(5−5)第三次ソロモン海戦

豪華な大和ホテル

兵力 経過 結果
 ガタルカナルへの輸送を成功させる為には、どうしてもガタルカナルにある飛行場が邪魔であった。そこで、戦艦金剛、榛名を中心とした部隊で、その飛行場への艦砲射撃を行う事になり、十月十三日の深夜に作戦は決行された。そしてその結果、全面を火の海にするほどの大戦果を上げた。そして十四日深夜に輸送を敢行するが、翌日には敵戦闘機に攻撃され全滅するに至った。その後南太平洋海戦で勝利すると、再び輸送が敢行されるが失敗。再びガタルカナル飛行場に対して艦砲射撃を行う事になる。
(5−5−1)戦艦の使い道
 ガタルカナル周辺の制空権は完全にアメリカ軍に支配されてしまい、昼間に行動するとガタルカナルのヘンダーソン飛行場から戦闘機が飛んでくる為に行動できなくなり、仕方無く夜間にこっそりと補給をしたり上陸作戦を敢行していたが、レーダーなどの開発でそれも難しくなり、いよいよもって苦しい状況になってしまった。それを一気に解決する手段として、空母が中心となって仕事が無くなっていた戦艦で艦砲射撃する作戦を思いつき敢行した。そしてそれは大成功し、ヘンダーソン飛行場は火の海に包まれた。使いようがなくなっていた戦艦をこのような方法で再生させたのである。この艦砲射撃は、後にアメリカ軍が沖縄や硫黄島上陸の際に行われたりしていたが、その元祖は日本軍によるガタルカナルへの艦砲射撃なのである。日本軍の、いや山本五十六の発想は凄かったと言えよう。
(5−5−2)艦隊戦
 そして十一月十二日の深夜に、戦艦比叡、霧島を中心とした部隊で再び艦砲射撃を行う作戦を立て敢行したが、アメリカ軍もバカではない。今度はガタルカナル周辺に艦隊を配備し待ち受けていたのだ。これにより、南太平洋海戦によって日米両軍共に可動できる空母はなくなっていて、昔ながらの艦隊戦が行われる事になった。が、サボ島沖海戦でも分かる通り、アメリカ軍はレーダーを配備していて、戦艦比叡が撃沈された。太平洋戦争開始以来初の戦艦撃沈となった。作戦は失敗したのだが、次の十三日の深夜にも重巡洋艦鳥海、衣笠を中心とした部隊が艦砲射撃を敢行し、それは成功。が、翌日にアメリカ戦闘機に攻撃され、衣笠は撃沈された。翌十四日深夜にも戦艦霧島、重巡洋艦愛宕、高雄を中心とした部隊が艦砲射撃を行う為ガタルカナルに接近したが、またもやアメリカ艦隊と遭遇。戦艦霧島が撃沈する被害を受ける事になり、この三度の戦いの結果、制空権だけではなく制海権も失う形となり、もはや日本軍の艦船は夜間であろうとなかろうとガタルカナルには近づけなくなってしまった。
(5−5−3)大和ホテル
 この戦いで単純に疑問に思うのは、同じ艦砲射撃をするのであれば、なるべく大きい主砲を持った軍艦の方がより効果があると思うのだが、実際に作戦に参加したのは、戦艦では金剛、榛名、霧島、比叡の四隻。他は重巡洋艦や軽巡洋艦である。これでは例え艦砲射撃を行ったとしてもそれほど効果はないのではないだろうか?。どうせなら、四十六センチ9門の主砲を持つ大和や武蔵を投入しガタルカナルに艦砲射撃をすれば、その戦果たるや絶大だったであろう。ちなみに金剛級の主砲は三十六センチの八門。大和級とは十センチも違っていた。この時大和や武蔵はどうしていたか?。呉にいて修理や改装をしていたのであれば仕方が無いがそうではない。トラックで待機中だった。大和と武蔵は冷房が完備してあり、トラック島は気温が高い為に豪華ホテルとして使用されていた。しかも船室が他の軍艦より広い為、「大和ホテル」と言われていて、海軍のくつろぎの場所になっていた。こんな事の為に作られた戦艦ではないような気がするが・・・。