協働のデザイン第5回 NPMの批判的検討〜指定管理者制度を検証する
世古一穂(代表理事)
NPOと行政の協働、その流れを問う
NPOと行政の協働が大きな社会的テーマ、行政課題となっている。自治体の存在意義が原点から問われている時代でもある。
NPOについては市民活動の新しい運動体としての側面に注目される一方、政府や自治体によっては、安上がりの行政をめざす行政サービスの売り渡し先として位置づけられているという問題が浮上してきている。
「官から民へ」「民間でできることは民間で」「公共施設に民の知恵・・・株式会社・NPO経営参入続々」「細る天下り先、苦渋の官」といった見出しが新聞紙上をにぎわしているのは周知のとおりだ。
自治体行政への民間経営手法の全面的導入あるいは『公共性』解体の時代への移行ともいわれる昨今の状況は、ある意味ではNPOが活動しやすい時代の到来ということができるだろうが、手放しでは歓迎できない問題点が多々ある。
「これまで行政が担ってきた公共分野のサービスを自主的に担いうるようなNPOに成長してもらうことにより行政の効率化を図っていく」ということが各地の自治体のNPOとの協働推進のベースになり、NPOへの委託事業が急増している。NPOのほうも多くは歓迎の方向だ。安易なNPO万能諭すらある。いうまでもなくNPOは万能ではないし、行政の失敗や限界を補完するためにあるのではない。
行政がNPOの自主性・自立性を称揚しつつ、いっぽうで、NPOを行政効率化(リストラ)のための下請け団体として位置づけているという現状を「新しい公共」「協働」と呼ぶのはいかがなものか!
本稿から3回にわたって、この背景にある考え方、NPM(ニュー・パブリック・マネジメント)について、その特徴と問題点を整理したうえで、NPMの手法のひとつといえる指定管理者制度導入をめぐる問題点についてNPOの視点で述べていきたい。
  
1.NPMとは、
わが国で「ニュー・パブリック・マネジメント」という言葉が注目されるようになった契機は、2001年6月のいわゆる小泉内閣の「骨太の方針第一弾」のなかに登場したことによる。
NPMは「新しい公共管理」とか「新公共経営」と訳される場合もあるが、定まった訳語はなくそのまま「ニュー・パブリック・マネジメント」といわれることも多い。
NPMについての定義についても訳語と同様定まったものはないが、経済財政諮問会議答申『今後の経済財政運営及び経済社会の構造改革に関する基本方針』(2001年)は新しい行政手法としてニュー・パブリック・マネジメントについて次のように解説している。
「国民は、納税者として公共サービスの費用を負担しており、公共サービスを提供する行政にとっていわば顧客である。国民は、納税の対価として最も価値のある公共サービスを受ける権利を有し、行政は顧客である国民の満足度の最大化を追求する必要がある。そのための新たな行政手法として、ニュー・パブリック・マネジメントが世界的な流れになっている。これは、公共部門においても企業経営的な手法を導入し、より効率的な質の高い行政サービスの提供を目指すという革新的な行政経営の考え方である。その理論は(1)徹底した競争原理の導入、(2)業績や成果に関する目標、それに対する予算、責任の所在等を契約などの形で明確化する、(3)発生主義を活用した公会計を導入する、などの形で具体化されてきている。例えばイギリスでは、行政の各分野において「市場化テスト」を行い、民間でできることは民間に委ねるとともに、民間でできないものについても実施執行部門をできる限り行政法人化するなどの改革を進めている。
わが国の行財政改革を推進していく上でも、こうした新しい行政手法の考え方を十分に活かし、政策プロセスの改革を図っていくことが重要である。
具体的には
*公共サービスの提供について、市場メカニズムをできるだけ活用していくため、「民間でできることはできるだけ民間に委ねる」という原則の下に、公共サービスの属性に応じて、民営化、民間委託、PFIの活用、独立行政法人化等の方策の活用に関する検討を進める。
*事業に対する費用対効果などの事前評価等によって、維持費用も含めてそれに要する費用を明確化し、事前の採否や選択などの政策決定に反映する。
*業績や成果に関して目標を設定し、責任を明確にしつつ、実際に行われた事業の結果を事務的にも評価し、これを通じて政策決定、予算、人事評価などに適切にフィードバックしていく。
*こうしたことによって、目標達成に向けた柔軟で効率的な行政運営を可能とし、行政のマネジメント能力を高める。その際には、適正な行政運営を確保するための監査などが重要となる。
*このような行政運営手法を実現し、国民に対する説明責任を高めるため、情報公開制度などの定着を図るとともに、公会計制度のあり方についても、発生主義など企業会計的な考え方の活用範囲や貸借対照表の対象範囲などについて検討を進め、行政コストや公的部門の財務状況を明らかにするよう引き続き努める。その際、諸外国における発生主義を活用した予算等の実態について検討を行う。
*以上のような基本的な方向性に沿って、具体的な改革を引き続き精力的に進めていく必要がある。
こうした取り組みにより、行財政改革を推進し、納税の対価として公共サービスの提供を受ける国民の満足度の最大化をはかっていくことが重要である。」

