世界の潮流とNGOの動き 第1回
「グリーンゲーム」を知っていますか〜シドニー2000オリンピックの歴史的意味
長坂寿久(正会員・拓殖大学国際開発学部教授)

1「グリーンゲーム」がシドニー入札への勝利を導く
〜シドニーオリンピックが大成功した理由

 2000年のシドニーで開催されたオリンピックは、大成功のうちに終わった。オリンピックの時には必ずある反対デモもなく、テロの恐れもなく、そしてかくも大量のボランティアが喜びをもって参加し、作り上げた、まさに何故、かくも天真爛漫に開催され、楽しく終わったのか。
 シドニーオリンピックがかくも成功裏に終わった理由には、二つある。一つは、21世紀はグローバリゼーションを通じて、多文化主義(マルチカルチュラリズム)の時代となっている。そのメッセージをシドニーオリンピックが提示したことである。一つの国家がアイデンティティを世界に向かってメッセージする時、そのメッセージは、多文化主義を踏まえたものでなければならない。それがシドニーオリンピックの開会式や閉会式で行われたパフォーマンスの意味であった。
 もう一つは、ここで報告しようとするテーマでなのであるが、シドニーオリンピックは、「行政(政府)=企業(スボンサー)=NGO」の3者が、対等なパートナーシップを組んで(注1)、最初からオリンピックの企画をすすめてきた、世界で最初の国際イベントであったということである。
  

〔グリーンゲームを提案〕
 シドニーが、指名確実と思われていた北京に対抗して指名された裏には、シドニーオリンピック委員会が、この世紀末のオリンピックを「グリーンゲーム」にするというコンセプトを提案したからであった、と言われている。
 シドニー市は環境的に「持続可能な開発」に基づいてグリーンピースも参加して本格的に企画された案を提示した。それがIOC(国際オリンピック委員会)の理事たちに受け入れられ、その故に2000年のオリンピック会場に選ばれたのである。かくして、シドニーオリンピックは、シドニー市のみならず、IOCによって、そして世界のNGOや関係者によって、「グリーンゲーム」(環境にやさしいオリンピック)と呼ばれるようになったのである。
 グリーンゲームを推進する基盤には、行政(政府)=企業(スポンサー)=NGO(市民)の3者が、最初から対等なパートナーとして参加し、作り上げてゆくという前提があった。そして、実態的に、そうして作られた初めてのオリンピックとなった。これまでは、行政と産業界が中心となって構成される主催国(市)のオリンピック委員会が作成した案を、念のために市民の声(NGO)も聞いておこうとういことで、形式的にそうした会議を開催することは多かったが、最初から市民(環境NGO)をパートナーとして巻き込み、作り上げてきたものとしては、まさに初めての画期的な国際イベントとなったのである。 シドニーオリンピックを契機に、もはや、国際イベントはコミュニティの人々を最初から巻き込んだ、"環境にやさしい"、「行政=NGO=企業」の3者の対等なパートナーシップによるアプローチで行うという方式が、21世紀の国際イベントの常識的な手法となったのである。
 もちろん、シドニーオリンピックが、最初からすべて順調に進展してきたわけではない。その経過については後で触れるように、そして結果的にも、NGOが提案したもののうち、採用されたものもあれば、採用されなかったものもあり、NGOは大成功と騒いでいるわけでもない。また、「行政=企業=NGO」の3者が対等のパートナーシップとして参加したと書いたが、企業(スポンサー)の代表が直接委員会に参加したわけではない。オリンピック委員会そのものは、そもそもスポーツ選手の代表というだけでなく、政府的色彩と企業(スポンサー)の意向が優先される組織となっている。そこにNGOも直接的に参加する機会が与えられたという方が適切である。現地でインタビューしたNGO側の代表者の話しでは、企業側の参加と理解が十分えられなかったことが反省点であると述べていた。
 しかし、重要なことは、NGOも責任あるパートナーとして、企画の大きな一角として参加したことが、シドニーオリンピックがかくも天真爛漫に開催され、どの国際イベントにも必ずある開会式の開場の外での反対デモや、テロ活動の恐れなどもなく、市民が実に楽しげに自分たちのオリンピックとして参加し、大成功する要因となったのである。
 かつてのリルハンメル、アトランタ、長野などの、数多くのオリンピック開催地では、必ず環境保護の問題が浮上し、重要な課題として考慮されてきた。とくにリルハンメルオリンピックでの努力は顕著なものがあったと言われている。しかしながら、これらの開催地では、結局のところ、実際には具体的な環境保護が行われる努力はほとんどなかったと、世界のNGOはみており、IOC(国際オリンピック委員会)も認識していた。
 しかし、シドニーは他の開催地とは異なり、リスクを負いながらも「環境ガイドライン」に添ったグリーンゲームを実施し、オリンピック会場の設計のみならず、建設前にそれらを法規の一部として実行すると社会に公約とすることをオリンピックの入札の大きな理由の一つとしたのである。
 グリーンピースにとって、このイベントに参加したのは、「1つの大きなイベントというものの中で、政府も企業もNGOも関わる中で、これだけできるのだというものを出していきたいという、1つのモデルケースにしたかった」「これが1つのステップになって、次のオリンピック、あるいはいろいろな展示会やイベントにおいて、こういったガイドラインを使っていくということのスタートになるのではないかと位置づけていた」(志田グリーンピース・ジャパン事務局長)ということである。
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2.「グリーンゲーム」のコンセプト
(1)シドニーに決定
 1993年9月にモナコのモンテカルロで行われた2000年オリンピック決定会議には、立候補しているシドニー市を支援するため、グリーンピース・オーストラリアも参加していた。シドニーオリンピック委員会は、都市のコンセプトとしてはユニークな環境的アプローチである「グリーンゲーム」のアイデアを企画し、提案した。
 具体的なプランのプレゼンテーションがされた後、1993年9月23日に、国際オリンピック委員会(IOC)は、シドニーの「グリーンゲーム」案を都市の環境的アプローチとして高く評価し、期待されていた北京ではなく、このシドニーを2000年の開催地として選んだ。かくしてシドニーは、包括的な環境基準をもってオリンピック入札を勝ち取った最初の開催地となった。
  
