ネットジャーナル「Q」
http://www2u.biglobe.ne.jp/~akiyama/
世の中の動きをいち早く知るのに、メディアとしては後発の「テレビ」が「新聞」に替わって四半世紀あまり経つ。1日に「テレビ」を視聴する時間は「新聞」を読む時間の7倍となった。その「テレビ」が「インターネット」に追われている。ジョ−ジ・ギルダ−のいう『テレビの消える日=原題 Life after television』が現実味をもってきた。三十数年の放送局勤務を離れた後もメディアウォッチングを続けている。ネットジャーナル「Q」に、これからも気負わず、気の向いた時にあれこれ発信していきたい。合わせて既に発表したものも、備忘録のつもりで載せていきたい。
本文を引用される方、ご意見のある方はご一報ください。aki@kve.biglobe.ne.jp
最新第167回 1年前のマスコミ予想は「小沢首相誕生」だった(2010・2・4記)
再掲
第131回 絵本『空気がなくなる日』のこと(2007・2・24記)
秋山久
(略歴)
1935年東京生まれ。早稲田大学卒業 NHK(放送記者)入局 報道局社会部所属
警視庁警察回りを振り出しに鹿児島 福岡 山口 東京 大阪 東京で勤務。その間、
テレビ・ラジオのニュースデスク、ニュースキャスターを経験。
東京経済大学非常勤講師。(1996・4〜2006・3)
明星大学非常勤講師。(2001・4〜2006・3)
現在、フリージャーナリスト。
・「原彪日記〜日本社会党結党前夜」『エコノミスト』毎日新聞
(93・10・12〜93・11・2)4回連載。
・「テレビ時評」『エコノミスト』毎日新聞 (93・10・12〜94.12.6)60回連載。
・「ミニTV史」『朝日クロニクル週刊20世紀』社会面(朝日新聞)に48回連載。
・『20世紀放送史』(NHK)一部執筆。
・「放送の歩みと暮らし」『くらしと産業』(くらしのリサーチセンター1995)
・「テレビとの付き合い方」『定年後世代の生き方 暮らし方』(平凡社2001)
・「相手を納得させる文章を書く」『大学で教える小論文の書き方』(オーエス出版 2003)
・『近現代日本人物史料情報辞典』(吉川弘文館2004・7)「原彪」の項担当
・ジャーナリストの志「児玉隆也38年の軌跡」(「早稲田学報」08・10)
第1回 謎の多い“玉音放送”の舞台裏 (1998.8.15記)
第2回 CNNは“サリン報道”で検証番組を (1998.9.11記)
番外 3億円事件の犯人よ!そろそろ名乗り出たら(1998.11.3記)
第6回「ラジオ深夜便」と映画「学校V」(1998.11.25記)
第7回 インタビューのこわさと難しさ(1998.12.20記)
第9回 「機密文書処分」はいまも昔も同じ(1999.2.20記)
第13回「死後の世界」、3人に1人は「ある」(1999・6・20記)
第14回 菅生事件とジャーナリストの死 (1999・7・20記)
第16回 ドレフュス事件無罪で西欧の20世紀開幕(1999.9.20記)
第17回 第9条「戦争放棄」の起源を辿る(1999.10.20記)
第18回 世界の軍事費再び1兆ドル時代へ(1999・11・20記)
第19回 ダイエー中内会長の“資本主義と戦争”観(1999・12・20記)
第20回 メディア・リテラシーの必要な時代(2000.1.20記)
第21回 武力紛争に動員される少年兵士(2000.2.20記)
第22回 水俣病報道で“8年余りの空白”(2000.3.20記)
第25回 60年安保と樺美智子さんの死(2000.5.18記)
第26回 当世、宰相と記者の会話に危惧(2000.5.20記)
第27回 「ハゲワシと少女」のカメラマン自殺(2000・6・6記)
第31回 日米比較「原爆投下」「真珠湾攻撃」の是非(2000.7.7転記)
第32回 少年犯罪を招く周囲の無関心(2000.7.20記)
第33回 200年前の「奴隷広告」を謝罪した米紙(2000.8.20転記)
第34回 『ヒトラー独裁下のジャーナリストたち』を読んで(2000.8.20転記)
第35回 米国で始まったテレビニュース離れ(2000.9.20記)
第36回 再び懸念される「バターから大砲」(2000・10・20記)
第37回「戦後50年特集」放送余話(2,000・10・20記)
第39回 評伝 新聞記者時代の鈴木茂三郎(2000・11・20記)
第40回 太平洋戦争開戦時のラジオ放送(2000.11.20記)
第41回「戦後の3大誤報」「平成3大誤報」(2000・12・20記)
第42回 1960年代の放送中止事件(2000・12・20記)
第44回 善枝さん殺人事件と別件逮捕(2000・12・25記)
第47回 歌謡曲「サヨンの鐘」の謎(2000・12・25記)
第49回 オリンピックとテレビ放送 (2000・12・25記)
第50回 徳川義寛さんと“玉音放送" (2000・12・25記)
第56回「知る権利」「取材源の秘匿」 (2001・5・20転記)
第57回 講義ノート「マスコミ論」から(2001・6・20記)
第61回 湾岸戦争報道の轍を踏むな(2001・10・20記)
第63回 学生の2001年十大ニュース(2001・12・20記)
第64回 「9・11テロとマスコミ報道」考(2002・1・29記)
第68回 「地下鉄サリン事件」の証言 (2002・3・20記)
第69回 有事法制審議と「ザカライアス放送」(2002・4・27記)
