安保Top


世に我思う「正論」あり、ここに記す







日本はすでに農業大国


2011.H23.05.08

■■ Japan On the Globe(698) ■■ 国際派日本人養成講座 ■■

日本の農業生産額は世界5位。「高齢化する零細農家」は「農業版自虐史観」。


■1.日本は世界第5位の農業大国

日本の国内農業生産額は2005(平成17)年時点で、826億ドル、8兆円相当の規模で、これは中国、米国、インド、ブラジルに続き、世界第5位を占めている。米国(1775億ドル)のちょうど半分程度だが、大雑把に言えば、人口も米国の半分程度なので、国民一人あたりの農業生産額はいい勝負と言える。

また欧州の農業大国と言われるフランスは6位549億ドル、広大な領土を持つロシアは7位269億ドル、オーストラリアは17位259億ドルで、日本の生産額はこれらの「農業大国」をはるかに上回っている。

品目別に見ても、生産量で世界トップレベルのものが少なくない。ネギは世界一、ホウレンソウ3位、ミカン類4位、キャベツ5位、イチゴ、キュウリは6位だ。コメは生産能力の4割を減反していて10位だが、減反開始前の昭和35(1960)年代には3位だった。意外なのがキウイフルーツで、世界6位、米国を上回っている。

こうして見ると、自動車やエレクトロニクスなどの工業分野と同様、農業分野でも我が国は大健闘している、と言える。

すなわち、日本はすでに農業大国なのである。GDP(国内総生産)を根拠に、我が国が今まで「世界第2の経済大国」(最近、中国に抜かれたようだが)と呼ばれていたのだから、農業の国内生産高、すなわち農業GDPによって世界第5位の農業大国と呼ぶのは妥当だろう。我が国の国土の狭小さを考えれば、これは驚くべきことである。

「食糧自給率が約40パーセント」、「農業従事者の約60パーセントが65歳以上」などと喧伝されていることから、我が国の農業は衰退状態にあり、いざ食糧危機が起こって輸入が途絶えたら、国民が飢餓に瀕するなどというイメージが一般的だが、『日本は世界5位の農業大国』の著者・浅川芳裕氏によれば、これこそが「農業版自虐史観」だと言う。[1,p45]

■2.日本は食糧輸入大国?

それでも食糧自給率40パーセントと言うからには、生産高は多くとも、より多くの食糧を輸入に頼っているのではないか、という疑問が湧く。

日本の農産物輸入を米英独仏の先進4カ国と比べてみると(2007年データ)、まず輸入額では、米国747億ドル、ドイツ703億ドル、英国535億ドルに次いで460億ドルと第4位。金額的に見て、我が国は主要先進国の中では少ない方である。

輸入額は人口にも影響されるから、国民一人あたりの輸入額で見ると、英国880ドル、ドイツ851ドル、フランス722ドルと来て、我が国はそのフランスのほぼ半分の360ドルとやはり4位。最も少ない米国の244ドルと大差ない。

「日本が輸入している農産物は、穀物など単価の安いものが多いから、金額は低くても量は多いのでは?」とさらに疑う読者のために、一人あたりの輸入量で見ても、ドイツ660キロ、英国555キロ、フランス548キロに続き、日本は427キロとやはり4位で、米国の177キロを上回るに過ぎない。

すなわち、この先進5カ国の中で比べてみれば、生産高は826億ドルと米国に次いで第2位、輸入高では460億ドルと生産高の半分強で第4位。このどこが「食糧輸入大国」であろう。


■3.食糧自給率40パーセントのカラクリ

実は「食糧自給率40パーセント」という数値にカラクリがあると、浅川氏は指摘している。この計算はカロリーベースのもので、一人1日あたりの供給カロリーのうちの国産供給分の比率である。分母となる供給カロリーの中の4分の1ほどは、レストラン、ファーストフード店などでの廃棄分や食べ残しが含まれる。

それらの廃棄分を除いて実際に国民が摂取している一人一日あたりの摂取カロリーで見れば、自給率は54パーセントとなる。民主党が10年後に目指すとしている自給率目標50パーセントはすでに達成されている。現在の定義で自給率を高めようとすれば、まずは廃棄分を減らすのが、正しい方向だろう。

さらに自給率を生産額ベースで計算すれば66パーセントとなる。先の先進5カ国で言えば、米国、フランスに次いで3位である。米国やフランスは輸出が多いから自給率も高いのだが、主要な輸出品目は穀物、肉製品、ワイン等。これらの品目は、南米や東欧などの新興国に押され気味で、生産額ベースの自給率は低下傾向にある。