(2)環境ガイドライン
 シドニーがオリンピック開催に際して、世界の関係者に向かって要求した内容の中心は、「グリーンガイドライン」への同意であった。これは、1993年に2000年シドニーオリンピック環境委員会(the Environment Committee of the Sydney 2000 Olympic Bid)が設定した、夏季オリンピックのための環境ガイドラインである。これは、オリンピックを「環境的に持続可能な開発」(ESD=Ecologically Sustainable Development)によって行うことであった。
 この環境ガイドラインは、スポーツ/文化/環境の3点をつなげる上で不可欠とされ、生物の多様性を保護し、エネルギー、水の保護、産業廃棄物の回避と極小化、自然・文化
的に重要な環境の保護、などをテーマとしている。これらのガイドラインは、IOCによって未来のオリンピック憲章の基本原則となるべく認知されたものである。そこではオリンピック開催地に対して、次の点を要請している。
 (1)エネルギー保存と再生可能なエネルギー資源の使用
 (2)水資源の管理
 (3)ごみの処理と最小化
 (4)水、空気、土壌の適切な品質基準をもって人々の健康を守ること
 (5)自然界において、かつ文化的な側面で重要な環境の保護
 シドニーオリンピック組織委員会(SOCOG )によれば、グリーンゲームの成功は、シドニーオリンピック関係者すべてが、環境ガイドラインで求められている課題に対してどのようなヴィジョンを抱き、それをどこまでビジネスに統合していけるかという点にあると認識していた。
 しかし、結果としてこのシドニーオリンピックにおけるグリーンゲームは、世界において最も評価の高い環境パフォーマンスとなったのである。
  
(3)グリーンピース・オーストラリアの主張
 シドニーオリンピックを「グリーンゲーム」にするために、NGO部門では、とくにグリーンピース・オーストラリアがリーダーシップをとってきた。むしろ、グリーンピースがリーダーシップを取って「グリーンゲーム」が進めてきたと言っていい。
 グリーンピースは以下の7点を環境的な課題として、具体的に提案した。
 (1)有害物質による汚染
  1930年代から1980年代にかけて汚染されたホームブッシュ湾の有害物質を処理する。
 (2)エネルギー
  気候変動が世界中で深刻な問題になっている昨今、化石燃料への依存をなくすことが必須である。オリンピック会場ではクリーンなエネルギーを使用する。
 (3)冷蔵と冷房システム
  温暖化ガスの排出を抑えるべく、冷蔵システムにおけるフロンや代替フロン(CFCHFC、HCFC)の使用をやめ、グリーンフリーズ(環境にやさしい冷蔵庫)の使用を訴える。
 (4)塩化ビニール(PVC)
  オリンピック施設での塩ビの使用を削減する。
 (5)木材
  持続可能な森林経営がなされている森林から産出されたことを保証するマーケットをオーストラリアにおいて広げる。
 (6)水資源の保全
  汚染されていない飲料水を確保するのが難しくなっている今日、シドニー・オリンピックパークでは、雨水を最大限に収集し、会場内での水の需要を最小限に抑えるなどし、持続可能な水資源管理システムを導入する。
 (7)交通機関
  地球温暖化を促進させている化石燃料で動く自動車を減らすため、観客の輸送に公共の交通機関を利用する。また電気、特にソーラーパネルを使用した車両の使用も促進する。
  
