Vol.50 2008年8月20日号

書評                                     細見義博(尼崎市)

金川幸司著
『協働型ガバナンスとNPOーイギリスのパートナーシップ政策を事例としてー』晃洋書房(2008/5)

 この書籍は、著者が「ガバナンス構造全体の中で、NPOセクターをどのように位置づけ、さらに、その中での自治体との関係をどのように捉えるべきか、そして、そこから出てくる課題がどのようなものかといった視点から研究を行った」成果として出版されたものである。

 協働に関する書籍やイギリスの施策を紹介するレポートが数多く出されているが、博士論文をベースに仕上げただけに、カバナンス論を基調に、先行研究や概念整理がされており、パートナーシップ理論を学習するにあたって貴重な示唆を与えてくれるものである。

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 構成は、3部からなり、第T部は総括編で、協働の理論的枠組み、行政とNPOとの協働の意義、イギリスにおける政治・行政システムについて考察されている。第U部はイギリスの政府とNPOセクターとの協働で歴史をひもとき、現在の協働枠の性格と課題を、さらにその中でもっとも大きな課題となっている資金提供のあり方について整理し分析されている。第V部のイギリスのローカルパートナーシップとガバナンスでは、具体的な地域戦略パートナーシップを中心に取り上げその役割と課題を整理している。また、イギリスの数件の都市の地域事例の紹介や行政、NPO担当者のインタビューが収録されており、書面だけでは把握出来ない現地の意向が反映されている。

 中でも注目すべき論点は次の通りである。

 @ 第T部第2章で展開されているパートナーシップ契約の区分である。政府と民間のサービスの2つのモデルの区分が明示されている。

 一つは市場モデルであり、市場原理を可能な限り導入して、コスト削減を中心的なねらいとするもので、入札の形をとり成果を重視する。もう一つはパートナーシップモデルで、相手方との長期的関係性を協働の上に立って全体としてのアウトプットを高めるものである。そこでは、市場モデルと違って、提案の奨励があり、複数年契約で、費用弁償的支払いが保証されるものである。これは、アメリカでのサービス供給での契約においての実証分析から導かれてものだが、我が国での協働の契約を見るときに参考になる。

 A この契約時における資金提供のあり方で、フルコストリカバリーの概念が第V部の第6章にまとめられている。コンパクトは、イギリスの政府とNPOセクターとのパートナーシップの協定であるが、その運営上、様々な課題が生まれてきている。その一つが資金提供の課題である。2005年 1 月にイギリス会計監査局の報告( Working with the Third Sector )で指摘があり、同年3月に内務省が公表したコンパクトプラスにおいて、複数年契約と事前支払い、補助金における間接経費投入の視点が挿入された。とりわけ、「専門的なサービス提供主体としての持続的発展とサービスのアウトカムの向上を考えた場合、合理的な間接費を確保するというフルコストリカバリーの概念がきわめて重要になる」のである。

 B 次のポイントは第V部第8章で詳しく述べられている、地域戦略パートナーシップ(LSP)とそこから展開されるコミュニティエンパワメントネットワーク(CEN)の小規模補助金制度である。近隣再生地域(現在86ヶ所)でのコミュニティ活動を推進する、小規模グループに対する補助金である。重要なのは、パートナーシップでの両者間の取り決め(コンパクト)だけではなく、実質的な資金の流れを確保する制度があることである。

 以上のような内容を含む著書であるが、これに刺激をうけて私自身の新たな課題が見えてきた。

 私は、2年前、パートナーシップのあり方を調査するため、イギリス・ロンドンを訪れた。NPOと行政の対等性を確保するためのツールとしてのコンパクトが機能するためには、コーディネーターの役割の確認と社会の底辺に位置するマイノリティの政策参加の可能性とその社会的矛盾を解決するために有効に働くことが可能なのか検証することであった。そういった意味でも、この著書は、トータルな視点でイギリスと日本の現状比較ができ、有意義な振り返りができた。

