Vol.40 2007年7月14日号

協働のデザイン  第25回 格差社会をつくる民営化、市場化テストの問題点!

世古一穂(金沢大学大学院教授 / (特非)NPO研修・情報センター 代表理事)

キーワード・・・ 市場原理、民営化、格差、市場社会、お任せ民主主義からの脱却

1.日本社会の混乱
 日本では金もうけをしてもいい領域と金もうけをしてはいけない領域との区分がわからなくなり、本来行政がやるべき領域を民営化という旗印の下、市場原理でやらせるようになって、社会的な混乱が起きている。

 例えばスキー場や温泉は、市場原理では金もうけをしてもいい領域だ。需要と供給のバランスで供給過剰になれば倒産するし、需要が減っても倒産する。

 ブームが去れば倒産するから、赤字がでる。

 赤字がでてくると、本来、自治体でやらなければならない、金もうけをしてはいけない領域である医療や教育、福祉、環境にしわよせが来る。

 そして、これらを市場化テストで民間にやらせるという、まるでわけのわからないことになっているのが現状だ。

 2007年4月に財政再建団体となった 夕張市 では、歳出の半分が貸付金で、歳入の半分が諸収入だった。

 第三セクターに対する貸付金と第三セクターから上がってくる諸収入が、それぞれ支出と収入の半分を占めていたのだ。

 この三セクはホテル経営とスキー場経営をしていた。

 ホテルは民間企業がつくったもので、市は2002年にそれを買い取り、第三セクターに運営させていた。

 夕張市 はスキー場をもつ、ホテルで金もうけをしようとしたのだ。

 しかし、26億円という買収額の元利金返済と、ホテル・スキー場の不振により、財政赤字は急増し、ついには市は財政再建団体に、第三セクターも自己破産を申告するにいたった。

2. それは人間が生きていく上で必要不可欠なものか否か
 私たちは、そのサービスが、人間が生きていく上で必要不可欠なものであるか、生きていく上では必要ではないが人間がより豊かな生活を求める際の要求なのか、それを誰が提供するのかそ社会の中で決めていく必要がある。

 人間が生きていく上で必要不可欠なものなら財政(行政が実施する分野ということ)で行い、そうでないなら市場に任せると決める。さらに財政で行うとして、それがグレーゾーンだったら財源を料金という形態にするし、そうでなければ税でまかなうということになる。

 そもそも市場というものは基本的必要を満たすには不向きである。

 私たちはまず、自分たちの社会の中で、自分たちの生活を考えて、これば人間が生きていく上で必要不可欠なものであるか、否かを決めることが必要だ。

 それが必要不可欠なものだったら民営化せずに財政でみたされなければならないし、その中間形態だとなれば、公的な企業をつくって料金収入でまかなうのが原則だ。

 それ以外は市場に任せればいい。

 こうしたことをきちんとできるのが私たち主権者が必要としている政府であり、自治体ではないだろうか。

3.聖域なき民営化路線の問題点
  今の日本の政府や民営化、市場化テストに邁進する自治体のように、福祉でも医療でも

 教育でも聖域なく斬り込んで、小さくするのがいいのだと決めるのは、民主主義の原則からは大きく逸脱しているといわざるを得ない。しかも「民営化」の意味が「市場化」と同じになっている点が大問題である。

 何を財政でやり、何を市場にまかせるのか、決めるのは私たち市民のはずだ。

 私たちが財政を考える上で大切なことは、財政を本来の民主主義にゆだね、市民が意思決定できる公共の空間を拓いていくことである。

 どういう社会を形成するか、どういう生活をするかという決定権限を市民にゆだねるというのが本来の民主主義である。それは選挙でやっているという答えが返ってくるかもしれないが、ここでいう民主主義はこれまで日本でおこなわれてきたアリバイ的、お任せ的な民主主義ではなく参加した市民の意見が活かされると同時に市民が責任も負うという民主主義である。お任せ民主主義からの脱却が必要だ。

