世界の潮流とNGOの動き 第4回
CSR/SRI論の本質は「企業とNGOの新しい関係」の構築にあるのです
〜〜「企業の社会的責任」(CSR)/「社会責任投資」(SRI)とNGO〜
長坂寿久(正会員・拓殖大学国際開発学部教授)

1.はじめに
日本の新聞や雑誌では、昨年の末頃から、あるいは今年の新年号頃から、「CSR/SRI」という言葉が毎日のように踊るようになった。CSRは「企業の社会的責任」、SRIは「社会責任投資」である。とくに日本では、EU(欧州連合)が基準設定に動きだし、国際標準化機構(ISO)もCSR/SRIの国際規格の検討を始めたことから急遽企業も注目することとなった。ISOは、ISO9000(品質マネジメント規格)、ISO14001(環境マネジメント規格)に続く「第3世代のマネジメントシステム規格」としてCSR規格の作成を位置づけている。
かくして、CSR/SRIに関するセミナーにはたくさんの人が出席し、証券会社や調査会社などの企業コンサルのCSR/SRI担当者は大忙しである。しかし、こうした企業コンサルの人々のCSR/SRIに関する話しを聞いて、いつも失望するのは、「CSR/SRI」とは、実は「企業とNGO」の新しい協働関係のことであるという認識が全く(あるいはほとんど)欠落していることである。
 実は、CSR/SRIとは、NGO(非政府組織)・NPO(非営利公益組織)の人々が90年代に企業との新しい協働関係を構築するために行ってきた活動の成果なのである。だから、CSR/SRIはNGO・NPO的センスで見ないとその本質が理解できないのである。
  

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2、CSR/SRIとは
90年代における企業経営・投資に関わる大きな構造変化として、「企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility:CSR)」および「社会責任投資(Socially Responsible Investment:SRI)がある。
「企業の社会的責任」(以下CSRとする)とは、企業経営の全プロセスに、「経済(収益)的配慮」のみならず、「環境的配慮」と「社会的配慮」を行うという新しい経営論である。つまり、CSRへの配慮を「事業活動のすべてのプロセスに組み入れ、すべてのステークホルダーとの関係を調整していくプロセス」(EUグリーンペーパー)としての経営戦略である。
「環境的」配慮については理解し易いが、「社会的」配慮とは企業が関わるすべてのステークホルダー(株主のみならず、地域住民、NPO等を含む)の関心事項への配慮を意味する。労働問題、児童労働、人権、平和などを含む。
「社会的責任投資」(以下SRIとする)とは、投資家が企業への投資選択にあたって、ROI(投資資本利益率)、ROE(株主資本利益率)、ROA(総資本利益率)などのような経済的(財務的)指標のみならず、「社会的」「環境的」指標も重視、考慮して(これを「ソーシャル・スクリーン」という)投資することをいう。すでにSRIインデックスによる投資信託などのファンドも国際的に多く売り出されている。
CSRとは、企業が社会とのトータルな関わりをもつ経営戦略としての、新しい「企業システムモデル」であり、SRIとは経済・社会・環境のトータルな観点から企業を評価して投資をする新しい「投資ビジネスモデル」である。
80年代には「企業の社会貢献」「企業フィランソロピー」「メセナ」という言葉がもてはやされたことがあったが、企業の社会貢献論とCSR/SRIとの違いは、前者は、企業の経済的成果(収益)を社会へも還元するという「配分論」であったが、CSR/SRIとは、前述のように、企業の全経営プロセスの中に環境的・社会的課題を組み入れた経営を行うという、新しい経営論なのである。
つまり、企業の経済活動/経営活動の仕方(プロセス)そのものの変革を問いかけているのである。企業の社会とのつながり方が企業価値とつながっている時代になったということである。「社会貢献」から「社会的責任」という言葉が使われるようになっている意味はここにある。
