番長想い出の店(第4章):さかえや(神奈川県横浜市) |
俺はこの店のことを思い出すと、今でも目頭が熱くなるぜ
今まで、店の名前はイニシャルだったのに何故この店だけ実名かって?
そう、それはもう無くなっちまった店だからさ ふっ
戸塚駅西口、そこはごちゃごちゃと小さな店が並んでいる、未だに戦後の雰囲気を残した街だ
その中でも、特に闇市あがりの古いマーケットの中にその店「さかえや」はあった
地元じゃ「さくらモール」なんて洒落た名前で呼んでいたが、雨が降ると天井から水が漏るし、トイレはいまだにくみ取り…
その薄暗い路地の真ん中へんにその店はあった
狭い店を切り盛りしていたのは、ご多分に漏れず年老いた夫婦だった
そのころ俺はある女の元に身を寄せていた
そこが戸塚だったってワケさ
毎日、用心棒をしながらブラブラと「さくらモール」辺りをうろついてはその店の前を通っていた
だが、買うモンがねえととても入れる雰囲気の店じゃなかった
わかるだろう?
普段は安いおもちゃやプラモしか並んでねえが、たまに2階の倉庫から古いものを出してくる
マニアうちじゃ結構有名な店だったらしい
1995年も暮れのことだ
俺はいつものようにその店の前を通った
いつもの習慣で、ちょっと歩く速さを落として目だけ店の中に向ける
プラモが積み上げてあるその脇に昨日までは無かった見慣れねえ物がいくつか置いてあるじゃねえか
近寄ってよくよく見るとプラレールだっ
それも上下箱じゃねえか!
ふるえる手で棚から抜きだしてみると、
「パノラマとっきゅう」「ひかりごう」「EF58」の3つだった
こいつらだっ
値札を見ると1200円と貼ってある
もちろん全部買うぜっ!
店番のじいさんの所に持っていく
「これを全部くれっ」
会計をしながら、じいさんに話しかけてみる
「他にはプラレールはないすか」<ちょっと丁寧になるぜっ!
その時、じいさんは口元をゆるめながらこう言った
「ちょっと待ってな」
会計をすますとじいさんは、レジの奥にある、2階の倉庫への急な階段をのぼっていった
5分くらい待っただろうか…
じいさんがさっきと反対の動きで、ゆっくりと階段をおりてきた
「こいつがあったよ…いるかい?」
その手ににぎられていた細長い箱を見たとき
俺はマジで気を失うところだった
その箱には、まぎれもなくこう書いてあったからだ…
「しんだいとっきゅう」
こいつだっ!しかもごていねいに一番古い上下箱だったぜ (>_<)
その他に「てんてつき」やかなり古いツルツルのレールなんぞも出てきやがった
何つう店だ、ここは
それから半月くらいたっただろうか
その日は12月28日
世間様で言えば「仕事納め」の日だ
昼頃、俺は街の若いモンの集まりの為に駅の近くに「寿司」を買いに出た
「持ち帰り10人前たのむぜっ」
15分くらいかかるといったので俺はその時間を使って
「さかえや」を訪ねてみた
店に入るとおやじがちょっと機嫌良さそうにこう話しかけてきた
「今日、またプラレールが出てきたんだが…このあいだと同じ物だからいらねえよな」
一応、店頭に出さずに袋に入れて取っておいてくれたという
袋の中を見るとまたしても「しんだいとっきゅう」じゃねえか!
「こいつぁ、マジでとんでもねえ店だぜ」
俺は驚愕した
それからしばらくして俺は戸塚の女の元を去り、
「さかえや」にもなかなか足を運べなくなっちまった
時は流れ1999年6月
西口の再開発に伴い、「さくらモール」も今月いっぱいで取り壊すという噂を聞いて俺は胸騒ぎを感じた
行かなくちゃ、オヤジに会いに行かなくちゃ♪
俺は陽水を口ずさみながら久しぶりに戸塚の街に降り立った
「さかえや」は、まだやっていたが、閉店セールで、店の中の物は全部半額
もう棚にもほとんど商品は残っちゃいなかった
「久しぶりだぜ、おやじ古いプラレールはもう出てこねえか?」
おやじが、何故かきまり悪そうに小声で話し出す
「実はまた少し出てきたんだが、このあいだの日曜に売っちまった…」
「なにいっ!古いプラレールがあったら、全部買うからとっといてくれって言ったじゃねえか!」
たかがおもちゃのことだ、そこまでムキになることはねえとも思いつつ
俺は本気で怒っていたかもしれねえ
青いな
「次に、プラレールが出てきたら、ホントにとっといてくれよ、約束だぜ」
そう言うと俺は店を出た
でも、俺にはわかっていた
もうきっと2階の倉庫も空っぽだ
プラレールなんざもう残っちゃいねえだろう
6月も末、俺は「さかえや」にあいさつをするつもりで戸塚へ向かった
最後のけじめはしっかりつけなくちゃな
「最後のあいさつにきたぜっ」
店に入ると、おやじは微笑みながら紙袋を持ち出してきた
「実はまだ、あったんだよ、いるかい?」
袋の中には「かいそくでんしゃ」が入っていた
(こいつだっ)
「さかえや」…最後までグレイトな店だったぜ
それから程なくして、「さくらモール」は取り壊され、でっかい空き地になっちまった
空ってこんなに広かったのか
俺は深呼吸をすると戸塚の街をあとにした
あと何年かすると、再開発ビルが建ち、ここらの風景も一変しちまうだろう…
でも俺は忘れない、偉大な店「さかえや」の事を
(第4章:完)
2000/7/2作成