4.民主主義による財政の必要性
 これからの参加協働型社会は次の 2 つの前提から成り立っている。

 ・未来は誰にもわからないということ。

 ・人間には誰でもかけがえのない能力があるということ。

 私たちの社会の未来をどうするのかという選択は、すべての社会の構成員がかけがえのない能力を発揮して行なうべきだということだ。

 参加型の共同意思決定に未来の選択をゆだねたほうが多くの人が納得でき、まちがいが少ないという確信が本来の民主主義という概念の基本である。

 財政(行政がやるべき仕事にかかるもの)は、民主主義に基づいて営まれる経済であるべきであり、この社会の経済は市場経済と財政という 2 つの経済形態によって構成されている。

 日本の社会を活性化しようとすれば、この 2 つの経済のあり方と関係を再考することが必要だ。

 市場経済の活性化のみを求めても、けっして経済社会は活性化しない。

 市場経済を活性化するには、民主主義の活性化が必要であり、市場経済と参加型民主主義が連携していかないと市民社会は活力を生み出せない。

5.公平・公正という価値基準と公共哲学の必要性 
  市場経済は効率を要求し、格差を容認する。

 それに対して、民主主義は公平・平等を追求し、公正さ、格差の是正を要求する。

 効率と公平・平等をいかに融合させるのかが、参加協働型社会における大きな課題である。

 市民社会の政策には、効率と同時に、公平・公正という価値基準、さらには真の民主主義を人間学的に考察する公共哲学が必要である。

※  東京自治研究センターの伊藤久雄氏が月刊自治研6月号に掲載された東京都内における「市場化テスト」の動向と課題 という論文を氏の許可を得て次に掲載させていただく。本稿とあわせて読んでいただきたい。

 また、9月29日土曜日13時半から  ( 特非 ) NPO研修・情報センター主催ですぎなみNPO支援センター( 東京都杉並区 JR 阿佐ヶ谷駅 下車3分)で、 協働「再考」フォーラム を開催する。

 フォーラムでは、最初に稲垣久和氏(東京基督教大学教授)が「公共哲学」ついて、次に伊藤久雄氏(東京自治研究センター)が「市場化テストの現状と問題点」について講演した後、世古がコーディネーターを務め、ディスカッションする予定。(テキスト代5000円 世古一穂編著『協働コーディネーター』ぎょうせい 等がつきます)

 参加希望の方は、 ( 特非 ) NPO研修・情報センター 伊藤あて、メールで申し込んでください。

 メールのタイトルに 9月29日協働「再考」フォーラム参加希望と明記して、氏名、所属、連絡先電話、 FAX 、メルアドを記載して ticn@mui.biglobe.ne.jp  に送付してください。

東京都内における「市場化テスト」の動向と課題

                                   伊藤 久雄(東京自治研究センター)

はじめに
 「市場化テスト」の定義については、とりわけ自治体が実施しようとする「市場化テスト」は、まだ定まった定義があるわけではない。そこでとりあえず、わが国で現在実施され、実施されようとしている「市場化テスト」とは次の4つを指すものと考えて、この報告をおこないたいと考える。
 (1)  公共サービス改革法にもとづく国の「市場化テスト」

 (2) 公共サービス改革法にもとづく国の業務の中で、自治体の法定受託事務について実施する「市場化テスト」(指定統計調査事務等)

 (3)  自治体が公共サービス改革法にもとづいて行なう特定公共サービス(窓口6業務)、 基本方針にもとづく徴収業務および 窓口4業務の「市場化テスト」

 (4)  自治体が公共サービス改革法によらないで独自に行なう「市場化テスト」

 また、自治体が行う「市場化テスト」はいくつかの類型化が可能である。上記の 4 つのうち、 (2) から (3) 、すなわち自治体が行う「市場化テスト」を、事業と「公共サービス改革法」との関連で類型化すれば表1のようになる。

