みなさんこんにちは、百木です。随分と遅くなってしまいましたが、以前に言っていた『ONE〜輝く季節へ〜』の感想を書かせていただきました。


■はじめに
■繭シナリオ
■茜シナリオ





■はじめに



 文章にエフェクト効果を入れていますが

 『   』は、中の文章の強調に、斜体文字は、PCソフト『ONE〜輝く季節へ〜』およびPSソフト『輝く季節へ』の文章引用の表示に、太字下線は、百木宛にくださった文章の表示に表現する手段として使わせていただきました。

 以下の文章は、百木の個人的な感想であり、それを絶対だとは思っていないので、意見したいことがありましたら遠慮なくおっしゃってください。『ONE〜輝く季節へ〜』について話すことはいつでも嬉しいですので……。




 最近になって、ひとの作るものには何かしらメッセージがある、伝えたいことがあると思うようになってきているのですが、『ONE〜輝く季節へ〜』も例に漏れず製作者の伝えたいことが詰まっている作品だと思います。

 『ONE〜輝く季節へ〜』というお話は、根底に流れているテーマを、

 『ヒロイン6人のそれぞれのテーマ(シナリオ)を元に、その少女と触れ合い、同じ時間を過ごし、自分にとって大切なひとがいるということはどういうことであるのか』

 ということを表現することで根底に流れているテーマを表現しているのではないかと思います。個々のシナリオ、テーマの行き着くところは、『お互いがどれだけ大切な存在であるか』……と僕は思っています。

 それでは、僕的に理解しやすかったと思っている、一番こころに届いてきたシナリオである、繭シナリオと茜シナリオについて感想を書いていきたいと思います。





■繭シナリオ



 何度も書いていますが、初めは鬱陶しく思ったものでした。しばらくは出現も控えたほどです。
 シナリオですが、はじめはあまり『成長』といったテーマは感じませんでした。何より、何度も何度もハンバーガーを残すこいつは何なんだ? とさえ思いました。そして、(まだあまりこのゲームを理解していなかった頃は)伝えたいこともわからず僕(浩平)は消えてしまいます。そうして、はじめは何度もバッドエンドに行ってしまいました。厳しくするところと、少し甘えさせてあげるところの境界がわかりづらかったのは否めません。
 でも、あとで考えてみると、はじめにバッドエンドを見せるような意図があったのかもしれないとは思いますね……。はじめて繭シナリオのトゥルーエンドを見たときは直感的に泣いていました。この時は、直感的だったと思います。頭の中ではよく理解できていなかったのだと思います……。

 ですが、自分的によかったとはいえ、いくつか疑問が残るところもありました。それは、『繭の成長を見届けたい』と思うようになった過程です。
 繭に会って二日目。一日目には泣いてしまった場面で二日目は泣かなかった。この状況だけを見て、それを『成長』と思えるでしょうか? せめて、「おっ、今日は泣かなかったな……」くらいだと思うのですが……。テーマの掲示が急いでいるような気がしました。
 しばらく繭に付き合うようになって、繭の言動が他の子に比べて幼い。繭のお母さんに会って事情を聞き、「繭は母を失ったときから繭の時間は止まっていた、成長を止めたんだ」と気付いていくのではないかと……。でも、『ONE〜輝く季節へ〜』の本質を語る上ではそんなに関係ないかもしれませんね……。



 俺に似ているなと思った



 話中にありますが、確かに繭と自分(浩平)は境遇が似ています(過去に大切なひとを失ってしまったこと)。ですが、それについてはあまり意識しませんでした。と言うよりも、僕自身がそうでないので意識できなかったのだと思います。なんとなく付き合っているうちに、あたかも自分の子供みたいな感覚、話中にも書かれていますが、保護者というよりは孫をかわいがる感覚かもしれません。ええ、今ではかわいくって仕方ありません。いや、違うかな……? 上手く表現できませんね。『大切な存在』とだけは言えるでしょう。

