| 旅行記Topに戻る | 安保のPPに戻る | リンク |
平成15年10月記す・・覚えてることはわずか
|
1989.平成元年12月
■我が人生初の海外旅行 我が人生初の海外旅行は台湾だった。何故?台湾を選んだのか覚えていないが、39歳4ヶ月にしてパスポートを手にし異国の地に足を踏 み入れた。確か12月の末にかけて行ったと思う。 子供達を田舎に行かせて、二人で行った。飛行機から見た異国の景色は、耕地整理で整然とした日本と違い、田畑のうねりがここは異国だ とまず感じたことを覚えている。
一応ツアーに申し込んで行ったのだが、現地に着いたら私たち二人だけの参加で、現地ガイドの“おっちゃん”が空港まで迎えに来てくれ ていた。そして、ホテルに行くまでの間、市内観光をしてくれた。
ガイドのおっちゃんと
二人でガイドもいないまま自分で切符を買い、電車にのりキールン(基隆)という港町に出かけた。 そこの喫茶店でコーヒーを頼んだら、日本と変らぬ値段に少し驚いた。初めて見る車窓の景色もやはり日本と違い、粗末なマンション風の 団地も、窓に鉄格子がはいり、全ての屋上に建て増しの建物が建っており、そんな景色に見入っていた。
小雨が降っていた、キールン(基隆)
車窓から写した団地
台北市内
何処だったか?忘れた観光地にて
偶然遭遇した火事現場での取材??
夜、賑やかだった。11時頃でも夜店が多く、人通りが多かった。カメラを片手に、ことわりもせずパチパチ写した。明美がそんな私を横 目に、心配していた。
蛇の生き血を売っていた・・・夜の寺院も人が絶えない
台湾旅行の間、ずっと臭いに悩まされた。初めての海外旅行でツアーとはいえ、食事も付いていないフリープランなので、食べるものも 自分たちで探して食べる事になり、現地の食事がことごとく合わなかった。 すべてに日本にはない香辛料か油かが使われており、それがなんとも言えず嫌だった。日本で言えば“醤油”の風味に当たるのかもしれな いが・・・その臭いが全ての台湾の食い物のベースになっていた。 食い物だけではなく、空気も部屋の匂いにもそれが感じられ初の海外旅行は、その臭いと味に悩まされた。 台湾に旅行に行って、食べるものが美味しかったというのは私には信じられない。まあ日本人向きの所に行けば、そんな事はなかったの だろうが、お菓子にも、部屋の匂いもその台湾の臭いで充満していたという感じだけは今もって強烈に残っている。 その後の中国旅行にもその香辛料の味や臭いには時々遭遇するが、台湾ほどではないので助かっている。 あの強烈な臭いが、今も尚台北には存在するのか?もう一度、それを確認する為に行ってみたい気もするが・・・。
|