(4)シドニーオリンピックにおける「環境パフォーマンス」
 前述のように、OCA(オーストラリア・オリンピック委員会)は、オリンピックの
「環境的に持続可能な開発」(Ecologically Sustainable Development=ESD)の実行において、まずオリンピック施設を建設する関係者(開発業者、デザイナー、プランナーなど)がこのガイドラインを共有できるように、「ホームブッシュ湾開発ガイドライン・シリーズ」を設定した。
 そのシリーズの第一弾は、環境戦略、つまりESD実行のための基本原理を設定することである。それらは以下3つのキーパフォーマンスのもとに実施される。
 (1)動植物、人間といった種、そしてそれらの環境を保護すること。
 (2)水、エネルギー、工事現場の資材、空き地や表土といった資源の保護。
 (3)さらに大気、騒音、水、光、土壌、産業廃棄物の管理といった汚染の制御。
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 OCAのWEBサイト(www.oca.nsw.gov.au)によると、シドニーオリンピックにおけるOCA主導の環境パフォーマンスは、アース・カウンシル(The Earth Council)、グリーンピース・オーストラリア、そしてグリーンゲーム2000(Green Game 2000)の3つのNGOを中心に施行されてきた。しかし、その中でもとくにシドニーオリンピックにおける「グリーニング」の考え方を主導してきたのは、オリンピックが革新的で環境的に考慮した技術と実践を紹介するべきであったと考えるグリーンピース・オーストラリアである。
 シドニーの環境団体のほとんどは、オリンピックの開催に関して相反する考えをもっていた。つまり、オリンピック・ゲームによって、都市が環境的なコストを負担しなければならないことへの懸念である、しかし、オリンピックにおける環境ガイドラインが、 未来の環境面で利益を生み出すことを現していることも認識していた。3つのNGOのポジションは以下のとおりであった。
  
 a)アース・カウンシル(The Earth Council)
The Earth Council は、1992年の環境的に持続可能な開発(ESD)についての国連サミットの後、92年9月に設立された国際的なNGO である。地球サミット協定の実行を促進し、奨励することを目的としている。
 世界における政治やビジネス、科学関係者、NGOから18人が選ばれたメンバーを母体とする。これに16人の世界的に著名なリーダー、名誉会員がEarth Council 協会のアドバイザーとして関与している。
 OCA は、The Earth Council に対し、自主的かつ定期的に「環境パフォーマンス」を評価(レビュー)するよう期待していた。評価の視点は、OCA がいかに夏季オリンピックの環境ガイドラインにおける義務を果たしているのか、また国際的な団体としての環境的な部分における期待に応えているのかといった点であった。
 The Earth Council はOCAの環境ガイドラインに対する活動を1998年、1999年、2000年と3回にわたってレポートしている。3回ともにOCA の活動に対して批判的な意見は述べていない。むしろ彼らの業績を賞賛している内容となっている。
  
 b)グリーンピース・オーストラリア(Greenpeace Australia)
グリーンピースは、世界で最も環境問題に力を注ぐ組織として知られている。グリーンピースは、1993年のモンテカルロの開催地決定会議において、2000年のオリンピックでは、シドニーという都市が環境的な公約として実際何ができるのかを示すために、環境問題を課題とした「グリーンゲーム」を掲げた入札コンペに出席したのは、こうした新しいコンセプトに同意したからである。
グリーンピース・オーストラリアは、ニューサウスウェールズ(NSW)州政府に対して、オリンピックの敷地内での設計と建設における規制において、環境ガイドラインがその重要な一部になるように働きかけることに成功し、数々の入札した設計会社、建設会社とともに協力して、グリーンゲームのコンセプトをすすめるよう協働してきた。
グリーンピースによる環境保護の活動は、太陽熱エネルギー、公共交通機関、有害物質汚染、脱塩ビ(PVC) マテリアルの使用禁止、水の保存と再利用、危険エリアの保護など多岐にわたる問題をテーマとして提示していた。
グリーンピース・オーストラリアは、シドニーがいかに環境ガイドラインに則った環境パフォーマンスを行っているかを、年に一度「レポートカード」で報告してきた。その中で、OCA(オーストラリア・オリンピック委員会)が取り組むいくつかの環境プロジェクトについて、グリーンピースの意見を入れているとして、時には賞賛していた。例えば、次のような点である。
(1)選手村、スーパードーム、 メディア村などにおける太陽熱利用の開始
(2)ミレニアム・ パークランドの開発、ろ過システムにおける太陽熱ポンプの使用
(3)ホームブッシュ湾における定期的に排出される化学廃棄物の処理
(4)絶滅寸前にある動植物などの種の保護
(5)公共輸送に対する公約
(6)ホームブッシュ湾における水の再生利用と管理計画(WRAMS )
  