企業戦略的に言えば、CSR/SRI戦略は、@「リスク・マネジメントの強化」、A「ブランド価値の向上」、B「優秀な人材の確保」、C「市場からの評価の向上」をもたらす(注)。すなわち、企業にとっては、CSR/SRIへの取組みは、企業の「競争力強化」のためにも必要ということなのである。CSR/SRIへの取組みレベルが高い企業ほど企業パフォーマンス(収益性)も高いという調査結果も出ている。
CSR/SRIは90年代を通じて欧米を中心に醸成され、今や21世紀の世界の本質的動向となるに至っている。そして、この21世紀の企業経営戦略の本質的動向は、NGOと企業との協働関係を通じて創出されてきたものなのである。
  
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3、CSR/SRIへの道(概観)
(1)80年代までの経過
CSR/SRIの考え方は、20世紀に入って、宗教団体がその資産の運用に当たってタバコやアルコール製造などの特定の問題業種を投資対象として排除(ネガティブ・スクリーニング)してきたケースから始まるとされている。これは倫理的投資(Ethical Investment)という考え方として紹介されてきた。
60、70年代には公民権運動やベトナム反戦運動の盛り上がりを背景に、大学の資産運用にベトナム戦争に加担する企業の除外が学生運動のターゲットとなり、さらに70、80年代には環境問題や南アのアパルトヘイトなど人権侵害にかかわる企業への投資を除外するなどの社会運動から、CSRの概念が次第に形成されてきた。とくに1986年に米国で包括的反アパルトヘイト法が成立すると、これを謳ったSRI投資信託の発売が増加した。
もう一つは、70、80年代の米国の経済社会の後退の中で、米国の再生と企業の健全な発展のためには、地域社会(コミュニティ)の向上が必要であり、企業は地域社会の向上のために投資すべしとする、企業の社会貢献/企業フィランソロピーの新しい概念として説明されてきた。これは「企業の社会投資」(Corporate Social Investment)として紹介された。
80年代には、企業も社会/地域(コミュニティ)の一員であるという考え方が「企業市民」(Corporate Citizenship)という概念をもたらし、「企業の社会貢献」が課題となった。「貢献」とは多くの場合、社会活動をしているNPOへの寄付として捉えられていた。小さな政府、市民社会、企業市民の考え方が広がっていくに従い、企業と地域社会(コミュニティ)との関係が重視されるようになっていき、次第に企業も地域社会の向上のためにコミュニティに対し投資を行うべきという「企業の社会投資」という概念が明確化していったのである。
「企業は社会的な環境の向上に貢献することによって、自らの企業環境の向上をはかっていることになる。低い犯罪率、教育された労働力、よき企業経営にはよき従業員の確保が必要であり、そのためにはよき学校教育などが必要である。例えば、教育や犯罪率を低く抑えるための貢献は、将来の企業経営の安定をもたらすものになる。また、こうした社会問題への投資は、企業自身ヘの投資として、長期的には返ってくる」「企業フィランソロピーは単に寄付の方法ではなく、将来への投資、コミュニティの開発としてみるべき」(長坂寿久著『企業フィランソロピーの時代』)、というのが当時の考え方であった。
これを受けて、教育開発のケースとして、企業(地域の商工会議所)と教育委員会との協働プロジェクトとしての「ボストン盟約」、NPOのシカゴ・ユナイテッドによる地域の教育システム改革、貧困者向けの住宅供給への取組み、マイノリティ・女性への起業支援などが紹介された。

(2)90年代の興隆と発展
80年代に登場し、90年代に形成されたCSR経営の考え方は「ステークホルダー」の考え方の広がり(多様化)によって説明されている。「マルチステークホルダー」という概念である。ステークホルダーとは、企業と何らかの利害関係を有する主体のことで、株主、従業員のみならず、顧客、取引先、地域住民、NPO、求職者、投資家、金融機関、政府など多様な主体が含まれる。資金調達先としての金融機関・投資家(株主)、顧客としての消費者・地域社会の人々・NPO、雇用者としての従業員・求職者、サプライチェーンとしての調達先・取引先、規制・監視者としての政府・行政のすべてがステークホルダーである。
