知の有効性を拓くーE.W.サイードのテキストを通して― 第4回
土田修(正会員・ジャーナリスト)
4.改憲論と非政府的視点(続)
(4)欧州の理性
 3月に行われたスペイン総選挙で社会労働党が勝利し、8年ぶりの政権交代が実現することになった。首相就任が確実になった社会労働党のサパテロ書記長は記者会見で、米英とともにイラク戦争を主導したアスナール政権を批判し、「スペインのイラク派兵は明らかに過ちだった」と明言。さらに「ブッシュもブレアも自己批判した方がいい。イラク戦争も占領も破滅的だ」とコメントした。当たり前のことを当たり前だと言える人がやっと首相の地位に就こうとしている。スペインはもちろん欧州全体で沸き起こったイラク戦争反対の市民運動の広がりを考えると、国家や政権が如何に国民を欺くものなのかがよく分かる。スペイン国民の大半はイラク戦争にもブッシュとその取り巻きにも賛成などしてはいなかったのだ。
 国民の意志に反して米国追随主義を貫いてきた与党・国民党アスナールの敗北は米国にとって大きな衝撃だったに違いない。総選挙の直前に首都マドリードで列車同時爆破テロが発生し二百人を超す犠牲者を出した。「テロの恐怖が社会労働党の勝利を決定付けた」と報道した米メディアの狼狽ぶりがそれを如実に物語っている。日本のメディアもこぞって米メディアにならい、「テロが選挙結果を左右した」と書いた。何の根拠があってこんなんことを書いているのだろうか。まるでスペイン社会労働党の勝利をアルカイダの戦術的勝利と同一視しているかのようだ。
 3月18日付のルモンド紙は「侮蔑的な主張」という社説を掲載している。テロリズムの恐怖がスペインの選挙を決定付けたという主張はアングロサクソンのプレスやイタリア政府、ブッシュ政権のメンバーを含む米国高官に取り上げられたが、「それは日常的にテロの危険の中で生活しているスペイン国民に対する侮辱だ」というのが社説の主張だ。
 さらに社説は続けている。「サパテロ氏は以前からアスナールの対米従属主義を批判しており、選挙で勝てばイラクから軍隊を引き揚げると言っている。スペイン国民はテロとの戦いに当たって、アメリカ政府の選んだ戦術が正当であるかどうかを問い直したのだ」。
 ラムズフェルドが侮蔑的に言い放った「古めかしい欧州」の理性による復権が始まっている。
  
(5)米欧の衝突
 米国が本当に恐れているものは、イラクからのスペイン軍の撤退ではない。サパテロ次期首相が「欧州中心外交」を表明していることでスペインの仏独との関係改善が決定的になった。その結果、EU経済圏と欧州通貨ユーロが強化されることは間違いない。米国は世界の資本を自国に集中させるため国際紛争に介入し、軍事力を行使し続けなければならない国になり下がった。独仏が今後、軍事的手段で紛争解決を図る可能性は極めて低い。欧米間には戦略面や理念の面で大きな隔たりができてしまった。
 フランスの人類学・歴史学者のエマニュエル・トッド氏は著書「帝国以降」などで米国を分析し、「米国が世界秩序混乱の原因」と言い切っている。米欧の経済面での対立も深刻なものになりつつあり、「米国はいまや欧州を係争相手と位置づけている」と指摘している。このポール・ニザンの孫は「衝突が最初に米欧間で起きたとすれば皮肉なことだ」とハンチントンの「文明の衝突論」を揶揄している。
 もし本当に対立があるとすれば、それは外交戦略が理性を基軸にしているか、暴力を基軸にしているかの違いにあるのではないか。(続)
  
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