 現地の聞き取り調査で気になったのが、地域戦略パートナーシップ (L SP) とローカルコンパクトの関係であった。 政府は 最も貧困な地方自治体を近隣地域再生資金補助対象に指定し、犯罪、雇用、教育、健康、住宅・物的( physical )環境の課題に対して、具体的な目標値を定め、この資金運用や戦略のために結成されたのが地域 戦略パートナーシップ である。 一方、ローカルコンパクトにより、地方自治体とNPOセクターとの協働が各地で打ち立てられている。コンパクトは1998年に締結されているが、政府はつぎつぎに新しいイニシアティブを打ち出しており、コンパクトのような初期の労働党のパートナーシップ戦略は、埋もれてしまう恐れが多分にあった。地域戦略パートナーシップは、分野別のパートナーシップ組織の母体となり、「パートナーシップのためのパートナーシップ」という上位に位置づけられるものである。

 私は、ロンドン自治区ハクニーのローカルコンパクトの成立のプロセスを調査した。ハクニーは、 イギリスで3番目に少数民族が多い地域である。中でも 、 黒人と少数民族(BME)と呼ばれるマイノリティは、雇用率、教育達成度、住宅状況、健康被害、人種差別等で著しい社会的排除を受けている。ハクニーの ローカルコンパクトの成立は極端に遅れていた。地域戦略パートナーシップには、地域を代表する大きなNPOセクターのみが加入し、 黒人と少数民族ボランティアコミュニティグループが入る余地はなかった。黒人と少数民族 コミュニティのニーズに対して地域戦略パートナーシップや近隣地域再生資金(NRF)、単一地域再生予算(SRB)などからアプローチや明確な戦略がなく、 BME セクターは、発展するより生き延びることで精一杯な状態でもあった。 ハクニーでは、ブレア政権による衰退地域への社会的包括策の国家戦略である 地域戦略パートナーシップに取り込まれていたのである。

 このような意味で、ハクニーにおいて新たに成立したローカルコンパクトと地域戦略パートナーシップの関係性、とりわけ私の調査では見いだしえなかったコミュニティエンパワメントネットワーク(CEN)でのマイノリティグループへの資金の有効性を解明していきたい。

 二つ目はそれも含めての特定地域への資金の注入による地域の変遷とそれにともなうマイノリティの意識構造の変化である。巨大な資金の流れは、ややもすると、利権の構造、利害対立を引き起こし、住民自治機能の衰退や住民の自立を奪い去り依存性を誘発する危険性がある。

 イングランドの近隣再生地域での国家投資は、アメリカ合衆国の60年代後半の「貧困との戦い」施策による「コミュニティ活動事業」や「モデル都市事業」での黒人地域での資金提供、日本の同和対策特別措置法下における特定地域(被差別部落)への特別予算投入と対比できる。この英米日のまちづくりにおけるマイノリティの参加のさまざまな手法は、今後の協働と参加のあり方を考慮する上で参考になるであろう。単純化していえば、イギリスのパートナーシップ型、アメリカ合衆国の住民参加型、日本のキャンペーン型の比較検討である。

 最後に、ガバナンスを考える上で、この著書では十分にふれられなかった社会的企業 Social Enterprise と国際 NGOの動きは気になるところである。

 2006年5月に 内閣府第三セクター室が内務省のコンパクト担当部局と貿易産業省の社会的企業担当部局が合併し、ボランタリー・コミュニティセクター、チャリティ、社会的企業、信頼グループ、協同組合と住宅共済組合を含む部局ができた。コミュニティビジネス、 社会的企業は今後パートナーシップを進める上で無視できない存在である。

 また、イギリスの国民性をみるとき大英帝国時代にもつながる国際 NGO ( Oxfam 、 SaveTheChildren 、 ChristianAid 、 CAFOD 、 ActionAid etc. )の取り組みは、たとえば、フェアートレイドはイギリスの市民生活の中で大きなウエイトを占めはじめており、それを支えるシビルソサエティの存在の分析なども必要ではないだろうか


 



 

 

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