90年代にCSR/SRIが定着していった背景には、後述のように、国際的なNGO(NPO)活動の興隆が指摘できるが、他方、CSR段階からSRIへと具体化していく契機となったのは、1997年に英国の環境コンサルタントのサステイナビリティ社のジョン・エルキントンが「トリプル・ボトムライン」の概念を提起したことからである。「経済性、環境適合性、社会適合性」の3つの側面から企業パフォーマンスを評価し、投資先(銘柄)選定をするという手法の開発である。このトリプル・ボトムライン導入以降、各種のSRIインデックスが開発されて多くのSRI商品(ファンド)が発売されるようになり、新しい投資行動としての「社会的責任投資(SRI)」が具体的に注目を浴びるようになっていった。
21世紀に入って、企業不祥事が相次いで報告されている。米国ではエンロンやワールドコムなど粉飾決算が発覚し、破綻してしまう企業が続発した。日本でも企業不祥事が相次いで報道されている。粉飾決算のみなならず、環境への取組み、人権や労働問題、NGO、そして市民との関係など、企業統治(コーポレート・ガバナンス)がうまくなされておらず、企業体質や経営者の倫理が問われることになった。そのため、市民・消費者・投資家と企業との信頼関係が低下し、企業に対して懐疑的な目を向ける傾向が出てきた。そこで一層CSR/SRIが注目を浴びるようになったともいえよう。
90年代には、「環境的」配慮への取組みは、「社会的」配慮以上に、国際的に普及してきた。「環境報告書」の作成は多国籍企業においてはすでに普通のこととなっている。しかし、21世紀CSR/SRIの考え方は、環境のみならず、持続可能な経済社会システムの構築をめざすプレーヤーとしての企業の役割が問い直されており、「環境報告書」の時代から、環境問題も含むトータルな側面からの企業評価を行う「サステイナブル(持続可能)報告書」へと移行していっている。
世界のSRI残高をみると、近年急増している。米国では、SRIスクリーン運用は、1995年の1,620億ドルから2001年には2兆300億ドルへ12倍強の増加となっている。欧州では英国が最大のSRI残高国であり、その他にオランダ、フランス、ドイツ、ベルギー等々多くの国で増えてきている。さらに、日本、オーストラリア、香港などでも増加している。但し、投資信託全体に占めるシェアはまだ小さい(10%程度といわれる)。SRIファンドを買っているのは、主として年金基金や、教会や労働組合などの資産運用で、その他は個人向けのSRI投資信託が中心である。
  

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4、SRIについて
欧米を中心に、すでに多くのかつ多様なSRIインデックス/SRIファンドが設定されている。米国SIFの報告では、2001年には米国には230のオープン投信ファンドが設定されている。欧州では2001年6月時点で251オープン投信ファンドが設定されているという(SiRi Groupの「Green, social and ethical funds in Europe 2001」)。日本ではまだ少なく、1999年に国内初のSRIファンド(エコファンド)が設定され、現在では合計10本ほどのSRIファンドがある。
企業の社会責任投資(SRI)には、大きく分けて3つある(注)。第1は「ソーシャル・スクリーン」である。投資家が企業を投資対象として評価する場合に、経済的・財務的側面からのみならず、社会的(環境的側面含め)側面も考慮して評価することである。スクリーンの仕方には、タバコや武器の製造企業やアパルトヘイト国の南アフリカ共和国と取引する企業を除外するネガティブスクリーン方式と、企業がCSRにどれだけ積極的に取り組んでいるかを評価するポジティブ・スクリーン方式とがある。
スクリーンの対象としては、「環境的」側面の他に、「社会的」側面としては、タバコ、アルコール、ギャンブル、武器・軍需、開発途上国の軍事政権への加担、原子力、労働(従業員配慮等)、女性雇用、人権問題(開発途上国での低賃金・悪条件労働のスウェットショップ、児童労働等)、商品の安全性、コーポレート・ガバナンス、コンプライアンス(法的遵守)、サプライチェーンへの配慮、動物実験、ポルノ、遺伝子組み換え作物、熱帯雨林材の開発・販売、等々があげられている。