 はじめに繭と会ったとき……彼女は唯一打ち解けられる存在を失っていました。今まで『みゅー』しか見ていなかった、『みゅー』しか見えてなかった繭。偶然にも、このとき繭は、接してくれようとしてきた長森、浩平に会います。ここで、繭は長森と浩平の二人に会うわけですが、どうして浩平を求めたのでしょうか。これについては、浩平の方に自分と似ている『何か』を直感的に感じたとしか僕には考えられません。長森とは違う『何か』。ちょっと安易なのですが、うまく言葉にできません。
 浩平の方も……(昔は)みさおしか見えていなかったというのは言うまでもありませんね。この辺が似てるということなのでしょう……。

 繭の『成長』は、浩平にとって真に伝えたいテーマのきっかけのようなものだと思いました。『きっかけに過ぎない』ではなく、です。その『成長』をきっかけに、繭と一緒にいることで、徐々にお互いが大切な存在であることを感じてくる……。そこに僕の思うところのONEのテーマである、『お互いがどれだけ大切な存在であるか』『大切に想うひとが存在する喜び、幸せ』がとてもわかりやすく描かれていると思いました。さらには、このシナリオ(後述の茜シナリオもそうですが)で、自分の存在意義みたいなものも感じました。


『自分が死んでしまったら……悲しんでくれるひとはいるかな……』


 みなさんは考えたことありますか? 僕はふと考えてしまうことがあります。自分の存在している意味ってあるのか? 自分を欲してくれる人などいるのか?


 以前、ある方に


『自分の存在を肯定するのに第三者が必要か? いや必要としない方がいい』


 に似たことを言ってくださったことがあります。
 悲しいかな、よくわかるんですよね……。人間はみな、自分の快楽、保身、実利を求めて生きています。他人よりまず自分です。そうではないひともいるとは思います。それは否定しません。

 繭はどうでしょう……。



他人と付き合うのに、何かメリットを自分の中で何処か求めていた事が本当に意味のないような事に感じられる。

椎名は、打算が無い。
だから、俺も気兼ねなく椎名と一緒にいられる。

今までは保護者だから、一緒にいなきゃって思ってた。
そうする事が俺は正しいと思っていたから。
でも、そんな事は本当はどうでも良くて。

頼られるって事も嬉しかったけれど。
もっともっと根底には別の単純な気持ちがあったんだ。


「椎名…ずっと俺のそばに居たいか…?」
「うん…」

「じゃあ、居てくれよな…」
「うん…」
好きだとは、言わなかった。

「見失うじゃないぞ。おまえはすぐ脇目を振るんだからな」



 自分のことを慕ってくれるような、信じていてくれてくれるような……身を預けるように眠っている繭。

 繭のことが大切な存在であると改めてわかった夜のひとときです。
 ここのやりとり、僕は好きです。きれいごとじゃなくて、なんというか……このとき、この瞬間を、本当にあたたかでゆったりと感じられる……。そんな気持ちになってしまう……。そんなシーンです。

 自分が繭を必要としていることの自覚。繭を手助けするというのは(本当は)どうでもよかった。自分のことしか考えていなかった。でも、繭にとっては、それを差し引いても浩平が必要になっていた。本当は自分が、自分のことを必要としているひとを欲しているのに、繭の成長の過程を見届けなければならないという自分の都合を前面に出して、本音を隠していたことの自覚。そして自分の気持ちの再認識。ここの自覚で、繭を本当に大切な存在であると思ったことでしょう(思いました)。

 これはPSソフト『輝く季節へ』の方にしかない文章なのですが……。PCソフト『ONE〜輝く季節へ』の中では気が付かなかった自分の心情がわかったような気がしました。僕が繭シナリオで感じたことは、要約するとこのような内容なのです。


 ひとに、


「自分のことってどう思う?」


 と聞いた事はありますか? 僕は……あるかもしれませんが、記憶にはありません。自分にとって大切な存在にしか言えない言葉だと思います。なぜなら、大切なひとにしか聞く必要がないから…と僕は考えています。『僕のこと好き?』もほぼ同じ意味だと考えています。

 浩平は表していますね。自分のことをどう思うかって、自分の気持ちを伝える前に。言ってもその意味がわからないかもしれないからって。でも、じゃあ、居てくれよな…で伝わっていると思います……。


 PS版の方でのシナリオに『椎名は打算がない』とありますが、まさにそのとうりです。繭の行動には打算がないです。というのは、繭には自己の利害などありません。厳密に言えばありますが、意識しての行動ではないと思います。もちろん、繭も自分の保身、快楽を求めて生きていることになるでしょう、無意識に。好きなものは好き、嫌いなものは嫌い。直感的に行動に出ます。

