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第2回・明美と二人の中国・上海への旅

平成11年10月23日(土)・・・2日目


■さあ上海!朝のお散歩だ!
昨日の夜サロンパスを貼って・・まあ良く寝れた。8:00起床と言っても上海時間 はまだ7時・・私の腕時計は日本時間のままだ、今日も天気はよさそうだし、真之と の待ち合わせは10時にロビーでということになっているのでまだまだ時間はある。

さあ朝の散歩に行こう・・とりあえず魯迅公園を目指して、学校はその前にあるのだ からホテルマンに道を聞き出発・・団地の区画の中を通りながら・・道を迷いながら、 聞きながら・・上海の朝の風景を見ながら・・”ながら”がこんなにも楽しいのが旅 行なのだ

■明美と歩いた。
途中でパン屋のような店でカステラ風のパンを買う・・味はどんなものかと一口食べ ると上手い!真好吃!日本のカステラ風のパンとほとんど同じ味である、揚げパンも 買う、これも甘味があって上手い、牛乳も買う、うまい・・上海のパンはうまい!
魯迅公園を目指したが、その店で道を聞き上海外国語大学へ先に着く

去年とは違う方向から大学の門に入ると・・こんなに朝早くから多くの人がそれらし き、ハデな衣装を身に着けてドラの音高く踊っている。垂れ幕もあり50周年何とか と書いてある。今日は学校は休みだが、笛に太鼓ににぎやかである。それを見ながら 真之たちが学んでいる建物へ向かう

「上海外国語大学国際文化交流学院」と書かれた看板が掛かった、ちょっと古めかし い運動場の前の五階建てくらいの建物である。去年は表から見ただけだったが今回は 中に入って見る。


記念式典の踊り・・・「上海外国語大学国際文化交流学院」・・・日本語で台湾地震へのメーセージ

■カメラにはフィルムが入っていなかった!
去年と違い運動場には芝生が敷き詰めてあり「立ち入り重罰」というような立て札が 立っていた・・・・重罰と言うのは一体どんな罰だろう??
実は私もその芝生の中に入ってから立て札に気がついたのだ・・向こうの方には芝生 の手入れをしている人達がいたが気付かれなかった・・

そこで写真を撮っていてカメラのおかしさに気付き、しっかりとカメラを見るとフィ ルムが入っていない・・ああああ〜ため息である
真之のマンションで撮ったのをはじめ、他いろいろ、フィルムのないカメラで・・す ましたポーズをとっていたのか・・この間抜けやろうめ
今回の旅行は最初からカメラを忘れ、フィルムのないカメラで写真を撮りと・・カメ ラに縁がない。

■旅先の親切はうれしいです!
校舎に入って行き、階段を上がって行くと部屋に通じる廊下には鉄格子が下り、鍵が 掛かって向こうに行けないようになっていた。踊り場には掲示板があり、それには日 本語で台湾地震へのメーセージなどが書かれていた

うろうろしていると鉄格子の向こうから、中国人のおばちゃんが何かしきりに私達に 向かって言っている、ここで写真は写すなと言っているのだろうか?立ち入り禁止だ と言っているのだろうか?

格子へ近づき、おばちゃんにつたない中国語で「私の息子がこの学校に留学し、この 校舎で学んでいるはずだ、だから見学に来た、今日は息子は一緒ではないが、今2年 生です」というようなことを訴えると通じたのか・・こっちへこいと手招きをしてく れるのである。

そして鍵を開けてくれ、ここが2年生の教室が有る階だと私達を案内してくれた。教 室の入り口にはクラスの名簿が貼ってあり名前を見ても真之の名前はない、そしてま た隣の教室へと名前を探しながら移動していった。
三つ目か四つ目めの教室の前の名簿に真之の名前と知った同級生の名簿が出てい るではないか・・・おばちゃんの顔を見ながら、指差しながら「これが私の息子です」 と(モチ中国語)言うと・・おばちゃんはにこにこしながら教室の鍵を空けてくれ中 に入れてくれた。

こじんまりと14〜15人ほどが学ぶ教室で、黒板と教壇の前に机が並んでいた。こ のおばちゃん達の掃除と管理のおかげで本当に綺麗である・・雑然とした雰囲気もな く整頓され清潔そうだし、これなら勉強にも集中できそうだが???

■出席数8!
教壇の上には出席簿のようなものが置かれ、名前を見れば真之もいる・・どんな 順序なのか分からないが、日本では「あぼ」だから出席簿がいつも1番か2番目なの に中国では真中あたりに真之の名前が有った。
ちなみに(あんばお・じぇんじー)が真之の中国語読みだ

そこで一緒に見ていた明美が目ざとく見つけたのは、ある科目で授業の主席数蘭に2 0と書いてある者が居るのに真之はたったの8・・・「真之8しか出てないやん!」 と明美が言うので見ると8であった・・・開いた口がふさがらないというのはこのこ となのか「えらいすけないやん」と明美が一言・・あのくそ野郎!