第2は「株主行動」である。株主となって、株主の立場から企業の経営方針の変更に影響を与えようとするやり方である。この場合も、ラルフ・ネーダーが創設したNGO"パブリック・シチズン"が当初始めた「キャンペーンGM」や、一株運動のように社会運動の一環としての対決型が多かったが、90年代にはむしろ経営陣に対して提案し、話し合いをすすめていく方式が多くなっている。企業もそれだけ聴く耳をもつようになったのである。
第3は、「社会投資(コミュニティ投資)」である。前述のように、米国では80年代の企業の社会貢献/企業フィランソロピー活動の興隆の中では、企業からの積極的な関わりとしてはコミュニティ開発投資・融資が多くみられた。とくに教育改革投資、地域のスラム化問題、低所得層・マイノリティ向けの住宅開発投資、地域の青少年育成や貧困・福祉問題などの地域の問題改善のための投資、マイノリティ・女性・フェアトレード向けなどの小規模事業者の起業支援、自然エネルギー開発などへの融資支援などである。これらコミュニティ開発に融資する銀行も設立されている(1973年に設立されたシカゴのショア銀行など)。また、これらは財団(NGO)や企業、信用組合などが資金を供出している。
  
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5、CSR/SRIにおけるNGOの役割と影響
CSR/SRIの普及で最も重要な役割を果たしてきたのがNGOである。
企業(CSR/SRI)とNGOとの関係の促進については、1992年の地球サミットで採択された「環境と開発に関するリオデジャネイロ宣言」の第10原則で、市民の参加による政府や企業とのパートナーシップによる環境問題への取組みを宣言している。
90年代のCSR/SRIの定着には、90年代のグローバリゼーションがもたらした問題点の大きさと、その問題点に取り組む市民活動としてのNGO(非政府組織)・NPO(非営利公益団体)の活動の興隆と多様化、そして国際的なNGOネットワークの形成が、最も大きく影響していると思われる。90年代のグローバリゼーションの進展は、強者はますます強く、弱者はますます弱くなる傾向をもたらしたからである。
そこでNGOは、企業活動を監視し、実態を調査し、企業の社会的責任を問いかける活動を展開するようになり、企業のCSR/SRIを分析・評価する専門NGOが登場し、企業のCSR/SRIデータを豊富に提供し公開するようになった。さらにフェアトレードなどオルタナティブな(もう一つの新しい)経済社会システムを追求するNGO活動も増え、また社会のニーズの変化に対応していち早く新しいサービスを提供していく「事業型NGO」も登場するなど、NGO活動は多様化し、深化してきた。
また、NGOは時には不買運動や訴訟などを通じてメッセージを企業に届けようとすることもあり、企業経営の大きなリスク要因の一つとなった。逆に企業はNGOとの協働によって、企業改革や活力の育成に大きな成果をあげるケースも登場するようになった。なぜならば、市民・消費者のニーズの最前線で活動しているのがNGO・NPOであるからである。その点で、欧米の多国籍企業にとっては、NGOとの協働関係の構築は今や非常に重要な企業戦略として採用されている。
80年代の「企業フィランソロピー」は、企業によるNGOへの寄付(あるいはメセナ)という捉え方が中心であったが、90年代の「企業とNGOの協働」とは、NGOと共同プロジェクト組んで、パートナー(協働)として一緒に取り組んでいくという考え方が明確になっている。
このようなNGOによる活動や情報提供、情報インフラが、後述のようにCSR/SRIの促進に大きな影響与え、中心的な役割の一旦を担ってきたことは確かである。
   
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6、企業とNGOの相剋と協働
NGOが企業の社会的責任(CSR)について監視を強める契機となり、かつ企業にとってNGOの監視が無視できなくなり、連携を図っていく企業戦略を採用していくに至る契機となった事件はいくつかある。
一つは、1989年にエクソン社の石油タンカー、バルディーズ号がアラスカ沖で座礁し、沿岸に甚大な被害を与えた事件である。この時、企業の環境対応を求めるNGOや研究機関、学者等が集まってCERESという連合体NGOを創設した。もう一つの決定的な事件はロイヤル・ダッチ・シェル社とNGOのグリーンピースとのブレントスパー事件である。
