◆プロフィール


                        むつぎ
   ◆出 身: 東京都(生まれも育ちも『足立区 六木』)
         『六騎』では、落ち武者(六人)の集落であることが分かって
        しまうため『六木』とした、と聞いています。
         私の先祖は、六騎のうちの一人で『織田信雄』の家臣であった
        『天野周防守国忠』だそうです(金魚にも功績あり)。

           ※「天野酒」の存在は知っていましたが、大阪府河内長野市には、なんと

            天野山や天野町、市立天野小学校に、お寺(天野山 金剛寺)までありました。
                
   ◆家 紋: 丸に五三の桐
         

   ◆血液型: B型(A型に間違えられることが多い)

   ◆星 座: 天秤座

   ◆住環境: 下記の写真を参照してください(所々の白いものは残雪です)。


私が住む六木三丁目
   (東京都足立区)
の航空写真です。
中川、花畑運河、葛西用
水、がけ川の四つの河川
に囲まれています。


総面積 280,300 u



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私の宝物
私の趣味

     【参考】『六木土地区画整理事業 竣功記念碑』より

     私たちが住むこの地域は今を去ること四百年の昔 織田信雄の家臣天野周防守国忠      が五騎を引具してこの地に居を構えたのに始まると伝えられる。      その後 江戸時代より明治大正昭和と経過し人口も次第に増加したが なお 田園      の緑の間に清流が蛇行し 春は菜の花に蝶が群れ舞い 秋は一望黄金色の稲穂が波      打ち続く農耕地帯で 僅か七十数戸の農家が点在するのどかな村落であった。その      後我が国の急激な社会経済の発展に伴い 首都圏への人口集中化による住宅不足の      現象が各所に現れ 当地域にも日に日に都市化の波がおしよせ 昭和三十五年頃よ      り従来の狭い道路に沿って住宅が建ち始め いわゆるスプロール化の様相を呈して      来た。この情勢のまま推移すれば 緑は失われ小川はよごれ 児童の遊び場は奪わ      れ 地域住民の生活環境は悪化の一途をたどる状況となった。      この世相にかんがみ 地元有志は相寄り住み良い環境造りの方策を練り 近隣地区      の区画整理に呼応し 土地区画整理組合を設立すべく昭和四十三年に組合設立準備      委員会を結成した。地元住民並びに土地所有権者の絶大な協力を得て 関係当局の      指導を仰ぎつつ組合設立の準備作業を推進し 昭和四十七年四月一日付けで待望の      東京都知事の認可による六木土地区画整理組合が設立され 事業着工の槌音は高ら      かに鳴り渡った。      以来今日まで幾多の苦難の道を乗り越え 総額二十数億の巨費を投じ 今ここに所      期の目的を達成し 理想的で健全な堂々たる現在の姿を見るに至った。      ここに世紀の大事業の完成をよろこび この事業を記念して記念碑を建立し これ      を後世に伝えんとす。          昭和六十年五月吉日