近代国家では当然のこととしてきた「公行政」(憲法に基づいて行政権が制限され、国民主権のもとで議会と内閣が決定した事柄を公務員が忠実に執行することが行政活動とされた。法令によって手続きや権限・職掌を厳密に制定し、予算によって組織・職員・財源を確保したうえで、明確な指揮命令系統をもつピラミッド型組織と身分を保証されたフルタイム公務員によって、行政活動は最も合理的・効率的に営まれるという考え方)に対して、民間企業的な経営手法を大幅に取り入れた「新しい行政経営」をNPMと理解しておいていいだろう。
民営化・公設民営、外部委託(アウトソーシング)、独立行政法人、包括的外部監査、第三セクターの経営改革、電子自治体化、PFI(Private Finance Initiative民間資金導入事業)、住民・NPOとの協働(パートナーシップ)、パブリック・コメント、行政評価・政策評価、人事制度改革等々がNPMの手法といわれるものだ。
   

2.NPMの特徴と問題点
これまで述べてきたように、行政のあり方は近代的な「公行政」から民間企業的な経営手法を取り入れた「公共部門の経営」へと、大きく転換を遂げようとしている。
しかし、こうしたNPMの問題について進藤兵氏の「ニュー・パブリック・マネジメント論議の批判的検討」概ね次のように整理している。(要約は筆者)
『NPM導入の最大の動機は財政構造改革であり、支出の効率化である。これを納税者視点と呼ぶ。一方NPMは従来のような緊縮財政ではなく、トップダウンによる予算・職員・組織の重点配分による効率化でもある。国民・住民のニーズが高い分野に集中であれば国民・住民の満足度の最大化をもたらすと考えられるから、これは顧客視点と呼べる。問題は顧客視点と納税者視点が対立する場合を想定していないことだという。例えば地域医療の充実や老人福祉への住民ニーズが極めて高くても、財政効率からはこれらの行政サービスの廃止や民営化が行われる場合がある。また住民を「顧客」とみなす場合、行政が「公共サービス」を「売り」、「顧客」がそれを「買う」こと、つまり受益者負担(有料制)が前提とされている。さらに問題なのは、主権者視点が極めて弱いこと。主権者視点があれば、全住民の人権保障のために、たとえ財政効率が良くなくとも、また対象となる住民数が多くなくとも、実施されなければならない行政サービスが存在すると考えられる。しかし主権者視点が欠落していると、効率化と選択と集中の観点からごく安直に、公共部門への企業経営的手法の導入が認められてしまう。
また、企業的経営手法という場合に、競争原理の導入と、業績・成果の評価と国民への公開や住民参加、行政の分権化や現場への権限移譲が対立することを想定していないこと。さらにトップダウンの強化と競争原理導入とは矛盾する側面をもっていることなどNPMには調和するとは限らない要素が混在している。』
そもそもNPMが前程としているのは、先の経済財政諮問会議答申が明示しているように納税者である住民を行政の顧客としてとらえるといういことである。しかし、国民・住民は行政にとってはたして「顧客」なのだろうか。
私は国民・住民は行政のサービスを受けとる単なる顧客ではない。まちづくりや国づくりの主権者であり、主体者である。「顧客」という捉え方にはその視点が欠落しているのではないか。
たとえ財政効率が良くなくとも、また対象となる住民数が多くなくとも、実施されなければならない行政サービスは存在するし、そのために行政というものを社会システムとして設置してきたともいえるのではないだろうか。自分自身の利害や目先の効率性にとらわれない、本来の公共のあるべき姿、やるべきことを判断できる、「主権者」視点からのアプローチ、NPMへの批判的検討が不可欠だ。安直な、公共部門への企業経営的手法の導入にはしっかりと異議申し立てをしていく必要がある。
   
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