Cyber Formula Technology

A 水素エンジン
〜クリーンな動力源〜


●サイバーサイクルエンジン

 サイバーマシンの場合、原動機を中核にして、その周辺機器と統括管理するサイバーシステムも含めて、サイバーサイクルエンジンと呼ばれている。
 原動機はエンジンに限らず、モーターでもサイバーサイクルエンジンと呼ばれる。ともあれ、エンジンが大勢を占めているのは周知の事実であろう。
 エンジンは基本的にレシプロ式で、10気筒以上のV型が多い。これはレーシングマシンとしては特に珍しいことではない。総排気量は5000cc以下で、燃料は液化水素と義務付けられている。
 この水素というのが、サイバーサイクルエンジン最大の特徴である。「環境に大きな影響を与えないマシン」というのが大前提にあるためで、サイバーフォーミュラ選手権の理念とも言える部分である。
 ここでは、水素エンジンについて考察してみようと思う。
 ちなみに、燃料は水素のみと義務付けられているが、モーターは燃料を使用しないため、規定にかかることはない。環境にもダメージを与えないので、問題無く出走することが可能ということになる。


●水素エンジンのメリット

 これは言うまでも無いかもしれないが、燃焼後に排出される物質のクリーンさにつきる。
 水素が燃焼する、つまり酸素と結合すると生まれるのは、水(H2O)である。
 空気中の酸素を使った燃焼である以上、窒素酸化物(NO)はどうしても発生してしまうが、それ以外には水(水蒸気)しか発生しない。ガソリンエンジンのように一酸化炭素(CO)、炭化水素(HC)など毒性の強い物質は発生せず、窒素酸化物(NO)が発生すると言っても、ガソリンに比べればごく微量である。また、地球温暖化の原因とされている二酸化炭素(CO)は全く発生しない。電気以外では最もクリーンな燃料なのだ。
 また、水素は水を電気分解することで生み出せる。地球表面の約7割は水であるため、基本的に無尽蔵。枯渇の心配も無用である。まさに理想的な次世代エネルギーと言えよう。
 一般的に水素は爆発性が強いと思われ危険視されているが、専門家によると都市ガスと大して変わらないそうだ。

資料−1 CO発生量比較

燃料名代表分子発熱量 (kcal/s)CO発生量(s/Q)注ガソリンとの 比較
石  炭81003.531.56
軽  油1634104002.331.03
ガソリン18106002.271
メタノールCHOH47702.250.99
天然ガスCH119001.800.79
水  素2870000
注 Q=7800kcal/l(ガソリン1g分の熱量)


●水素エンジンのデメリット

 水素エンジンのデメリットというか、技術的なポイントは、燃焼技術と貯蔵・運搬方法である。
 現在の水素エンジンは、レシプロオットーサイクルをベースに改造されており、サイバーサイクルもおそらくそうだろう。
 オットーサイクルには、空気との混合気をシリンダーに送り込む予混合方式と、水素を直接シリンダー内に噴射する直接噴射方式があるが、水素の場合、予混合方式ではと点火以前に表面着火するプレイグニッションや、吸気管内で燃焼してしまうバックファイアという異常燃焼現象が起き易い。
 これが、直噴式だと噴射時期でプレイグニッションは回避でき、また吸気管内は空気のみなのでバックファイアも起き難いのだ。そのため、サイバーサイクルもは直噴式と推測される。
 また、ガソリンの理論空燃比は15対1だが、水素が完全燃焼する理論空燃比は34対1であり、150対1までは安定して燃焼する。これは通常状態でも超希薄燃焼化が可能であるということで、直噴式にはもって来いの条件である。
 もう一つのポイントである貯蔵・運搬方法は、高圧ボンベ、水素の液化、水素吸蔵金属の3つが考案されている。
 高圧ボンベに貯蔵する方法は、天然ガスと同じようなものだが、ボンベ自体が1本60s前後してしまうことや、水素の密度の問題で実用性は薄い。なにせ、ガソリン30g相当分を積むとすると、ボンベだけで750sを越えてしまうのだから。
 水素吸蔵金属は、燃料電池の研究が進んできたことで注目されてきた方法だが、問題も多い。高圧ボンベと同程度に重いことは然ることながら、エンジンに噴射できるほどの高圧状態で水素を送り出せないことや、水素の出し入れに大きな周辺機器を必要とすることなどがある。さらに、水素の出し入れに伴って、金属が微粒子化してしまうこともあり、それをエンジンが吸い込むとダメージを受けることもある。また、何らかの事故で局部的に高温化すると、水素ガスが漏れ出して爆発の危険性もある。
 そんなわけで、三つのうち二つが消え、残ったのがサイバーサイクルに採用されている水素を液化して貯蔵する方法である。
 液化水素を先の例と同じ様にガソリン30g相当分に換算すると、タンクは約60sで水素は約8sで合計70sくらいだ。これは満タンのガソリンタンクの約2.5倍である。比較的、現実的な数値だ。
 だが当然、問題もある。熱が侵入すると容易にガス化してしまうため、タンクの断熱を厳重にしなければならず、粘度が低いため、漏洩防止に細心の注意を要するのだ。タンクの重量がかさむのは、そこに原因があるのだ。
 もちろん、コストもかかるだろうが、環境の尊さにはかえられない。サイバーフォーミュラ選手権は、それをよく理解しているということだろう。


●サイバーフォーミュラに見る水素エンジンの運用法

 サイバーマシンに採用されている水素エンジンは、先にもふれた通り、液化水素を燃料とするレシプロエンジンである。
 給油(油ではないので、給水?)には専用のボンベを使用して行う。ボンベは小型化されており、給油口とボンベをしっかり固定してから液化水素を送り込む。この固定が不充分だと、隙間から漏れ出て爆発する危険性がある。水素はわずかな隙間から漏れ出た瞬間が最も危険なのだ。
 このボンベには「H GUS」と書かれているが、おそらく「水素ガス」という意味ではなく、「水素燃料」という意味であろう。
 ところで、サイバーの世界ではサイバーホイールというクルマが普及しているが、これも水素エンジンである。水素燃料を供給するインフラもかなり進んでいるようだ。ファイヤーボールという公道を走るレースで、アスラーダGSXがスタンドで給油しているシーンから見ても明らかである。
 現在、ガソリンスタンドはドライバー自らが給油するセルフ(無人)ステーションというものが存在するが、水素燃料となるとそれは不可能だろう。しっかりした管理が必要な水素では、知識の無いものが給油作業をするのは危険である。
 そういった観点から、サイバー世界におけるGSは、旧来の有人ステーションに戻っていると思われる。