風祭文庫・乙女の館






「雛祭り」

作・風祭玲

Vol.098





3月2日、夕刻

「あれ?

 どうしたの?、

 お雛様なんか」

僕が学校から帰ってくると、

家の居間にど〜んと雛人形が飾ってあった。

しかも7段飾りという豪華版が…

「あぁ、これ?

 死んだおじぃちゃんがね、
 
 お前がまだ私のお腹にいる頃、

 ”お腹の子は絶対に女の子だから、
 
 先にコレを買っておいたぞ”

 ってね…

 まだ、お前が男か女か判らないウチに
 
 この雛人形を買って来ちゃってね」

と母さんはこのお雛様の謂われを説明した。

「ふぅ〜ん…」

感心しながら僕が雛人形を眺めていると、

「で、生まれてきたのが男の子だったので、

 おばぁちゃんがカンカンで…

 で、それっきりずっと仕舞われてきてたのよ」

「なるほど、じゃぁ全くの無駄ったわけだ」

そう僕が言うと、

「まぁね、

 そのおじぃちゃんも去年暮れ亡くなったので、

 いまいろいろと片づけをしていたら、

 コレが出てきたのよ。

 いやぁ、すっかり忘れていたわ…

 それで、
 
 せめて1回ぐらいはこうして飾って上げようと思ってね」

そう言いながら母さんは雛人形を離れた位置から眺めた。

「はぁ…

 翼が女の子だったらねぇ…」

母さんは思わずため息をつく、

「悪かったな…

 でも、祝う主がいない雛人形と言うのも哀れな物だな…」

僕はそう言って雛人形を見つめた。そして、

”もしも、僕が女の子だったら、コレも救われただろうに”

と思って眺めた。


夕方…

「翼っ、夕ごはんよ…」

「あぁ」

階段を下りながら僕は胸を掻く、

食事中、母さんが僕の方をジロジロを見る。

「どうしたの?」

っと訊ねると、

「ん?、

 うぅぅん、

 いや、お前ってそんな体つきだったかな…ってね」

「?」

僕が不思議そうな顔をすると、

「うん、なんか翼の雰囲気…変わったみたい」

と母さんが言う。

「そうか?」

返事をしながら、いつの間にか僕の片手は胸を掻いていた。

「ところでさっきからなに胸を掻いているの?」

と母さんが訊ねると、

「うん…、

 なんか、痒いんだよなぁ…」

そう言いながらも、僕の手は胸を掻いていた。

「虫にでも刺されたかな?」

「春先なのに、人を刺す虫なんていないわよ」

っと母さんの返事が帰ってきた。



風呂上がり、何気なく洗面所の鏡を見ると、

僕の胸が微かに膨らみ始めていた。

それどころか、顔が丸みを帯び、

身体が華奢な感じになっていた。

「なんだこりゃぁ?」

僕は鏡を見つめながら言う。

「まるで、女みたいだな…」

そう言うと

僕はそのことに大して気に止めずに洗面所を後にした。



そして翌朝(3月3日)の朝がきた…

「ホラ、つばさ、いつまで寝ているの。

 早く起きなさい」

いつものように母さんの声によって僕は起こされた。

「おはよ…」

むっくりと起きあがると、

シャッ

部屋に入ってきた母さんがカーテンを開けた。

サッ

と日の光が射し込んだ部屋の様子に僕は絶句した。

そう部屋の中は整然と片づけられ、

窓には観葉植物、壁には男性アイドルのポスター、

とまるで、僕の部屋は女の子の部屋になっていた。

「これは…」

僕が驚いて部屋の様子を眺めていると、

壁際に一枚の大きな鏡が置いてあり、

その中にベッドの上で呆然としている女の子の姿が映し出されていた。

「女?」

鏡をじっと見つめたまま動かない僕の様子に、

「どうしたの?」

っと母さんが覗き込む。

「ほら、あんたはいつも支度に時間がかかるんだから、

 さっさとするのよ」

母さんはそう言うと、

僕の姿を大して気にとめることなくそのまま部屋から出ていった。

「そんな…

 なんで?