またレポートカードは、シドニー・ スーパードームやその他のオリンピック会場での冷却時のHCFCとHFCの使用に関しては、十分取り入れていないとして、OCAを批判している。「グリーンゲームと言いながら、グリーンピースの見解を全く受け入れていないものがある」として、1998年11月にグリーンピースはOCAを連邦裁判所に訴えたが、翌1999年7月にはこの訴訟を撤回している。
  
c) グリーンゲーム・ウオッチ2000(GGW 2000)
Green Game Watch 2000 は、NSW州と連邦政府の資金によって1995年に設立された。
この組織は、Australian Conservation Foundation, National Parks Association of NSW Inc., National Toxics Network, Nature Conservation Council of NSWとTotal Environment Center、それにグリーンピースが合同してつくった組織である。
この組織の設立目的は、次のとおりである。
(1)生態学的に環境を保護した開発とオリンピック施設の提供と管理における計画のコーディネートをすること。
(2)GGW2000の年間監査報告書を通して、政府と産業界のオリンピックにおけるパフォーマンスへの責任とそれらが環境ガイドラインを厳守しているかを報告する。
(3)さらにオーストラリアの環境産業を国際的に紹介するためにベストな方法を利用する
(4)オリンピックによって都市地域を刺激し、環境保護開発(ESD)の原理を応用するこ とで、NSW州に長期的な利益をもたらす
(5)団体の関心が、地域の団体とNSW州全体の長期的な利益を保証することであることを主張する
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GGW 2000 の役割は、同様に夏季オリンピックにおける環境ガイドラインの実施の進展をレポートすることにある。1999年2月にGGW2000が発表した第二回目のレポートでは、選手村、シドニー・スーパードーム、シドニー国際馬術センター、シドニー国際射撃センターなどの計画とデザインの他に、オリンピック施設と会場、オリンピック貯水池にも焦点が当てられた。
  