一方、日本より自給率の低い英国やドイツは、寒冷地で野菜や果物は輸入に頼らざるを得ない。

我が国土は狭隘と言えども、南北に長く一年を通じて様々な農産物の栽培が可能で、農業に適している。しかも、その中で高度に発達した国内市場を持ち、そのニーズに基づいた高品質の野菜、果物、畜産品を開発、生産している。

カロリーベースで自給率40パーセント、という「農業版自虐史観」だけでは、こうした我が国農業の真の実力を見失ってしまうのである。


■4.大幅な農業生産性向上

「農業従事者の約60パーセントが65歳以上」というのも、実態を惑わす表現である。お年寄りの農家が細々と田畑を耕していて、後継者もおらず、生産高は徐々に減っていき、いずれ日本農業は全滅してしまう、と想像しがちだが、これまた事実ではない。

まず我が国の農業総生産高は着実に伸びている。昭和35(1960)年の4700万トンから、平成17(2005)年の5000万トンへと300万トンの増産を実現している。

確かに農業従事者数は減っている。昭和35年に約1200万人いたのだが、平成17年には約200万人と激減している。確かに農業従事者数は6分の1となったが、逆に生産高は増えている。すなわち一人あたりの生産性が6倍以上に向上しているのである。

農業者一人あたりの生産額で見ても、昭和35(1960)年の18万円が、平成17(2005)年には約24倍の438万円に上昇。物価変動分を差し引いても、5.2倍になっている。

一人の農業従事者が何人分の食糧を生産しているか、をカロリーベースで試算すると、昭和35(1960)年には7人分だったのが、平成17(2005)年には4倍超の30人も養えるほどになっている。

すなわち、農業従事者の減少とは、生産性の大幅向上によって、一定規模の食糧生産に必要な人数が大幅に減った結果であって、農家が高齢化して引退していき、食糧生産も衰退していっている、ということではない。

農業生産性の向上によって、農家が大幅に減少していく、というのは、先進国共通の現象である。過去10年の農家の減少率で見ると、我が国は22パーセントだが、ドイツ32パーセント、オランダ29パーセント、フランスが23パーセントと、日本以上の減少率となっている。

「農業従事者の約60パーセントが65歳以上」というのは、お年寄りがいくつになっても元気で田畑を耕したり、あるいは兼業農家をやっていた会社員が定年後に晴耕雨読の生活に入るなどしているからである。喜ばしいことではあっても、心配すべきことではない。


■5.他の本業で稼ぎ、家庭菜園を営むアマチュア農家

日本の農業大国ぶりを支えているのは、こうした高齢化した農家とは別の、少数精鋭の農業従事者である。

約200万戸の販売農家(面積30アール以上、または年間の農産物販売金額が50万円以上)のうち、売り上げ1千万円以上の農家はわずか7パーセントの14万戸しかないが、彼らが全農業生産額8兆円の6割を産出している。[1,p123]

逆に売り上げ100万円以下の農家が120万戸、6割も存在するが、彼らの生産額はわずか5パーセントに過ぎない。売り上げ100万円以下とは、耕作の目的はあくまで自家用やおすそ分け用であって、余った分を販売に回しているに過ぎないだろう。いずれにしろ、国民全体の食生活を支える存在ではない。

民主党は「農業者個別所得補償制度」を提唱し、平成22(2010)年には、5618億円もの予算が「個別所得補償モデル対策」として農家にばら撒かれた。その対象は、米を例に挙げると、180万戸ほど。そのうちの100万戸が1ヘクタール未満の農家で、農業所得は数万円からマイナス10万円程度である。

これが本当なら生きていけるはずもないが、実はこの層の多くは役所や農協、一般企業で働いており、その本業で平均500万円ほどの収入がある。零細農家というよりも、本業で所得を稼ぎながら、家庭菜園で自家用やおすそ分け用を中心に耕作をしているアマチュア農家である。

こうしたアマチュア農家に、56百億円もの税金をばら撒いて、食料自給率が向上するはずもない。そもそも農産物を売って、生計を立てようとはしていないのだから。民主党がこの政策で本当に食料自給率を上げようとしているなら愚劣の極みであり、またそれと知っていて得票目当てに国民の税金を投入しようとしている確信犯なら、悪徳の極みである。