 確か僕は男の…はず…」

のろのろと立ち上がると僕は鏡に近寄った。

丸い顔に、肩まである長い髪…

そして華奢な身体を包む女物のパジャマ、

さらに胸に手を持っていくと

柔らかく弾力性のある2つの膨らみが感じられた。

「なっ」

あわてて、股間に手を持っていくと、

伝わってきた感触は毛に覆われ縦に走る溝…

「女…」

心臓が鼓動が大きく聞こえる。

「僕…女になっている…

 そんなぁ…」

しばし、呆然としていると。

「そうだ…制服…」

カチャ

初めてみるクロゼットを開けると、

そこには僕の学校の女子の制服であるセーラー服が掛かっていた。

「やっぱり…

 母さんは女になった僕を見て何も言わなかったし

 部屋は見ての通り女の子の部屋…

 これって…
 
 ひょっとして、僕が女の子の世界なのか?」

そのときなぜか僕は冷静に事態の判断をしようとしていた。

「夢?」

そう思って頬をつねると、痛みが走った。

「痛っってぇ…」

頬を押さえながら、

「どうやら夢ではないらしいな…」

なと言っていると、

「何しているのっ早くしなさいっ」

下から母さんの声が響く、

時計を見るとすでに7時半を回っていた。

「いけねっ」

急いでパジャマを脱ぎすてると、セーラー服に手を掛けた。

そして、ハタと動きが止まった。

「ところで、これってどうやって着るんだ?」

しばし、セーラー服を前に悩んでいたが、

「えぇい」

考えられる手段で何とか制服を着ると、下に降りていった。


「何やってたのっ」

席に着くなり母さんの声が響く、

「ほらっ、時間がないからさっさ食べていく」

「は〜ぃ」

大急ぎで食事をしながら、

「ねぇ、母さん…」

「なによ」

「僕…あたしって女の子…だよね」

と訊ねると、

「なに馬鹿なことを言ってんのよ、この子は…

 あなたが男のワケはないでしょう」

母さんは呆れながら言う。

「そうだよね…」

と言うと、

「やっぱり、ここでは僕は女なのか…」

いつもより小降りの茶碗を眺めつつ僕は

いま自分が置かれている状況を確認していた。



「行ってきまーす」

そう叫んで家を出ようとしたとき、

ふと、居間の雛人形が目に入った。

「まさか…

 おじぃちゃんの願いが叶った世界か?…
 
 ここは…」

そう思いながら玄関を開けて外に出る。



「全くいつもと同じ世界だ…」

街で会う人、

ホームの行列、

電車の中の顔ぶれ、

何一つ、変わっていなかった。

ただ、僕が女の子であるコトを除けば…

やがて、学校の最寄り駅に到着して改札を抜けたとき。

ドキっ

っと緊張が走る。

あまりにもいつもと変わりになさに、

女子の制服を着ている自分の姿が奇異に感じたからだ。

「知っているヤツに、こんな姿を見られたら恥ずかしいなぁ」

自然と顔を赤らめ、俯きに早足で歩き始める。

しかし、それから十数分後、

何事もなく僕は教室の前に立っていた。

「う〜っ、ドアを開けるのが恥ずかしいなぁ…」

ドアの前で僕が躊躇していると、

「諸橋さんおはよー」

っと声を掛けられた。

ギクッ

恐る恐る声のした方を見ると、

クラスの山田美和が立っていた。

「山田さん…?」

「なにしているの?」

首を傾げながら彼女が言う。

「いっいやなんでも…」

「風邪引くよ、そんなところで立っていると」

と言うと、

ガラッ

彼女はいきなりドアを開けた。

「いっ」

一瞬、僕は飛び跳ねる…

「?」

彼女は不思議そうな顔をする。

「えぇぃ」

覚悟を決めると僕は教室の中に入っていくと、

すでに着ていた他の連中は一瞬僕の姿を見るなり、

「おはよー」

と当たり前の挨拶をした後、

何事もなく再びおしゃべりを始めた。

「誰もなにも言わない…

 これが当たり前なのか?」

ややホッとしたような複雑な気持ちで僕は席に着いた。

「ねぇねぇ、つばさ…宿題やってきた?」

長崎由美が声を掛けた。

「宿題?」

「ほら、家庭科の…」

「へ?