表1 事業と法適用の有無

  法適用 事業・自治体選定型 募集・民間提案型
法定受託事務 ×
特定公共サービス(窓口 6 業務) ×
徴収業務 ×
国保等窓口 4 業務 ×
自治体独自の業務 ×

 そして、 「市場化テスト」を、事業の選定方法について「自治体選定型」と「募集・民間提案型」の2つに分類し、入札の方法を「 官民競争入札」と「民間競争入札」の2つに単純化して類型化すると、次の4つのパターンになる。

 1. 自治体選定、官民競争型

 2. 自治体選定、民間競争型

 3. 募集・民間提案、官民競争入札型

 4. 募集・民間提案、民間競争入札型

 これを図式化すると、図のようになる。

 なお、民間競争入札は後述する 杉並区 のように、具体的には一般競争入札、総合評価一般競争入札、指名競争入札、随意契約(提案者と契約)などの手法がありうる。

 さらに、何をもって「市場化テスト」というのか、その要件(必要条件であり、十分条件ではない)をあげると次の5つがあげられる。現在「市場化テスト」と総称されるものは、少なくともこれら条件のうち2つ以上の複数の条件を備えたものということができる。

 a 官民競争入札の実施

 b 自治体による事業公表と民間事業者の提案

 c 第三者機関の設置

 d 総合評価入札による事業者の選定

 e 事業者の議会議決もしくは複数年契約にともなう債務負担行為の議決

 以上のような、とりあえずの定義と類型化、要件(必要条件)を構成する「市場化テスト」について、すでに入札を行った東京都を中心に、足立、杉並、中野の3区もふくめて、その動向と課題を追ってみたのが本報告である。

1.東京都版市場化テストモデル事業
 東京都版市場化テストモデル事業は次のような経過で実施された。

 ・東京都版市場化テスト事業監理委員会の開催(第 1 回)  2006 年 10 月 16 日

 ・ 入札公告  2006 年 10 月 16 日

 ・ 市場化テストモデル事業実施要項配布開始  2006 年 10 月 16 日

 ・落札者(事業予定者)の決定  2006 年 12 月 18 日

 ・ 落札者の業務の具体的な実施体制及び実施方法の概要等公表  2007 年 12 月 22 日

 ・ 事業実施期間  2007 年 4 月 1 日から 2008 年 3 月 31 日( 6 ヶ月訓練× 2 回)

 この東京版市場化テストモデル事業の特徴をあげれば次のとおり。

 @ 官民競争入札が実施されたこと(形式的には和歌山県についで日本で 2 例目)

 A 第三者機関である東京都版市場化テスト事業監理委員会が設置されたこと。

 B 総合評価一般競争入札が行われたこと。

 C 事業期間が 1 年であること。

 そこで、これら特徴のうち「官民競争入札」と「総合評価入札」の2つについて、可能な限り検証してみたい。その前に、 7 科目実施された入札の実施課程は表 2 のとおりであった。

表2 事業実施予定者の決定過程

対象科目 管轄校 事業者 入札加者 技術点 順位 価格点 順位 入札価格    (a) 予定基準  価格(b) a/b 都の
入札価格
ネットワーク構築科 飯田橋 ヒートウェーブ
5
2
2
22,600,000
31,000,000
72.9%
51,610,710
貿易実務科 飯田橋 鞄結档梶[ガルマインド
3
1
1
16,900,000
24,000,000
70.4%
35,035,320
医療実務科 飯田橋 ヒューマンアカデミー
6
2
1
16,560,000
26,000,000
63.7%
24,312,600
医療実務科 八王子 産業労働局等
2
1
2
24,055,200
26,000,000
92.5%
-
ビジネス経理科 高年・専門校 鞄結档梶[ガルマインド
7
1
1
16,900,000
26,000,000
65.0%
25,778,160
経営管理科 高年・専門校 鞄結档梶[ガルマインド
4
1
1
16,900,000
28,000,000
60.4%
25,827,480
経営管理科 府中 鞄結档梶[ガルマインド
4
1
1
16,900,000
24,000,000
70.4%
24,053,400