■6.高収入のプロ農家

それでは、農業を本業とする少数精鋭のプロ農家とはどのような人々なのだろうか。その一例を、弊誌633号「『明るい農村』はこう作る 〜 長野県川上村の挑戦」で紹介した。かつては「信州のチベット」と呼ばれた高地でレタスを作り、東京市場の価格変動に機敏に対応した出荷を行って、607戸の農家が平均25百万円の野菜販売額を上げている。まさにプロ農家集団である。[a]

こうしたプロ農家の所得の実態を、浅川氏が副編集長を務める月刊誌『農業経営者』で行った。[1,p125]

アンケートの対象となった2566人の平均収入は343万円。うち、個人農場1314人の平均348万円、農業法人社員870人の平均が241万円、農業法人経営者870人の平均が560万円であった。

農業法人社員の241万円は、社員数5〜9人の小企業における平均年収236万円とほぼ同程度の年収となっている。

個人農場主は他業種であれば個人商店や個人企業に相当し、農業法人経営者は企業経営者に該当する。それぞれ他業種に引けをとらない年収を得ている実態が明らかになった。

こうしたプロ農業者が、わが国の農業の生産性を何倍にも高め、わが国の食料供給のを支え、農業大国の大黒柱となっているのである。


■7.農業こそが世界の成長産業

わが国の農業をさらに強くして、国民がおいしい農作物を安く食べられるようにし、かつ万一の場合の食糧安全保障を図るには、これらのプロ農家をいかに発展させるか、が課題である。

そのひとつの方策は、国際市場に打って出ることである。日本のエレクトロニクス産業や自動車産業は海外市場で戦うことで、競争力を磨き、規模を大きくしてきた。

日本の車や家電製品が国内市場だけでやってきたとしたら、現在ほどの発展は望めなかったろう。逆に海外製品の攻勢に対抗できず、ちょうど今の農業のように高関税で海外製品の輸入を阻止することに汲々としていたであろう。

世界の農産物貿易額は急速に拡大している。1961年に670億ドル(約7兆円)だったのが、2007年には1兆7800億ドル(約180兆円)と拡大した。とくに2000年以降は年平均10兆円も伸びている。農業こそが世界の成長産業なのである。

この農産物貿易の拡大にうまく乗ったのが、ドイツや英国で、それぞれ420億ドル、200億ドルの輸出増加を果たした。同期間の日本の輸出の伸びは17億ドルに過ぎない。もしわが国がドイツ並に400億ドルも輸出を伸ばしていたら、生産額ベースの自給率は90パーセント以上に達していたはずだ。


■8.「僕自身、日本の農産物は世界一だと思っている」

海外市場に打って出て成功している農業者がいる。農業法人・和郷園である。平成19(2007)年に輸出事業を始め、わずか2年で売り上げの約1割を占める3億円に達した。香港に現地駐在員を置き、自社生産の高品質農産物をレストランやスーパー向けに輸出している。

和郷園代表の木内博一氏はこう語る。[1,p157]

__________
 僕自身、日本の農産物は世界一だと思っている。今、そのことを世界にしっかり表現していくときだ。まずは最高級品を輸出することにこだわり、海外で「ジャパン・プレミアム」を創出する。頂を高くすれば、その後の日本産農産物の世界市場は大きく開ける。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

自動車やエレクトロニクスと同様に、和郷園では海外生産も始めている。タイでマンゴーとバナナを生産する現地法人を設立し、バナナの半分は日本に輸入しているが、残り半分は現地で販売している。日本人の農家が地元タイで作った "Made by Japan" が評価され、世界ブランドの「ドール」よりも、高値で売れている。

「高齢化し、衰退する日本農業」という「農業版自虐史観」では、アマ農家に税金をばら撒き、輸出はおろか、高関税で海外農産物の輸入阻止という袋小路に入り込むだけである。

和郷園のようなプロ農家が輸出や海外生産を通じてさらに競争力を鍛えていけば、農業大国日本の将来は明るいのである。

(文責:伊勢雅臣)


目次に戻る






『歪曲報道』


2006年10月26日 木曜日

高山正之(著)『歪曲報道』  そのメディアの騙しの手口



朝日新聞、NHK、TBS…あなたは、まだ彼らを信じられますか?