 そんなもんあったっけ?」

キョトンとしていると、

「あっ、まさか忘れたの?」

と聞いてきた。

「えっと…昨日まで男だったから…」

と説明しようとしたが、

それは、無駄のような気がしたので、

コクリ

と頷いた。

すると、

「良かったぁ、あたしも忘れたから、

 もしも、あたしだけだとしたらどうしようかと思っていたのよ」
 
と由美は言うと僕の手を握った。


「おはよー」

よく知っている声が教室に響いた。

「この声は…幼なじみの河合里香…」

そう思って振り向くと、

里香が目の前で僕をじっと眺めていた。

「おっおはよー」

と彼女に挨拶をすると、

彼女は僕を指さして、

「誰?あなた?」

と呟く。

「え?」

里香が言っている意味が分からないでいると、

「どうしたの里香…」

「諸橋さんじゃないの、忘れたの?」

傍にいた橋本紀子が言う。

「諸橋?………ってだれ?」

「ちょっと、里香ぁ、朝っぱらから冗談は止めてよ」

「ホントどうしちゃったの?」

逆に里香の方が事態が飲み込めないようだった。

「やだ、だって、諸橋……って翼のことでしょう?」

「彼は男じゃない」

「!!」

と里香が言ったとたん、

ガタッ

僕は席を立つと、

「里香っ、ちょっとつきあって…」

と言うなり、

僕は里香の腕を掴むと教室の外に出た。

「なっなによっ

 痛いじゃない」

「いいから、つきあえ」

そう言って僕はいやがる彼女を無理矢理校舎の隅へと連れて行った。

「なによ、あなた…」

里香が僕を睨み付ける。

「おいっ、里香っ、

 お前、僕が男だってこと覚えているのか?」

「え?」

「朝起きたら、いきなり女になっているし……

 母さんも、クラスの連中もみんな僕を女だと言っている。

 だけど、お前だけが僕が男だったコトを覚えている。

 この世界は一体何なんだ…」

と僕が言うと、

「ってことは、まさか、本当に翼なの?」

里香が僕を指した。

「あぁ……

 なんでかは知らないが、

 朝起きたらこの通り女になっていた」

そう里香に言うと、


「…………」

ムギュッ

「いっ」

しばらく考える顔をした後、

里香がいきなり僕の胸を鷲掴みにした。

さらに、

サワッ

とスカートの上から股間をなでた。

「なっ何をするっ」

思わす胸と股間を手で隠して声を上げると、

「うん、確かに女だわ…」

里香は僕の身体の感触を確かめるように言った。


「じゃぁ、なに、朝起きたら女の子になっていたと言うの?」

彼女の問いかけに

「さっきからそう言っているじゃないか」

と答えると、

「本当なのね」

とポツリと彼女は言った。

そのとき、


キーンコーン

っと予鈴がなった。

「いけないホームルームが始まるわ、

 翼に何が起きたのかは判ったから、
 
 この続きは2時間目の後でね」

そう言うと里香はさっさと教室へと向かっていった。

「なんなんだ……」

僕は彼女の後ろ姿を眺めていた。



2時間目の後の休み時間

「それにしても、朝起きたら女の子になっていたなんてねぇ」

関心しながら里香は僕をジロジロと眺めた。

「それどころか、クラスのみんなや家族までもが

 翼のコトを女の子であることに疑問を抱かないなんて…」

そう言いながら不思議そうな顔をする。

「僕だって、なんでこうなったのか判らないよ」

と言うと

「で、翼はこれからどうするの?」

「え?」

「まさか、このまま女の子として暮らしていくつもりなの?」

「そんなつもりないよ…」

そう僕が言うと。

「じゃぁ、なんで女の子になったのか原因を探らないとね」

「うん」

「夕べ、なに食べたの?」

「はぁ?

