2.日本酒論と酒蔵探訪
第T章は、日本酒を愛する至った土田氏による日本酒論である。日本酒の醸造は並行複発酵という世界に誇れる技術であること、日本酒を巡る歴史と文化的背景、そして酒造りにとっての酒米(酒造好適米)の重要性を指摘し「酒造りは米作りから」の本書全体に通底するテーマを引き出している。第U章「酒蔵の挑戦」は本書のメインであり、特色ある7つの蔵元を訪ねてのルポルタージュからなっている。以下、各蔵元や杜氏が語る印象深い言葉を拾ったり、評者にとっての感想を述べてみたい。
(1) 金沢市 福光屋
「そもそも伝統作法に意味があるのかないのかを検証しようとした」のくだりに襟を正される。その結果、伝統作法の85%に意味があることが判ったという。そこから、伝統作法を磨いていくことの意義、単に機械化をしないという結論に結びつく。また酒米の質を維持するために契約栽培を早期に開始している。酒蔵の立地する地域の酒米を使うことは理想であるが、現実の米作りがそれを許さない場合もある。探し出した酒米調達を通じた地域間のリンクにも意義が認められるのである。
(2) 富山市 桝田酒造
引退する直前の杜氏三盃幸一氏を訪ねての取材は、将来に亘って貴重な記録になるのではないだろうか。三盃氏は偉大な杜氏であるからであろう、後継者づくりに「なぜその方法がいいかを理屈で考え、理詰めで教える」という原則を持っている。かつての杜氏は「自分から盗め」と積極的な指導をしなかったという。引退間際になって生じた「何がいい酒なのか」という迷いも語られる。酒に地域性・多様性が失われてきたことに警鐘を鳴らす。
(3) 福島県矢吹町 大木代吉本店
有機農法栽培の酒米を使った「自然郷」を造る蔵元であるが、もうひとつの顔は、和洋を問わず料理人から評価を受けるアミノ酸度の高い料理酒「蔵の素」等の製造元である。料理酒の酒米ハバタキは原種はインド産であるが、今福島県内に産地を持ち休耕田の再利用にも繋げようとしている。もうひとつは、新しい杜氏高綱氏の招聘、予想されての衝突、それを経ての新たな酒造りの境地へ変容の物語が紹介される。これも懐の深い蔵元、大木氏あってのことである。
(4) 岐阜市 白木恒助商店
これまで日本酒を取り巻く環境では、国税庁の醸造試験所をトップとする吟醸酒に傾く技術者集団が力を持ち、熟成酒の製造が押さえ込まれるなか、熟成酒認知への長い道程があったことが語られる。翻って、日本酒を世界の中で確固とした位置づけを得るためには、熟成酒の開発を真剣に進めなければならないという識者の意見もある。事実、同社の長期熟成酒はニューヨークで飲まれたり、欧州で評判になってきている。
(5) 福島県二本松市 大七酒造
大七酒造といえば伝統技法「生?づくり」の保持である。それと同時に「二度の(鑑評会)金賞を受賞したことで、 … 技術力の高さを証明することができた訳ですから、それ以降は … 出品はやめて、本来目指すべき酒造りに進んでいくことにしました」との今日に至る経過も語られる。このあたりに、これまでの酒造家と国の関係がよく出ていると思う。もともと蔵元には熟成とともに歩むワイン造りに匹敵する日本酒造りの目標がある。いま世界に日本酒有りとの確立に向けて挑戦が続いている。
(6) 宮城県気仙沼市 男山本店
気仙沼はスローフード都市宣言を行っている地域として有名である。男山本店蔵元の菅原氏はそのリーダーでもある。地域づくりの中核に酒造りもある以上、地元米からの酒造りができるかが挑戦であった。その結果生まれたのが山田錦を祖母とする酒米「蔵の華」と地米酒の誕生である。南部杜氏である鎌田氏の「地元で採れた肴をつつきながら、飽きることなしに毎日飲める酒が一番だ」との言葉の意味は深い。
(7)石川県能登町数馬酒造
平成19年3月の能登地震は各酒蔵に甚大な損失を与えた。その復興への取り組みを本書に取り入れた意義は大きいと思う。蔵元同志が協働、悲惨ななかにも将来に繋がる連帯が生れたという数馬氏の述懐は感動的である。「能登杜氏」は有名であるが、能登の地酒自体のブランド確立の努力も語られる。地域ブランドであるためには地域の紹介に繋がる酒であることをテーマとしている。それは結局、蔵元の言う地域の風土・食に合った酒となるのだろうか。
これら蔵元はどこも、戦後のアルコール添加醸造から離脱のため、早くから純米酒一本に生産体制を変更させる努力を始め、今日、品質の高い地域ブランドを確立してきているところである。そしてその際、必ずや「それではどのような日本酒を造るのか」という課題と格闘している姿が描かれる。同時に異口同音に発せられるメッセージは、醸造試験所・全国新酒鑑評会が作り出してきた功罪、なお残る国の日本酒国家管理の姿勢への指摘である。いま日本は各分野で変革が要請されているが、その基本にすべきは多様性の許容ではないだろうか。蔵元はリスクを承知で様々な酒造りに邁進している。ある方向性を与えて多様性をなくしてしまっては、飲み手に選択肢はなく、造り手との対決を通じて個性ある酒の創造に至る良きサイクルも生まれないと言えよう。
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