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■さあ上海!朝のお散歩だ! さあ朝の散歩に行こう・・とりあえず魯迅公園を目指して、学校はその前にあるのだ からホテルマンに道を聞き出発・・団地の区画の中を通りながら・・道を迷いながら、 聞きながら・・上海の朝の風景を見ながら・・”ながら”がこんなにも楽しいのが旅 行なのだ
■明美と歩いた。 去年とは違う方向から大学の門に入ると・・こんなに朝早くから多くの人がそれらし き、ハデな衣装を身に着けてドラの音高く踊っている。垂れ幕もあり50周年何とか と書いてある。今日は学校は休みだが、笛に太鼓ににぎやかである。それを見ながら 真之たちが学んでいる建物へ向かう 「上海外国語大学国際文化交流学院」と書かれた看板が掛かった、ちょっと古めかし い運動場の前の五階建てくらいの建物である。去年は表から見ただけだったが今回は 中に入って見る。
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記念式典の踊り・・・「上海外国語大学国際文化交流学院」・・・日本語で台湾地震へのメーセージ
■カメラにはフィルムが入っていなかった!
そこで写真を撮っていてカメラのおかしさに気付き、しっかりとカメラを見るとフィ
ルムが入っていない・・ああああ〜ため息である
■旅先の親切はうれしいです! うろうろしていると鉄格子の向こうから、中国人のおばちゃんが何かしきりに私達に 向かって言っている、ここで写真は写すなと言っているのだろうか?立ち入り禁止だ と言っているのだろうか? 格子へ近づき、おばちゃんにつたない中国語で「私の息子がこの学校に留学し、この 校舎で学んでいるはずだ、だから見学に来た、今日は息子は一緒ではないが、今2年 生です」というようなことを訴えると通じたのか・・こっちへこいと手招きをしてく れるのである。
そして鍵を開けてくれ、ここが2年生の教室が有る階だと私達を案内してくれた。教
室の入り口にはクラスの名簿が貼ってあり名前を見ても真之の名前はない、そしてま
た隣の教室へと名前を探しながら移動していった。 こじんまりと14〜15人ほどが学ぶ教室で、黒板と教壇の前に机が並んでいた。こ のおばちゃん達の掃除と管理のおかげで本当に綺麗である・・雑然とした雰囲気もな く整頓され清潔そうだし、これなら勉強にも集中できそうだが???
■出席数8! そこで一緒に見ていた明美が目ざとく見つけたのは、ある科目で授業の主席数蘭に2 0と書いてある者が居るのに真之はたったの8・・・「真之8しか出てないやん!」 と明美が言うので見ると8であった・・・開いた口がふさがらないというのはこのこ となのか「えらいすけないやん」と明美が一言・・あのくそ野郎! そこで、おばちゃんと黒板にチョークで書きながら・・それぞれの家族の内訳・年齢 、特に明美の歳がえらい気になったようで、せくように聞いてきた「1955年生ま れだ」というと「若く見える」としきりに感心?していた様子だ・・これって喜べば いいのか?悲しめばよいのか?・・・
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呉おばさんと明美・・・真之の教室で・・・卓球室もある 髪を切って短くしたとこなので余計若く見えるらしく・・・ちなみにおばちゃんの年 齢は58歳ということだった・・日本流に言えば57才なのだろう、がっちりした体 と、声の大きい元気な中国の肝っ玉母さんだ!「仕事の休みは日曜日1日だけだ」と 言っていた。そこで写真を何枚か撮り住所を書いてもらい日本から送ると約束した。 (もうとっくに送っています)
もっと話をしたかったが・・真之達との待ち合わせ時間が迫ってきたので残念だった
けどお別れを言い出てきた。待ち合わせ時間は10時にロビーである
後で分かったが・・すぐ近くであった
■初次見面、請多関照・・洪小姐との出会い 絶対そうだと思い・・・「真之の奴め!約束しといて遅れてくるなんて・・ふざけや がって」と思いながら・・小姐に声を掛けた、そして真之に昨日もらった名詞を片手 に持ちながら手招きをし名詞を見せるとうなずいた。 「初めまして、私が安保の父親で、こっちが母親です」と自己紹介をし、今日は 宜しくお願いしますと挨拶をした。そのあとすぐに、彼女は「今日私はあなたがたの ことを、おじさん、おばさんと呼んでもいいですか」と聞いてきたので「いいですよ」 答えた・・彼女はまず最初にこれを聞こうと思っていたのか・・日本語でである
そうこうするうちにボサーと真之は入ってきて、私達が並んで座っているのを見て「
なんでわかったん」と一言「すぐわかったわ」と言いながら「遅れやがって」と文句
を言う
■明美の上海旅行???
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豫園の賑わい
全く真之の言う通りなのだが・・・どうしようもない
写真を写し一通り見たのか見てないのか・とりあえず休憩タイム
小柄で質素で派手さはなく、日本人といっても分からない、日本的なおとなしそうな 感じの娘さんだ・・でも目的を持って一人で上海に出てきて自費で日本語を勉強しよ うとしているのだ。根はしっかりしていそうな雰囲気は十分感じられた。
■洪小姐の話し
彼女の日本語と私の中国語と真之の中国語・日本語の通訳で話しは弾んだ
私はそれどころではなく勉強に忙しかった。
南京東路を歩く
その前に昼飯を食おうと言うことで・・南京東路へタクシーで 私は焼き飯を頼んだ・・結局、彼女も明美も焼き飯3つに麻婆豆腐それに焼肉とトマ トの入ったスープ・・真之はなんだったか忘れたが、まずいものはなく、それぞれう まかった。今回は食うものすべてが上手い・・これなら十分中国で暮らせそうだ
真之はさっきマクドナルドでパンを食ったばかりなのであまり食わずテーブルの上の
料理は結構残ってしまった。彼女も小食である・・・食って金を払い出る
外灘へと歩く・・ここも去年と同じ光景が目の前にあった・・当然?
しばらく同じ所で景色と人を見て、真之とまた次ぎの行く先を相談したが別になく・・
明美も来る前にガイドブックを見るでもなく要求はゼロなのである
ぶらぶらと公園を歩いていると、上海博物館が目にとまり入場する。
外灘・・・上海博物館の喫茶店にて
威風を放つ上海市庁舎
展示物も多くしんどいだけだ、後の3人もきっと同じ気持ちだろうなと思い早々に見
学を切り上げ2階の喫茶店で休憩・・コーヒーを飲む。
上海時間五時前になり足は棒である
タクシーで着いたときはもう五時を過ぎており事務所は残念ながらシャッターが閉じ
ていた・・・・・仕方ない
彼女に、「今日のお礼に何かプレゼントしたい」といっても固持された
食べ終わって店を出れば、外も暗くなっていた
とにかく私達は疲れていた・・よく歩いたから・まだ時間はそんなに遅くはないが、
ひたすらベットで休息である、観光のない上海旅行だが私は充実していた
明日は、真之からの電話で、待ち合わせ場所が・・真之のマンションになり真之の彼
女も来てくれるそうだ・・本田リカちゃんである・・まだ振られていなかったのだ・
・・良かった さあ足が棒だ!もう一歩も外に出れずに・・明日に備え休憩だ
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