(4)ミッドウェー作戦

なぜこの海戦が転機だったのか?

兵力 経過 結果
 まず、ミッドウェー海戦は以下のように行われた。
 昭和十七年(1942)六月五日 
 0140 ミッドウェー第一次攻撃隊(百八機) 発進。ミッドウェー島を攻撃する。
 米艦隊の出撃に備えて、第二次攻撃隊(百八機)を機動部隊上空に待機させる。(目的は米艦隊発見次第に攻撃するのと、機動部隊護衛である)
 0400 第一次攻撃隊から「第二次攻撃の必要あり」との報告を受け、上空に待機させていた第二次攻撃隊を着艦させ、陸用爆弾に変更するように命じる。
 この頃にミッドウェー基地からの攻撃機によって機動部隊は攻撃を受ける。が、待機させていた航空部隊によって大部分を墜落させる。
 0428 偵察機から「敵艦隊発見」の一報が入る。
 0530 偵察機から「敵艦隊は空母も含む」との報告がある。
 そこで、陸用爆弾に切り替えていた第二次攻撃隊は急遽、対艦用爆弾に切り替えるように命令する。米機の応戦と第一次攻撃隊の収容と、爆弾の切り替えでかなりの時間がかかってしまう。
 0725 ようやく切り替え作業が終了し、いざ発進と思ったその時に、米戦闘機の来襲を受け、主力空母「赤城」「加賀」「蒼龍」が炎上。
 1526 「加賀」が沈没。1615 「蒼龍」が沈没。
 たまたま無傷だった空母「飛龍」は、二派に分けて計四十機の攻撃隊を発進。米空母「ヨークタウン」を攻撃。二度に渡る攻撃で撃沈。
 1430 主力空母「飛龍」が米戦闘機の攻撃を受け炎上。
 戦闘終了後、 航行不能となった「赤城」と「飛龍」を味方駆逐艦で処分。
 こうして日本は主力空母を一気に四隻失う事になる。このミッドウェー海戦での敗北によって、日本の有利な展開が逆転されたと良く言われている。果たして本当にそうなのか?。