風祭文庫・乙女の館






「バレンタインの悪魔」

作・風祭玲

Vol.090





2月14日は聖・バレンタインデーと言うことで、

女の子達は浮き足立ち、

また、そんな彼女達の心を見抜いてか、

何処のデパートもまるでクリスマスさながらの商魂で

チョコレートを売りさばいていた。

しかし、未だかつてそのようなっものを

貰ったコトがなかった僕にとっては、

それは妙に白々しいイベントにしかなく、

「まったく、いいように操られて…」

っと2月14日が近づくにつれ賑わいの度を増していく

特設コーナーを横目で見ていた。


そして、運命の2月14日が訪れた。

朝、学校に行くと、

「お〜っす」

僕よりも先に野中のヤツが席に座っていた。

「よう、どうした?

 お前が早いなんて珍しいじゃないか」

そう言いながら席に着くと、

「よう、戌井くん、チョコは頂けたかな?」

と不気味な恵比須顔で僕に話しかけた。

「うるせー、お前だってもらってないだろうが」

憮然として言い返すと、

「ふふふふふ」

「なっなんだよ、そのいやらしそうな含み笑いは…」

「じゃーん」

と言って野中が僕の前に見せたのは、

ハート模様をあしらった包み紙にくるまれた小箱だった。

「なっ、お前……」

唖然として見ている僕に、

「いやぁ〜、

 今朝、下駄箱の所で後輩の1年に呼び止められてねぇ

 はっはっはっ…

 もてる男と言うのは辛いものだわなぁ〜」

などと言いながら野中は得意満面になっていた。

ガーーーーン!!

