東アジアの市民社会から 第2回
  韓国総選挙報道から考える、コリア情報の偏差
孫 明修(理事・日韓市民スクエア共同代表)
IT(情報技術)時代の急進展に伴って、パソコンなど情報端末を駆使する能力の格差から生じる問題として、「ディジタル・ディバイド(情報格差)」という言葉をよく耳にする。また、情報・ニュースの洪水の中で、必要な情報もしくは正しい適正な情報を選り分ける力として「メディア・リテラシー」という言葉も頻繁に耳にするようになった。いずれにせよ、情報端末機器であれ、ニュースであれ、消費者(ユーザー)の側にずいぶんたくさんの努力が求められている。しかし、その事と併せて考えてみたいことがある。情報の生産者・発信者の側の姿勢や努力そして、質の問題である。NGO・NPO的視点から日本におけるコリア情報の偏よりについて考える。
  
1.韓国国会議員総選挙、日本ではどう報道されたか
まず、基本的な事実情報として、選挙結果に関わるいくつかの数字が報道されたのは当然である。
(1)各党の獲得議席数。国会299議席のうち、与党である開かれたウリ党152議席、保守野党ハンナラ党121議席、革新(韓国では「進歩」と表現する)野党民主労働党10議席など。
(2)次に新人議員の急増。旧体制の中で政治を取り仕切っていた古い政治家の一掃と表現しても言い過ぎではない。当選議員のうち188人(63%)が新人議員、前回から再選を果たした議員が52人(17.3%)、新人と再選議員をあわせると80%をこえる。韓国では、この流れは「新風」と呼ばれたが、結果的には「風」というよりも、新人政治家が政治のメインストリームをつくることになる。
(3)当選者の世代。政治家の若返りである。50代121人(40.5%)、40代106人(35.5%)、30代23人(7.5%)。
(4) 「女風」と呼ばれた、女性当選者の増加、女性の政界進出である。前回選挙の16人から、一気に39人に倍増。
上記の事実情報から、日本の言論はどのような意味をすくいだしたかというと、(1)から、盧武鉉政権の安定と韓国政治の近代化を阻んできた「地域ボス政治」の終焉。「進歩」・「保守」の二大政党制などである。(2)から古い体質の政治家一掃と「新人政治家」への期待と不安。(3)から、朝鮮戦争の体験のない若い世代が、北朝鮮に対するアレルギーのない親北・反米的傾向をもつことで、いわゆる北朝鮮問題に対処する上での日韓米協力体制が揺らぐことに関する懸念などであった。こうした事柄から、韓国の「左傾・民族主義」を危惧する議論もあり(毎日・産経)、甚だしくは、今回の選挙結果が、韓国内の親北朝鮮勢力に対する北朝鮮のテコ入れ工作の影響を匂わせるような記事さえも見られた。ここまでくると、質の悪いマンガである。
  
2.日本で何が語られていないのか
今回の総選挙の結果をもたらす上で、国際政治上また国内政治上の新しい秩序を求める韓国市民の要求が、マグマのように底流を流れていると言うことである。
  
