あっちこっちに置かれた雑誌やゲーム、

そしてパソコンなどで雑然としていたはずの僕の部屋は綺麗に片付けられ、

まるで女の子の部屋のようにデコレーションされていた。

さらに、壁のハンガーには女子の制服である、

ブレザーとスカートが掛かり、

また、タンスを開けてみると、

そこには女物のショーツが丁寧に並べ入っていた。

「むーん」

どこから見ても女の子の部屋になっていることに僕は唸っていると、

「あら、

 帰ったの?」

と母さんの声、

「え?

 うっうん…」

その声に僕は振り返ると、

部屋の入り口に母さんが立っていた。

「うん、

 この浴衣…

 みんなから褒められた…」

母さんに向かって僕は返事をすると、

「そう、

 それは良かったわね。

 浴衣姿って女の子を可愛く見えるものだからねぇ

 さっ汗を掻いたでしょう、

 お風呂に入ってらっしゃい。

 浴衣は脱衣所に置いてて良いから、

 また、着るんでしょ?

 今夜、干しておくから」

と母さんは僕に言い、

パタパタとスリッパを鳴らしてキッチンへと向かっていった。



チャポン…

湯船にお湯の音が響き渡る。

「ふぅ…」

お湯につかりながら僕は自分の身体を撫でながら、

「なんで…

 女の子になったんだろう…

 それに、みんな不思議がらなかったなぁ」

とお祭りの時のことを思い浮かべる。

そして、

「僕は確かに男の子だったはずだ」

と思いながら股間に手を伸ばすが、

しかし、そんな僕の思いとは裏腹に、

スッ

僕の指に伝わってくる感触は縦に伸びる溝の感覚。

「ないよな…」

その感覚に僕はそう呟き、

そして、今度は胸に手を持ってくる。

すると、

プルン…

小振りながらも確かに存在する膨らみに、

「あっ」

僕は少しドキドキすると、

ザバッ!

まるでそれから逃れるように湯船から出た。

”とっとにかく、

 どういう理由かはわからないけど、

 僕はいま女の子になって居るんだ”

濡れた身体を拭きながら僕は女の子になっていることを実感し、

そして、それを受け入れようとするが、

でも、新学期からのことを考えると、

身体を拭く手の動きがぴたりと止まる。

女の子の制服を着て学校に行かなければならないのか、

体育のときどうやって着替えるんだ?

トイレは…

家庭科なんて出来ないよ…

学校生活で起こるであろう数々の問題を考えると、

次第に心が沈んでいく。

そして、

”えぇいっ

 なんとかなれだ”

そんな沈んだ心を吹き払うように、

ガシガシと僕は身体を拭くと、

着替えのショーツに脚を通した。

「うっ」

ピッタリと股間に張り付くショーツの感覚に僕は困惑しながらも、

Tシャツとジーンズ姿になりリビングへと向かっていった。

すると、リビングには洗い物を終えた母さんの姿があり、

のんびりとTVを見ていた。

そして、僕がリビングに入ってくるのと同時に、

「由紀ちゃんって、

 小学校の頃は浴衣嫌がってばかりいたわよね。

 何で急に着たくなったの?」

と母さんは僕に尋ねてきた。

すると、

「え?

 そっそうだっけ?

 僕…あっあたし、

 小学校の頃から浴衣着たかったんだけど…」

と本当の事を母さんに告げた。

「あら?

 そうなの?

 変ねぇ…

 でも今日は可愛かったわよ。

 あの浴衣、とっても似合っていたわよ、

 それに着付けもちゃんと出来てたじゃない」

と母さんは僕に言う。

「そっそう…」

母さんの褒め言葉に僕は冷や汗を掻きながら自分の部屋に戻ると、

ガチャッ

僕は手当たり次第にクロゼットやタンスを開けるが、

しかし、出てくるのはどれも女物の服ばかりで、

僕が男の子だった証拠は何処にもなかった。

「僕って生まれたときから女の子だったのだろうか、

 あの、男の子だった時の記憶って夢だったのか…」

ふと、そんな錯覚に囚われるが、

ブンブン

僕は首を左右に振ると、

「いやっ

 確かに僕は男の子だった。

 現にその記憶もあるし、

 それに立ちションをしていた感覚も残っている…」

と僕は記憶を拠り所にしようとするが、

しかし、その記憶も何故か薄れ始めていた。

「えぃいっ」

記憶が薄れていくのと合わせるように襲ってきた睡魔に、

僕は幾度も首を振り、眠気を覚まそうとするが、

しかし、ついに根負けしてしまうと、

パジャマを探し始めた。

けど、幾ら探してもパジャマを見つけることは出来ず、

つい母さんにパジャマの在処を尋ねると、

「パジャマ?