これらの事件を通じて、NGOによる企業を監視する活動が活発化し、人権や環境を無視する多国籍企業は、しばしばNGOや市民運動から標的にされ、厳しい抗議を受けてきた。グローバリゼーションの進展によって、環境政策や環境基準について、多国籍企業も、例えば先進国では厳しい環境基準を持ち、開発途上国では緩い基準を持つという、ダブルスタンダードを取りにくくなった。世界に展開している企業について、NGOはこうした事実があると、それを調査し、告発し、より厳しい基準に合わせるよう要求していく活動を展開してきた。
ブレントスパー事件は、北海の天然ガス・リグに耐用年数がきたため、深海への投棄を決定したが、グリーンピースなど欧州各国のNGO・市民による不買運動を含む反対運動で、同社は大打撃を受け、ついに深海投棄を止め、陸上廃棄をせざるを得なくなった。シェルは、この事件を契機に対症療法的な危機管理問題のレベルからさらに進んで、経営理念の変革に取り組み、前述のサステイナビリティ社の「トリプル・ボトムライン」を採用する最初の企業となった。ロイヤル・ダッチ社は、「利益・人・地球」、および「経済・社会・環境」を三本柱とする「持続可能な発展原則」を、経営理念の根幹に据えた。この「原則」の導入に伴う具体的な経営的枠組みとしては、第1に、日常のビジネス活動において「経済・社会・環境」の要素を取り入れること、第2に「対話」を進めること、そして第3に結果の「開示と検証」を行うことを中心的な考え方として、組織改革や従業員教育などを含め、全社的に具体化していった。
スウェーデンに本社を置く、欧州各国では馴染みの国際的な家具や調度品、日用大工用品などの小売店チェーン"イケア社"は、家具故にボルネオやロシアの森林から木材を調達しているし、ラオスなどの低賃金労働力の国に下請け工場をもっており、そこで環境破壊をし、児童労働が行われていると批判された。同社はNGOからのこうした批判に素早く対応し、NGOとの協働関係をつくり上げてきた。
スポーツ用品のナイキ社も、NGOから児童労働で全米でナイキ・ボイコット・キャンペーンを展開された。同社はグローバル問題管理責任者を配置し、さらにやり手のCSR担当副社長をリクルートし、世界50数カ国の下請け工場を調査、新しい雇用基準の導入を図り、賃金、労働時間、最低就労年齢などの改善をすすめ、児童労働に対応している企業の一つ言われるようになった。
米国の世界最大の小売点であるウォールマートも、児童労働などのキャンペーンを組まれ、これに対応してNGOのコード・オブ・コンダクト(行動基準)に参加し、積極的な対応を進めてきた。
株主行動のケースでは、BPアモコの株主がアラスカの石油採掘プロジェクトの放棄の株主提案で13.5%の議決権を集めた。GEが洗濯機の省エネ基準強化が株主提案されたり、フォ―ドモーターが株主提案により、環境保全に関する「セリーズ原則」(NGOの行動基準)に署名したり、コカコーラやペプシコーラは株主提案に基づき、2005年までにプラスチック容器に使用する再生プラスチック比率を10%にする計画を発表したりしている。
こうした企業への働きかけは、世界のNGOたちによって行われ、企業とNGOとの協働関係が樹立してきたのが、90年代だったのである。
  
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7、企業の行動基準(コード・オブ・コンダクト)とNGO
多国籍企業は経営拠点のある国の法律によってのみ拘束されるという考え方はもはや通用しなくなった。世界の経済・社会に影響を与えるグローバル企業は、高い人権基準を経営目標に導入する必要がある。人権基準とは、労働者の権利の尊重、環境保護、人権を侵害する政権を支持したり容認しないことなどの責任とアカウンタビリティである。
これまでの多国籍企業の対応は、各国の法律、規則、規制の寄せ集めの上に乗って、その中で経営していればよかった。しかし、今後は、地球的な視野の上に立った、グローバルなガバナンスの枠の中に企業の経営理念と視野を置かねばならない。そうでなければ、株主への報告で、アカウンタビリティを果たしたということにはならないことを意味する。
その一つが、CSRに基づき「サステイナブル年次報告書」を作成することである。また、企業が社会的責任を果たしているかどうかを監視・評価する仕組み(「社会監査」制度)の導入を求める声が高まっており、すでに多くの企業が導入している。これを受けて、世界の有力会計事務所は、社会監査を実施する体制を導入している。