 成長しているとはいえ、繭はまだ子供です。一時期、隔離された世界に閉じこもっていたこともあり、他の同年代の子とは様々なことにおいて未熟でしょう。言動がまさにそれです。何事にも『みゅー』で答える姿、はじめはフェレットの『みゅー』を表しているのかなと思いましたが、違うかな……と。知らず知らずのうちに、言葉を話すことを忘れてしまったのではないかと……。ほとんどの受け答えに喜怒哀楽を含む『みゅー』で表していると思われます。

 ……今気が付いたのですが、おそらく会話の相手がフェレットの『みゅー』だけだったこともあり、言葉を発するの(会話を交わすの)を無意識のうちに忘れてしまったのではないかと思えてきました……。そう仮定すると、浩平は、自分のことをきっかけに、繭から失われた人と人とのコミュニケーションを教えることもできたということですね……。


〜〜徐々に近づきつつあるえいえんの世界〜〜

 どのシナリオにも言えることですが、六人の少女、それぞれが大切な存在であると感じたとき、急速にえいえんの世界が近づいてきます(これについては後述します)。上に書いた夜のひとときで繭を大切な存在であると確信した浩平は、徐々にひとから自分の存在を忘れられていきます。
 誰も自分の存在を知らない=もともと存在していなかったのかもしれない。だとしたら自分はどうなるのか。



「いなくなるんだよ」



 なにげない長森の言葉。

 そして……浩平はいなくなります。

 ハンバーガーショップで大好きなテリヤキバーガーを頼んで席に戻ると、浩平はいません。どうせ、いじわるしているのだろうと思ったのか、それとも、状況がいまいち把握できていないのだったのでしょうか、徐々に不安は募ります。また大切なものを失うという不安が……。



「浩平ーっ」



 このとき、繭ははじめて自分のことを名前で呼びます。なぜ名前を呼んだのでしょうか。直感的に『いなくなってしまう』と感じたのでしょう。そしてまた、直感的に名前を呼んでいたのだと思います。

 僕はこの姿を見ているだけで一杯でした。何度も書いていますが、現世で、もし自分が死んでしまったら(『ONE』の中での『消える』とほぼ同義だと思っています)、自分の存在がなくなったことで悲しんでくれるひとがいたとしても、それを感じることはできないです。でも、この『ONE』というゲームはそれを表現してみせました。



「どうしたの、繭…?」
「なにか悲しいことあった…?」
「そう…可哀想にね」
「繭…ほら、おいで」
「ほら、繭」
「ほんとうに悲しいときはね、泣いたって構わないのよ」
「おかあさん、怒らないよ」
「繭、ほら、おいで」



 母の言葉。
 繭の母親も、繭に対して初めて母らしいことができたのではないかと思いました。

 ……ここの演出には泣かされました。

 そして繭が最後に泣いた日。自分(浩平)がいなくなったことを悲しむ涙。

 打算のない、行為に対しての見返りなど求めない、自己の利害もないところに、繭の中の真っ直ぐなこころを感じ、その幼さから直感的に働く行動だからこそ、その行動が本当に繭がやりたいと思っていることだと思い……その行動が、僕をこんなにも必要としてくれたこと。頭では理解できていなくても、直感で行動するであろう繭の子供性から感じる、嘘、偽りのない本当の気持ち、感情。そこに僕の存在意義を感じました。嬉しかったけれど……悲しかった。本当に嬉しかった……だからこそ本当に辛い。そんな繭に悲しい思いをさせてしまうことに……。

 上にも書きましたが、このシーン、本当は浩平は感じることができないんです。この話の中での消えるということは、死んでしまう(=存在が失われる)とほぼ同義だと思っているので……。

 だから、浩平は繭が悲しんでいる姿を感じることはできない。でも、この世界での浩平を操作する『プレイヤー』という視点で感じることができる。そしてそれは僕の強く求めたもの……『見返り』

 僕が繭を必要としたんだから繭も僕のことを必要としてよ……的なものではなく、僕は繭が大切だったし必要だったのだけど……繭はどうなんだろう……。繭も僕のことを必要としていて欲しい……。

