旅行記 安保


雲南省への旅


香港〜昆明〜保山〜拉孟〜龍陵〜騰越〜大理〜昆明〜香港

2007:平成19年5月6日(日)〜5月15日(火)

9泊10日


昆明→保山→拉孟→龍陵→騰越(騰衝)→保山→大理→昆明→香港

赤●と香港に行きました

目 次

(0)旅たち前:雲南省に行くことに
(1)5月6日(日)関空〜台湾、香港経由、昆明へ到着
(2)5月7日(月)昆明周辺及び市内を一日観光する
(3)5月8日(火)昆明〜飛行機で保山へ行き市内を観光
(4)5月9日(水)保山〜拉孟、龍陵を経て、夜、騰越(騰衝)に到着
(5)5月10日(木)騰越にて。和順に行き、その後、来鳳山、及び市内を巡る
(6)5月11日(金)騰越〜保山を経て大理下関から大理古城へ、城内を散策
(7)5月12日(土)大理古城周辺を観光し、その後城内を散策
(8)5月13日(日)大理〜昆明に戻り市内をぶらつく
(9)5月14日(月)昆明動物園で昼間で遊び香港へ行く
(10)5月15日(火)香港で昼過ぎまで過ごし、関空へ戻る
(11)帰国後:番外編


「フォートラベル」に同じ旅行記を掲載しています。
写真が大きいで〜す。

「フォートラベル」






雲南の戦跡を巡る



2007.5.10.撮影(来鳳山山頂より騰越市内を一望す)

旅への想い

最初は昆明から世界遺産に登録されている麗江に行く予定だった

それが雲南の地で、援蒋ルートの攻防で昭和19年5月頃から

日本軍と支那遠征軍(国民党軍+英米軍)との間に激戦があったことを知った。

その地が雲南省の西に位置する、拉孟・龍陵・騰越である

そして古山高麗雄(著)戦争文学三部作

「フーコン戦記」「龍陵会戦」「断作戦」を読み

戦跡への思いを募らせその地を訪ねることにした

最初は騰越に的を絞り、そこに二泊する予定を立てた

その他は、行けるか?否か?分からない旅たちだったが

幸い偶然にも通り過ぎるだけに近い訪問だったが行くことが出来た

そして63年前を想い、兵士たちに一番人気の高かった歌

「誰か故郷を想わざる」を先々で口ずさみ一人感傷に耽った

慰霊の旅などとは無論言えるものではないが・・・。

英霊に感謝し、今を申し訳なく思いながら歩いた

何時の日にか、ここでの戦いの様子を多くの日本人が知り

日本人の誰もが、心からの哀悼の気持ちを捧げる

そんな日本になることを願いながら歩いた

そうでなければ日本という国と日本人は

名前は同じでも私にとっての日本ではなくなるだろう

将来どうなるのか?祈る思いで期待するしかない

本当に気持ちが高揚し集中した旅だった

拉孟・龍陵・騰越のことを知ってもらえれば幸いだ

皇紀2667年/平成19年6月(記)






騰越(騰衝)にて

騰越古城のあった辺りから来鳳山を望む


先頭に戻る・・Next

旅行記 安保