(1) 官民競争入札
 和歌山県の「市場化テスト」対象事業は、県庁南別館管理運営業務という庁舎管理であった。庁舎管理はもともと旧来から業務委託がすすみ、現在ではすべて県職員(市、町も)で行っているところは皆無である。したがって和歌山県が競争に勝った場合においても、県職員自ら庁舎管理ができるはずはなく、どう考えても「官民競争入札」がまともに成立するとは考えられない業務であった。

 しかし東京都が対象にした業務は、「職業訓練」であって、条件がととのえば「官民競争」は可能と思われた。それでは、実際にはどうだったであろうか。結論からいえば、東京都が勝ったのが1科目、民間事業者が勝ったのが6科目であったから、「官民競争」が成立しているようにみえる。しかし、はたしてそうだろうか。

 まず、民間事業者が勝った次の 2 科目、ネットワーク構築科と貿易実務科は、そもそも競争条件に違いがあり過ぎたのではないかと推測される。いずれも管轄校が飯田橋訓練校であるが、実際の訓練校所在地は有明( 江東区 の臨海部)という地の利の悪いところであった。なぜ、競争条件に違いがあるかといえば、それは訓練する場所の問題につきる。「実施要項」において、訓練を実施する場所は次のようになっていた。

  1) 民間事業者が実施する場合は、東京都23区内において、民間事業者が自ら確保する施設とする。

  2) 東京都が実施する場合は、都立飯田橋技術専門校有明分校の校舎内とする。

 おわかりだろうか。東京都の入札価格が予定基準価格をはるかに上回っている謎はここにあるのは間違いないと思われる。有明分校において定員を確保し、職業訓練校としての目標を実現するためには、予定基準価格(昨年の実績に近い価格)では不十分だと判断したのではないかと推測されるのである。

 では東京都が勝った科目はどうであろうか。表2 にあるように入札参加者は、他の科目が3から7事業者であったのに対し(東京都をふくむ)、医療実務科八王子校は2事業者、すなわち東京都のほかに1事業者しかいなかったのである。その事業者はもう 1 つの医療実務科にも応札して、同じ価格を入れている。八王子校の入札率(入札価格÷予定基準価格)が63.7 %であったの対し、当該事業者のそれは86.5 %であり、他の科目の入札率が東京都を除けば 60.4 %から 72.9 %であるから、落ちた事業者はそもそも事業を取る意欲がなかったのではと考えても致し方ないのではなかろうか。

 東京都が1勝したのは、幸運でしかなかったと考えるのが妥当である。

(2)総合評価入札
 東京都のモデル事業は、事業者が提出した「事業評価書」ついての審査、評価と、入札価格についての評価を総合したものである。

 ■ 事業計画書についての評価および配点(技術点)

 @ 基礎審査(必須科目)

  訓練資格のある指導者の配置、指導体制、訓練内容、訓練機器の配備、事務人員の配置の全項目を満たすことが条件。満たさない項目がある場合には失格となる。

  ◇ 加点項目(配点 600 点)

  ◇ 技能到達水準を達成するための訓練実施体制( 230 点)

  ◇ 就職率 70 %以上を目標とする就職支援体制( 210 点)

  ◇ 施設、運営体制に関する事項等( 160 点)

 ■ 入札価格についての評価および配点(価格点)(配点 400 点)

  価格点 = 満点の価格点−(入札価格/予定基準価格)×満点の価格点

  *予定基準価格:予定価格の端数を切り上げた金額

 ■ 総合評価点の算出方法( 1000 点)

