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「日露戦争勝利100年」:祖父従軍の足跡を追って満州へ


大連〜丹東〜大孤山、岬岩、柝木城、遼陽〜瀋陽〜鉄嶺〜鞍山〜大連

日時:2005:平成17年4月16日(土)〜4月28日(金):12泊13日

13日目:大連〜我が家へ:4月28日(木)



2005.平成17年4月28(木)

■さあ大連周水子国際空港へ
モーニングコールが鳴る6時前に目を覚まし、帰る準備を始めた。 さあ帰るぞ、いや、帰れるぞ?かも。ホッとする帰国日でもある。朝飯も食べず、フロントで差額を返却してもらい玄関に停まっているタ クシーに乗った。

若い運転手だった。
空港までまた最後の中国語レッスンである。
小泉首相が好きか?嫌いか?彼に聞かれた。私は「靖国神社に参拝すれば好きだが、しなければ嫌いだ」と答えた。

彼に共産党一党独裁体制の現状はどう思う?と聞いたら中国人の多くから聞くいつもの回答が帰って来た 「中国は大きな国だし、多民族国家だから今の体制でないと国として成り立たないだろうからこれで良いと思っている。ソ連も分裂して今 は前より悪くなっているだろう」と言うので、私は「共産主義は最悪だ。私にとって一番重要なのは自由であり、民主主義だ。ソ連は悪く なっていない。前の方が良いなんて人間はほとんど居ない」と言ったが彼の知るところではソ連邦解体後の混乱しか知らされていないのだ ろう。

ソ連邦が解体され、まだまだ独立した国々に混乱があるのはニュースで良く流れるが、旧ソ連邦の体制に戻りたいという人間は極々僅かだ ろう。共産主義国家から解放され自由と民主主義を知ったものは、共産主義の愚かさが良く理解できるはずだ。中国人にはまだ自由も民主 主義もない。知らない。不幸な国民だと思う。是だけの人口と国土を持ち、頭脳もありながらアジアの最貧国として大方の中国人は日々の 暮らしに汲々とし金のことばかり考えている。

10元のチップを渡しお互い笑顔で別れた。彼は「一路順風」と言ってくれた。

■汚さの平気な内は、尊敬される国にはなれない
中国の汚さには、いつも驚く。最初は汚いのは貧しさが原因なのかとも考えていたが、それは関係ないと思うようになった。中国の汚さは、 貧困と関係なく文化なのだろう。汚いのが平気なのだから仕方が無い

トイレも、食堂のテーブルも、道も、その他の公共の場所は、全てに汚い。
貧しくとも、身の回りを綺麗に、清潔にするのは、そんなにお金の掛かるものではないはずだ。

公共の場所が綺麗になり、トイレが綺麗になった時に、道徳心も向上した国民になったと言えるのだろう。

江戸時代の日本は決して、世界経済から見れば裕福な国家ではなかったはずだが、幕末の外国人の日本見聞録では、日本の町の清潔さに感 動している。玄関の打ち水、どこの庭先にも花があり・・・貧しいが高貴だという感想を書いている。

中国の経済発展は目覚しいというが、汚い町が今後どう綺麗になって行くのか?興味深い

■行軍軌跡を追って
重慶に行った時もそうだが、当時の日本の強さ、逞しさに羨望の想いを持つ。
100年前に日本はこんな場所で、当時、世界最強と言われたロシア陸軍と戦い、勝利を収めたのかと。

100年前、欧米列強国は覇権主義で世界の弱小国は、次々に侵略され植民地化されていた。それが当たり前の時代に、アジアの黄色人種 でもある日本が、鎖国から目覚めまだ国力も十分ではない時に、列強国と肩を並らべ日本の独立を死守すべく大国相手に存亡を掛けて戦っ た。

それに引き換え、戦後の日本の情けなさを反日に荒れる中国でつくづく思う
一体、戦後の日本人は何をして来たのか?そして、今後どうしようと言うのか?
米国の庇護の下でしか、国家の存立を保てない国家国民に成り果て、今も、戦争放棄と嘯く。こっちが放棄と叫んでいれば、誰も攻めてこ ないとでも言うのか?憲法に一方的に戦争放棄と書いていれば、戦争は起こらないのならこんなに楽なことはない。

強くなることが、国家の使命であり責任だ。
それで無ければ、国土も国民も守ることなどどうして出来よう。
心身とも弱くなった日本を痛感する旅だった。祖父を身近に感じることが出来た旅だった。54歳と9ヶ月


韓三台(連三台)の村、黒溝台の会戦の時

三岳支隊の一員として昌次郎はこの附近に駐屯した




明治37-38年(1904-05) 日露戦争 陸戦編

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