まえがき

ロサンゼルスに特派員として赴任して間もない頃、ちょっとしたホームパーティに誘われた。

日米のジャーナリスト、それにハリウッドのお膝元という場所柄もあって映画の制作関係者、写真家や弁護士など結構な顔ぶれが並んでいた。

こちらが新顔と見て、主宰者側の米国人スタッフが話しかけてきた。ユダヤ系で大学を2つ出て今はシナリオ選定の仕事をしているという話だった。

海外駐在はここが初めてか。

いや、中東に少々。最近までミャンマーにいてアウン・サン・スー・チーに会っていた。彼女を食い物にしている英国人の亭主がたまたまやってきて話も聞いた。帰りにバンコクに寄ったらクーデター騒動に巻き込まれた、軍隊も出て市民が数十人、殺されたというような話をした。

例のスチンダ将軍のクーデターで、首相の座に就いた彼に市民が珍しく大規模な民主化デモを展開して抵抗し、スチンダを退陣に追い込んだ事件だ。

すると彼、「アジアか」と深刻そうな顔つきをして「日本は昔、アジアの国々でたいそう悪いことをしたな」と言い出した。

いや別に、と否定すると、彼はかなりびっくりする。鳩が豆鉄砲を食らったようなという表情でこっちを見据えて「いや日本はひどいことをした。日本は朝鮮を植民地にしたではないか」という。

違うね、ともう一度否定する。朝鮮についていえば植民地じゃない。あれは併合だった。米国がテキサスを手に入れるときの併合と同じだ。それに日本の統治はうまくいった。少なくともフィリピンを植民地支配した米国に何かいわれるほど非道なことはしていない。

彼は真っ赤になって言い返す。「米国はフィリピンを開化させた。いいこと.をした。しかし日本は朝鮮で残酷なことしかしなかったではないか」。

お言葉ですが、と一言い返す。米国はフィリピン人に独立させてやるからと願して宗主国のスペインと戦わせた。スペインが降伏すると米国は約束を反故にしてフイリピンを米国の植民地にした。

怒ったフィリピン人が抵抗すると軍隊を出して彼らの虐殺を始めた。彼らの家族も捕まえて家に火をつけ拷問して殺した。

米国スペイン戦争は1898年4月に始まり8月にはスペインが降伏しているが、戦争はなぜかその後4年も続き、1902年に終わっている。

何をもって終わったかというとフィリピン人の抵抗が鎮圧された、もう米国の植民地支配を認めますといったときまで続いた。しかもその4年間で米軍はレイテ、サマールの2つの島の島民を皆殺しにするなど「20万人のフィリピン人を殺した」と上院の公聴会の記録に残っている。

朝鮮は違った。T・ルーズベルトが朝鮮はもはや国家の体をなしていないとはっきり発言して米公館を閉じ、日本に任せている。日本は学校をつくり、電気を引き、工業を興して真の意味の、つまりあなたのいう開化を行った。

そう説明すると、彼は「日本は朝鮮を植民地にしてひどいことをしたのは事実だ」と吼えて、「もうこの話はやめだ」という。

日本をしたり顔でくさして、旗色が悪くなると、怒り喚く。こちらも少々むかついたので、「百歩譲って日本が朝鮮をフィリピン並みの植民地にしたとして、それでも日本が悪いというのは、もしかしてあなたは日本が植民地を持つことを詐せないと思ったのか。植民地を持つのは白人国家の特権と思っているのか」と畳みかけた。

彼は顔を真っ赤にして四文字の言葉を投げかけて、どこかに行ってしまった。

この男とはのちに再会する機会があった。彼はあのあと、フィリピンと朝鮮の歴史を調べてこちらの言い分が正しいのを知ったと、あっさり非を認めてきた。

そしてこう付け足した。「初対面の日本人に朝鮮の植民地の話をすると、みんな申し訳ないという。そういう形で付き合いの主導権を取ってきた。反発されたのは今度が初めてだった」と。日本人には有効な「決め言葉だったのに」と笑っていた。

ここで注釈をつけると、彼のいう「日本人」は新聞記者であり、総領事館のスタッフ、っまり各省庁からの役人であり、一流企業の駐在員など世論にコミットする世界の人々だ、そんな彼らは朝鮮併合の中身も近代史も何も知らない。特派員に至っては、そういうあやふやな知識で微妙な国際問題をさもまともそうに記事にしている。

あまりぞっとしない話だが、実はこの米国人の「決め言葉」と同じものを支那の南京でも聞かされた。

日本軍が南京を落とした後、6週間にわたって市民30万人を殺した、つまり毎日7000人ずつ42日間、殺し続けたその証拠を留めるという「侵華日軍南京大屠殺遭難同胞記念館」を見に行ったときのことだ。