第70回 ロス暴動、市民ビデオ、メディア規制(2002.5.7記)
第71回 「光文」元号誤報事件の雪辱(2002・6・23記)
第72回 失敗した8・15クーデター計画(2002・7・25記)
第73回「挙って国防、揃ってラジオ」の時代(2002・8・20記)
第75回 拉致事件報道の最初は22年前(2002・9・20記)
第77回 映画『ショア−』の語るもの(2002・11・20記)
第78回 政治家に愛想を尽かした国民(2002・12・26記)
第80回 トイレットペーパー騒動のころ(2003・2・20記)
第81回 あさま山荘事件〜さしかえ〜(2003・2・20転記)
第82回 イラク戦争の戦場取材に注目(2003・3・24記)
第85回 イラク戦争でも負けたメディア(2003・6・15記)
第87回 自称「馬鹿八」元外相の上奏文(2003・7・20記)
第88回「迫水内閣書記官長証言」に見る敗戦前夜(2003・8・15記)
第90回 新米高騰と10年前のこめ騒動(2003・10・25記)
第91回 TV50年の視聴率「買収」(2003・11・23記)
第92回 再び戦争の世紀に向かうのか(2003・12・24記)
第93回 報道自粛要請と「戦時報道」(2004・1・22記)
第94回 2004年の世界と日本の行方(2004・2・14記)
第97回 学生野球の父安部磯雄の反戦思想(2004・4・30記)
第98回 ソンミ村虐殺事件のことなど(2004・5・23記)
第100回 8・15の「放送史」を変えた3人の証言(2004・7・29記)
第101回 59回目の8月15日を前に(2004・8・9記)
第102回 映画「華氏911」を観て(2004・8・30記)
第104回 チェーホフ没後100年(2004・10・30記)
第105回 転換点に立つ「戦後60年」(2004・12・6記)
第106回 NHK放送史に新たな「負の遺産」(2005・1・27記)
第107回 米メディアの起死回生に期待(2005・2・20記)
第108回 既存メディアに堀江ショック(2005・3・18記)
第109回 ラジオ放送開始から敗戦まで(2005・3・26記)
第112回 「ディープスロート」名乗りの波紋(2005・6・30記)
第113回 鹿地亘(かじわたる)事件と「国鉄3大怪事件」(2005・7・28記)
第114回 ピーター・ジェニングス氏 逝く(2005・8・26記)
第115回 朝日新聞の「ねつ造記事」考(2005・9・25記)
第117回 ニューヨーク・タイムス紙の日本報道(05・12・6記)
第119回 沖縄返還「密約」記事は正しかった(2006・2・18記)
第122回 長州に8人目の宰相誕生か(2006・5・31記)
第123回 凶悪犯に死刑判決、相次ぐ(2006・6・30記)
第124回 1億円以上と生活保護水準以下(2006・7・31記)
第125回 マスコミを受験するK君へ(2006・8・31記)
第126回 おじいちゃん子、安倍首相への注文(2006・9・30記)
第129回 気になるマスコミの劣化(2006・12・26記)
第131回 絵本『空気がなくなる日』のこと(2007・2・24記)
第132回 小倉侍従の見た皇居の空襲(2007・3・31記)
第134回『終戦と放送』【1】軍部、放送を強要(2007・5・31記)
第135回『終戦と放送』【2】短波で和平交渉(2007・6・20記)
第136回『終戦と放送』【3】軍部批判はタブー(2007・6・30記)
第137回『終戦と放送』【4】2・26事件の亡霊(2007・7・20記)
第138回『終戦と放送』【5】(番外)皇居占拠事件と茶釜(2007・8・15記)
第140回評伝「ジャーナリスト柳沢恭雄さんの死」(2007・10・31記)
第141回 『終戦と放送』【7】信時潔と「海行かば」(2007・11・30記)
第142回「政権益」と世論の乖離(かいり)(07・12・23記)
第143回 『終戦と放送』【8】「九軍神」と「捕虜第1号」(08・1・31記)
第144回「第五福竜丸」事件はどこへ (2008・2・29記)
第147回『終戦と放送』【9】8・15事件と陸軍(08・5・31記)
第148回『終戦と放送』【10】川口放送所占拠事件(08・6・30記)
第149回『終戦と放送』【11】8・15めぐる貴重な異説(08・7・31記)
第150回『終戦と放送』【12】記述に日米の違い(08・8・31記)
第151回 麻生首相誕生で思う「バカヤロー解散」(08・9・30記)
第152回(番外)消え行く定時制高校と公教育(08・10・31記)
第153回 再考「ハゲワシと少女」の写真(08・11・30記)
第154回 吉田内閣終焉のとき(08・12・31〜09・1・4記)
第157回「西松解散」か、甦る「黒い霧解散」(09・3・31〜4・1記)
第158回『落日燃ゆ』にみる広田の「痛烈な冗談」(09・4・30〜5・1記)
第159回「足利事件」受刑者、えん罪の可能性も (2009・5・31記)
第160回「足利事件」、報道はどうだったのか(2009・6・30記)
第161回 映画『嗚呼 満蒙開拓団』とその時代のラジオ(2009・8・2記)
第162回 鳩山“新首相”は細川政権の轍を踏むな(09・8・31記)
第163回 「政権交代」とマスコミのスタンス (09・9・30記)
第165回『終戦と放送』【13】「海軍反省会」の衝撃(09・12・4記)