  総合評価点 = 技術点 + 価格点

 問題は、技術点が価格点に対して高得点で配点されているにも関わらず、技術点よりも価格点が非常に有利に作用するということである。それは価格点が 2 位だった事業者が総合評価で 1 位になったのは 2 校しかなく、そのうち 1 つはいうまでもなく東京都であったという事実だけではない。

 技術点順位が 1 位以外の事業者が落札者となった科目は、表 2 のように 2 科目ある。この 2 科目の入札経過を詳しくみてみよう。

 ネットワーク構築科は、1つの事業者は技術点で失格(基礎審査で失格)、1つの事業者は予定価格オーバー、東京都は本来は予定価格オーバーなのに(したがって価格点はマイナス)、総合評価点はもらったもののはるかに及ばなかった。結果として実質的な争いは 2 事業者のみ。落札した事業者は、技術点 21.7 点の差を入札価格わずか 1,000,000 円で覆している。

 医療事務科(飯田橋校)は、東京都が勝ち負けの当落線上にあった科目であった。技術点で 100 点近くも差をつけながら、提案価格が最も高く(とはいっても、予定基準価格であった 26,000,000 円を 2,000,000 円近く下回っていた)、総合評価点で 1 位にわずかに及ばなかったことになる。

 この医療事務科(飯田橋校)の入札経過をみると、価格点の優劣が圧倒的に作用することがわかる。総合評価点の差を覆すためには、東京都は 22,847,500 円以下の提案を行えばよかったのだ。わずか 150 万円程度の差で負けたことになる。この2つの例から、価格点の算出の仕方に問題はないのかということを提起しておきたいと思う。

 もう1つ問題は「最低制限価格制度」が採用されていないことである。表 2 にように、予定基準価格の 60 %から 70 %程度が落札価格になっている。技術点においては「基礎審査」を行って、基準に満たない事業者は失格とする制度を採用しながら、価格点においては「最低制限価格制度」も「低価格調査制度」もないのである。

 おそらく、事業実施後の「 事業実施状況のモニタリング」と「事業実施後の評価」とを行うことによって、職業訓練実務の質を確保するというのが東京都の方針だと思われる。 「 事業実施状況のモニタリング」は『運営状況調査』と『受講生アンケート調査』が柱であり、「事業実施後の評価」は『終了率』『就職率』『受講生アンケート調査』が主なものである。これらの中では『就職率』が重視されると思われる。民間事業者は 70 %という目標を掲げているが、第 1 期は 9 月末、第 2 期は 2008 年 3 月末には結果が出ると思われるが、いずれにしても今後の課題である。

2. 足立区 と 中野区 の条例と動向
 足立区 は昨年( 10 月 1 日施行)、条例を策定した。 中野区 は今年の第 1 回定例議会( 2 月)に「市場化テスト」を実施するための条例を提案したものの、委員会審議で廃案になっている。したがって、現在のところ都道府県も含めて条例化したのは 足立区 しかない。条例名は次のとおり。

  足立区 における公共サービス改革の推進に関する条例

  中野区 競争の導入による公共サービスの改革に関する条例案(廃案)

 この条例および条例案は内容に似たところは多いが、もちろん違いもある。その1つが定義である。それぞれの定義は次のように定められている。

 ■ 足立区 (第 2 条)

  ・ この条例における公共サービスの定義

   (1) 施設の設置、運営又は管理等の業務

   (2) 窓口における相談等の業務

   (3) 研修、調査若しくは研究の業務又は庶務関連等の業務

   (4) そのほか区が自ら実施する必要のない業務

  ・  「官民競争入札」の手続きの定義

  ・  「民間競争入札」の手続きの定義

  ・  「公共サービス実施民間事業者」の定義

 ■ 中野区 (第 2 条)

  ・ 「官民競争入札」の手続きの定義

  ・ 「民間競争入札」の手続きの定義

  ・ 「公共サービス実施民間事業者」の定義

   (公共サービスの定義はされていない)