展示場はいかにもおどろおどろしくつくられているが、もともと虚構の事件だから物証などあるはずもない。だから展示品は「日本軍の虐殺の証拠写真」とかだが、すでに東中野修道・亜細亜大学教授が解き明かしているように、どれもこれも検証してみれば同じ人物や同じ場所で演出されたいんちき物ばかり。

まともな実写は『アサヒグラフ』に載った日本軍兵士らの写真で、もともとのキャプション「農家から鶏を買った笑顔の兵」というのが「農家を略奪し農民を皆殺しにして家禽を略奪した日軍兵士」と変えてある。そう変えさせたのは江沢民だ。

当時の南京には市民は20万人もいなかった。日本軍が入城後は平静に戻り、道端で支那人の床屋に髭をあたってもらっている日本軍兵士の写真などが当時の『朝日新聞』にも載っている。

中国が主張する毎日7000人ずつ「6週間休みなく殺し続けた虐殺」のそのさなかに報道班員としてやってきた作家の石川達三はもちろん、そんな虐殺を見てもいない。

その後に執筆した『武漢作戦』では、そのときの南京の風景をべースにしたこんな下りもある。

野口伍長が一等兵に声をかける。
「ちんばをひいとるな。全快したのか」
「もう二、三日すれば全快します」
「今までどこの病院にいたのだ」
「南京にいました」
「南京は賑やかになっとるか」
「はあ、もうカフェでも何でもあります。ネオンサインがついております」

その南京でガイドについたのが中国共産党の下部機関、南京大虐殺研究会のメンバー・戴国偉で、彼はその目で見てきたように日本軍の「虐殺の模様」を日本語で語り続ける。

話している彼もその荒唐無稽さに気づいているようで、その辺を指摘すると、彼は唖然とした顔つきでこちらを見た。

それはあの米国人の表情と同じだった。

戴某は開き直る。「私はここを訪れた日本の立派なジャーナリストのガイドも務めました。みんな納得しています。疑う声はないのです」。

どんな連中かと聞くと、「朝日新聞の本多勝一」に「筑紫哲也」に「久米宏」……。

「日本人の観光客にも話します。話をすると日本人はみな申し訳ないといいます。泣いて謝る人もいます」

米国人の言葉に見せる日本人の反応とこれもそっくりだ。

ただ問題は立派かどうかはともかく本多にしろ、筑紫や久米にしろ、少なくともジャーナリストの端くれにある者が中国人の言い分を検証もしない、調査もしないで、あたかも真実のように流してきたことだ。

彼らだけではない。

東京裁判でウェブというオーストラリア人が「日本は侵略国家だ」といった。それを受けて『朝日新聞』や『読売新聞』は確かめもしないで、日本を侵略国家ということにしてしまった。『朝日新聞』などは戦後60年以上過ぎた今でも、ウェブの言葉について一切の検証なしに日本は侵略国家だったとして社説を書き続けている。

人々はそうとも知らずに新聞を読み、テレビを見て、そうか日本は侵略国家だったのか、南京ではそんなひどいことをしたのかと思い込んでしまう。

その逆に中国がカンボジアに地雷をまき、今また石油のためにスーダンに虐殺を輸出していることは伝えてはくれない。韓国が竹島を不法占拠して、だから国際調停機関にも持ち込めないで、ただ日本がくれてやるというのを待っていることも教えてくれない。

今、身を置いている学者世界には「メディア・リテラシー」という言葉がある。リテラシーとは識字能力を意味する。新聞やテレビが流す報道。それが信ずるに値するものかどうかを見抜く力とでも訳すか。

この本は日頃の新聞やテレビの報道のどこに落とし穴があるか、どの部分が未検証なのかを探った『Voice』に連載の「メディア閻魔帳」をべースに、日本のジャーナリズムの先天的欠陥について書いた何本かの評論も付け加えた。

ニュース報道に偽物が混ざっていることだけでも理解していただければ幸いです。

また、出版に当たってPHP研究所の川上達史氏、豊田絵美子さんのご尽力、ご協力をいただきました。この場を借りて感謝を伝えたいと思います。

2006年8月10日:高山正之(文責)


目次に戻る






海外移転による空洞化の嘘 (水)


2011年8月24日(水)

