夏への扉 著:ロバート・A・ハインライン 訳:福島正実 早川

2011.05.28 (2010.09.09の掲示板投稿内容をベースに)

大学生の頃に一度読んだ本の内容を、かなり忘れている。
それと、最近読んだ本でも、面白いと感じる部分が、
若い頃から多少変化しているな、と思うこともあって、

「猫が出てきた。タイムスリップした気がする。」
という事以外、ほとんど覚えていない「夏への扉」を購入して読んだ。

騙されて冷凍睡眠で21世紀に来てしまい、時代遅れになり、何もかもを失ってしまった。
その絶望の中、技術者として勉強しなおして、創造性を発揮して現代について行こう、
生きていこうとする、主人公のやる気に痺れる。

タガを外したSFの描く未来は、人間はもう考える必要すらないです、という所まで
簡単に行ってしまうが、人間が人間として暮らしていく限りフロンティアは無くならない。
目端を効かせ、泥臭い所に手を付けていこう、そんな描写がいい。

実は時間旅行が可能だった、という事を、後出しで明らかにして、
未来への一方通行でなくなる事で、逆転&伏線回収となるのだが、
もしかしたら出来そうな冷凍睡眠と、理論的にイッちゃってる時間旅行という、
SF的な現実味の落差を上手に組み合わせて驚かせるテクニックが上手。
1970年と2000年を行き来するという時代設定も、それを納得させる。
20世紀後半の読者の21世紀への憧れも満たしただろう。

過去に戻った主人公も、未来人として力を振るうのではなく、
苦労して働いて、失ったものを、人を信じて取り戻す。

そして愛猫との別れ(人生最悪の時)と、タイムスリップして戻って来て
その直後に回収(復活の契機)するという名場面だが、
主人公にとっては長い別れが、猫にとっては「あ、お前どこ行ってた」程度なのだ。
「人の気持ちなんて猫は知ったこっちゃない。でも猫のそういう所が好きなんだ」
という、猫好きの視点から書いた、この力量。ため息出るわ。

あと、悪女がいかれた年増のババアになってしまい、
幼い姪っ子が育って自分の配偶者になるあたりとか最高ですな。
巨匠の古典こそ「お前は、これをここで書かなくて、もったいぶって、どこで書くんだーっ!」
と、次世代の若者を撃つ雷として伝えられるべきでありましょう。


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