旅行記 安保


ノモンハンへの旅


哈爾濱〜満洲里〜阿木古朗〜ノモンハン〜海拉爾〜斉斉哈爾〜哈爾濱

2008:平成20年5月13日(火)〜5月24日(土)

11泊12日


ハルピン→満洲里→新巴爾虎左旗(阿穆古朗)→ノモンハン→ハイラル→チチハル→ハルピン

目 次

(0)旅たち前:ノモンハンに行くことに
(1)5月13日(火)関空〜哈爾濱へ到着
(2)5月14日(水)哈爾濱を一日観光する
(3)5月15日(木)哈爾濱から夜行で〜満洲里へ
(4)5月16日(金)満洲里一日目
(5)5月17日(土)満洲里二日目
(6)5月18日(日)満洲里〜阿木古朗〜ノモンハン〜海拉爾
(7)5月19日(月)海拉爾一日目
(8)5月20日(火)海拉爾〜再度、諾門罕へ
(9)5月21日(水)海拉爾〜夜行で斉斉哈爾へ
(10)5月22日(木)斉斉哈爾にて
(9)5月23日(金)斉斉哈爾〜哈爾濱
(10)5月24日(土)哈爾濱〜関空へ戻る
(11)帰国後:番外編


「フォートラベル」に同じ旅行記を掲載しています。
写真が大きいで〜す。

「フォートラベル」





ノモンハンの戦場を巡る


2003年以降干上がったホルステン河


2008.5.18.Pm.2.58.撮影

旅への想い

ノモンハン事件

1939年、昭和14年5月11日、戦いは始まった

去年、雲南の拉孟・龍陵・騰越の戦跡を訪ね

迷いなく次はノモンハンに行こうと思っていた

戦後世に出ているノモンハンに関する戦記本は

関東軍上層部の驕りから来る稚拙な戦略の結果によって

無意味な戦いをし、多くの兵士をむざむざ死に至らしめたという

そんな批判・非難の内容ばかりである

確かに一面では的を得ていたとしても・・・。

私は、そうは断じて思わない、思えない

何故なら、彼らは「戦った」

辺境の地まで行き戦った

その事実だけで、その他の全てを許せるのだ

無能な高級参謀、自己保身に走る上級将校、兵士の命を軽々に扱う上官たち

日本帝国陸軍、関東軍の非を探せば幾らでもあり、省みて将来に生かすのは必定成り

しかれども彼らは戦い、我らは戦いを忌避し放棄し、自らの保身のみに汲々とする

そんな無様な今の日本人に、戦った先人を非難する資格など露もない

私はそう思っている

強い日本を作った日本人が堂々と生きた満洲でありノモンハンである。

そこに行き、先人に感謝し哀悼を表す

それが目的のノモンハンへの旅だ

皇紀2668年/平成20年6月.Age.57(記)




ノモンハンへの道



2008.5.18.満洲里〜ノモンハンへ行く

満洲里→新巴爾虎右旗(西旗)→甘珠爾廟→新巴爾虎左旗(東旗:阿木古朗)

→ノモンハン村→国境監視塔→ノモンハン村→東旗→海拉爾






2008.5.18.PM/2/16 撮影:国境近くの国境警備基地

右手の方向に、すぐ外蒙古との国境がある

ハルハ河が流れている

ノモンハン、ホロンバイルの大草原



先頭に戻る・・Next

旅行記 安保