「中韓を知りすぎた男」 より転載



世界経済は日本、米国、欧州、中国で回っています。その中で日本だけが円を他国のように大量に刷っていません。そのことが「円の独歩高を止められず、デフレをさらにこじらせる」と多くのエコノミストたちは日銀を批判しています。

慶応大・土井教授は「急激な円高に対し、政府・日銀は米国に先んじて為替介入や追加金融緩和を実地すべきだ」「今回の円高がとどめとなり、企業が生産拠点をアジアなどの海外に移せば、日本は深刻な産業空洞化を引き起こす」「日本をターゲットにした日本売りが起こっても不思議はない」と相変わらずワンパターンの悲観論ばかりを述べて います。

まずこれらのことについて私なりの考察をしてみます。日本のエコノミストたちは口を開けば「円高は企業の海外移転を促し、産業空洞化をもたらし、雇用の消失につながる」と言いますが、本当にそうでしょうか?

急激な円高に転じた1985年プラザ合意後、信じられないくらいの多くの企業が海外に進出しました。しかし産業空洞化は全くと言っていいほど起こっていません。進出した企業が日本の本社まで捨てて海外に移転し、その国の企業になってしまったら確実に空洞化が起こりますが、私の知る限りそんな企業は一軒もありません。

むしろ海外に進出して成功した会社は日本の本社の社員を増やしています。私がこのように書きますと必ず弱小の中小企業の例を持ちだして反論されます。

「日本の製造業が海外シフトすれば国内の仕事がなくなっていく」と常に言われていますが、中小企業も含めて海外に飛び出した80年代は失業率は2%〜3%程度で、出世界的に見ても非常に低水準です。

バブル崩壊によって2001年に5%を突破しましたが工場の海外移転とは何ら関係がありません。それ以降も海外進出が増えているにもかかわらず2007年に3%台まで下がっています。2009年に戦後最悪を更新して5.5%まで失業率が上がりましたが、それはリーマンショックによる世界同時不況のせいで工場の海外移転とは何の関係もありません。

米国や欧州ではこの時点で失業率が10%近くまで上がっています。日本の5.5%はまさに日本の実力です。

円高になるとテレビでは必ず大田区や東大阪の中小零細企業を放映して社長に「この円高ではもうやっていけない、会社を廃業しなければならない」と言わしています。この脳のないテレビ放映は20年も繰り返し続けています。

確かにそのような企業もありますが、その工場でしか出来ない精密部品を作っている会社は悠々と経営を続けています。

海外に進出した日本の工場は日本の優秀な部品や資本財を買います。つまり海外の消費財の生産が伸びれば自動的に資本財の売上が伸びる構造になっています。

海外に進出した日本の工場だけではありません。世界中の工場が日本の部品や資本財を買っています。この資本財の日本のシェアーは70%を超えていると言われています。要するに製造の分野では日本がいなければ高技術産業製品の生産がストップする状況になっています。

今回の東日本の地震と津波で多くの資本財の日本工場が動かない状況になり世界中の工場が悲鳴を上げました。しかし地震で壊滅状態になった工場をわずか3ヶ月で稼働させた日本に世界の工場は称賛と畏敬の念を抱いています。

日本の工場は利益を度外視して、世界中の工場に迷惑を掛けるわけにはいけないという一心で昼夜を問わず復興に取り組みました。日本の製造業で働く人達は、大企業の社長から小さな工場の親父さんたちまで、みな自分たちの技術がいかに優れ、世界中の工場に必要とされているかを知っています。

韓国大統領はサムスンやLGの要請を受け、菅首相に今回の地震で部品の入ってこないことに苦情を述べた。菅首相は平謝りしたそうです。その機を取らまえて李大統領は部品工場の韓国移転を要請しました。管首相は意味もわからず了解したそうです。

話はあっちこちに飛びますが要するに日本製造業の海外シフトと産業空洞化とはあまり関係がないということを言いたかったのです。

つまり日本の輸出の中心は家電や自動車といった耐久消費財から部品や材料といった資本財がいま輸出の大きな部分を占めています。

輸出するものが耐久消費財と資本財とでは意味するものがまるで違います。要するにいくら円高になっても日本の資本財を買わないわけにはいかない、資本財をストップすると相手国の工場は止まってしまいます。

韓国は日本製部品への依存度が高いため生産量が増えれば対日赤字も増えます。以前盧武鉉大統領はこの構図を知り激怒、サムスンのトップを呼んで部品の自国生産を言明しましたが結局同じものができずに断念した経緯があります。