 自覚したにも関わらず……。また見返りを求めてしまっていました。これまでの4ヶ月でわかっている……。わかっていたはずなのに……。繭にとっても浩平が必要であることを……。確かめることができるのもこれで最後ですし、もう一度確かめておきたかったのでしょう……僕は。

 浩平が本当にきみを必要としたことへの見返り〜〜きみの方も僕を必要としてくれたこと〜〜

 そこに自分の存在意義を感じました。


〜〜卒業式〜〜

 浩平は戻ってきます。大切なひとがいる世界に。

 繭の『成長』云々を言えば、もう浩平としては繭にしてやれることはほとんど終えていると思います。けれど、浩平は戻ってきました。繭に自分の気持ちを伝えるために……。



「椎名、卒業おめでとう」



 そして、『ありがとう』の言葉を送りたいです……。
 本当に、ありがとう……。





■茜シナリオ



 方向、テーマは違えど、最後に感じたものは繭シナリオで感じたものと一緒で。茜も自分のことを必要としてくれました。


 幼なじみをなくしたことで、人を近づけなくなった茜。茜の中では、まだ幼なじみしか見えてなかったのかもしれません。存在は忘れていないけれど、この世界にはもういない。もういないのだけれど、帰ってくるかもしれない。帰ってくるのだったら待っててあげたい。茜もまた、ここから時間が止まっていたのだと思います。

 ではなぜ浩平を徐々に受け入れるようになったのでしょうか。

 あの朝の一件以来、茜に近づくようになった浩平。浩平にしてみれば、初めは興味の対象だけだったのかもしれません。なぜ、あそこの場所に居るのか。あの、一瞬引き止めた意味は一体何だったのか。

 茜は「自分には構わないで欲しい」と言わんばかりに浩平を遠ざけようとします。でも、しばらくするうちに、浩平と一緒に居る日常が多くなっていきます。浩平と一緒に居ることから、かつて、幼なじみや詩子たちと共有していた日常、なくしてしまった日常を感じたのかもしれません。


 そして、平凡な日常が続き……。


 茜が『あの場所』で倒れた日、浩平は言いました。



「おまえは…ふられたんだ」



 と。


「あ…」
「そうなんだ…」
「私は…ふられたんだ…」


 虚ろではあったけれど、心の中はすっきりとしていたのではないでしょうか……。

 自分では『もうその幼なじみはいない』のだとわかっていたけれど、人に言って欲しかったのでしょう。そのようなひとを意識的にか、無意識的に欲していたというのもあると思います。

 茜は……馬鹿だから、ひとから言われてやっと気が付いた、いや、気が付いてはいたけど、ひとに言われてやっと認識できたのだろうと思います。現世での第1歩、茜の時間はこの言葉によって、また動き始めたのではないかなと僕は考えています。

 幼なじみに『ふられた』と認識することによって、おそらく、けじめをつけることができ、今度は、真に自分を必要としてくれるひとを探すことができる。

 実際、茜はふられたんですよね……。その幼なじみは、えいえんのない(茜が存在する)世界でなく、えいえんのある世界を選択することで……。



「…くる場所間違ってないか…?」



 この言葉、なんとなく聞き流していたのですが……。よく考えてみると『あの空き地』のことを指しているんですね。この日、浩平は茜の気持ちを確かめようとします。茜にとって自分はどういう存在であるのか。

 時間になっても現れない茜。僕はこの時間を、あの場所へ別れを告げに行っていたのではないかと思うんです。


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 あなたがこの世界からいなくなってから、私はひとを拒みつづけてきました。
 でも…そんな私の前に浩平のような人が現れました。
 私も心のどこかで心を許せる存在が欲しかったんだと思います…。
 浩平は私を必要としてくれます…。
 私も…浩平が好きです。
 今日はこのことを告げにきました。

 だって…好きなひとができたら報告するものでしょう?