NGOに糾弾された、シェル、ナイキ、GMなどの企業は、NGOへの対応策として、行動基準を設定するようになった。自主的に行動基準を定める企業は次第に多くなっている。しかし、二つの面でまだその内容は不十分だとUNDP(国連開発計画)は指摘している。
一つは国際的に合意された社会的基準を参考にしているのはまれであること。アパレル産業の行動基準のほとんどは、ILOの高い基準よりも低い国内基準を参考にしているという。もう一つは、行動準則の適用や部外者による監視・監査体制が不十分であると指摘している。企業によるこうした自主的な規範に対し、その実効性を批判する人もいる。その理由は、産業界・国際NGO・政府機関などの規制機関によって監視される強制的措置が必要である。さもないと企業はいうだけで実行しないと批判されることになる。
また、こうした企業の動きを評価する人々は、基準の適用対象を下請企業にまで拡大すべきである、また多国籍企業のみならず、国内企業にも行動基準を適用すべきであると、主張している。
CSR経営戦略の導入について、いろいろなアプローチがあるが、次第に一般的になってきているのは、国際的なCSR基準/企業行動基準(コード・オブ・コンダクト)への参加を声明し、その行動基準に従って各主体が行動していくというやり方である。それによって、CSR対応企業であることを国際的に認知させられるからである。
CSR/SRIの企業行動基準、CSR報告書(環境報告書/サステイナブル報告書等)の国際基準・規格として公表されている主要なものとして、例えば以下のものがある。これらの基準のほとんどはNGOが作成し、参加を呼びかけているものであり、どの基準づくりにもNGOたちが大きな役割を果たしている。
(1)グローバル・サリバン原則(SULLIVAN Principle)(77年/97年)――人権問題への対応原則(最低限遵守すべき原則)を提唱し、CSRの視点から世界の企業に大きな影響を与えた。多くの企業が遵守を誓約している。
(2)セリーズ原則(CERES)――環境保全に関する企業の社会的責任原則。1989年の「バルディーズ号事件」を契機に設立されたもので、企業に対し環境保全の責任を求めるネットワークNGOである。
(3)BSR(Business for Social Responsibility)――CSR/SRIの基準を提示している米国の調査・啓蒙・コンサルタント機関。多くNGO経験者が参加している。
(4)Ethical Trading Initiative(倫理取引規範)――英国の倫理的業者推進NGO。取引の倫理基準を提示しており、参加している企業には所定のラベル表示の使用を可能にしている。
(5)カウンシル・フォー・エコノミック・プライオリティーズ――CSR/SRIの観点から、企業評価・格付けを行っているNGO。
(6)グローバル・コンパクト(国連と企業の「地球的盟約」)――国連が導入したCSR促進キャンペーン手、企業はこのコンパクト(盟約)に署名して参加する。
(7)GRI(グローバル・レポーティング・イニシアチブ)――企業のサステイナブル経営への取組みと世界共通のサステイナブル報告書の作成ガイドラインを策定しているNGO。セリーズ、UNDP(国連環境計画)などが中心となって設立。ガイドラインは「トリプル・ボトムライン」の考え方を導入したグローバル・ガイドライン。
(8)Swedish Amnesty Business Group Guidelines――アムネスティ・インターナショナルと企業が協働して人権問題へのガイドラインを制定したもの。
(9)SIGMA(Sustainability Integrated Guidelines for Management)――英国貿易産業省がNGOと協働してCSR/SRIガイドラインの策定を行ってきた。シンクタンクNGOのフォーラム・フォー・ザ・フューチャー、アカウンタビリティの促進を目的とするNGO「アカウンタビリティ」などが参加している。
  
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8.SRI基準とNGO