 何でそんなことを聞くの?」

と里香に聞くと、

「いや、なにか食べ合わせかなぁ……って思ってね」

「食べ合わせで、性転換すると言うのか?」

「それに、家族やクラスのみんなが僕のコトを

 女の子と思っていることの説明は付かないよ」

と言うと、

「う〜ん、それはそうねぇ」

里香はそう言うと考え込んだ。



「里香……そろそろ着替えないと、遅れるよ」

橋本さんが声を掛ける。

「あっ3時間目は体育か…」

里香は時計を見ると、

「じゃぁ…後でね…」

と言って席を立った。

「諸橋さんも早く着替えたら…」

「え?」

「あっ、そうか、いまは女の子だっけ」

と言って、僕も立ち上がると、

「えっ、翼も着替えるの?」

っと里香はイヤそうな顔をする。

「しょうがないだろう…

 里香も僕が女だってこと納得したじゃないか」

そう文句を言うと、

「あたしの着替えを見たら許さないわよ」

と言って先に出て行った。

「不可抗力までは責任を持たないよ」

後から僕が声を上げた。


女子更衣室……

これまで幾多のスケベな男子生徒の侵入を阻んできた鉄壁の要塞。

「う〜ん

 このまま入っていいものだろうか?」

僕は更衣室の前に立つとしばし考え込んでいると、

ガラッ

とドアが開けられると着替えが終わった里香が出てきた。

「あっ、里香…えっ」

「なによ…」

「それって…」

と僕が聞くと、

「今日の授業はジャズダンスだからレオタードよ」

と言うと、赤いレオタード姿を僕に見せた。

「いっ、いきなりレオタードかよ………」

僕が驚いていると、

「さっ早く着替えるのよ、翼が一番後だから、もぅ誰もいないわよ」

と里香は言うと僕を更衣室に押し込めた。

ふわ〜〜っ

とココで着替えた女子生徒達の汗の臭いが籠もっていた。

「うわぁぁぁぁ」

とにかく、空いている所を見つけると、

そこで着替え始めた。

セーラー服を脱ぎ、下着姿になるとブラジャーをスポーツタイプのに変えると、

体操着が入っている袋からレオタードを取り出した。

「こっ、コレを着るのか…」

生唾を飲み込むと。

まずは脚を通す。

スルスル

っと腰まで上げると、

グィっ

レオタードを胸まで引き上げて、

まずは右手、続いて左手を通す。

よっ

腕を動かして肩まで引き上げると、

レオタードが僕の身体を包み込んだ。

「うわぁぁぁぁぁ」

服を着ているのに、体の線が出ている。

裸のようで裸でない、

その感覚がなんだか妙に恥ずかしい気持ちになった。

ガラッ

「いつまで着替えているの、終わったらサッサと出る」

里香がドアを開けて、早く出るように促した。

「う…ん」

僕は顔を赤らめて外に出た。

「ふ〜ん」

里香は僕のレオタード姿をジロジロと見た後、

「本当に女の子なんだわ…」

と納得をすると、

ホラっ、集合が掛かっているわよ。

と言うと僕の手を引いて走り出した。


男子はサッカーだったので授業は女子のみ体育館で始まった。

それ自体、別に何の問題もなく授業内容の関係上、

20数人のレオタード姿の女の子の集団と言うやや特異な状況を除けば

まぁ、ごくありふれた体育の授業だった。

しかし、僕にとっては、

男の居ない女だけの世界に無理矢理放り込まれたような、

そんな居心地の悪い環境の中で授業を受けていた。

そういや、数日前の昼休み、友達と

「大勢の女を独り占めに出来たら、どうだろうか」

などという話を思い出したが、

ある意味、いま僕の置かれている環境は若干条件は違うものの、

まさにそれと言っても過言ではない。


「それにしても、ある意味男の夢と言ってもいい”女だけの世界”