 私、今とても幸せです。
 浩平と一緒にいるだけで、あなたからも感じたあたたかな何かを感じられます…。
 …多分、こういった日常が幸せなのではないかなと思います。

 だから…もうここには来ません…。
 でも…あなたのことは忘れません。

 たくさんのおもいでをありがとう…。

 そして、さようなら…大好きだったひと。


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 今まで雨が降った日は必ずあの空き地に行っていた茜。でもこの日は、雨が降ってない間にあの空き地に行っていたのではないかと思います。そして、途中で雨が降ってきたので、一度家に傘を取りに行って、浩平に会いに行ったのだと思っています。

 それなのに……。



「この人……茜の、知り合い?」



 という詩子の言葉によって、茜は浩平が幼なじみと同じ境遇を持つ人間であるということを知ります。このときの茜の気持ちはどんなだったでしょうか……。

 詩子の言葉によって浩平が幼なじみと同じ境遇を持つ人間であるということがわかってからしばらく時間があります。茜は平常を保って浩平と接しています。浩平の口から決定的なことが出てくるまで……。

 そして茜は、学校に登校してこなくなった浩平を不安に思い、浩平の家に電話をかけます。ここで決心したことでしょう。浩平がこの世界を選ぶのか。それともえいえんの世界を選ぶのか。それを直接、浩平本人から聞こうと……。

 そして……。



「もう、この場所に来ることはないって思っていたのに…」

「…この世界が嫌い?」
「…この日常はあなたにとって意味のないものなんですか?」



 取り戻した日常をまたなくしてしまうかのような、そんな茜の表情。

 えいえんの意味するところが何であるかわかりかけたのがこの文章でした。



「あなたのこと忘れます」

「そうすれば、こんなところで馬鹿みたいに突ったっていることもないだろうから…」
「微かな希望にすがることもないだろうから…」
「また……悲しい出会いをすることもないだろうから…」

「だから、あなたのこと忘れます」
「…さようなら、本当に好きだった人」



 この言葉をから、浩平(自分)は茜にとって大きな存在になっているという実感を……。以前は、あんなにもひとを拒んでいた茜が自分の存在を大切に思ってくれる……思ってくれていたのに自分は……茜を置いてどこかへ行ってしまおうとしている……。

 何が悲しいかというと、大切に思えるひとにまた悲しい思いをさせてしまうこと……つまり、忘れることなんてできないでまたどこかでひとり寂しく待ちつづけているんじゃないの? って。自分が茜にとって大きな存在となっているのなら忘れることなんてできないんじゃないの? って。


 数日後。

 降りしきる雨の中、浩平は茜と別れた場所。おそらくもう自分のことなど忘れられているであろう茜と最後に別れた場所へ向かいます。

 そして茜も……。

 茜も浩平(自分)と最後まで居ることを選びます。



それは幸せだった日々のかけら
………
……



 消える瞬間、浩平はこれまでの日常をふと思い起こします。

 幸せとは……幸せな日常とはどういうものを言うのでしょう? 失ってはじめてきづく……とありますが、それほど気付きにくい……幸せなんだと思わないような日常が幸せな日常であるのかもしれません……。


 やがて浩平の姿は失われていきます……。



あの時ほどでもないか……。



 そう……。そうだよね……。4ヶ月しか一緒にいられなかったのだからね……。
 僕は……やっぱり悲しいかなぁ……。僕は茜を必要としていたから……。

 茜が悲しくないならいいよ。多分、そっちの方が僕にとって一番辛いことだと思うから……。


 でも僕は見返りを求めてしまう。そして茜は……。



あの時よりも涙が止まらないもの



 ……。

 正直、「ごめんな…」という気持ちで一杯でした。こんなことになるのなら……とかも思ってしまいました。


 そして……。
 やっぱり茜は待ちつづけている……。

 そこに、『浩平が本当にきみを必要としたことへの見返り〜〜きみの方も僕を必要としてくれたこと〜〜
 繭シナリオでも感じた存在意義を感じました。


〜〜帰ってきた浩平〜〜

 帰ってこれた理由に、えいえんの世界とのしがらみの決着。自分の大人への成長。そして、茜の幼なじみとは違った、『浩平にとって大切なひとは茜であるということ』があると思っています。茜のあの晴々とした笑顔を見て……嬉し泣きした方はおられることでしょう……。僕ももちろんその一人です。