  また、「公共サービス改革実施方針」の策定も違いがある。

 ■ 足立区 (第6条)

  ・ 実施方針の策定

  ・ 実施方針の公表

  ・  実施方針の策定に必要な事項は規則に委任

 ■ 中野区

  @ 提案の公募(第6条)

   官民競争入札又は民間競争入札の対象とする業務について、民間事業者が担うことにより公共サービスの質の維持向上及び経費の削減を図ることができると考える業務について、提案の機会を設ける。

  A 実施方針(第7条)

   1  次に掲げる事項を定めた実施方針を定める。

  ・ 公共サービスの改革の意義及び目標に関する事項

  ・ 官民競争入札の対象として選定した業務の内容

  ・ 民間競争入札の対象として選定した業務の内容

  ・ 前3号のほか、公共サービスの改革に必要な事項

   2 実施方針作成にあたっては、第 6 条第 1 項の提案を参考にする。

   3 実施方針の公表。

 以上のような違いを整理すると、その特徴は次のとおり2つあると考えられる。

 (1) 前掲の図に示したとおり、 足立区 は「 自治体選定、官民競争型」と 「 自治体選定、民間競争型」であり、 中野区 案は「募集・民間提案、官民競争入札型」と「募集・民間提案、民間競争入札型」であること。

 (2) 足立区 は「公共サービス改革法」にもとづく事業(特定公共サービスである窓口6業務等)を実施しようとするものであるが、 中野区案は「公共サービス改革法」にもとづく事業に加えて、法によらない独自の事業も実施しようとするものであること。

 ただし現状では、 足立区 は条例施行後に総務省と協議したものの協議は成立せず、 2007 年度の事業実施は見送っている。それには次の2つの理由があると思われる( 足立区 自身はその協議経過を公表していない)。1つは、窓口 6 業務以外の業務も実施しようとするものであること、 2 つ目は「受付」と「交付」以外の業務、たとえば「データ入力」なども実施しようとするものであること、である(これらを実施しようとすれば「違法」になる)。ただし 足立区 と総務省の協議は継続しており、総務省 が足立区 の考えを受け入れて法改正を行う可能性もあり、今後の協議経過を注視することが必要である。

 中野区 は第 2 回定例会に再提案の予定とされる(ただし 中野区 は策定経過等を公開していないので、確かなところは不明である)。

3. 杉並区 (仮称)行政サービス民間事業化提案制度
 杉並区 は昨年( 2006 年) 4 月、「 杉並区 市場化提案制度検討委員会」を設置、検討をすすめてきた。同年 9 月には「市場化提案制度の導入に向けて(中間のとりまとめ)」を行い、モデル事業を実施することを決定。 10 月には「公募要領」を作成して公募を実施。 2 月に3つのモデル事業を選定し、最新の 4 月の委員会では「(仮称) 杉並区 行政サービス民間事業化提案制度」の導入に向けた「報告書」案が議論された。「報告書」は 5 月にまとめられることになっている。

 モデル事業の公募に先立っては、 11 の分野で全 869 の事務事業を公表している。この公募には提案が 35 件寄せられたが、採択された3事業は以下のとおり。

 @ 債権管理回収業務・現地調査業務(提案者:オリファサービス債権回収梶j

 A 地域ぐるみによる学校への地域支援総合推進事業(提案者:NPOスクール・アドバイス・ネットワーク)

 B 公園便所、遊び場便所及び公衆便所の維持管理(提案者:杉並建物総合管理事業協同組合)

 杉並区 の特徴は、この3団体と区の主管課とで「共同研究」を行っていることである。 3 月に第 1 回共同研究がそれぞれ行われ、引き続き「事業範囲」「実施方法」「費用対効果」などについて共同研究を継続していくことになっている。今年度中に共同研究がまとまれば、当該団体と随意契約を取り交わすことになる。