トヨタ、キャノン、村田製作所、小松製作所、などその他の大手を含めた中小企業まで円高と連動して海外生産比率が加速しています。日本の製造業の海外生産は2000年時点で50兆円を超えています。最近のデーターは持っていませんが現在はもっと増えていると思います。

日本の失業率が増えているのは世界的不況のせいで海外に進出した企業のせいではありません。つまり産業の空洞化など起こっていないということです。

きちんとしたデーターを見ずに先入観でものをいう評論家や学者があまりにも多すぎます。彼らが日本の正しい姿を歪めてしまっています。


目次に戻る






泰緬鉄道の真相


2011年10月5日(水)

「宮崎正弘の国際ニュース」 より転載



(読者の声6)貴誌にでた「PB生」様が紹介されたブログ情報についての感想です。

「(引用)戦争中に破壊された鉄橋は昭和25年に日本の戦後賠償で修復された、とありますからその時に引きなおされたのかもしれません。ネットで見つけたブログの記事、「泰緬鉄道〜タイと日本の深い仲〜」というのが興味深い」となって、以下ブログより引用が続きました。

泰緬鉄道については建設した鉄道連隊の生存者から資料を預かっているので以下ご参考まで。

1.鉄道建設主体:日本軍の鉄道連隊(1.5万)がビルマ側とタイ側から着工した。白人捕虜は運搬、ヨイトマケ、掘削など単純作業のみ。

2.「戦場にかける橋」は捕虜収容所が橋を建設しているが、嘘。鉄道隊が捕虜を借りていた。事実では映画にならない。開通機関車は現在靖国神社遊就館で展示中。

3.日本の鉄道建設技術陣は京都帝大卒、米国留学経験者など一流。

4.建設ルートは資機材船補給のため川沿いとした。

5.鉄道橋は木製に限る。これは破壊されてもすぐに復旧できるからである。鉄橋は資材が届くまで時間がかかるので不可。最後の部分だけ鉄橋。ただし隣に木橋を併設。戦場にかける橋は木製でなければならない。

6.工事体制:多数現場同時着工

7.捕虜の死亡:現場の立地による。モンスーンで河が増水し、船の補給ができず。奥地では日本軍人も飢えで骨と皮になった。捕虜死亡率2割。ただし日本軍の死亡率は1割(1500名)。死亡率比をソ連、米国収容所などと比べると日本軍が異常に高いことが分かる。疫病事故の証拠。抗生剤なし。

8.食糧補給:生きた牛一千頭を捕虜に提供。捕虜が屠殺して食べた。

9.捕虜生活:国別の軍が自主管理。酒保、宗派別教会もあった。内部規律が悪く盗み、喧嘩等が発生。戦後実態公表できず。オランダ兵は開戦後すぐに降伏したので英米兵にいじめられたという。

10. 医薬品:ビルマ戦線激戦地優先。戦時中である。

11.鉄道機能:ビルマ戦線の補給や負傷兵の輸送で最後まで立派に機能した。開通機関車の靖国献納では当時ビルマの野戦病院の院長経験者が感謝の手紙とお金を寄付。

12.英国軍の報復:戦後関係者を逮捕して処刑。今は英国も理由もなく殺し過ぎたと反省していると言う。狙いは植民地再建のため、現地人威嚇と報復で日本軍人を虐待し殺した。毎年東京池上本門寺で慰霊祭が行われている。

13:英国人の体験記:「戦争日記」 ウェアリー・ダンロップ著 而立書房 軍医。戦後、世界外科学会の副会長を務めた名医。収容所で日本軍人も世話になった。戦後来日し戦争中の日本人の真面目さが失われていると失望。

14.日本側の記録:鉄道連隊の生存者の記録がある。スカートのスコットランド兵士がボギー大佐のマーチを演奏しながら行進してきた話など。

15、関係者の交流:英国の生き残りが来日、日本の鉄道隊の生存者と椿山荘で懇談。戦争だから仕方がなかったと言う理解。

16.現代日本人の誤解:軍隊では建設工期の厳守は命がけであることが分からない。取材された鉄道隊生存者が戦争や軍隊に無知な新聞記者に閉口。

  (東海子)


目次に戻る






米国以上の自信喪失は情けない


2012年2月3日(金)

「双日総合研究所副所長・吉崎達彦」産経新聞「正論」より転載



米紙ニューヨーク・タイムズが年明け早々のオピニオン欄に、「日本の失敗という神話」という論考を掲載していた。日本をよく知るジャーナリストのイーモン・フィングルトン氏が、バブル崩壊後の日本は実はうまくやってきたのではないかと論じている。たとえば−。

