Cyber Formula Technology

C サイバーシステム
〜電子頭脳のパートナー〜


●電子頭脳のパートナー

 サイバーフォーミュラをサイバーフォーミュラたらしめているもの、それがサイバーシステムである。
 サイバーシステムとは、コンピュータによる車両のナビゲーションシステムの総称であり、サイバーマシンの中核を成すものである。
 基本的には、ドライバーのナビゲーションを行うことが主目的である。ラリー競技でいうところのナビゲーターと同じである。
 ラリーの場合、助手席に座るナビゲーターが、地図、時計、計算機などを用いて、正しい道路工程や走行速度、 コーナーの向きや大きさをドライバーに伝え、それをもとにドライビングを行う。
 サイバーシステムは、単にそれを代行するシステムということもできるが、その汎用性は人間の補助を遥かに凌駕し、 その管理はマシン全体にまで及んでいる。エンジンの状態、タイヤの摩耗、マシンの置かれている状況を的確に把握し、 ドライバーに伝えることができるのである。そして、その情報にミスは無い。
 勘違いしないで欲しいのが、サイバーシステムが自動運転、あるいは無人運転を実現するものではないということである。 あくまでも、補助的な立場にあり、マシンを動かしているのは人間である。


●自動車とコンピュータ

 現在、自動車に入りこんでいるコンピュータは、大きく分けて2種類ある。
 一つは、自動車そのものに組み込まれ、エンジンや駆動配分などの制御を行う車両制御系。 もう一つは、ナビゲーションシステムに代表される情報伝達系である。
 車両制御系は、エンジンはもちろん、今やホイールコントロールにまで及んでいる。 それは、4WDにおける前後駆動力配分に留まらず、左右の駆動力配分にまで達している。 さらに、一部の最新鋭車種では、それら前後左右駆動力配分と同時に、 ブレーキ制御によって車両の挙動までコントロールする機能までが実用化されている。
 そして、もう一つの情報伝達系。これは前述の通り、ナビゲーションシステムが代表例である。 道路の状況をドライバーに伝え、今では場合によってはルート変更を検討するところまで達している。
 また、ナビゲーションシステム以外では、車両の自己診断システムなどがある。これは車両の各部の調子を監視し、 不具合があればドライバーに警告するものである。
 サイバーシステムにおいては、さらに、危険監視、ピットのコンピュータと連動した天気予測によるマシンセッティングといった事項にまで及び、 本当の意味で、車両を統合管理しているのである。


●音声コミュニケーション

 サイバーシステムを実現する上で問題となるのは、コンピュータそのものよりも、むしろ音声入出力の方である。  サイバーシステムは基本的に、音声入力、音声出力である。つまり、ドライバーが「〜の情報を」などと言えば、 それを理解し、音声で指定された情報を返してくる。
 音声で出力することも難しくは無い。電子音声は、まだまだ流暢にとは言えないが、 滑らかに話すようになるのも時間の問題と言える。
 困難なのが音声入力である。音声認識と言っても良い。
 コンピュータに代表されるデジタル機器は、全てのことを「0」と「1」の配列に置き換えて処理する。 アナログ波と異なり、デジタル波には電気的に「ON」か「OFF」しかないのである。
 当然、音声もコンピュータが理解できるようにするにはデジタル化しなければならない。しかし、人間の声と言うものは、 自在に変化させることができ、いわばアナログ波の塊である。声は様々な音が複雑に絡み合っている上、 人によってイントネーション、音質、音速は異なるのだ。
 しかしながら、最近はマイクの集音精度、コンピュータの処理能力ともに向上しており、 市販のカーナビゲーションシステムでも搭載されることが増えてきた。また、パソコンでも音声入力デバイスが出始めている。
 完全な音声認識が実現されるのも、そう遠くないのかもしれない。


●アスラーダのサイバーシステム

 スゴウのサイバーマシン「アスラーダシリーズ」に搭載されているサイバーシステム「アスラーダ」は、 他のサイバーシステム(以下CS)とは大きく異なっている。
 このCSは、スーパーニューロコンピュータをメインシステムに採用している。

 ニューロコンピュータとは、生物の神経組織をモデル化し、生物の持つ優れた情報処理能力を応用したコンピュータのことである。 アスラーダはその第2世代と言える。
 通常のコンピュータは、与えられた情報をプログラムに基づいて処理するだけの、極端に言えば計算機に過ぎない。 CSにおいてもそれは同じで、基本的には得た情報に基づいて車両を制御する、またはドライバーに伝達するだけの機能しかない。
 それに対し、ニューロコンピュータは、学習、経験を積むことで、より効率的に、また従来なかった機能をも取り込むことができるとされる。
 アスラーダにおいてはさらに、与えられた、または得た情報を“検討する”機能を有しており、それを最終的に判断するための人格まで付与されている。

