2002年6月1日〜6月15日
6月1日(土) おにぎり×2、ケーキパン
今日は研究室で野球の練習をしました。
しかしながら安物のボールは割れるようです。
そしてボールが川に消えるのもお約束。
さて、それよりも昨日の話。
朝起きたら、ガスコンロが燃えてたりする。
ちょっと時間を戻してみよう。
朝、母親の呼ぶ声で、のほほんと起床。
しかし、母の声にはなぜか切迫感がある。
まあ重い荷物でも持っているのかと思って部屋をでてみる。
しかし、部屋の外の視界はなぜか白い。
疲れてるのかな、と思ったものの
気を取りなおして台所を覗いてみる。
するとガスコンロのあらゆる穴から火が出ている光景が飛びこんでくる。
「なんでやねん」とツッコミをいれたくなる状況ではあるが、それどころではない。
さてどうするか?と思ったものの、
とりあえず水をかけようとする母を止めて、消火器を勧めてみる。
母親が派手に消火器を放出したところ、
意外とすぐに火が消えたかに見えた。
しかし今度は消火器が止まらない。
消火器はいったん出したら全部出さねば止まらない種類のものがある。
今回はその止まらないタイプというわけだ。
そんなわけで母親は今度は流しに消火器を向け、
台所全体が粉だらけに。
しかし、ふと横を見るとコンロはまだ燃えている。
「まだ燃えとるやん」とツッコミをいれたくなったが、それどころではない。
さてどうするか?と考えていると、母親がおもむろにガスの元栓を締めたりする。
「そりゃ消えるわけないやん」とツッコミどころ満載だが、それどころではない。
確かにガスを出していたら火は消えない。
可燃物の除去は消火に4大要素のひとつである。
ともかく消火器が無くなったので隣の家に借りに行く。
しかしながら朝6時半にインターホンで
「消火器貸していただけませんか?」
などと唐突にいったところで理解してもらえるわけでもなく、
階段に備え付けの消火器が目に入ったので、ひったくってすぐさま戻る。
そんなわけで今度は僕が消火器を放射。
大学の建物が取り壊されるときに放射して以来、人生で2回目の体験である。
それでようやく火を消し止めた。
そして何事も無かったかのように母親は流しで洗い物を始め、
僕は僕で時間通り研究室に行き、
夜に研究室から帰ってくると、台所は前より綺麗になっており。
新しいコンロがすでに稼動していた。
とどのつまり、元栓を締めることと、消火器は一発で決めろ!ということらしい。
6月2日(日)てりやきマックバーガーセット。525円。
今日は本を探しに桜木町へ。
ランドマークタワーで常々思うのですが、
曲線を描くエスカレーターって不思議ですね。
よく道端で小さな操り人形を売っている人がいます。
人形の上には糸もついていないのにダンスを踊ったりします。
このとき必ずと言って良いほど人形使いの片手はポケットに突っ込まれています。
また、この手品では人形の横に必ずリュックサックが置いてあるのがポイントです。
しかし先日、人形使いがポケットに手を突っ込まないばかりか、
派手に歩き回っているにもかかわらず
人形を操っているところに出くわしました。
この場合、人形使いは人形使いではないことがポイントです。
つまり、観客の中に本当の人形使いがいるわけです。
6月5日(水)黒パン。無料
今日は電子顕微鏡で観察。
いつも通り不思議な空間です。
FIFAとはフランス語の「Federation Internationale de Football Association」
つまり「国際サッカー連盟」の略だそうですね。
6月6日(木)不明。
今日は非難訓練でした。
なんでもIAAシステム(I am alive system)を導入したそうで
非難先で学生証をパソコンでチェックしてました。
携帯からも生きているかどうか確認できるようです。
非常時にサーバー自体が壊れたら意味ないですが。
不動態(緻密な酸化被膜をつくって酸に侵されない)をつくる元素を
「黒柳徹子にあるは不動態」と覚えると忘れません
つまりCr、Fe、Co、Ni、Alが不動態をつくります。
6月7日(金)おにぎり×2、無料
今日は応化野球大会の初戦。
まずは研究室のみんなにお礼を言いたい。
ありがとう。
長らく野球をやっていたけれど、
マウンドの上には、まだ知らない世界があった。
何もかもが聞こえて、
何もかもが聞こえない、
そんな聖域がマウンドの上にはある。
最終回、ツーアウト満塁、すでに4点のビハインド。
もう、投げても投げなくても勝敗は決まっている。
正直そう思った。
去年も訳の分らないまま打ちこまれてマウンドを下りた。
落ちついて投げなきゃならないことは分っている。
でも、自分に何度も言い聞かせたところで
周りも、心の中も相変わらず騒がしい。
今年もこのまま終わるのか?
ただ、それだけは嫌だった。
だから、せめて悔いのないピッチングをしたくなった。
勝敗とは関係なく、ただ力の限り投げたくなった。
不意に歓声が遠のいた。
目をつぶると暗闇の中に家の前にある街灯が見えた。
少しは投球のモーションを練習した、夜の家の前の光景だ。
ゆっくりと目をあけてマウンドの上に意識を戻す。
静かだ。木々のざわめきしか聞こえない。
グローブにボールをゆっくりと構える。
周りが息を呑むが伝わってくる。
そして投球動作に入る。
ゆっくりとした練習した通りのモーション。
もう、打たれるわけがない。
なぜかそう確信できた。
その後、うちのチームは4点差を逆転し勝利した。
結局のところ、野球はゲームセットまで何が起こるか分らないし、
あきらめたら何も生まれないということだ。
6月12日(水)おにぎり×2、リンゴパン、無料
久々に兄貴に会ったら僕の部屋で
持ってきたゲームをやってました。
兄弟の会話もままなりません。
6月14日(金)アンパン、チーズパン。無料
応用化学専攻の野球大会は予選で敗退してしまいました。
前回の投球で肩が燃え尽きてます。
もうこの年になると誕生日を迎えることい自体が喜ばしいのではなく、
いまさら祝ってくれる友人がいることが喜ばしくなります。
僕の誕生日はなかなか祝ってもらえるシーズンにないのですが。
6月15日(土) おにぎり×2
ゴミから虫が湧く季節になりました。
もちろん何も無いところから湧くわけではありません。
キリスト教というのは、信じるものは救われるわけですが、
信じる状態になること自体、神の恩寵のおかげです。
自分が救われるかどうかは神によって決められているわけです。
つまり何も無いところから湧くわけではありません。