 あれ?

 由紀ちゃんはいつもネグリジェで寝て居るんじゃないの?」

と母さんの返事。

”ねっねっネグリジェ?

 そんな物を着て僕は寝ているのか”

母さんからの思いがけない返事に僕は驚くが、

これ以上、問いつめて母さんに余計な心配させることは出来ず、

そのまま僕は引き下がると、

部屋のタンスの中からネグリジェを見つけた。

「こっこれをきるのかよ」

薄く透き通るネグリジェを片手に僕は冷や汗を流すが、

しかし、女の子になっている以上、

ネグリジェを着てもおかしくはなく、

僕は黙ってTシャツに手を掛けた。



パフッ

「もーなにがなんだか…」

ネグリジェの感覚に包まれながら僕はベッドに横たわると、

そのまま、眠りの世界へと一気に落ちてゆく、

そして、意識が落ちる直前、

”…まさか

 …あの神社にお願いしたのが…”

と神社でお願いしたことを思い出したが、

その時には僕は寝入ってしまった後だった。



ちゅんちゅん

「由紀(よしのり)起きなさい!」

翌朝、

母さんの声で僕は目を覚ました。

「んーっ」

寝ぼけ眼のまま僕は起きあがり、

顔を洗いに洗面所へと向かっていく、

そして、

バシャッ!

水道水で顔を洗い、

タオルで顔を拭きながら鏡に映る自分の顔を見た。

すると、そこにはいつもの自分の顔があり、

また、着ているのはいつものパジャマであった。

「…………」

いつもなら全く気にしないそれらが今日がやけに気に掛かるのを感じた僕は、

何か忘れているような気がすると、

「あーっ」

そう、昨日、女の子になった事を思い出し、

それと同時に、

「母さん、

 干してあった浴衣は?」

と声を上げた。

すると、

「浴衣?

 浴衣がどうしたの?

 そんなもの買っていませんよ」

と母さんは文句を言いながら返事をする。

「浴衣を知らない?」

母さんのその言葉に僕は驚きながら

昨日買った、あの浴衣を探すが、

しかし、何処にもそのような物はなく、

お祭りに穿いていった下駄までも無くなっていた。

「あれぇ?」

浴衣も帯も下駄も影も形も無くなっていることに僕は首をひねると、

「昨日お祭りに着ていったのに…」

と僕は呟いた。

すると、

「なに言っているの、

 お祭りは今日でしょう」

と通りかかった母さんは僕そう指摘する。

「え?

 今日がお祭り?

 じゃぁ昨日は?」

母さんお言葉に僕はキョトンとしていると、

「寝ぼけてないで、

 サッサとして、

 片付かないでしょう」

と急かす母さんの声が響く、

「うっうん」

その言葉に僕は席に着き、

用意されていた朝食を食べ始めた。

そして食事中、

”確か昨日は浴衣を買って…n

 それを着て…

 いつの間にか女の子になって…

 お祭りに行って…

 皆にほめられて…

 疲れて寝たんだよなぁ”

と昨日のことを一つ一つ思い出してゆくと、

”そうだ、制服!”

と壁に掛かる女子の制服のことを思い出し。

慌てて、部屋に戻った。

しかし、

そんな僕の視界に映る部屋には女子の制服は掛かっておらず、

いつも着ていた男子の制服がハンガーに掛かっていた。

そして、なおも諦められずに僕は母さんの部屋に行くと、

あの姿見にいまの自分の姿を映し出した。

すると、

鏡には昨日見た浴衣姿の少女とほど遠い、

パジャマ姿の男の姿が映っていた。

「夢でも見ていたのかな…」

鏡とにらめっこしながら僕はそう呟くと、

クルリと向きを変え、部屋から出て行った。

しかし、僕が出て行く直前。

スッ

鏡に映る僕の顔が一瞬の間、

あの女の子の顔になっていたことには気づくことはなかった。



おわり