3.3者の軋轢と進展
(1)オリンピック環境フォーラム(OEF: Olympic Environment Forum)の設置
 一方、グリーンピース・オーストラリアは、オリンピックの終了後に作成した評価報告書である『How green the Games?-Greenpeace's Environmental Assessment of The Sydney 2000 Olympics』(「いかにオリンピックは環境にやさしかったか?〜シドニー2000オリンピックへのグリーンピースの評価」)を発行している。
 それによると、オリンピックの敷地をきれいにし建設をはじめる初期段階で、まずオリンピック組織委員会と正式な協議が行われた。グリーンピースは自らが中心となって、NGOによる環境問題を監視する組織、GGW2000を1995年に結成した。GGW2000はコミュニティに対して様々な環境問題を提起するために、定期的な討議の場(フォーラム)をつくっていった。
 しかし、「環境ガイドライン」の起草への参加を通じて、NGO側はオリンピックの敷地における有害物質のごみの管理をどう本気で取り掛かるかに関して話し合うことを期待していたにもかかわらず、残念ながらそうならず、GGW2000とOCA、SOC0G(オリンピック大会のためのシドニー・オリンピック組織委員会/(Sydney Olympic Organizing Committee for the Olympic Games) の関係は難しくなり、不毛な議論を生んだ。同様にグリーンピースの関心や議題もしばしば無視されるという事態を生んだ。
 このコミュニケーションの齟齬問題は、97年にオリンピック環境フォーラム(OEF: Olympic Environment Forum)が設立されることで方向が変換した。OEFは、OCA: SOCOG、グリーンピース、GGW2000、TEC( NSW Total Environment Center)、 the NSW州環境当局からのメンバーによって成り立っている(注:OCAのホームページによれば、TECは含まれておらず、他にAuburn Greenpeace とある)。
 関係者の会合は、3年の間、2週間に一度の割合で、比較的インフォーマルな雰囲気のもとに、情報を交換したり、OCA の事業の促進、SOCOG のプログラムに関して、またオリンピック施設の状況、イベントに関連した環境面におけるマネージメントなどの一般的な話し合いも行われた。
 さらに持ち上がっている環境問題について、例えば、オリンピック開催中の冷蔵・冷却システム、指定された化学物質を含むごみ処理とごみのマネージメント問題などが重要な問題として話し合われた。
 この環境フォーラム(OEF)によるプロセスは、議題設定からその中身まで、多様な問題があるため、成功であったかどうかは課題によって異なり、斑模様だったとグリーンピースは述べている。しかし、最大の失敗は、OEFが決定を下す機構ではなかったことを問題点として指摘している。
 グリーンピースは、責任の所在が明確であること、また環境的な決定に対してより高度なレベルで関わることが、シドニーのオリンピックではより大きな環境的な成功を確実にしたかもしれないと反省している。
 コミュニティにおける意見に対しアクセスしやすくするための仕組みとして、1998年6月にホームブッシュ湾環境問題グループ(HBERG: Homebush Bay Environment Re- erence Group )が設立された。HBERGは、OCAの「エコロジープログラム」に基づき、コミュニティ団体の顧問フォーラムとして設けられた機関である。
 このエコロジー・プログラムとは、オリンピックの敷地において行われる清掃プロセスを話し合い、実証・実験を試みるものである。メンバーは、様々な地域のコミュニティ団体、環境グループ代表、また監視役を務めるOCAのスタッフ、 そして工事請負会社である。HBERGのミーティングのオーガナイザーは、オリンピックサイトにおける清掃問題という、現実的で実質的な多くの問題に対して、しばしば陳腐で突飛な回答をすることがあった、とグリーンピースは報告している。
 これは地域の参加者や環境グループにフラストレーションを与えることになった。OCA の組織上の問題もあり、HBERG はスタートしてから1999年の後半までの間、ほんのわずかしか進展しなかった。その後、組織的にも変化が起こったことで、プログラムの本来の目標をいくつか推進させていくことができるようになった。
  
(2)グリーンピースの調査