 浩平の分身である自分は、茜に対して「ありがとう……」の言葉を。

 プレイヤーとしての自分は、この二人に対して「よかったね……」の言葉を送りたいです。





■えいえんの世界について



 どのシナリオにも言えることですが、六人の少女、それぞれが大切な存在であると感じたとき、急速にえいえんの世界が近づいてきます。その際に見せる、浩平がえいえんの世界を求めた理由……。みなさんはどういった見解をされているかはわかりませんが、僕の、えいえんの世界についての見解を少し書いて見ます。



ずっと、みさおと一緒にいた場所にいたい。
そんな幸せだった時にずっといたい。



 そう願ったとき、浩平の中にはもう一つの世界が生まれました。浩平が無意識のうちに作り出してしまった世界と言えるかもしれません。御存知のとうり、『えいえんの世界』です。



今さら、キャラメルのおまけなんかいらなかったんだ。



 この言葉の意味、今までずっとわからなかったのですが……。今回のことで、少しわかりかけたような気がするので、思ったことを書いてみます。

 キャラメルのおまけ……。

 これの意味するものって、『みさおの代わり……』ではないでしょうか?
 そしてそれは、えいえんの世界でいつもそばにいる子、みずか。
 みさおをなくしてから、向こうからはじめて接してくれた子、みずか。

 自分の都合のいい存在としての、ずっと一緒にいてくれる子、みずか。
 つまり、浩平の作り出した世界の中での、理想化した実体。浩平の作り出した存在……。


 今さら、キャラメルのおまけなんかいらなかったんだ。
「たくさんあそべるのに?」
 いらなかったんだ、そんなもの。
「どうして?」
 おとなになるってことは、そういうことなんだよ。
「わからないよ」
 わからないさ。
 だってずっと子供のままだったんだから…
(今さら、みさおの代わりなんかいらなかったんだ)
(ずっと一緒に遊んでいられるのに?)
(代わりでしかないんだ、それは)
(どういうこと?)
(悲しみをのりこえるっていうのは、そういうことなんだよ)
(わからないよ)
(わからないさ)
(だってずっと子供のままだったんだから…)


 キミは……。



 みすかは自分の世界の中で生まれた存在だから、歳も取らないし、成長もしない。ずっと理想のままでいる……。でも、浩平はどうか……。

 みさおを亡くした幼い日、えいえんの世界を切望し、その中でみずかが生まれ、その世界でずっと悲しみなどを感じないで生きていくつもりだった。でも、浩平はみずかとは違って成長していきます。

 そして、自分にとって大切なひとが現れて、もう一度えいえんの世界とはどういうものかを考えてみる。また思い返してみて……本当はどうだったのか。
 御存知のとうり、えいえんなんていうものはなく、たとえ辛いことなどがあっても、それだからこそ本当に素晴らしく思えることがあるということを理解するに至ります。また、それこそが茜シナリオのところにも書いた、えいえんの世界とのしがらみの決着であると僕は思います。

 ある意味、この季節がくるまで…浩平の時間も止まっていたのかもしれません。


 僕は、あのえいえんの世界をこのように感じています。すごく非現実的な表現ではあると思いますが、それでこの話の本質が伝わりやすくなるのなら、そのような表現も納得できるかな……とも思います。





■『ONE〜輝く季節へ〜』というタイトルの持つ意味



 この作品の名前に『ONE〜輝く季節へ〜』というタイトルをつけたのかをふと考えていました。この意味のために書かれた文章ではないのですが、


「我思う、故に我あり」という有名な言葉があります。人間は自分が存在していることを確認するためには、考えている自分を認識すればいい、というような意味でしたね。 しかし、人間が一つの人格として、この社会の中に存在するためには、自らが自らを認識するだけでなく、他者からも一つの人格として認識される必要があると思うのです。


『たった一人で良い、例えどんなことがあっても、常に自分のことを考えていてくれる、 自分のことを意識の中に止めておいてくれる、そんな人がいて欲しい。そういうことでしょうね。そしてその人の存在こそが、自分のこの世界における存在意義である、と』


 この文章は3月ごろ、某所で、はじめて『ONE』のよさに触れ、繭についての感想を書いた後に頂いたレスの一部なのですが……。

 たった一人でいい……。たとえ、他のすべてのひとが、自分の存在を忘れてしまおうと、否定しようと……たった一人、自分のことを想ってくれる……。忘れないでいてくれる……。僕を必要としてくれる……。本当に、僕にとってはまさにそうです。
 この『ONE』というタイトルはそのことの素晴らしさ、喜びを含んでいるのではないかな……と思います。と同時に、製作者が伝えたかったことではないかとも思います。