『くそぅ、野中のヤツに先を越されるなんて…』

僕は心の中では思いっきり悔しがっていた。

そして負け惜しみながらも、

「どうせ、その1個だけだろう」

と言うと、

「ふっふ〜ん、

 例え1個といえどもキミのような0ではない。

 それに、今日はまだこれからだから、

 ひょっとしたら、もぅ2個・3個と来るかも知れないなぁ」

などとぬかし始めた。

「だったら、僕にもまだ可能性はあるわ」

と言い返すと、

「ほぅ、でも、第1打席で空振りってことは、

 これからの打席もどうか判りませんな」

もぅ野中のヤツはすっかり天下を取った気になっている。

「うるさいっ!!」

僕は思わず怒鳴ったが、

しかし、待てど暮らせど僕には声が掛からなかった。

舞い上がっているヤツの姿を見るにつけ、

「え〜ぃ、忌々しい奴め」

っと野中を見ていた。

結局校内での受け渡しがないまま1日が過ぎ、

「はぁ、今年も無理か〜っ」

ため息混じりに下校途中、公園の横を通っていると、


「あのぅ………」

突然声を掛けられた。

「はい?」

振り返るとセーラー服姿の女の子が立っていた。

可愛い……

第一印象はそれだった。

「僕に何か用?」

彼女に訊ねると、

彼女はすっと小さな箱を差し出し、

「これ、受け取ってください」

と小さく言った。

「え?、僕にくれるの?」

思わず聞き返すと、

彼女はコクンと小さく頷いた。

『やったぁ〜〜っ

 ついに僕にも春がきたぁ〜』

天に昇る気持ちで包みを受け取った。


すると、

「実は一つお願いがあるんです」

彼女は上目遣いに僕に尋ねてきた。

「はい?」

「そのチョコ…食べてもらえませんか?」

「え?」

彼女の訴えかけるような目を見ているウチにイヤとはいえず、

その公園の中に入ると、

空いているベンチに二人で座り、

ガサガサ

僕は彼女にいわれたとおり包みを開け始めた。

包みを開けると可愛いパッケージに納められたハート形のチョコが姿を現した。

「あのぅ…

 それ…あたしの手作りなんです」

彼女は恥ずかしげに言う、

『そうか、手作りなんで僕の反応を見たいのか』

そう解釈した僕は、チョコを口に運ぶと、

ポキっ

っとハートの先を歯で折って食べた。

チョコレート独特の柔らかく・甘い食感が口の中に広がる。

「うん、おいしいよ」

僕が感想を彼女にいうと、

彼女はそっと僕の手を握りしめた。

ドキッ

女の子の柔らかい感触が手に伝わってくる。

ドキドキドキ

こういうときってどうすればいいんだ、

次のアクションについて考えを巡られていると、

「…全部、食べてください」

彼女は顔を伏せていう。

「うっうん」

緊張しながら僕はチョコを食べ始めた。

チョコの味がだんだん判らなくなっていく…

そして、すべてを食べ終わった頃には緊張のせいなのか

目の周りがクラクラとし始めていた。

『あれ?、どうしたんだ?

 目眩が…』

ベンチの背もたれに身体を預けてぼんやりしていると、

視界に影が迫ってきた。

「え?」

うっすらと目を開けると彼女の顔が徐々に迫ってきた、

「じっとしてて…」

彼女の口からその言葉が漏れる。

まっまさかキッキスぅ〜

程なくしてチョンっと唇に何かが当たる感触……

しかし、

僕の口と彼女の口が重なり合ったとたん、

ズォォォォォ………

まるで僕の魂を吸い出すようにして彼女が僕を吸い出し始めた。

「ん……んんっ………」

口を離そうとしたが、彼女はしっかりと僕の身体に絡みつき、

ギリギリギリ

っと締め上げ始めた。

『たっ助けてくれぇ〜っ』

心の中で叫び声を上げると、彼女の声が僕の頭の中に響いた。

「ふふふ…逃げようとしてもダメよ

 あなたは、私の獲物なんだから…」

『獲物?』

「そう、あたしは悪魔…

 あたしの好物は、

 人の魂だけど、

 でも特にこうして、

 チョコで味をつけた男の魂は格別ね…」

とつぶやく、

『やっやめろっ!!』

そう叫んだものの

ズォォォォ…

彼女は絞り出すようにして僕の魂を吸い取る。

「うふ…美味しいわぁ〜っ、

 あたしの特製チョコで味を付けたあなたの魂」

やがて、すべてを吸い尽くしたのか、口を離すと。

冷たい微笑を浮かべながら、

「美味しかったわ、あなたの魂…

 じゃぁ、そのお礼に貴方にあたし特製の女の子の魂をあげるわね」

すると、再び彼女は僕に口づけをした。

ズズズズズ…

彼女の中から、甘く・暖かいモノが僕の体の中に送り込まれてきた。

『なんだろう……身体が……くぅぅぅぅぅ』

そのとき、僕の身体は徐々に小さく華奢に変化しはじめた。

伸びる髪の毛…

細くなっていく手足…

括れていく腰…

膨らんでいく胸…

ぷは…

彼女が口を離したときには、

僕はすっかりダブダブになった学生服に包まれた少女になっていた。

「うふ…可愛いわよ」

彼女は嘗めるように僕の姿を眺めたあと、

「あっ、そうそう、

 その服じゃぁいくら何でも美少女が台無しね。

 いいわ、あたしのこの服…

 …もぅいらないから貴方にあげるわ」

と言ったとたん、

シュルルルル

僕が着ていた学生服はたちまちセーラー服へと変化した。

「じゃぁね、楽しかったわ」

まるで、遊び友達と分かれるような素振りで彼女は僕の前から消えた。


ひゅぉぉぉぉ〜

日が暮れ、季節風が公園の中を吹き抜け始めた頃。


「もしもし、どうかなさいました?」

公園の見回りをしていた警察官が、、

ベンチに放心状態で座っている一人の少女を見つけ声ををかけた。

「大丈夫ですか?」

心配顔の警官に、

「僕…女の子にされちゃった…」

少女はか細い声でそのような返事をすると

ヨロヨロと立ち上がると、

夕暮れの街の中へと向かって歩いていった。




カサ…

チョコを包んでいた紙が風にさらわれ何処とも無く飛んでいった。



おわり