 グリーンピースの「オリンピック・レポートカード」には次のように書かれている。
 グリーンピースは、1999年に、スポンサー企業が、いかにオリンピックが持続的に受け継がれるように「環境ガイドライン」を理解して、グリーンゲームの機会をビジネスに活用しているかを調査するために、オリンピックのスポンサー企業をインタビューしている。2、3の企業は、彼らのビジネスにおいて、環境破壊をせずに持続可能なアプローチを行うことについて、環境面での約束をしている。
 しかしその他の企業は、環境的な要求に対応するにあたって、州あるいは連邦政府の環境規則に従うだけで、独自のイニシアティブを取ろうとはしていないと発表した。たった2、3の企業だけがオリンピックにおいて彼らのスポンサーシップに直接リンクした、環境イニシアティブを独自に開始すると約束しているだけだったのである。
 グリーンゲームとしての、シドニーオリンピックの失敗点のいくつかは、スポンサーによる行動の不足からであったと、グリーンピースは報告している。
 その後、3つの環境NGO(グリーンピース・オーストラリア、GGW2000、アース・カウンシル)はスポンサーに対し自主的な環境ガイドラインを導入するよう活動していった。これらには、オリンピック会場におけるスポンサー企業が使用する、環境破壊を引き起こす、冷蔵・冷却装置の問題がとくに大きな課題となった。
 しかし、サムソン、マクドナルド、コカ・コーラ、ストリート・アイスクリームなどの各スポンサー企業は、本来ならばもっとできたはずであろうが、結局ガイドラインに則った冷蔵システム(グリーンフリーズ)を会場ではごくわずかしか使用しなかった。
 ごみ処理計画では、オリンピック会場にはスポンサーや物資の供給会社は、リサイクルできない、あるいは再利用できないものの使用、持込を禁止している。ほとんどの企業がそれに従ったが、ストリート・アイスクリーム社だけはリサイクルできないパッケージでアイスクリームを売るつもりであることがわかった。
 オリンピックが始まる時までに、オーストラリア全域に200万本の木を植えようとする、プロジェクトがあった。また、オリンピックサイトの保護については、結局多くのオリンピック・スポンサー企業の協力をうることができた。
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4.グリーンゲームの成果と失敗
(1)グリーンピースの評価報告書
 シドニー2000オリンピックは、世界に対して、幅広い様々な側面における環境問題の解決への実践とそれを公開する機会を与え、地球環境問題解決の成功例と失敗例の両面をもたらした。成果は素晴らしいが、失敗からシドニーが環境問題解決のために何をし得たかを学ぶことができる。グリーンピースはシドニーオリンピック終了後も、シドニーで利用された環境問題の解決策を世界中に広めるように力を注いでいくとしている。
 以下に挙げるのは、シドニーオリンピックの環境ガイドラインに挙げられている7つのポイントとシドニーがどの程度ガイドラインを守ったかについて、グリーンピースが評価した報告書の要約である(『How Green the Game? 』) 。
 グリーンなオリンピックにするためにシドニーが行った努力から学ぶべきことは数多い。今後のオリンピック開催地でシドニーでの失敗を繰り返すことのないようにシドニーの経験を活かすべきであると、報告書は述べている(以下は、グリーンピース・ジャパンの仮訳から引用)。
教訓1
オリンピック会場のデザイン計画が完成し、建設がはじまる前に開発計画の一部として具体的な環境に対するコミットメント(公約) を公開すること。
教訓2
環境ガイドラインは明瞭で、具体的な基準を持ち、交渉の余地がなく、測定できる基準と法的拘束力を持つこと。環境ガイドラインは、オリンピック向けの入札に含まれているべきで、公開されること。
教訓3
オリンピック組織委員会と開発業者は、事業の環境面の情報をすべて収集し、報告し、公開すること。
教訓4
信頼性を高めるために環境に関する情報を独立した機関が監査すること。
教訓5
環境面で最も優れ、経済効率の良いシステムおよび材料がすべての建築物に使用されることをオリンピック組織委員会は確認すること。
教訓6
環境に考慮したイベントになるように革新的で創造的な専門家や企業に協力を求める。
教訓7
地元住民、環境保護団体、市民団体との継続的な話し合いは不可欠なので、プロジェクトの一部として組み込むべきである。もめごとが生じた場合の解決方法を環境ガイドラインのなかで明確にすべきである。
  