(1)新たな東アジア国際秩序への希求
資本主義陣営と社会主義陣営が対立する東西冷戦が終焉し、ヨーロッパは拡大EUを誕生させ、東南アジアも曲がりなりにも民主化と経済的社会的発展に向け地域的な歩みを進めている。しかしながら、東アジアでは、朝鮮半島の38度戦を境に対立構造は残っており、世界的な冷戦終結後の平和で、共同繁栄可能な、安定的国際秩序を打ち立てられずに10年以上が無為に過ぎていった。この責任と役割は、各国の市民を代表し、また、各国の市民の利益を守る東アジアの政治家たちにあるが、政治家たちは、この10年無策のまま無為に過ごしてきた。厳しい採点をつけざるをえないのではないだろうか。
古い冷戦対立時代のパラダイムでは、進歩か保守かの差は、そのまま、対北朝鮮融和か反北朝鮮かという対立として表現された。しかしながら、北朝鮮との対立と反目を半世紀以上繰り返して、手にしたものは何もなかったというのが、韓国の一般市民の強烈な実感である。また、南北間で何か事件が起これば、スタンダード・アンド・プアーズなど、国際的な格付け機関による格付けが下がり、外国からの投資に大きく影響を与える。選挙後、保守のハンナラ党自身が対北融和路線が現実的であるという、これまでの路線を否定する方針を出しているのは、そうした現実認識の表れである。
また、朝鮮戦争後の世代が冷戦期の厳しい現実や国際環境を知らないという憂慮に対してであるが、彼らは実際に、政治・経済・社会・軍事・文化に至るまで、様々なチャネルを通して、北朝鮮側と接触し、南北間の交流と協力を実現するためのタフな交渉を積み重ねている。方や韓国国内を説得しながら(韓国では「南南対話」という)、北朝鮮の交渉相手を説得すると言う非常に骨の折れるものである。たぶん、日本の外務省高官が最も彼らの苦労を理解するのではないだろうか。
さらに、韓国の統一部(統一省)は、西ドイツの経験を外交、経済交流、文化交流、教育、統一後のリスクに渡るまで、貪欲に研究をすすめている。また、そこにおけるNGOの役割などについても活発に研究されている。政府とNGOの協力関係もかなり進んでいる。
こうした事実から、韓国を「親北・左傾・民族主義」を原理として動いているなどと言うマンガのような理解は、かえって、日本の利益をそこなうと考える。
  

(2)新たな国内政治への希求
昨年夏から始まった、大統領選挙時の不正資金問題を契機に、今回の総選挙では、カネのかからない選挙が進められた。現在、中央選管によって集計中ではあるが、現段階で、候補者一人当たり平均で約800万円ほどと推計されている。
また、今回から、候補者による票集めのための金のばら撒きや接待などを、通報した市民に対して、中央選管が与える報奨金の限度を5000万ウォン(約500万円)に引き上げた。実際に、大邱東区で出馬予定だった人物ら3人が、昨年10月に選挙事務所を設け、各種行事に約2700万ウォン(約270万円)の金銭と食べ物を提供したとの内容を申告した市民2人に、褒賞金最高額の5000万ウォンが支給された。こうした中で、急速に政治の腐敗の根源である、政治と金の問題にメスが入れられたのである。旧型スタイルの政治家にとっては、非常に生きにくい世の中になった。
同時に、金を集めなくていい政治家にとっては、大変活動しやすいシステムとなった。こうして、山積する問題解決に向けて、政策本位の政治を実現する基盤は整ったと言える。当選議員たちの今後の政治活動に期待したい。
加えて、野党ハンナラ党は、第17代議員当選者から「財産信託制度賛同同意書」を受けている。誓約書の骨子は、すべての財産を金融機関に任せ、任期中は財産増殖に本人は一節関与しないというものである。実際、第16代の国会議員たちは、所属する国会常任委員会に関連する企業の株式を大量に保有し、高位公職者の株式投資の成功率は一般人の投資家の6倍に達しているという統計も出ている。盧武鉉政権も、4級以上の公務員に同様な財産運用の制限を加える「利害衝突防止制度」を、2005年から適用することを明らかにしている。

こうした、お隣韓国の実情を、「親北・左傾・民族主義」として描いてしまうのは、意図的であれば、ある種の政治的意図に情報の受けて側を誘導しようとする問題をはらんでいるし、また、意図的でないのであれば、ニュース生産者である報道機関の、記者自体の能力不足や、視点の浅さを反省しなければならないのではないだろうか。現在起きている現象を、安易に「親北・左傾・民族主義」として片付けてしまうのは、実は、日本の特殊な民族主義なのではないかと思える。表面的で、浅い情報からは、どのようなものであれ、もっとも有効な政策は打ち出されえない。私たちの暮らす東アジア地域に関心を高めるためにも、情報生産者である記者の質の向上が緊要である。
  

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