 と言うのもイヤな物だな……」

と居心地の悪さの愚痴が口からこぼれた。



コン

「痛て」

振り向くと里香がいつの間にか僕の後ろにいて、

「さっきから、何ブツブツ言ってんのよっ」

っと小声で注意してきた。

「別に…」

返事をすると、

「もぅ、気味悪いわね」

「しょうがないだろう、色々あるんだから…」

などと里香と言い争っていると、

「そこっ、諸橋さんと河合さんっ、さっきから何を喋っているのですか」

っと先生から注意された。

クスクス

笑いがこぼれる。


「じゃぁ、あなた達2人にこれから模範演技をしてもらいます」

と先生が言うと、僕と里香に前に出てくる様に指示した。

「もぅ、翼のせいよ」

と里香が小声で言う。


昼休み…

「ねぇ、諸橋さんって、なんか雰囲気変わったわよねぇ」

お弁当を囲んでいたとき、山田さんが言い出した。

「そう言えば…」

「そうねぇ」

「え?、何か変わった?」

彼女たちの指摘に

ギクッ

とした僕が訊ねると、

「うん、なんかこう、女の子らしくなったというか」

「そうそう」

長崎さんの意見に他の子も賛同する。

「え゛っ?」

「女らしい?」

意外な発言に僕が聞き返すと、

「前はもっと…男の子みたい…………」

「あれ?、諸橋さんの前ってどんな感じっだったけ?」

「そう言えば……あれ?」

山田さんや長崎さんは以前の僕を思い出そうとして、

急に記憶が混乱し始めたみたいだった。


「ねぇ、これって…」

里香が僕の脇腹をつついた。

「あぁ、やっぱり、僕の女性化と何か関係があるな…」

僕がそう言うと、

「まっまぁ、

 そんなに無理して思い出さなくてもいいんじゃない?