そこで、おばちゃんと黒板にチョークで書きながら・・それぞれの家族の内訳・年齢 、特に明美の歳がえらい気になったようで、せくように聞いてきた「1955年生ま れだ」というと「若く見える」としきりに感心?していた様子だ・・これって喜べば いいのか?悲しめばよいのか?・・・


呉おばさんと明美・・・真之の教室で・・・卓球室もある

髪を切って短くしたとこなので余計若く見えるらしく・・・ちなみにおばちゃんの年 齢は58歳ということだった・・日本流に言えば57才なのだろう、がっちりした体 と、声の大きい元気な中国の肝っ玉母さんだ!「仕事の休みは日曜日1日だけだ」と 言っていた。そこで写真を何枚か撮り住所を書いてもらい日本から送ると約束した。 (もうとっくに送っています)

もっと話をしたかったが・・真之達との待ち合わせ時間が迫ってきたので残念だった けどお別れを言い出てきた。待ち合わせ時間は10時にロビーである
来る時は歩いて40分くらい迷いながらパンを食べながらうろうろと来たので帰りは とにかくタクシーで・・・すぐであったが・・・

後で分かったが・・すぐ近くであった
タクシーは10元で行かなかったようだから、ぼったくられたのかも・・まあいいや

■初次見面、請多関照・・洪小姐との出会い
時間までにとにかくホテルに帰りロビーで待つ。ちょうど10時頃になった時、1人 小姐が真っすぐホテルに入ってきて、誰かを探す様にキョロキョロと周りを見た・・ 私は直感でこの子だなと思ったが・・しかしすぐ声も掛けられず、その子はホテルの 奥へと進んでいった・・明美に「あのこやでちょっと呼んでこいよ」と言ったが「エ レベーターの方へ行ったよ」というので様子を見てたら案の定戻って来た

絶対そうだと思い・・・「真之の奴め!約束しといて遅れてくるなんて・・ふざけや がって」と思いながら・・小姐に声を掛けた、そして真之に昨日もらった名詞を片手 に持ちながら手招きをし名詞を見せるとうなずいた。

「初めまして、私が安保の父親で、こっちが母親です」と自己紹介をし、今日は 宜しくお願いしますと挨拶をした。そのあとすぐに、彼女は「今日私はあなたがたの ことを、おじさん、おばさんと呼んでもいいですか」と聞いてきたので「いいですよ」 答えた・・彼女はまず最初にこれを聞こうと思っていたのか・・日本語でである

そうこうするうちにボサーと真之は入ってきて、私達が並んで座っているのを見て「 なんでわかったん」と一言「すぐわかったわ」と言いながら「遅れやがって」と文句 を言う
さあ今日は何処に行こうと言うことで相談が始まった。無論相談というほどのことも ないのだが、とりあえず豫園に向けて出発である。今回私は最初から観光なんて眼中 になく中国語が話したいということが最大の目的で何処でもいいのである。

■明美の上海旅行???
明美も別段観光に興味がないので・・明石でも上海でも何処でも同じな明美(これは ちょっと言い過ぎかな)なのであるから・・わたしもその意味では助かる?
真之はそれなりに気を使って・・「お父さんはそれでもいいけど、おかあさんは横で 聞いているだけで面白くないやん」


豫園の賑わい

全く真之の言う通りなのだが・・・どうしようもない
タクシーで降りた豫園は去年と同じ賑わいで、その風景は・・ありありとまだ思い出 せる風景である。去年はここでショーロンポーを食べ中国服を値切り、それなりに楽 しかったなと思い出しながら、今日は小姐同伴で中国語会話の練習に一生懸命でそれ 以外のことはそっちのけである

写真を写し一通り見たのか見てないのか・とりあえず休憩タイム
豫園のマクドナルド店に入る・・・真之は何か注文して食べたが、あとの三人はそれ ぞれ飲み物だけで2階に上がり一服

洪えんえん ■小姐の紹介
名前は洪(こう)えんえん・・19歳・・上海人ではなく
上海から汽車で五時間くらい掛かる??から、今年の2月に上海外国語大学に自費で 日本語の勉強をしに来たと言う事である、兄弟は13才の弟が一人居ると言っていた

小柄で質素で派手さはなく、日本人といっても分からない、日本的なおとなしそうな 感じの娘さんだ・・でも目的を持って一人で上海に出てきて自費で日本語を勉強しよ うとしているのだ。根はしっかりしていそうな雰囲気は十分感じられた。

■洪小姐の話し
「家への電話は月に2回か三回か、こっちから掛けたり向こうから掛かって来たり」
「親元はなれても寂しくはない」
「三年生まであるが2年生までの成績が悪いと三年生までおれなくて、退学しないと いけない」
「日本には行きたいとは思わない」
「将来は日本語を生かして働きたい」
「私のおばさんが日本で、依然勉強していた。今は日本語を使ってどこかの企業で働 いている」
「上海には小さい時に1年ぐらい暮らしていたが、あまり上海の事は覚えていない」
「豫園も今日来るのが初めてです」・・・
「趣味は卓球・・・それに水泳」