(2) グリーンピースによる7分野の評価
 グリーンピースの評価報告書では、グリーンピースが要求した7分野について、以下の評価をしている。
1)有害物質による汚染
 1930年代から1980年代にかけてホームブッシュ湾地域の160ha が家庭ごみ、産業廃棄物などの投棄場所になっていた。ここに放置されていた廃棄物の中には非常に有害なものも含まれていた。2000年夏季オリンピックの入札に参加することをニュー・ サウス・ウェールズ州(NSW)政府が決めたおかげで、この場所は短期的には以前と比べ、ずっと安全な場所になった。しかし、会場から2.5km 離れたホームブッシュ湾とローズ半島は、今なお世界中でダイオキシンによる汚染が最もひどい地域のひとつに挙げられている。
〔成果〕
- 非焼却型の有害物質の処理方法を用いてオリンピック会場でみつかったダイオキシンを含む廃棄物の浄化が行われている。この方法は有害物質を排出しないので、グリーンピースが採用するようにロビー活動を行ってきた。
〔失敗〕(実現しなかったもの)
- NSW州政府はオリンピック開催前に、会場の近くのホームブッシュ湾とローズ半島に残された50万トンのダイオキシンを含む土壌を処分すると約束したが、実行していない。
- OCA は廃棄物を分別して処理せずに、いくつかの埋立地に埋め立て、浸出液を現場の浄水場で処理することを選んだ。この方法では、浸出液がもれて、環境汚染を引き起こすことのないよう継続的に管理を続けなければならない。グリーンピースは長期的な廃棄物管理計画を採用するよう言いつづけてきたが、そのような計画はできてこなかった。
2)エネルギー
 気候変動が世界中で深刻な問題になっている昨今、化石燃料への依存をなくすことが必須である。シドニー・ オリンピックで膨大なエネルギー需要が石油資源でなく、再生可能なエネルギーでまかなうことができ、またコスト効率が良いということを示すことができたのは、大きな成果である。オリンピック会場でのグリーンなエネルギーの使用は、家庭や事務所などでの電気需要を100%再生可能なエネルギーでまかなえることを示した。また、エネルギー効率の良いデザイン・技術のおかげでエネルギー消費量を50%削減することができた。
〔成果〕
- 競技場では、オリンピックの期間中、100 %グリーンなエネルグーが使われた。
- 選手村の665 棟の住宅は、グリッド接続のされているソーラーパネルがついており、太陽熱を使った温水システムを備えている。これは太陽エネルギーを使った住宅街としては世界で最大である。選手村のエネルギー消費量は通常の住宅街の半分で、二酸化炭素の排出量を年間7000トン抑えることができる。
- スーパードームの屋根に取り付けられた1176枚のソーラーパネルで、このドームで消費されるエネルギーの10%がまかなえる。
〔失敗〕
- オリンピック・ パークに太陽熱発電所を設置する計画が取りやめになった。
3)冷蔵と冷房システム
 オーストラリアは、世界中で皮膚がんにかかる割合が最も急速に伸びている国である。
また温暖化ガスの排出を押さえる努力をようやく始めようとしているような状態にある。
冷蔵と冷房システムが環境ガイドラインを遵守できなかったのは、シドニーオリンピックのなかで最も大きな失敗である。オーストラリアは、アンモニア炭化水素などの環境に負荷を与えない技術を利用する機会を逃したと言える。
〔成果〕
- グリーンピースのキャンペーンにより、コカ・コーラが2004年のアテネ大会までに温暖化の原因となるHFC を使用した冷却装置の購入をやめると発表した。
- グリーンピースの強力なロビー活動の結果、サムソン社がオリンピック会場向けに324台のグリーンフリーズ冷蔵庫を供給することに同意した。
- フォスター醸造グループは、温暖化を招くHFC とオゾン層を破壊するHCFCを使った機器の購入を中止することに同意した。
- オリンピック会場にあるホテルの半数とスーパードームの冷蔵庫のいくつかが、グリーンフリーズを使用することになった。
〔失敗〕
- 冷房設備が必要なオリンピック会場のうち、シドニーの環境ガイドラインを遵守したものがひとつもない。すべての会場でHFC もHCFCも使われている。
- コカ・コーラ、マクドナルド、サムソン、フォスターはオリンピック会場で使用する冷蔵設備のほとんどが環境ガイドラインに合致しない。
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4)塩ビ
 オリンピック施設の建物は、塩ビの使用が最小限に抑えられること、また避けることが可能なことを示す良い例と言える。塩ビの製造、使用、廃棄の過程で、ダイオキシンのような有害物質が排出される。シドニーオリンピックでは、塩ビの使用が上水や下水のパイプで削減された。オリンピックのためにオーストラリア産非塩ビケーブルが開発された。
〔成果〕
- 選手村では重量にして70%の塩ビの使用が削減できた
- 環境ガイドラインにあわせて、オーストラリア製の電気用ケーブルが開発され、選手村やオリンピック建物で使用された。
- 塩ビの代替品としてポリエチレン製のパイプが少なくとも20万メートル使用された。
- スタジアム会場の座席に塩ビ素材を使用せず、ポリプロピレンを用いた。
〔失敗〕
- 塩ビを使わない電気ケーブルを使用しなかった建物が大多数を占めた
- 電話回線に塩ビを使った製品の使用を避ける努力がほとんどなされなかった
5)木材
 オーストラリアには持続可能な森林経営がなされている森林から産出されたことが保証されている木材が存在しない。それが今でも問題になっている。
〔成果〕
- オーストラリアで森林管理協議会(FSC )の認証を受けた木材が始めて輸入され、選手村で使われた
- 建築組合が輸入熱帯材の使用を禁止した
- オリンピック会場のほとんどで植林された木材が使われた
〔失敗〕