 大した問題じゃないんだからさぁ」

里香が口を挟んだ。


「そうね、なんかあたしどうかしているみたい」

「ゴメンね、諸橋さん」

と言うことでその場はなんとか収まった。


「さて」

僕が立ち上がると、

「どこ行くの?」

里香が訊ねる。

「トイレ」

と答えると、

「バカっ、そう言うのは小さい声で言うの」

と注意した。

「そっか…」

舌を出して謝ると、

「もぅ、たとえ仮とはいえ、

 女の子なんだから少しは慎みなさい」

「なったばっかりで、無理を言うなよ」

「ねっ何を話しているの?」

山田さんが聞いてきた。

「うぅん、別に…」

僕と里香が笑いながら席を離れた。


「何でついてくるの?」

あとからついてくる里香に言うと、

「翼が悪いことをしないように監視するのっ」

「誰がするか」

文句を言いながら、思わず男子トイレのドアに手を掛けると

「つばさっ、違うっ、こっち」

と言って僕の片手を引いた。

「あっ、そうか、女子用に入らないといけないんだっけ」

「もぅ、しっかりしてよねぇ…」

始めて入る女子トイレもコレと言って変わりはなかった。

まぁ、強いて言うなら、

タイルのカラーリングと、小便器が無いことくらいだが…


放課後…

僕が帰ろうと準備をしていると、

「あれ、諸橋さん、今日部活はいいの?」

と隣のクラスの女の子が入ってきた。

「部活?」

「…何か入ってたっけ?」

と訊ねると。

彼女が僕の額に手を当てると、

「うん、熱はないようね…」

「?」

「何言ってんの、あんた、あたしと新体操部に入っているんじゃない」

と呆れながら言った。

「ほらっ、さっさとしないと練習が始まっているよ」

と言って手を引っ張りだした。

「ちょちょっと待って…実は…」

そのとき里香が助け船を出してくれた。

「えっ、風邪?」

「でも…」

「うん、熱はまだないんだけど、相当怠いみたい」

「そう…判ったわ、じゃぁ、そのように先生に言ってね」

と言うと彼女は教室を出ていった。

「サンキュー、助かった

 コレで新体操までやらされたら大変だからな」

と僕が礼を言うと

「翼に貸しが出来たね」

「え?」

「あとで、奢ってね」

と言って里香が先に教室を出た。


「風邪?」

「はぁ…」

新体操部の顧問の先生は訝しげに僕を見る。

僕はわざと辛そうな顔をする。

はいっ

体育館では他の部員達がすでに練習を始めていた。

「しょうがないわねぇ…

 風邪を引いているのなら
 
 無理をさせるわけにはいかないし

 判ったわ、今日は早く帰って休みなさい」

「…ありがとうございます」

「その替わり、治ったらみっちり扱きますからね」

と言うと、僕のそばから離れていった。


「どうだった?」

体育館の外で待っていた里香が結果を聞いた。

「取りあえず、おっけ」

と僕が言うと、

「じゃぁ、一緒に帰ろう」

言って、横に並ぶ、

「風邪が治ったら、扱くってさ」

「ふ〜ん」

「で」

「え?」

「女の子になった理由、判ったの」

里香が聞いてきた。

「うん、今日一日色々考えたんだけど、

 思い当たる点がないんだ」

「そう」

「何かの呪いかなぁ…」

里香が呟いた。

「呪い?」

「うん、普通翼がそのように女の子になれば、

 少なくても家族は大騒ぎになるはずなのに
 
 それが起きていないし、
 
 しかも、みんなが翼を女の子だと思いこんでいてる、
 
 ご丁寧に環境までそのようにセットされてね。
 
 これは、陰謀とか言う前に何か呪いが翼に掛かっている証拠よ」
 
「なるほどねぇ、まぁ僕を女の子にする陰謀があったのかどうかは

 判らないけど、呪いの線は確かにありそうだな…」
 
「ねぇ、昨日から今日に掛けて何か替わったこと…無かった?」

「替わったこと?」

「そう、例えば………そうねぇ、何か拾ったとか、

 じゃなかったら、何かを見つけたとか」

里香の問いに、

「う〜ん………」

と考え込んだが、

「そんな事はなかったなぁ…」

何も浮かんで来なかったが、

「…………あっそう言えば…」

「えっ何かあったの?」

「お雛様…」

母さんが飾った雛人形の事を思いだした。

「お雛様?」

「うん、母さんが、

 去年死んだじぃちゃんが遺していった物だと言って

 昨日、雛人形を飾ったんだ」
 
「えっ、でもなんで雛人形が翼の所にあるの?」

不思議そうな顔をする里香に

「うん、実はね…」

っと雛人形の由来を説明した。


「あっ、それよそれっ」

話を聞き終わった里香が僕を指さして言う。