彼女の日本語と私の中国語と真之の中国語・日本語の通訳で話しは弾んだ
まさしく明美はそっちのけである・・椅子に座って聞くだけだが・・明美は文句言う でもなく、不満顔でもなく聞いているのである・・・さすが明美だ

私はそれどころではなく勉強に忙しかった。
休憩した後また「次ぎは何処に行く」から始まった。計画なんてないし・・何処でも いいので、お決まりの観光コース・・外灘(ワイタン)へということになった


南京東路を歩く

その前に昼飯を食おうと言うことで・・南京東路へタクシーで
人ごみの中を歩きながら店を探し、数ある店の中から適当に中華料理店に入った。
案内されテーブルへ・・高級でなもく低級でもなく、繁華街に面しての普通の店のよ うだ

私は焼き飯を頼んだ・・結局、彼女も明美も焼き飯3つに麻婆豆腐それに焼肉とトマ トの入ったスープ・・真之はなんだったか忘れたが、まずいものはなく、それぞれう まかった。今回は食うものすべてが上手い・・これなら十分中国で暮らせそうだ

真之はさっきマクドナルドでパンを食ったばかりなのであまり食わずテーブルの上の 料理は結構残ってしまった。彼女も小食である・・・食って金を払い出る
忘れたが・・高くはない

外灘へと歩く・・ここも去年と同じ光景が目の前にあった・・当然?
変わりない写真を写し景色を眺め・・・とにかく明美の存在はすっかり眼中にはなく 景色も私の目から通り過ぎて行くだけである、私の関心は中国語会話だけなのかも知 れない

しばらく同じ所で景色と人を見て、真之とまた次ぎの行く先を相談したが別になく・・ 明美も来る前にガイドブックを見るでもなく要求はゼロなのである
それならと去年も行った。人民公園にという事でタクシーに・・・人民公園もまた人 ・人・人の光景で正面には堂々たる権威の象徴なのか上海市庁がそびえている

ぶらぶらと公園を歩いていると、上海博物館が目にとまり入場する。
建物も立派、中の展示品の数も多く素晴らしのであろうが・・古代の陶器や美術品に は造詣も興味もないので、ただ眺めながら歩いた

外灘・・・上海博物館の喫茶店にて



威風を放つ上海市庁舎

展示物も多くしんどいだけだ、後の3人もきっと同じ気持ちだろうなと思い早々に見 学を切り上げ2階の喫茶店で休憩・・コーヒーを飲む。
この頃には、私の中国語学習の種も知ってる言葉も尽き果て、真之の中国語会話レッ スンに変わっていた。結構真之も彼女に中国語を教えてもらっているようであった

上海時間五時前になり足は棒である
そこで私は中国国際航空の格安航空券の予約の確認をまだしていない事に気が付き、 上海駅前の東方航空の事務所を思い出し、最後は上海駅に行き、駅近くのジャスコの 日本レストランで食事をして、お開きにしようと言うことになった。

タクシーで着いたときはもう五時を過ぎており事務所は残念ながらシャッターが閉じ ていた・・・・・仕方ない
その足でジャスコの本屋に直行し小学校1年生の国語の問題集を探した。去年と同じ ようだったが紙質はずいぶん良くなっている。値段は10元130円ほどだ。6冊し かなかったので全部買う・・・足らないけどまあ言いや・・安い土産である
中国語講座のクラスメートへの土産である

彼女に、「今日のお礼に何かプレゼントしたい」といっても固持された
それからジャスコの日本料理店に入る。ここは日本の味だが値段も日本と同じような 高さである
私と明美は二人で一つのサンドイッチ、彼女はカレー焼き飯・真之は鍋焼きうどん・ ・・・を頼み食べた
明日も、またここに来るのにと真之は言っていたが・・・

食べ終わって店を出れば、外も暗くなっていた
4人でタクシーに乗り、まず大学の寮に彼女を送ってから、真之と私のホテルに、そ して真之に渡していなかった荷物を手渡し、真之はすぐにまた戻っていった

とにかく私達は疲れていた・・よく歩いたから・まだ時間はそんなに遅くはないが、 ひたすらベットで休息である、観光のない上海旅行だが私は充実していた
明美は???・・・・また聞いて見よう

明日は、真之からの電話で、待ち合わせ場所が・・真之のマンションになり真之の彼 女も来てくれるそうだ・・本田リカちゃんである・・まだ振られていなかったのだ・ ・・良かった
それに真之は・・今日の洪小姐に明日学校で中国語を教えてもらう約束をしたそうだ
それも良かった

さあ足が棒だ!もう一歩も外に出れずに・・明日に備え休憩だ

23日終わり



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