 本格実施は、全 869 事業の公表→参考例となる「事務事業詳細シートの作成」→提案募集→審査・選定(審査会)→契約→事業実施、の手順となると考えられる(最終的には「報告書」に盛り込まれる)。ここでの特徴は「事務事業詳細シート」の作成と、契約方法である。契約は「報告書」案では「一般競争入札、総合評価一般競争入札、指名競争入札、随意契約など、事務事業の内容に応じて選択すべきである」としている。すなわち、「官」は初めから参加しない、民間事業者のみの参加、競争である。事務事業詳細シートについては、参考例として9つの事務事業のシートが公表されている。興味ある方は区のホームページを検索していただきたい。

 今後の課題は「評価・モニタリングシステムの構築」である。 杉並区 では市場化提案制度検討委員会の中に「モニタリング研究科会」が設置され、報告書がまとめられている。ここでは「第三者から構成されるモニタリング委員会」の設置が提案されている。どのように機能するのか、ひきつづきフォローしていく必要がある。

おわりに―今後の課題
 東京都内の動向を報告してきたが、あらためて「今後の課題」をまとめておきたい。

 第一に、どのような手法をとろうとも、「市場化テスト」の実施は、行政の事務事業の外部化(アウトソーシング)を加速化することは間違いない。他のアウトソーシングの手法とあわせて、まず現状の検証が求められる。指定管理者制度やPFIなどの比較的新しい手法はもちろんのこと、業務委託や請負などの旧来の手法も含めて実態の把握が必要である。

 第二に、その検証の中では、違法・脱法的な状況はないかどうか、外部の職員の労働条件は「公正労働基準」を満たしているかどうか、などが特に重要である。また、臨時職員や非常勤職員の実態把握も十分ではない。自治体の職員課(人事課)でさえ、その実態を正確に把握しているところは皆無に近い。

 第三に、アウトソーシングされた事務事業は、質の高い水準を維持しているかどうか、行政の劣化を招いていないかどうか、さまざまな視点からの評価が必要である。特に最近、耐震強度偽装、エレベーター事故、プール事故など、自治体業務が外部化された現場での事故が頻発し、その自治体責任が問われている。事故発生と責任の所在の観点からの事業のとらえ直しも求められている。

 第四に、「市場化テスト」と総称されるものは、「官民競争入札」がその特徴の1つとはいえ、 杉並区 のような旧来の入札、契約手法をとるところが多いと考えられる。これまでの「入札改革」が試される。中でも「総合評価入札制度」「最低制限価格制度」「低価格入札調査制度」などを、あらためて議論の俎上にのせる必要がある。

 第五に、「官民競争入札」をとる場合において、真の意味での競争条件が成立するかどうか、厳密な検討が要求される。競争条件が不十分なままの「官民競争入札」は行政のアリバイでしかない。真に競争が成立する条件を整える取組みも考えられる。加えて、第四で触れた最低制限価格制度などの導入も課題である。

 第六に、評価・モニタリングシステムの確立である。第三者委員会の構成や運営のあり方、行政内部での評価のあり方、市民の参画のあり方など、検討が十分とはいえない。まだまだ手法が未確立の分野であり、継続した取組みが求められる。指定管理者制度においても、評価・モニタリングシステムの確立は重要課題の 1 つである。システムの確立のないまま、事業実施が先行することは大いに問題がある。

 以上簡単に今後の課題をあげた。指定管理者制度の熱狂が全土を駆け巡った後だけに、「市場化テスト」はたんたんと行なわれているようにも見える。ただし、統一自治体選挙の後でもあるだけに、今後の首長の方針や議会の議論の方向づけを見守っていかなければならない。「市場化テスト」は「官民競争入札」という新しい手法のように思われるが、実は旧来の手法をなぞっているだけのところもある。とにかく、「熱狂」だけは願い下げにして、公共サービスの質の維持向上のために、大いに議論していきたものである。

 

 



 

 

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