(5−6)ルンガ沖夜戦

解任された大勝利の指揮官

兵力 経過 結果
  南太平洋海戦が、「日本海軍最後の勝利」と紹介したが、実はこの「ルンガ沖夜戦」で日本海軍は大勝利した。たった駆逐艦八隻でアメリカ重巡洋艦一隻を沈没、重巡洋艦三隻を大破させた。日本軍の被害は駆逐艦一隻撃沈のみ。まさに大勝利である。が、南太平洋海戦のようにその後の戦いに影響を与える事はなく、単なる勝利だけとなったが、日本海軍がまだまだ強かった証拠でもある。
(5−6−1)ねずみ輸送
 ガタルカナル周辺の制空権、制海権は完全にアメリカ軍に握られてしまった。それにより、ガタルカナルに残された兵士への補給は完全に絶たれてしまった。もう奪還どころではないのだが、軍首脳部はまだあきらめがつかず、かと言ってこれと言った奪還作戦も思いつかず、まさに小田原評定で、いっさい何も決断ができない状況になっていた。そこで取り敢えず最低限の食料、物資の補給をする為に、「ねずみ輸送」と呼ばれる作戦を敢行する事にした。が、作戦と言っても、食料、物資をドラム缶に詰め、ガタルカナル島周辺で海中に投入し、それを拾い上げると言った作戦とも言えない策であった。
(5−6−2)解任
 その作戦を実行中の十一月二十九日深夜、ドラム缶を海中に投入している最中に接近してくるアメリカ艦隊を発見、直ちに投下作業を中止して迎撃態勢を取り戦闘が開始され、アメリカ重巡洋艦一隻を撃沈、三隻を大破させる大勝利を収めた。ところが、この大勝利の作戦を指示した田中少将が何故か解任された。理由は、この時の戦闘に積極的に参加せず、且つ適切な指揮を行わなかった事であった。事実、旗艦に乗艦していた田中少将は、魚雷発射後すぐに退避し、直接指揮を執らなかったらしい。この戦いに大勝利したにも関わらず、その指揮官を解任するとは思い切った事をする日本海軍である。
(5−6−3)判断
 しかしこの状況を考えれば、魚雷発射後に退避したのはごく当たり前の行動とも言える。アメリカ艦隊は巡洋艦六隻、駆逐艦五隻からなる大艦隊である。駆逐艦八隻のみの日本軍ではまともに戦っては相手にならない。勝てない戦いを挑むよりも、攻撃してとっとと逃げた方が被害は最小限で済む。だいたい日本艦隊の目的はドラム缶を海中に投入する事であって、その目的は達成されていないものの、アメリカ艦隊が接近してきたら逃げざるを得ない。従って田中少将の判断は決して間違っていないと思う。
(5−6−4)転進
 しかし田中少将は解任された。想像するに、その頃の日本軍は八方塞がりで何ができるのか?、何をするべきなのか全く判断できない状況であった。本来ならば撤退すべき状況なのであるが、今まで破竹の勢いで勝ち進んでいた日本軍にとって撤退は許されない事であった。国民にどう説明して良いかも分からないし、逃げる事はいけないと国民に教育していた。それに責任論に発展する可能性だってある。誰が責任を取るのか?。それだけでも重大な問題で、負け方を知らない日本軍はどうする事もできなかった。もちろん誰もがもう無理だと思っている。が、それを言い出せる雰囲気ではなかったのである。それにこの「ねずみ輸送」にしたってまともな作戦ではない。現に田中少将はこの作戦には反対していた。それはそうだ。ここに至っては奪回を放棄、つまり撤退するしかないのだ。その中でのこのどうでも良いような戦いで、丁度良い具合に田中少将が逃げてしまった。逃げる事が許されない現状で逃げてしまった事で、その責任を田中少将になすりつけてしまったのであろう。この戦いの一ヶ月後の十二月三十一日、大本営はようやく撤退を決意する。が、国民には「転進」と言う言葉を使い、あくまで後退したのではなく、進んだ事を強調するのである。