 では、検討機能あることで、どういうメリットがあるのか。これは一重に柔軟さにある。
 普通のCSは、前述の通り、型にはまったことしかできない。それは、逆に言えば、型にはまってない状況には対応できないということである。
 対して、アスラーダは検討機能、つまり考えることであらゆる状況を把握し、対応することができるのである。
 サイバーフォーミュラ世界選手権第14回大会第10戦で初めて見せた、空中でマシンの向きを換える「リフティングターン」は、 もともとはテスト中に起きたアクシデントをアスラーダが間違った手順でマシンの姿勢を制御した結果生まれたものだという。
 スーパーニューロとは言え、コンピュータであるアスラーダが“間違う”など通常は考えられない。考え様にもよるが、このアスラーダの“間違い”は人間で言うところの“間違い”ではない。要するに、プログラムには無いことをやったという意味なのだろう。 「プログラムにない手順で姿勢制御を行った」=「間違えた」とアスラーダは表現したのだと思われる。

 もう一つの特徴、人格は、検討したものを最終的に判断する、つまり結果を決定するために付与されたとされている。
 確かにそういう機能も果たしているのだろうが、私はもっと人間的な理由があったと思っている。
 アスラーダの開発者、風見博之氏は生前、「人とマシンとの新しい関係」というものを模索していたのだという。
 そう、その「新しい関係」こそが、人格を付与された最大の理由なのである。
 CSによって、マシンは人間と話すことができるようになった。と言っても、音声で入出力が可能になっただけで コミュニケーションをとっているとは言い難い。あくまでも音声でコンピュータをコントロールしているに過ぎないのである。 語弊があるかもしれないが、それは主人と奴隷の関係である。
 アスラーダの様にコンピュータに人格が付与されると、立場は対等になるのだ。つまり互いにパートナー関係となる。
 人とマシンとが一緒に手を取り合って成長していく。風見氏が目指していた「人とマシンとの新しい関係」はそういうものだったのではないだろうか。  第10回大会で風見ハヤトが優勝を果たした時、アスラーダは言った。「良きパートナーと出会えて私は嬉しい」と。
 この言葉が、アスラーダという存在を良く表しているように思える。
 そして、その言葉に風見ハヤトは返した。「本当に良いパートナーだよ」と。
 その瞬間、風見博之氏の理想は完璧な形で体現されたのである。


●アルザードのサイバーシステム

 アオイのアルザードに搭載されていたCSは、既存のCSはもちろん、アスラーダとも全く異なるものであった。 バイオコンピュータである。

 地上最高のコンピュータは「人間の脳」であると言われる。情報処理能力、記憶容量ともに同体積の半導体コンピュータを遥かに凌駕している。
 この性能差は、半導体コンピュータが、さまざまな情報を「0」と「1」の電気信号に変えて処理していることに起因する。 このような処理を要する半導体素子を、人間の脳細胞並みに小型化するのは、技術的には可能だが、非常にコストがかかり、 効率が悪い。
 そこで、光に反応する生体分子(タンパク質)を素子に使う「バイオコンピュータ」が注目された。

 光ファイバーの通信ネットワークで分かるように、光は電気よりはるかに高速で、正確に、かつ、大量に情報を運ぶことができる。 さらに、光を処理するタンパク質は分子単位で、非常に小さく、さらに立体的に積みかさねることも可能なのだ。
 つまり、半導体とちがって、規模が小さく、記憶容量が大きく、しかも一度に多くの情報をすばやく処理し、 学習や推論のできる、人間の脳並みのコンピュータとなるのである。

 そんなバイオコンピュータを採用したCSならば、アスラーダ以上に人間的なCSとなるはずである。 しかし、アルザードには人格どころか、ドライバーへのナビゲーションシステムも付与されていなかった。
 そう、既にご承知の通り、アルザードはドライバーを補佐するシステムではなく、操るシステムであったからだ。
 アルザードの計算結果を、電気信号としてドライバーに送り、ドライバーはその刺激を受けて、マシンを動かしていた。 極論すれば、ドライバーは飾り。アルザードの真の姿を知られないためのカムフラージュだったのだ。
 理論的には、アルザードはドライバー無しに走行できるはずである。 バイオコンピュータは、それだけの機能を実現できる性能を持ち合わせているのだ。
 ところで余談だが、ドライバーには、アルザードの指示に迅速に追従できるようにドーピングされていた。