■PCソフト『ONE〜輝く季節へ〜』とPSソフト『輝く季節へ』



 結構、PSソフト『輝く季節へ』について否定的な意見を耳にします。人の好みなどもありますが、僕はどちらかと言うとPS輝く季節への方が好きです。再プレイの回数がそれを示しています。

 声に違和感やCGの違和感、テキスト表示の際の背景の暗さや、音声収録のバグなどの不満点などは……あります、僕も。でも、たとえ不完全であれど、ONEの本質は表われていると思うのです。
 ひとによって、感情移入の阻害になると言う方もいると思いますのでそういう場合は仕方ないと思います。

 ところで、この話に出てくる『好き』という言葉、恋愛的なものでなく、一緒にいたい的なものと思いませんか? それが『好き』なんだよと言われるとなんとも言えないのですが……。





■『ONE〜輝く季節へ〜』で総合的に感じたこと



『自分の存在を肯定するのに第三者が必要か? いや必要としない方がいい』


 似たようなこと、確かに言ってもらいましたが、ほぼこれは僕の文章です。
 他人に対して何か好意をし、その見返りを求めてしまう。これはとても危険なことかもしれません。その好意がより深いものであるのならなおさら。
 ですが、それを言いたいために書いたのではありません。

 みんな自分のことがかわいい。例外もありますが、自分の保身を求めることは当然のことだと僕は思います。そのような、他人に依存してしまうことはとても危険なことかもしれません。このように思ってしまうのも、現世のような社会が成り立っているからではあります。

 人間関係って難しい。

 一度は口にしたことがあると思います。
 難しい……自分のいいようにいかない。自分にとっていい人がいない……。様々あると思います。そんな人間社会だからこそ、一瞬の『ひとの存在しているありがたさ』がいっそう素晴らしく思えてくると僕は思います。僕はこう主張したいために、上記のことを書きました。

 極端ではありますが、この御時世。ゴミをゴミ箱に捨てるひと。タバコの消しゴミを灰皿に捨てていくひと。空き缶を指定の場所に捨てるひと……。そんなひとを見るたび、僕はとてもいい気分になります。


 ずれてしまいましたが、みなさんが存在しているこの世界にはえいえんはありません。でもそのえいえんは必要のないものだと思うのです。えいえんがないからこそ、とても悲しいことが、とても嫌なことが、とても辛いことがあるからこそ、それをはるかに上回る素晴らしいことが存在していると思います。

 映画やドラマ、ゲーム、マンガ……。人間が描かれていないものなんてほとんどありませんよね? 嫌なことがあるかもしれないけれど、人間関係こそが誰もが思う『伝えたいこと』であり、人間関係こそが、自分を、みなさんを幸せにしてくれるものだと思います……。

 人間性のことばかり書いていますが、『ONE〜輝く季節へ〜』には、人間関係の素晴らしさを再認識して欲しい。そういう意味も込められているかもしれません。


 以上です。

 



 この文章には、しのぶさん、ぽいさん、みたがっきんさんの了承を得て、百木に、メールや、掲示板などで発言してくださった内容を一部引用してあります。この文章の無断転載はしないようお願い致します。

 また、斜体文字には、PCソフト『ONE〜輝く季節へ〜』およびPSソフト『輝く季節へ』の文章を引用しています。このページからの引用は御遠慮ください。

 随分と偉そうなことを書いていますが、僕はまだ全然未熟です。いかに未熟かは、この文章を読んでおられる方々が最もよく知っているかと思います。そのことを差し引いても上のことは書きたかったのです。

 それと、この文章で不快に思われた方いるかとも思いますが、申し訳ありません。なら書くなと言われそうですが、僕が『ONE〜輝く季節へ〜』を語る上でどうしても書きたかったことです……。

 そして、この場所を与えてくださったよしりんさんには感謝の意を送ります。随分と遅れてしまったにも関わらずこのように掲載して頂いて、本当にありがとうございました。



 それでは、何かありましたらよしりんさんのところの掲示板、もしくは百木宛にメールをどうぞ。


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