「うん、ありそうな話だわ」

里香は一人納得した顔になっていた。

「ってことは、雛人形がこの呪いの元凶?」

と僕が言うと

「そうかもしれない…」

と里香が言う。

「でも、そんなコトって…」

信じられない僕に

「人形って結構怖いのよぉ…

 現に世界各地で人形に取り憑いた霊によって
 
 引き起こされる超常現象が数多く報告されているし、
 
 ひょっとしたら今回のコレも、
 
 その雛人形に取り憑いたおじぃさんの霊が
 
 引き起こしている可能性が高いわ」

「なんだか鳥肌が立ってきた」

思わず僕はブルっと震えた。

「でも、もしも、そのお雛様が元凶だとしたら、

 明日には元に戻っているんじゃないのかな?」
 
「え?」

「だって、今日は3日でしょう、

 少なくても明日までには片づけるから、

 早くて明日の朝には元の世界に戻っているんじゃぁないかな
 
 って気がするんだけど…」

そう説明する里香に、

「ホントかなぁ」

と疑問を投げかけると、

「う〜ん、判らない…」

里香が再び考え込む。

「まっ、とにかく明日になってもその姿だったら

 もう一回考えよう」

そう言う思考形態の里香がうらやましかった。



「………ただいまぁ」

里香と分かれて家に帰ってくると、

「あら、つばさ、お帰りなさい」

母さんの声が奥よりする。

「あ〜ぁ、疲れた……」

そう言って僕は自分の部屋に上がって行った。

ボフっ

鞄を放り投げるとベッドに上にそのまま倒れ込む。

「はぁ〜っ…

 女ってこんなに疲れるものなのか」

顔を突っ伏したまま愚痴をこぼす。

「ホント…

 明日になったら男に戻ってて欲しいぞ」

などと小言を言っていると、

「つばさっ、ちょっと降りてきなさい」

下から母さんが呼ぶ声がした。

「ふぁ?」

むっくりと起きあがると重い足取りで下に降りる。

「なぁに?」

居間に行くと、父さんが帰っていて、

「おぉ、つばさか、恒例の記念写真を撮ろう」

と言ってカメラを見せた。

「記念写真?」

「そうよ、

 毎年お雛様の前で記念写真を撮っているじゃない」

と母さんが言う。

「そうなの?」

「さーさ、そこに座って…

 おっと、その前にその制服をきちんとしなくてはな」

と言うと、父さんが僕が着ているセーラー服を整えはじめた。

「いいよ、自分でするから」

と言うが、

「ダメよ、女の子はちゃんと身だしなみをしなくっちゃね」

と言って、髪をとかしはじめた。


「じゃぁ、撮るよ…、はいチーズ」

パシャ

雛飾りの横に僕を座らせるとフラッシュの光が光る。

そして、

もぅ一枚…

再びフラッシュの光が光った。

「おじぃちゃん、つばさのこの写真をいつも楽しみにしていたね」

母さんがしみじみと言った。

「そうだな…」

と父さんは言うとおじぃちゃんの遺影を眺めた。

「ご苦労だったな、つばさ、もぅ戻っていいよ」

「はーぃ」

そう言うと僕は自分の部屋の戻っていった。



その夜

僕は夢を見ていた。

その中で、死んだおじぃちゃんが出てくると、

『翼…ワシのワガママニつき合ってくれてありがとう…』

「え?、そう言うこと?おじぃちゃん?」

『これで、心おきなく天国に行けるわ、

 ワハハハハハ………

 ……ありがとうな』

そう言い残すとおじぃちゃんは消えていった。



3月4日朝

「翼っ、いつまで寝ているのっ」

シャッ

母さんがカーテンを開ける。

「ふわっ?」

寝ぼけ眼で起きると、部屋の様子は元に戻っていた。

「おっ……元に戻っている…」

「なに寝ぼけているのっ」

母さんはそう言うと部屋から出ていった。

「……………ってことは」

ガバッと飛び起きると自分の身体を確かめた。

胸や股間を触って男の身体に戻っていることを確認すると、

「男に戻っている……

 男に………

 良かったぁ〜っ」

思わず力が抜けた僕はその場にへたり込んだ。

「ふぅ…元に戻ってて良かった。

 でも、やっぱり、
 
 お雛様の呪いだったのか」

そう思いながら

制服に着替えて下に降りると、

母さんがお雛様にお茶を上げていた。

「なにしているの?」

「ん、今日で仕舞ってしまうから、

 こうしてお茶を上げているのよ」

「ふ〜ん」

「もぅ出すこともないわね、

 さっ、早く朝ご飯を食べた」

「うん」

とそのとき、ふと夢のことを思い出した。

「まさか、昨日のコトって…

 おじぃちゃんが仕組んだこと?」

僕はお雛様を見ながら呟いた。

ニコッ

一瞬、人形が笑った。



おわり