 ≪「日本の失敗という神話」≫

(一)過去20年間に日本の平均寿命は4・2歳も伸びた。生活の洋風化にもかかわらず、今や日本人はアメリカ人よりも4・8歳も長生きである。

(一)最速のインターネットサービスが利用可能な世界50都市のうち、38都市が日本にある。

(一)失業率は4%台で、アメリカの約半分である。

(一)「失われた数十年」に、東京では150メートル以上の高層ビルが81棟建設されたが、これはアメリカの主要都市を上回る。

(一)ミシュランの三つ星店は東京には16店もあるが、2位のパリは10店である。

 いわく、「日本は失敗した国」という認識で日本を訪れると、皆アメリカ人よりいい服を着ているし、最新のいいクルマに乗っているし、「これほど多くのペットが甘やかされているのを見たことがない」と、衝撃を受けるのだそうだ。

確かに、日本を訪れる外国人の多くが「この国のどこが不況なんだ」と不思議がるのは、よくある光景である。ただし、このような日本再評価論が登場するのは、あくまでアメリカの自信喪失の裏返しでもあることを忘れてはならないだろう。

あのリーマン・ショックから既に3年半が経過しているが、アメリカの景気回復の足取りはなおも重い。企業部門は概(おおむ)ね好調だが、家計部門はバランスシート調整に手間取り、消費は冴(さ)えない状態が続いている。失業率は8%台と高止まりし、特に若年層の不満が高まっている。住宅着工件数は最盛時の3分の1の水準で丸3年も底ばいしている。

≪課題解決の先頭ランナーたれ≫

オバマ政権は就任早々、7870億ドルの景気刺激策を実施したが、さしたる効果を得られぬままに予定の金額をほぼ使い果たした。米連銀は2014年後半までの実質ゼロ金利維持を宣言したが、その先の展望が見えてこない。そして、米国議会は不毛な対立を繰り返し、膨大な財政赤字に対して有効な対策を打ち出せていない。かかる状況を「日本化」(ジャパナイゼーション)と呼ぶ声さえある。

この言葉は、「日本のようになってはならない」という反面教師の意味で使われていたものだ。ところが、あらためて日本経済を見てみると、金融システムの破綻を経験した後も、国民は以前にも増して豊かな生活を享受している。かくして、「日本は上手に対応してきた」という逆説に到達するわけである。

もちろん、日本の現状は褒められたものではない。経済危機に直面したトップランナーとして、バブル崩壊後の処方箋を世界に提示することこそ、日本に求められる役割であろう。不良債権でも高齢化問題でも、日本は「課題先進国」を自任する立場ではなかったのか。

しかるに、日本人自身が、アメリカ人以上に自信を喪失しているように見えるのは情けない。外部環境の変化にうまく対応し、日本ならではの解決策を示している例だってあるのだから。

≪コダックと富士フイルムの差≫

つい先日、イーストマン・コダック社が連邦破産法を申請した。ところが、同じ分野で世界市場を二分していた富士フイルムは、デジタル化によって銀塩フィルムがなくなる中で、多角化に成功して生き残っている。お正月のCMで、同社が化粧品を宣伝していたことに驚いた視聴者は少なくないだろう。

英誌エコノミストは2社を比較分析し、「驚くべきことに、コダックは変化を嫌う典型的日本企業のように行動し、富士フイルムは柔軟なアメリカ企業のように行動した」と評している。日本企業が変化を嫌うというのは、ありがちな偏見にすぎない。

東京商工リサーチ社の調べによれば、創業百年を超える日本企業は全国で2万1千社を数えるという。欧米全体を足しても、それだけの数の超長寿企業は見つからないだろう。そして、1世紀以上の歳月を乗り越えるには、企業は何度でも自己革新を遂げなければならないことは自明である。どんな組織も、「変わらないでいるためには変わらなければならない」のである。

どんなに混迷が続いていても、「いよいよまずい」と全員が認識した途端に、すっと話がまとまって次へ進める。それこそが日本型組織の強みではなかったか。政治の世界でも、そんな瞬間が近づいているのではないだろうか。

問題は、そうしたメカニズムを、われわれ自身が言語化してうまく外部に説明できないことにあるのだが。(よしざき・たつひこ)


目次に戻る








先頭



安保Top