- 持続可能な森林経営から産出されたと認証されたオーストラリア産の木材が使用されなかった
- ベニア用の木材は皆伐された樹齢200 年のタスマニアの森林から供給された。
- 木材はタスマニアの世界遺産の候補になっている森林から切り出された木材を使用した。
6)水資源の保全
 汚染されていない飲料水の確保が難しくなっているため、水資源の保全はとても重要である。シドニーオリンピック・パークで雨水を最大限に収集したり、会場内で水の需要を最小限に抑えるなどの持続可能な水資源管理システムを導入する努力がなされた。会場内での下水処理のために下水の収集とリサイクルおよび、飲料水と非飲料水を別々に供給したのは、シドニー内の上水の需要を削減する上で優れた成果を上げたと言える。
〔成果〕
- 飲料水と散水・トイレの水洗向けのリサイクルされた下水を別々に供給するシステムが設置された
- 雨水はすべて収集された
- 節水器具/技術の利用で選手村で使用される水の30%が節約できた
〔失敗〕
- 最初、排水処理にオゾン/紫外線殺菌が提案されていたが、最終的には塩素殺菌が採用された
7)交通機関
 化石燃料で動く自動車に交通手段を依存していることが地球の温暖化に大きく貢献している。シドニー環境ガイドラインの成功のひとつは、観光客の輸送に公共の交通機関を利用したことが挙げられる。
〔成果〕
- 25のスポーツイベントのうち、21がオリンピックパーク内、またはシドニー港沿岸で行われるため、交通の需要が全体的に削減された。
- ほとんどの観客が公共の交通機関を利用した。
- オリンピック・ゲームのチケットの価格に交通機関の費用が含まれているので、観客が公共の交通機関を利用する動機になった。
〔失敗〕
- スポンサーのホールデン社が提供した3000台以上あるVIP 用の車に一台もLPG などの代替燃料が使われなかった。
- 3800台のバスのうち、わずか24台が圧縮天然ガス(Compressed natural gas)を燃料にした。それ以外のバスは大気を汚染する石油とディーゼルを使った。
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5.グリーンゲームのグローバルスタンダード化
(1)「グリーンゲーム」が誘致条件にシドニーオリンピックには、21世紀の新しい経済・社会システムを考える上で歴史的意義があった。一つは、環境問題に本格的に取り組んだ世界で初めての国際イベントであったこと。もう一つは、それを「行政(政府)=企業(スボンサー)=NGO」の3者が、企画段階から対等なパートナーシップを組んで取り組んだ世界で最初の国際イベントであったことである(但し、この点は不十分ではあったが、スタートラインにたつものであったと評価できる)。
この「グリーンゲーム」方式を、国際オリンピック委員会はその後の開催地決定の重要な基準とすることになった。国際オリンピック委員会は「グリーンゲーム計画」について、1999年9月にブラジルで会議を行っている。その時、三つの文書が採択されている。一つは、誘致から、実施、終了まで、全てのプロセスにおいて、環境保護を考える統一したコンセプトを採用していくことに関する文書。二つは、10項目からなる指針文書である。10項目の中には、例えば開催施設の建設材料には自然にやさしいものを使うこと、緑を増やす緑化計画の導入をすること、交通については公共交通機関を使うようにすること、排水、排ガス、エネルギーなど、シドニーで採用された項目が網羅されている。三つが環境教育についてで、人々の環境意識を高める手段としてオリンピックを使うということを求める文書である。また同時に、選手の環境意識を高めることも重要な点として指摘している。
かくして、90年代には、シドニーオリンピックを契機に、もはや国際イベントはコミュニティの人々を最初から巻き込んだ、"環境にやさしい"、「行政=NGO=企業」の3者の対等なパートナーシップによるアプローチで行うという方式が、21世紀の国際イベントの開催要件のグローバルスタンダードとなっていったのである。
日本の2005年の愛知万博は、こうした国際的な本質的流れを知らず、計画段階は従来どおり、実質的に政府と企業との合意のみで計画され、それをありばい作りとして、NPOにも説明する形式をとり、NPOを最初から参加させなかった。この時点ではすでに国際イベント本部のある欧州ではシドニーのグリーンゲーム方式は常識となっていたわけで、日本が依然として旧態依然たる方式をとっていることを指摘し、案の作り直しを提示することになったのである。2008年のオリンピック誘致に大阪市も立候補したが、大阪市もおそらくこうした「グリーンゲーム」方式の本質を理解できていなかったように思える。
何故、「最初からNGO・NPOが参加」することがいいのか。この方が結局意思決定が早く、よりよい意思決定ができるからである。そのこはまた別の機会に書くことにしよう。
  
(2)「緑色五輪」としての北京オリンピック
 2008年の北京オリンピックは「緑色競技」(グリーンゲーム)と呼ばれている。いうまでもなく、「グリーンゲーム」(環境にやさしいオリンピック)という意味である。北京オリンピック誘致委員会は、「グリーンゲーム」のコンセプトに従って誘致計画書を提出することによって誘致に成功し得たのである。
 「北京オリンピックとNGO」との関係についての私の報告(中国のNGO事情、北京オリンピックの環境政策、環境ガイドライン等)は、以下のアドレスで読むことができます。(財)国際貿易投資研究所 http://www.iti.or.jp/
 
注1:「行政=NGO=企業」3者による対等なパートナーシップによる合意形成システムを長坂は「オランダモデル」と呼んでいる。長坂寿久『オランダモデル』日本経済新聞社、2000年
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