SRI投資信託などの商品開発のためのSRIインデンクス/SRIファンドの作成などに関するCSR/SRIに関する情報収集・調査・分析・評価をしている機関、SRIインデックスの設定基準を提示している団体についてみても、CSR/SRIのアナリストには、NGOで環境、人権、開発などの専門家として活躍した人々が多く参加している。
CSR/SRIの主要な調査・評価機関としては、EIRIS、エティベル(ストックアットステイック)、イノベトス、SiRiグループなどがあるが、調査に当たっては、とくに開発途上国でのCSR/SRI評価については、その地域で活躍しているNGOと連携して情報入手や意見聴取するなど、NGOの活動データを活用している。
EIRIS(Ethical Investment Research Service)は、世界でも最も大きなCSR/SRI関連情報の提供サービス組織であるが、倫理的投資を行う投資家(教会グループなど)のニーズに応えて設立されている。エティベル(Ethibel)(ベルギー)は、国際的に活躍しているいくつかのNGOからの要請に基づいて設立された、CSR/SRI専門調査・評価を行うNGOである。評価結果を元に、「エティベル品質保証ラベル」、「エティベル・サステイナブル・イデックス」を作成している。
コープ・アメリカは、グリーンコンシューマー活動の一環として、企業の社会的・環境的取組みを企業評価に結びつける活動や情報提供を行っているNGOである。米国のエンバイロメンタル・デフェンスは有力環境NGOの一つで、環境と企業との関係に関する多くのデーダを調査・加工して公表している。カーボン・ディスクロージャー・プロジェクトは、欧米の主要な機関投資家グループや資産運用会社などが2002年に設立したNGOで、世界の主要SRI機関のほとんどが参加している。
英国のジャスト・ペンション・プロジェクトは、NGOが中心となって立ち上げたプロジェクトで、年金基金向けのSRI投資を行うためのガイドラインを作成している。英国の有名な独立研究機関NGOであるNew Economics Foundationは、SRIの倫理性・社会性のスクリーニングが不十分なケースがあることを批判的に報告し、EIRISなどはこれに基づきスクリーン方法の改善を行っている。
EUも「SRI調査グループのための自主品質管理基準」を策定するプロジェクトを設置したが、事務局はベルギーのCSR/SRI調査・評価機関(NGO)であるエティベルが担当している。
また、米国でCSR/SRIを普及・推進する中心的組織な組織であるSIF(Social Investment Forum)も、BSR(Business for Social Responsibility)もNGOである。
そして、もっとも重要なことは、こうした企業調査には、NGOから積極的に情報収集していること、そして、もう一つは、調査項目について、企業がNGOとの協働プロジェクトを実施している場合には、当該調査項目は最大の評価点を獲得する形となっていることである。
 これは企業がCSR/SRI評価で自社が点数を上げたいと思う場合、最も安易には、NGOと協働プロジェクトを取り組めばいいということを意味することになりかねない。そういうことに気付くと、今後企業はNGOとの協働関係を促進していくことになる。それはいいことでもあるが、今後のNGOに問題を起こす可能性もある。ちなみに、フェアトレードは企業にとってもっともNGOとの協働関係を構築しやすいものであるかもしれない。最近、企業がフェアトレードに取り組むケースがみられるようになった。これは結構なことに違いないが、今後の展開には注意を要することを同時に意味することに留意しておく必要がある。

〔参考資料〕日本総合研究所の資料「CSR Archives」(http://www.csrjapan.jp)/環境省「金融業の環境配慮型行動に関する調査研究」や平成13年度版「通商白書総論」など/:長坂寿久著『企業フィランソロピーの時代』(ジェトロ出版部,1991年)/米SIF(Social Investment Forum)の「2001 Trends Report」/谷本寛治編著『SRI−社会的責任投資入門』日本経済新聞社、2003年/企業活力研究所『海外主要国における企業とNGOの新しい関係に係わる調査研究報告書』((財)国際経済交流財団、平成13年)/米SIF報告書/等

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